訪問
九、訪問
ある日の日曜日、勝は一人で一郎伯父さんの家の前にいた。昨日父母と話をして、とにかく伯父さんに会ってみる、と勝が言ったからだ。
父母は、一緒について行こうか?と言ってくれたが、勝はそれを断った。父母の顔を見ながらでは、心が甘えてしまうと思ったし、これは自分一人で決めることだ、とも思っているからだった。
父母は心配そうに、そして不安げに勝の顔を見ていた。勝の心が揺れているのは、父母たちにもわかっていた。
やはり本当の父親、血のつながった父親というのは、特別なものなのだろうとも思った。それでも勝は私たち夫婦を選んでくれる、そう信じてはいたが、心優しい勝は独りぼっちになった一郎を見て、同情の気持ちが生まれるのではないか、と心配していた。それに、勝は一郎のことが大好きであるから尚更だった。。父母は複雑な気持ちで勝を送り出した。
一郎伯父さんの家は、電車で三十分くらいの所にある。閑静な住宅街の一角で、とても落ち着いた町並みだ。勝は小さい頃から何度も一郎伯父さんの家を訪ねていた。そのほとんどは父母と弟の駿介が一緒だったが、一人で訪ねて行ったこともある。初めて一人で訪ねた時は、勝が小学校四年生の夏休みだったか、一郎伯父さんが駅まで迎えに来てくれた。だから、今日のように伯父さんの家の前まで一人で来たのは初めてのことだった。
しかし、駅からの道順は割と簡単なので、小学六年生になった勝にとっては大したことではなかった。勝は背負っていたリュックを背負い直すと、一度深呼吸をしてから玄関のチャイムを鳴らした。こんなに緊張して伯父さんの家に来たのは初めてだ。
「はい」
一郎の声がインターフォンから聞こえてきた。勝はもう一度深呼吸をしてから、インターフォンに向かって言った。
「伯父さん、勝です」
すると、玄関の奥からドタドタとした大きな音が聞こえてきたかと思うと、ドアが勢いよく開いて一郎が飛び出してきた。
「勝、よく来たな!ここまで一人で大丈夫だったか?」
一郎は驚いた表情で勝を迎え入れた。勝が今日来ることは、昨日電話で聞いてはいたが、てっきり駅まで迎えに行くものだと思っていたからだ。およそ一年ぶりに見る勝は、少年から青年へと少しずつ変化してきたように見えて、一郎には頼もしく見えた。
「伯父さん、お久しぶりです」
勝がぺこりと頭を下げる。少し他人行儀な態度に一郎は少し困惑したが、出来るだけ今までのように接することにした。
勝が一郎の所へやって来た理由は、既に電話で聞いていた。急に勝を引き取りたいと言った、一郎の本心を聞くためらしい。それ故二人ともどこか緊張して、よそよそしい態度にならざるを得なかった。
「何か冷たいものでも飲むか?」
一郎が勝に尋ねる。
「じゃあ、麦茶かジュースをちょうだい」
勝が遠慮がちに答える。
それから二人は、当たり障りのない会話を続けた。学校の事、駿介の事、一郎の小説のこと等々。
「今書いている小説は冒険ものでね。普通の男の子が、ある日突然超能力に目覚めてしまうんだ。そして、地球を侵略しようとする悪の軍団と戦く、という物語さ」
一郎が熱の入った口調で説明する。
「ふーん、どこかで聞いたような話だね」
勝が相槌を打つ。
「やっぱり、マンネリ・ワンパターンと言われても、王道のストーリーが読者には一番受けるんだよ」
一郎がコーヒーを啜りながら言った。
「書けたら真っ先に一郎に読ませてあげるよ。楽しみにしていてな」
一郎が笑いながら言った・
すると突然、勝が真顔になり一郎を見つめた。
「あのね、伯父さん。今日ここに来たのは僕のことで聞きたいことがあるからなんだ」
急な勝の変わりぶりに、一郎は一瞬驚いたが、すぐに一郎も真顔になり勝を見つめた。ついにこの時が来た。一郎はそんな気持ちだった。