43 Engage!
空を見上げる。光の屈折で青い、空。
それは僕らを閉じ込めるドーム。大半が窒素、それから二酸化炭素に酸素。
気体に包まれ、圧力をかけられ、自由を奪われ、
しかし、そこでしか生きることを許されない、有機生命体。
なんてつまらない存在だろう。
君に束縛されているのじゃあ、ない。ドームと重力に囚われているだけなんだ。
だから何も気にしなくていい。いつもどおりでいいんだ。
多分、おそらくだけど。君は青いドームの中、重力の井戸の底で有限でありながら無限である、この丸い世界を歩き続けているのが一番美しい。
どんな困難に出遭おうとも、いかなる障害にぶつかっても、君なら乗り越えていけるだろうね。
僕は君を見つめていられたことを光栄に思う。
君に触れて、世界を知って、途中までだけど同じ道を歩けて幸せだったと思う。
ずっと同じ道だったらよかったんだけれど、そううまくはいかないものだね。
僕はもう6年も履き続けたスニーカーにさよならを言う。しっかり汚れ、くたびれてしまったヨレヨレスニーカー。。
これも捨てていかなきゃだね。
多分、おそらくだけど。もうこれを履く機会なんてないから。
君にもらった大切なスニーカーだったけど。
本当はさ、私物は一つも持って行っちゃあ、いけないんだ。
だけど僕はナイショで一つだけ持って行くことにした。
君との思い出。
空が青から紺に近づくとき、僕は旅立つ。
僕らを閉じ込めているこのドームから飛び出すんだ。
特別製のエンジンで。
ナイショにしていてごめん。ずっと前から決まっていたことだったんだ。
わかってたことなんだ。言えなくてごめんね。
本当の故郷は
多分、おそらくだけど。この高い空、ドームの屋根の向こうにきっとある。
近いうちに君は母親になる。そのこどもが大人になって、またこどもができて、大きくなって、
その頃には君にも見えているといいな。また、会えるといいな。
煤けたドームから解き放たれて、自由になれるその場所で。
さて、そろそろ準備にかからなきゃ。この靴を脱いで。
水のつまった服を脱いで。
銀色の、見えない羽根の生えたスーツに着替えて。
ねえ君。気づいてたろうけど僕は君が大好きだったよ。
狭苦しいこの世界で、それだけは真実だったな。
さあてと、さよならだ。
深呼吸をしよう。
微粒子となって彷徨っている君との思い出を、このカラダに吸い込んで
僕は旅立つ。
特別製のエンジンで。
そう、特別製のエンジンで。
あと7話! あしたもよろしくおねがいします。




