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26 閉じた世界


伏せていた目を開け、黒い空を見上げる。

合わせて長い長い、翅が広がった、細長い4枚の翅。

量子の世界を可視化する、ヒューマンタイプの瞳は極彩色に輝く。

細い体を丸めて、彼女はまた、夢を見る。



わたしのかわいい仔猫さん

どこへ行ってしまったの


わたしのかわいい仔猫さん

いつも一緒だったのに


三角のお耳に長いしっぽ

いろんな色のまじったきれいなおべべ


世界で一番かわいい仔猫さん


どこへ行ってしまったの。



彼女の翅はブルッと震えた。




僕の愛する妻は旅立ってしまった。

勿体ないほど美しく、優しく、僕と結婚してくれたのが不思議だった。

尋ねても恥ずかしそうに微笑むだけだったから。


子供も大きくなって孫もできた。

お宮参りの時、大事な宝物を抱っこしている君は、老いてもそれはそれは麗しかった。

ほらこの写真、見てご覧。

こんなに美しい人がどこにいる?


子どもたちは立派に育ったよ。君に似たのだろうね、しっかりものだ。

一人になった僕を心配して、時々会いに来てくれる。

君の面影の残る子どもたちは僕の記憶を呼び覚ます。


さびしいね。


こんな泣き言を言っては君に申し訳ないんだけど、

この家は広すぎる。

僕と君とでやっと「家」だったのに。


今でも君が好きすぎて


僕はさびしい。




ぶるる。

彼女の抱えた両足は少し動いたように見えた。




学校でまたあの子に会えるかなあ、

それだけの思いをバネに僕はベッドからはいずりだした。

えーっと、今日の時間割なんだったっけ。

火曜日だよな。1時間目……ああ、そうだ数学だ。

5時間目が体育で6時間目が古典で、絶対寝てしまう絶妙なスケジュールの日だ。

こんなん組むって教師ってバカじゃね?

絶対そうだよな。いや、古典捨ててんのかもしれん。

まあどうでもいいけど。


重要なのは、あの子に会えるかどうかなんだからな。




彼女は立ち上がり、電磁波の風に翅を委ねた。




おとうさん、なんではしるの?

もう足がうごかないよ

うしろのほうでおおぜいの人が大きなこえで何かいってる

なんなの?

おとうさんおはなししてよ

なんでてっぽうもってるの?

うしろの人たちもみんなもってるよ、こっちねらってるよ

どうして?

どうしてなの?

わたしたち、何もわるいことしてないよね?

なんであのせいふくの人たちはおいかけてくるの?


いたいいたいいたい

足からいっぱいちが出てるよおとうさん

いたいよたすけてたすけて


ねえ、おとうさん

なんでおかあさんはしんでしまったの?

あの人たちはなんでおかあさんをころしたの?


いたいいたい足がいたいよ

足がいたくてねむいよ

いたいよいたいよ たすけて おとうさんたすけ……




いくつものイメージは、流れ流れて宇宙に消える。



彼女の髪は波に乗った。

揺れる金色の波。

1回転して彼女は飛び続ける。



ああ、うまく出来たわ。

わたしにしては上出来じゃないの。大成功よ。

ヒューマン・ビーイングの明日はこれにかかってるんだから、うまくいかないと困るんだけどね。

ただ世間に受け入れられるか、難しいところ。

人類が生き延びるにはこれしかないと思うのよ。

そりゃあ方法は他にもあるでしょうよ、実用化が可能ならね。

でもそれに託せる? わたしの案は既にこうして完成しているのに?

結構急を要することなのよ。明日にも滅びるかもしれない種族の未来を決すること。

まずはわたしの大切な人から処置していくわ。

怖がらなくていいの。恐れるものはなにもない。

姿も、形も、すっかり変わってしまうけれど、それこそが私達の生き延びる唯一の道。

信じない人は勝手に滅べばいいんだものね。

死んだ後に後悔なさいな。

わたしたちは世代を絶やさずつなげていくから。継いでいくから。





彼女の極彩色に輝く瞳には、昔、とある惑星にいた先祖の記憶が映っている。

小さな安っぽい世界、丸い球に閉じ込められていたころの。


今、彼女と一族は長い翅を広げて宇宙を自由自在に行き来している。



人はようやく、自由を手に入れたのだ。



あしたもがんばります。

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