動揺
六、動揺
父は勝のことを見つめて言った。
「一郎さんがお前を引き取りたい、と言って来たのは本当だ。ようやく仕事も順調に軌道に乗ってきたらしい。涼子さんと別れて、一層お前のことが恋しくなったんだろう。私ら夫婦にとっては何をいまさら、という感じだが、何と言っても実の父親だからな」
そこまで言うと、父はふう、と大きく息を吐いた。
父の口から語られた真相は、勝にとって衝撃以外の何物でもなかった。話の途中、勝は意識が遠くなる感覚を覚えた。そして勝は、今父から出た言葉が半分信じられなかった。
僕の本当の父親は、一郎伯父さん。
そんなこと、これっぽっちも考えたことがなかったからだ。しかし、父の真剣な表情と、母の困惑した表情を見て、これが真実であることを勝はわかっていた。勝は何も言えずに只々黙っていた。
すると、今まで何も言わなかった母が、重い口を開いた。
「何があっても、あなたは私たちの子供よ。それだけは忘れないで頂戴」
間髪入れずに父が続いた
「そうだ、お前は歴とした古谷家の長男だ。そして、俺たち夫婦がお前の両親だ。例え何があっても…」
勝は父母の言葉を噛み締めた。目の前にいる父母は本当の父母ではなく、一郎伯父さんが本当の父親。頭では分かっていても心がついて行かなかった。
父が言った。
「どうするかはお前の気持ちを尊重したい。私らにしてみればこのままずっとここにいて欲しいが、もし万一お前が一郎さんの所へ行くというのであれば、私らは反対しないよ」
勝は無言だった。一郎伯父さんの所へ行く。そんなこと想像すらできなかった。しばらく、三人の間に沈黙の時間が流れた。
すると初めて勝が口を開いた。
「本当の事を話してくれてありがとう。今は何がなんだかよくわからなくて…。二階で一人になって考えてみるよ」
勝がスクッと立ち上がり、二階へと向かおうとした時、母が勝の背後から声を掛けた。
「あなたは歴とした古石家の長男だからね」
勝は振り返り、うっすらとしたぎこちない笑みを浮かべて、二階の部屋へと消えて行った。
部屋に戻った勝は、床に寝転がると、父の言葉を反芻していた。
「自分の本当の父親は、一郎伯父さん…」
しかし、その事をいくら口に出しても実感は全くわかなかった。一郎伯父さんは優しいおじさん。それ以上でもそれ以下でもない。父親だなんてとても考えられない。
今思えば、一郎伯父さんは勝にとてもよくしてくれた。良く遊びに連れて行ってくれたし、誕生日には毎年欠かさずプレセントをくれた。それも弟が羨ましがるほどに。特に小さい頃は公園だの動物園だのと、毎月のように出掛けてくれたものだ。
真実を聞いた今、それらの行動が父親の愛情から行ったもののように思えてくる。幼かった勝には、全くわからなかったのだが。
勝は悶々としたまま、ただ時だけが過ぎて言った。