15 家族旅行
ことしのふゆやすみは、りょこうにいこうねっておとうさんとおかあさんがいった。
おねえちゃんとぼくはとびあがってよろこんだ。
みんなでりょこうにいくのははじめてだ。
おともだちは、なつやすみとかおやすみのひにはよくりょこうにいくってゆってるのに
ぼくはいつもずっとおうちだったから。
だっておとうさんとおかあさんがいそがしいから、がまんしなきゃって
おねえちゃんがいったし、ぼくもがまんしなきゃっておもったの。
でもこんどのふゆやすみはりょこうだ。とってもとってもうれしい。
かれんだあのうしろに、あかいろとちゃいろとみどりいろとあおいろとももいろとみかんいろとなんかいっぱいでおえかきした。
でもどうしよう。もしりょこうちゅうにくりすますだったら
サんたさん、ぼくのうちにきてもだれもいないよ。どうしよう。
そうだ、おてがみすればいいかな。
サんタさん、ぼくはおとうさんとおかあさんとおねえちゃんとりょこうにいっていますって。
サんたさん、ぼくのいるところわかるかなあ。
父さんと母さん、この冬はみんなでどこか旅行しようかと言っている。
両親の仕事について、詳しいことをわたしは知らない。ぼんやりとほのかに輪郭だけがみえるようなみえないような。
とにかくとても忙しい、時間をとられる仕事らしい。
幼い頃は祖母に預けられていたが、小学校に上がる頃にはその祖母もなくなり、
わたしは自分と弟の面倒をみることになった。
冷蔵庫に出来合いの、もしくは前日に作り置きしてあった食事が用意されていたし、
洗濯や掃除は週に1,2回、通いの人がやってくれていた。
だからワタシが苦労したといえば、弟に関することだけだ。
彼は素直な方だが、やはり母親が恋しいのかよくぐずった。
本当いろいろ大変だったが、帰ってくるたびにやつれ、疲れきった両親の顔を見ると何も言えず、ただ耐えていた。
その両親からまさか「家族旅行」なんて単語が出てくるなんて思いもしなかった。
母さんはニコニコしていたが、父さんの顔を見てわたしはどこかおかしいと感じた。
これは女特有の勘。
女は秘密を隠し通せるが、男はそうはいかない。一瞬の表情を読み取る能力は女のほうがはるかに高いのだ。たとえわたしが小学生であっても。
ひょっとしてうちには大変な借金があって、旅行先で家族心中とかそういうことだろうか。
でも借金あるわりには通いのお手伝いさんくるし、結構いい家に住んでいるし、
それ以外質素だし。だれも浪費癖ないし。
でもでも友達の借金の保証人でうんたらかんたらかもしれない。
わたしは喜び半分、不安半分で両親の話を聞いていた。
この冬はどこかへ行こうか。家族で旅行とか。
私がそういうと息子は飛び上がって喜び、娘はその様子に驚き、また
母親の顔を眺め、ついでわたしをしばしみつめ、にっこり笑った。
「家族旅行」なんて初めてだね。
いままでさびしい思いをさせて済まなかったね。
父さんも母さんも忙しすぎた。そう、父さんは忙しすぎたね。
一所懸命だったんだけれど、父さんの腕ではもうこれが限界だ。
ああ、こんなこと言えば不安に思うよね。
ちがうちがう、父さんはお母さんもお前たちも大好きだ。
大好きすぎていつでも踊っていたいくらいだよ。
もっとお休みたくさんとって皆とたくさん遊びたかったんだ。本当だよ。
でも父さんの仕事には休みはなかったんだ。
一瞬たりとも気のおけない、そんなお仕事なんだ。
妻が焼いた薄く平べったいスポンジに、娘が泡立てておいた生クリームをのせる。
息子はその上にバナナを。
くるっと巻けばロールケーキの出来上がりだ。
ワイワイと嬉しそうな家族図。滅多にない出来事に子どもたちは大喜びだ。
バナナのロールケーキか。
わたしが若いころ、大好物だったものだな。
こんなことまでできる「母さん」はごめん、もうこの世にはいないんだ。
子どもたちには申し訳ないと思っている。嘘をつき続けていたことに。
「彼女」が誰か、ということを。
君たちのお母さんはもう死んでしまっている。
実験中の事故だったんだ。
誰が悪いわけでもない、ついてなかっただけだ。
ただ運が悪かったんだ。
でも父さんは母さんを絶対に失いたくはなかったんだ。
だから、母さんを、彼女の脳が生きている間に出来るだけ
出来るだけ
データ化して保存したんだ。
そうして母さんそっくりに作り上げたアンドロイドにデータを移植した。
しかし事故でダメージを負っていた脳から、彼女の全データを抜き出すなんて不可能だったんだ。
父さんと母さんのお仕事は、人の脳のデータ化だったのにね。
そして成功していたのにね。
なんでまず、自分たちのデータをとっておかなかったんだろうと後悔したよ。
できあがった「母さんの複製」は不完全だった。
毎日毎日、調整した。
言葉遣いや仕草も何もかも、わたしの妻でありお前たちの母さんそのままを再現したかったんだ。
たとえホンモノではなかったとしても。
わたしと彼女が心から望んでいた理想の家族を守りたかったんだ。
が、これがわたしの技術の限界だ。
勘の良い娘はもうすぐ気づくだろう。息子は実母の記憶がないからもう少しごまかせるだろうが。
なにせ今の母さんは人間ではないのだから。
日々のメンテナンスではどうしようもない何かに気がつく日がくるだろう。
だから旅行にでかけよう。
お前たちの意識のすべてをデータ化しよう。
わたしのデータと母さんのデータ。
その中で永遠に家族でいよう。
まるで夢のなかにいるような、幸せな日々を送ろう。
大丈夫、痛くないしこわくもない。
お前たちはただ横になっているだけでいい。
ほら、今話題の「ご希望の夢、お見せします」
あれのもっともっと高度なものだよ。だってそもそも父さんと在りし日の母さんが創りだしたものだからね。
そのほんの一部の権利を売っただけで、たちまちそれは商業化され、みな長期休みを快適に過ごしてるじゃないか。
お前たちの友達の「旅行したんだよ」も、大半は父さんたちが作り上げた夢のなかの出来事なんだから。
お前たちはもっと素敵な夢を見続けるといい。
家族旅行だけじゃない、完璧な家族の夢だ。
終わることのない幸せな夢を見てくれ。
お前たちの幸せだけが、父さんの願いなんだ。
さあ、もっと旅行の話をしようじゃないか。
どこへ行きたい?
どこでもかまわないよ。どんなところだって連れて行ってあげられる。
さあ! わたしの完璧な家族図は永遠だ。
「お題:商業的な冬休み 必須要素:バナナ 制限時間1時間」という条件下で書いたもの。どこだったかでも評価を受けて有り難く思ったのを覚えています。
明日は久しぶりにファンタジーです。お楽しみに。




