衝撃
一、衝撃
古石勝は、古石家の長男として大事に育てられた。祖父の代から続く小さな町工場を営む父親と、その父親を陰ながら支えている母親、そして三つ下のやんちゃな弟がいる四人家族だ。古石家は決して裕福であるとは言えなかったが、それでも家族四人つつましく平々凡々と暮らしていた。そしてあの日の夜、父母の話を聞いてしまうまでは、勝は古石家の長男であることを、これっぽっちも疑いもしなかった。そう、あの日の夜までは・・・。
その夜、勝は中々寝付けなかった。明日の学校が待ち遠しい訳でも、昼間たっぷりと昼寝をした訳でもないのに、何故か眠れなかった。こんなことは初めてだった。
小学六年生の勝は、勉強よりも運動が得意な少年で(要は勉強が嫌いなだけ)、学校から帰るとランドセルを家に放り出して、すぐに遊びに行ってしまうようなどこにでもいる普通の少年だ。今日もたっぷりと二時間は友達とサッカーをしていた。その証拠に夕飯ではご飯を二杯もおかわりしていたほどだ。
そんな勝が、夜眠れない、なんてことは有り得ないことだった。しかし目を閉じてじっとしていても、眠気が襲ってくることはなかったのである。ふと隣を見ると、布団の中で弟の駿介がスヤスヤと寝息を立てている。枕元に置いてある目覚まし時計の針は、もうすぐ十二時になろうとしていた。
「トイレにでもいってくるか」
勝はそう思い、布団を抜け出し階段へと向かった。トイレは一階のリビングの先にある。真っ暗だったら嫌だなあ、と思いつつ、階段をゆっくりと音をたてないように降りていった。当然、父母や弟を起こさないためである。
すると、リビングの扉から明かりが漏れているのがわかった。何やら話し声らしきものも聞こえてくる。
「父ちゃんたち、まだ起きていたのか」
少し安堵した勝は、リビングの扉に手を掛けた。その時、扉の隙間から母親の怒りにも似た声が聞こえてきた。
「一郎兄さんさんも勝手すぎるわよ!」
母の声を聞いて、勝はびっくりしてしまいその場に立ち尽くした。母親のこんなにも荒々しい声を聞いたことがなかったからだ。中に入ってはいけない、勝の直観がそう言っていた。
「今更引き取りたいと言われてもなあ」
父親の困ったような声が耳に入る。勝はその場で息をひそめ、両親の声に耳をすませた。
母が言った。
「そうよ。一郎兄さんが引き取って欲しいというから、養子縁組までして引き取ったのよ。それを今更返して欲しいなんて」
父が言った。
「一郎さんも、一昨年涼子さんと別れて、寂しくなったんだろう。それで、勝のことが恋しくなったんだ」
母が言った。
「それにしても身勝手すぎるわよ。勝はもう、歴としたこの家の子なんだから」
父が言った。
「でもなあ。実の父親が引き取りたいと言っているんだから、そう無下にも出来んだろう」
母が言った。
「勝は私たちの子供です。一郎さんの子供じゃありません」
勝は、リビングの扉の前で茫然としていた。自分は、本当はとうちゃんと母ちゃんの子供じゃない? 勝は、今ここで聞いた話がとても信じられずにいた。
そして勝は、茫然としたまま、トイレに行くのも忘れて二階の部屋に戻ると、布団の上で座り込んでしまった。隣では、弟の駿介が大の字になって眠りこけている。勝はしばしそのまま動くことが出来なかった。