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いつか誰かがくれた時間

作者: たりとり

こんにちは、たりとりです。

今回、これが初投稿の作品になります。


みなさんに、この作品がどう伝わるかはわかりませんが、

少しでも何かを感じていただけたらなぁ、と勝手に考えております。


誤字、脱字等ありましたら、申し訳ありません。

一言お伝えくだされば、すぐに修正いたします。

「今日は雲一つない青空が広がりそうです」


最近、何かの愛称で親しまれているお天気お姉さんの言葉を聞いて、あぁ、今日は天気がいいんだなぁと漠然と思っていると、ご飯の炊けたことを知らせる機械音が耳に届いた。

読んでいた新聞紙をたたんで、まだ寝ているだろう2階の自室にいる娘に声をかけると、もう起きてるよーという不満げな声が聞こえる。

それを聞いて、また新聞紙に手を伸ばし、読み進めると、最近、大手銀行の一つが地方銀行との合併を決めたという記事が目に入った。

対等の立場という風に書かれてはいるが、まあ、地方銀行が吸収されたんだろう。実際のところは、市民の俺達にはわからないが。


支度を終え、降りてきた娘と朝のあいさつを交わすと、2人でいただきますと手を合わせ、ご飯に手つけ始める。今日は部活が遅くまでかかることや、最近社会の教師が、奥さんとうまくいっていないようで、愚痴が多いなどの娘の話を笑いながら聞く。基本的に俺は聞くだけだ。

