38 ちぎれた切符
半分にちぎれた切符を持ち、緑の座席についてもうどのくらい。
外は真っ暗、星々が瞬く。
時折見える低い位置の光は民家だろうか。それとも、これも星なんだろうか。
ごとんごとんと、古い列車は進んでいく。どこで手に入れたかもわからぬ乗車券を握ったまま、僕は外を眺め続ける。
そういえば「乗車権」という歌があったなと口ずさんでみた。あれはバスだったな。
時折、知らない駅に止まる。乗車してくる人があれば、無人のこともある。下車するものは一人もいないことは、とうに気づいていた。
ごとんごとん、一本調子で列車はゆく。目的地は車掌がちぎったもう片方に書いてあったはずなんだ。僕は目的地を確認するのを怠っていた。終着駅はどこなのか、知る由もない。知る必要もない。
この車両は二人がけの椅子が向かい合わせになっていて、仲間同士での旅行ならさぞ話がすすむところだろう。しかしここには僕一人。一人でぼんやり座っているだけだ。
ふと手に入れた切符に引かれるように、この列車に乗り込んだ。時代じみた車掌が切符を確認し、「ごゆっくり」と言ったきり、だれも車両にはやってこない。
スーツのポケットにあったフリスクは食べ尽くしたし、もうぼうっとしているしかない。鞄もなにもない。スマホもタブレットもなにもない、全くの手ぶらなのだから。
ミステリー列車かなにかなんだろうか。
僕はどこに向かってるんだろう。なんだってこの列車に乗っているんだろう。
不思議と眠くもならないし、腹も空かない。
朝の通勤時は、立っていてもうつらうつらしていたというのに。静かだと逆に眠れない、そういうものだろうか。
ごとんごとんごとんとん、列車はゆく。
星が瞬く。
もうずいぶん時間がたったろうに、外は真っ暗なまま、夜が明ける様子もない。ずっとこのままかもしれないな、なんてふと考える。
のんびり星をみて、静寂がゆっくり心に染み入って。これが僕の求めていたものだったような気がする。
ごとんごとん。
僕もそろそろこの列車の意味がわかってきた。
そうか、そういうことか。
ごとんごとんごとんとん。
僕は「乗車権」を手に入れたんだ。
永遠にこの列車で旅をする権利を。
ほろ苦い思い出といっしょに、永遠に。目的地の確認は怠ったわけじゃなかった。
最初からなかったんだ。終着駅などこの列車には。
ごとんごとん。一本調子のこの音もずいぶんここちよく響くようになってきた。
ごとんごとんごとん、ごとん。
週末もどうぞよろしく。




