外出
七、外出
それから数日が過ぎた。勝は何の答も出せなかった。父母は多少ぎこちないながらも、いつものように接してくれていた。それが勝には有難かった。
一郎伯父さんの子供だと聞かされてからのこの数日、勝は悩みに悩んでいた。今更一郎伯父さんを父親だとは思えない。けれども、一郎伯父さんは自分を必要としていて、自分を子供として迎え入れたいと言っている。大好きな叔父さんのために力になりたい、という気持ちはあるが、さすがに古石家を出るという決断を下すことは出来なかった。
しかし、一郎伯父さんが本当の父親であるなら、このまま古石家に残ることは父母にとって重荷になるのではないだろうか?という気持ちもあった。経営している工場が、ここ最近はあまりうまくいっていない、ということは勝にもわかっていた。仕事は明らかに減っていて、従業員も一人また一人と辞めていっているからだ。
父母の負担を減らすためにも、自分が一郎伯父さんの所へ行くべきだろうか?勝は心の中で葛藤していた。
そんなある土曜の午後の事、弟の駿介が動物園に行きたいと言って来た。勝の家の近くには、市が運営しているちょっとして遊園地が併設された動物園がある。動物好きの駿介は、よくこの動物園に行きたいとせがむのだ。いつもなら父母と四人で行くのだが、あいにくその日は特急の仕事が入ったらしく、父母は仕事から手が離せなかった。そこで、勝と二人で行くことになった。
「勝がいれば大丈夫だろう。二人で楽しんでおいで」
父が二人に声を掛けた。
勝は相変わらず悶々としていた。弟の駿介に対してもだ。
駿介は本当の弟ではない。そんな思いが勝の心の中にあった。それでも駿介は、勝にとって大事な弟であることには変わりはなかった。それは、一郎伯父さんのもとに言ったとしても、決して変わることはないだろう。
二人だけ出掛けるのは久しぶりだった。駿介は勝の手をギュッと握り締め、楽しそうに手を振って歩いた。そんな駿介に影響されてか、勝も久々に楽しい気分になっていた。今日は一郎伯父さんのことを忘れて、思い切り楽しもう。そう思っていた。
動物園に着くと、駿介は勝の手を振りほどき、展示されている動物の方へと駆けて行った。トラや象、ダチョウやサイといった動物に、駿介は心を囚われていた。
勝は、同じように動物を観察しながらも、弟の駿介から目を離さないように注意していた。駿介は勝のことなどお構いなしに、次から次へと動物を見て回っていた。勝は駿介について行くのが精一杯だった。
すると、隣にいたはずの駿介がいないことに勝は気が付いた。勝がキリンの姿に圧倒されていたときだった。ちょっと目を離した隙に次の動物のところへ行ってしまったのだ。
「しょうがないなあ」
勝はキリンから離れ、近くの別の動物のほうへと歩いた。しかし、駿介の姿は見えなかった。
「おーい、駿介―」
声を掛けても反応はなかった。土曜日の午後ということもあり、動物園はまずますの混み具合だ。勝は近くを隈なく探したが、駿介の姿は見えない。勝は焦り始めていた。
「迷子になったのか、駿介のヤツ」
勝は駿介が立ち寄りそうなところを隈なく探したが、駿介は見つからなかった。
「どうしよう…」
勝は困惑した。三十分はゆうに経っているが、駿介の姿は一向に見つからない。すると、突然園内アナウンスが鳴り響いた。
「迷子のお知らせをいたします。古石駿介君のお兄さん、古石勝さん。弟さんがお待ちです。至急園内正面迷子センターまでお越しください」
それを聞いた勝は、すぐに迷子センターへと向かった。