食べ終えると、ごちそうさまもそこそこに、娘は学校に向かった。

一度、もっと早く起きればそんな急ぐこともなくなるだろ?と聞いたことがあったが、睡眠が一番の幸せな時間なの!と返されてしまった。

それを思い出し、呆れた俺はため息交じりに苦笑いで言葉を投げた。

「どっちに似たんだか」


娘を送ってからは、店を開けるのに掃除を済ませ、店内に音楽をかける。

店の入り口にOPENの看板を立て、中に戻ってすぐに来客を告げる鈴が鳴った。

「いらっしゃいませ」そう言って入り口を見ると見知った顔の男が笑顔で手を挙げていた。

「今日も一番だろ?」と言いながらその男はいつも座っているカウンターの真ん中の席に腰かける。

そりゃあそうだろうなぁ、と俺が返すと、目じりにしわを寄せて、モーニングセットね、と普段通りの注文をしてきた。

「はいはい」


こんな小さな喫茶店でも経営を続けられているのは、こういった常連のおかげだとわかっているので、こいつには感謝している。

俺が珈琲を煎れていると、いつもの奥さんに対する愚痴が始まった。

やれ小遣いが少ないだの、やれ休日にどこか連れて行けとうるさいだの、もう聞きなれた俺は、あいかわらずだな、という一言と一緒に珈琲を出す。

珈琲に口をつけると、男はやっぱこれなんだよなあ、と心にも思ってないことを言ったので、俺はモーニングセットのハムサンドに取り掛かった。


「春香ちゃんは何歳になったんだっけか」何を急に、と思ったが、今年で16歳になると答えた。

それを聞いて目を細めると、そっかと言った後、「もうあれから16年になるのか」と言葉を続ける。

その言葉にも俺は手を止めずに、俺も今年で39だからなと返した。

そりゃあ俺も同じ歳になるからな、と冗談交じりに言う。


そう、俺は別に結婚をしていないわけじゃないし、春香ともちゃんと血はつながっている。

だが、この家に俺の奥さんはいない。

俺の奥さんは、斉藤京香は、16年前に亡くなっている。


俺と京香は、大学4年間の交際の後、お互い社会人になったその年に結婚し、すぐに子どもを授かった。

京香は会社に大目玉を食らったらしいが、両親や周りの友人たちは祝福してくれた。

それは目の前に座るこの男もそうだった。

元々体が弱かったこともあって、それからすぐに京香は入院した。

子どもができたことで、俺は一層責任感を感じ、俺は仕事に明け暮れ、暇を見つけては病院に足を運んだ。


そうして9か月が過ぎたころ、2人が待ち望んだ時が来た。

病院から知らせを受け、まだ日が沈む前の時間に、部長に頭を下げ、病院に向かった。

それから何時間も俺は京香の隣で手を握り、声をかけ続けていた。そうして子どもが生まれた。

女の子だった。

生まれたばかりの娘を抱く京香を見て、俺の目からは涙が止まらなかった。本当にうれしかった。でも、


子供を取り上げてすぐに、京香の容態は急変した。


また慌ただしく医師たちが動き始め、俺は部屋から追い出された。

どれくらい経ったろうか、俺がわけもわからず立ち尽くしていると、医師が部屋から出てきてこう告げた。


「奥さんは、亡くなりました」


それからのことは正直よく覚えていない。

覚えているのは、俺が喪主として京香の葬式を行ったこと、たくさんの人が集まったこと、そして、俺が泣いていなかったことぐらいだ。


泣く暇がなかった、といえばそうなるんだと思う。

ただ人が泣くことに時間がいるとは思えない。

だから俺は、悪い人間なんだ。そういう答えが出てしまう。

そして生まれたばかりのまだ名前もない赤ん坊だけが俺の中に残った。

この子のために俺は何をできるだろうか。

まず名前を付けないと、それが俺にできることだと思った。

生まれた時期は桜が芽吹いて間もないころだったことから、京香からも一文字貰って、娘には春香と名付けた。

それでもどうしていいかはわからなかったが、まず俺は、会社を辞めた。

少しは貯金もあったし、春香の親は俺しかいない、なにより、この子のために、俺は時間を使いたかった。

最初はもう大変だった。

ミルクを作ったことも、おむつを替えたことだってない。夜泣きだって酷かった。

何より、なんで春香が泣いているのかがわからないことが一番辛かった。

それでも、俺は春香のために何かができることが、とてもうれしかった。


そんな日々が落ち着いて、春香が小学校に上がったころ、この喫茶店を立ち上げた。

どれだけ厳しいかはわかっていたが、春香との時間が会社員になるよりは作れると思ったし、京香と冗談交じりに話していたこともあったんだと思う。

「子どもが親の手を離れて、それから少しお金を貯めたら喫茶店を開いて二人で過ごすんだ!」

これが二十歳を超えてからの京香の口癖だった。

立ち上げてすぐは正直生活は良いとは言えなかったし、借金の返済だってまともに出来なかった。

色んな人に助けられ、励まされ、背中を押された。

頭を下げた分だけ、今では頭が上がらない人がたくさんいる。

おかげで今では安定し、それなりの生活ができるまでになった。

そして、その頃には春香はもう自分で物事を考えられるようになっていた。


春香には申し訳ないと思ってる。

一番遊びたい時期に遊ばせてやれなかったし、もっとやりたいことだってあっただろう。

旅行にだって、何回連れて行ってやれたことか。数えてみれば片手で収まるほどの数だと思う。

だから、子どもの親という意味で言えば、俺は失格だと、今でもそう思っている。


春香ちゃんを育てているときのお前はお前は面白かったな、という男の声で俺は思い出すことを止めた。皮肉交じりに、いらんことまで思い出すなよ、と返しながら作りあがったハムサンドを目の前におくと、親友だからな、と口を付け始める。


そう、俺はひどい父親だ。

未だに春香に京香のことを話すことができずにいるのだから。


男はハムサンドを食べ終えると、お金を置いて立ち上がり、また来ると一言言って店から出ていった。

あいつは良い奴だ。春香も自慢の娘だ。一人だけ、俺だけが、悪い奴だ。


お昼も過ぎ、夕方の最後のお客さんを見送ると、店の前にCLOSEの看板を立てかけた。

その後はいつものように夕飯を作りながら、今日は遅くなると言っていた春香の帰りを待つ。

二本目の煙草に火を点けたあたりで、玄関から帰りを告げる声が聞こえてきた。

お帰りと声をかけると、よほどおなかが減ったんだろう、すぐに食事の席について料理に手を付け始める。

食事の最中は、愛ちゃんが最近彼氏とうまくいっていないことや、社会の先生の髪がまた減ってきているなどいろいろな話を始めた。それを俺は笑いながら聞いている。

お互いにごちそうさまを言ってからは春香は浴室に向かった。

食べ終えた夕飯の洗い物を終え、缶ビールを片手に一服し、不倫を題材にしたドラマが佳境に差し掛かったころ、風呂から上がった春香が隣に座ってきた。

ビールは美味しい?と聞いてきたから、春香にはまだ早いと返すと、子ども扱いに怒ったのだろう、口を尖らせた。

それから一呼吸おいて春香は緊張した顔で一つ聞いてきた。


「ママは、どんな人だった?」


その言葉に俺は動揺を隠せなかった。

なんでそんなことを、と聞こうとも思ったが、春香の顔を見ると、そんな気持ちも失せてしまった。


「なんて言えばいいんだろうな、素直だけど気難しくて、人に心を開かないのに友達が多くて、適当に何かをできない、損をする性格の人だったよ」

「何が好きだったの?」

「甘いものと揚げ物と、後は、のどが渇けば珈琲を飲んでいたかな」

「そんなに好きだったんだ」

「あいつの血液はカフェインでできてたと思うぞ」

「なんか趣味とかはあったの?」

「とにもかくにも音楽だったな。歌もうまかったし」

「そこはあたしと一緒なんだね」

「春香も歌ってる時楽しそうだよな」


それからも色んな話をした。

楽しかった思い出、どこにデートを行ったのか、どうしても聞きたいとしつこいので出会った頃の話までさせられた。そして、その話を聞いているときが一番楽しそうだった。

気恥ずかしくなり、ビールの残りを飲み干したところで会話がひと段落した。


あぁそうだ。俺は、「京香のことが大好きだ」そして、「生まれてきてくれてありがとう、春香」

それを聞いた春香は恥ずかしいこと言わないでよ、と言って階段を上がっていった。

少し目が赤かった気もしたが、まあ見てなかったことにしてやろう。

「今の俺の顔も、見せられるものじゃないしな」

これは十六年前のあの日に流しておくんだったな、と俺は半分後悔していた。


次の日の朝、春香は俺が起こすより前に二階から降りてきた。

「パパ、珈琲ちょうだい」

そういうだろうと思って、俺はもうマグカップは二つ用意している。

熱いぞと一言注意して娘に渡した。

苦いと言いながらも飲む娘の姿を見ながら、俺はテレビを点ける。

そこにはいつものお天気お姉さんがいつもの笑顔を浮かべていた。


「今日も雲一つない青空が広がるでしょう」


まずは、「いつか誰かがくれた時間」を読んでいただき、ありがとうございます。

この作品は、私が「あ、小説書きたい」と思った気持ちのままに出来上がったものになります。

なので、私という人間性のようなものが、随所に出ているんじゃないかと思うと、正直恥ずかしいです。


家族って何だろう、とふと思ったのがこの作品のきっかけだと思います。

家族は、人の人生の中で、最も長い時間を共にするコミュニティーだと、私は考えています。

それが他者であるがゆえに、分かり合おうとし、その人を知り、愛情が深くなる。

だから、家族というものは何よりも強く、尊いんじゃないかなあと思います。


改めまして、この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。

また、どこかで見かけることがありましたら、その時は御縁だと思って諦めてあげてください。


それでは。


たりとり


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