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13 靴下


靴下が愛らしく話すお話があった。本人は上から目線で偉そうなんだが、見かけはかわいい子供用の靴下だったかな。とにかくキュートだった。

読見進めていると、いきなり出てくるこのキャラクターに心奪われたのはいうまでもない。

執筆者は男性。先般、有名な文学賞をとった作家だ。


靴下といえば、サンタがプレゼントを入れてくれる袋代わりに使われるな。

あんな小さなものにいかほどのものが入るのやら。でも……と、一度は自分の靴下を寝床に置いていたのではないだろうか。これでは小さいから、と、手作りの大きな紙製の靴下を作ったり。

あのとき、子どもたちの目には「靴下」が打出小槌のように、宝を生み出す不思議な袋のように輝いてみえたに違いない。


こどもって冬でも靴下なんてすぐ脱いじゃうもけどね。

こんな時だけは靴下頼り。現金なものだね。かわいいものだ。



ああ、別に靴下について語ろうと思ったわけではないんだ。

そんなびっくりした顔をしないで。ふと思い出しただけだから。



靴下を履く動物って人間だけなんだよ。

うちの猫も「くつした(ソックス)」だけど、それは足の先だけが白いからであって。

極地冒険の際、わんこに靴下を履かせることはあるけれど、それだって人間の工夫なだけだし。わんこが履きたい欲しいってねだるわけじゃない。最初はすごく嫌がるらしいよ。


大体、靴下だよ。靴の内側に履く布のことだよ。

靴を履かぬ動物に靴下が必要なわけがない。

人の都合だよ、都合。



理屈っぽいって?

そうかな。自覚なかった。ごめん。



大人になるにしたがって、どんどん靴下を履く機会が増えた。そこは学校であり会社であり。

靴下を履くことに抵抗がなくなった。素足で外出することの方が少なくなった。

冬場なんて絶対欠かせない。

だって便利だものね。

が、洗濯するたびにペアがなくなっていく不便さはなんだろう。必ず片方が行方不明になるって現象。忘れた頃に出てくるんだ。あれに名前はあるんだろうか、靴下旅立ちの法則とか。



靴下の先を切って、糸を引っ張ってみる。

うまく行けばどんどん長く、糸がのびる。かたかたと聞こえない音を出しながらほどけてゆく。


どこまでのびていくんだろう。

ずーっとずーっと途切れること無くほどけた糸が連なり、長く長く、

まず僕を、

そしてこの部屋を、

マンションを、

街を、

大陸を、海を。

地球までくるくる巻き込んでいきそうな錯覚に陥る。


君は笑うかもしれないけれど、地球が靴下にくるまれるなんてね。

でも案外そんなものかもしれないよ。


僕の愛も、君への欲望も、

世界の愛と欲望に対応して、ますます大きくなってゆく。

それが1足の靴下に収束されるなんて面白いとは思わないかい。



すべてが靴下の中の世界なんだ。

愛と欲望。それらに覆い尽くされているこの星も、宇宙も。


そう考えると、世界ってなんてちっぽけなんだと思うよ。




横になって両手両足をうんと伸ばす。

片手には靴下。



世界の詰まった、靴下。



君が残した、たったひとつの。



ここに僕のすべてがある。

君は僕のすべてだったから。



世界はちっぽけだ。

君と僕との日々もひどく小さいものなんだ。

ここにすっぽり入ってしまうほど。


それでも僕にはすべてであり、この世で最も大きなものなんだ。


僕はベッドから起き上がり、「世界」を胸ポケットに突っ込んだ。

部屋を出る時、振り返り


「行ってきます」


窓際のデスク上、小さな枠におさまった、困ったような嬉しいような、複雑な笑顔で見送る君の笑顔に挨拶する。



僕は今日も生きているよ。一人ぼっちになってしまっても、ちゃんと。



ポケットにしまわれた靴下の中には君と僕と、愛と欲望、そして世界のすべてがあるから。



僕はまだ生きていける。





いつの日か、また君に逢えるその時までずっと。




今まで書いてきた中で、この話ほど執筆中から寒気がしたことはなかったです。

本当に本当に、怖かったです。理由はみなさんでお考え下さい。

気づいたらきっとゾッとすると思います。


明日は一転、やさしい夫婦のやさしいお話です。お楽しみに。

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