16 王たるもの
眼球がゴロゴロと、荒れ地を転がっていくような感触。乾いているのだろうか。
目を閉じたまま、眼筋を上下左右に動かす。自分は涙も出なくなったのだろうか。
たしかに、涙など必要ない。
右なる王たるものに、喜怒哀楽など必要ない。ただ静かにに、波風立たぬ心で物事を判断すればよい。
民には王など象徴的なもの。
ただただ、国が豊かでかつ、平和であればよい。我々は確固たる信念のもと民を導けばそれでいい。
右の王に必要なのは心ではない、判断力だ。
喜びも悲しみも、感情は左なる王が表せば良い。
わたしが心を失っても、左の王がいる。民は導くものと寄り添うものがいれば安心するものだ。
わたしはただ、導いてゆけばいいのだ。
国の外れ、田園風景広がる農家の子として生まれたわたしは、豊かな大地で一生を過ごすものと信じて疑わなかった。
陽気で快活、そう表現するにふさわしい少年時代を送った。
王都から迎えの使者がやってきたとき、村は大騒ぎとなった。こんな片田舎から王が出るなど誰ひとり考えもしなかったからだ。集会所に集まった大人たちは、不安げに顔を見合わせるばかりだった。
使者は開口一番こう言った。
西の占い師が告げた。この村に王となるべき男がいる。
それは、わたしの運命が大きな音を響かせて狂い始めた瞬間だった。
西の占い師がいかなる方法でわたしを選び出したのか、それはわからない。
東西南北、最上位4名の占い師のうち、最も格が高いのが西である。
つまり、彼のいうことは絶対なのだ。天が教え給うことに等しい。
次の王は男。
王都の北に左の王、国境沿い東の果てには右なる王が住まう。
彼らを石の王宮へ迎え入れ、王として必要な教育をせねばなるまい。
当時の王……いや、女王たちは直ちに次の王を探し始めた。
王は対である必要がある。次は男だ。
右の王に、実直で豊かな心をもつ少年はふさわしくなかった。
感情を司るのは左の王の役目だ。
右に立つがゆえに、わたしは心を抑えることを覚えた。
正しいとされる知識と判断力を叩き込まれた。
どんなに理不尽であろうと、国を導くに必要ならば眉一つ動かすことなく淡々と決定を下すことを求められた。
わたしは心を殺すことを覚えた。
涙も、笑顔も、そこにはなかった。
苦しみも悲しみも忘れてしまった。
人として生きることよりも、王としてすべてを捧げることが国を導くためとなるのだ。
ならば仕方あるまい。
わたしは王なのだ。
こうしてこの国は成り立ってきたのだ。
左の王はどうだろう。
微笑み、怒り、涙を流し、大声で笑う。民の心に沿うように。
皆のことを理解していると国民に信じさせるために。
私の下した判断を、どれほど厳しいものでも民に理解させるために。
ああ、そうか。
彼も自分の感情を持つことを許されていないのだ。
心を殺すことを求められているのだ。
場に合わせ自由に喜怒哀楽を操るは、感情を持たぬも同然。
わたしたちに、心は必要ないのだ。
殺し続ければいいのだ、ひたすらに自分を。
代々の王が短命であるのもこれが理由なのだ。日々自らを殺し続けているのだから。
この国が滅ぶまで、それは続くだろう。
王国が永遠であるならば、心を押し殺した王が、この先も生まれ続けるだろう。
それが国民のためとなるならば、それでいいではないか。
相変わらず眼球は乾いたままだ。
しかしまた、わたしは瞼を開き、歩き出す。長いローブを後ろにひいて。
この生命尽きるまで歩き続けるのだ。
左の王とともに。
この国のために。
この国に生まれた全てのもののために。
王たるものの役目を果たし続けるために、明日の陽を民が見上げることができるように。
明日は現代劇風の何かです。お楽しみに。




