脚本 報い
「報い」 初稿2011/02/13 二稿2011/03/10
○1
家のドアのチャイムが鳴る
玄関に光(兄)が向かい、ドアを開ける
真伊奈が居る
真伊奈「こんにちは、光さん」
光「ああ、いらっしゃい。どうしたの?」
真伊奈「ちょっと近くに寄ったので、顔を見せようかなと」
光「そうか。あがって」
真伊奈「お邪魔します」
真伊奈が家にあがる
光が部屋を開けると、ベッドに寝ている俊(弟)がいる
光のあとに、真伊奈が部屋に入るのを見て起き上がる
俊「ああ、介護士さん。こんにちは」
真伊奈「こんにちは、俊君。どうかな? 調子は」
俊「全然元気だよ。もうぴんぴんしてる」
真伊奈「どこか体が痛むとか、そういうことはない?」
俊「ないない。すこぶる体調がいいよ」
真伊奈「そっか。元気そうで何よりだね。このままいけば普段通りの生活も出来るかもね(笑いながら)」
俊「俺の中では普段通りの生活なんだけどなあ」
真伊奈「まあ様子見って事もあるからね。大事に越したことはないよ」
俊「そうかなあ……?」
真伊奈「それにもしも治ったら、私が俊君に会う理由もなくなっちゃうもんね」
俊「あ、それは嫌だな」
笑う真伊奈
光「俊。ちょっと介護士さんと二人で話してきてもいいか?」
俊「(なんで?という顔で)ああ、別にいいよ」
光「それじゃあ、ちょっとリビングに行きましょうか」
真伊奈「はい!(元気そうに)」
部屋を出て、リビングへ
ドアを閉めた途端に光がしゃべり出す
光「真伊奈さん……もういいですよ」
真伊奈「何がですか?」
光「もう家に来なくてもいいよ……。わかってるよ。あなたが顔を見せに週に何度も家に来ることは。もうあいつは真伊奈さんのことを思い出せないかもしれない」
真伊奈「わからないですよ。そんなこと」
光「あいつが真伊奈さんにとって足かせになってる。もう、別れた方がいい……」
真伊奈「……まだ別れませんよ」
光「どうして?」
真伊奈「だって。まだ俊から別れる。って言われてないですもん。やっぱり本人から聞かないと。それにまだ私たちは恋人関係のままですよ」
光「どうしてそこまで……」
ほほえむ真伊奈
真伊奈「さあて。本当にたまたま立ち寄っただけなので、そろそろおいとましますね」
光「真伊奈さん……」
真伊奈「何ですか?」
光「……もう一度あいつに挨拶していってください」
真伊奈「当然ですよ」
光がドアを開け、部屋に戻る
硬そうな笑顔をしている光
光「俊。介護士さん、帰るって」
俊「えーまだ来たばっかりじゃないか」
真伊奈「今日は姿見せただけだから。また今度一緒にゲームでもしようか」
俊「いいね! また来てよ!」
真伊奈「それじゃあ、またね」
部屋から玄関へ。光と真伊奈が行く
光「あいつの記憶は、もう――」
真伊奈「わからないですよ。それじゃあまた来ますね」
玄関のドアを閉める
光が目を伏せ、ため息をつく
ブラックアウト
○2
スーツに着替えている光
着替え終わるとビジネスバッグを持って、俊の部屋へ
光「俺は今日はナゴヤドーム行ってくるから、お前はそのまま部屋で待ってろ」
俊「就活?」
光「そういうこと。いいな」
俊「介護士さん、来るかな?」
光「たぶん今日は来ない」
俊「えーつまんねえ」
光「ゲームでもやってろ。じゃあ行ってくる」
俊「いってらっしゃーい」
光が家を出る
そのまま歩いて、駅前へ。
駅へ段々近づいてくると、目の前に真伊奈の姿が
光(あれ? 真伊奈さん。来てたのか)
真伊奈に声をかけようと走ろうとしたとき、真伊奈の元へ知らない男(弘之)が駆け寄ってくる
思わず足が止まる光
声は聞こえないが、仲良しそうに喋る男(弘之)と真伊奈
二人が手を繋ぎ、立ち去っていく
唖然とする光
ため息をつき、そのまま駅へと向かう
○3
夜の駅
就活を終えた光が家へと歩いている
家の鍵を開ける
光「ただいま」
俊が部屋のドアを開ける
俊「おかえり。どうだった?」
光「お前に言ってもどうせわかりゃしない」
俊「まあ、そうだけど」
光が部屋に入っていく
光「そういえば真伊奈さんを駅前で見かけたぞ。よく分からないが、知らない男と一緒だった。手まで繋いで……」
俊「どうして、真伊奈が……?」
光「確かになあ。真伊奈さんは――」
俊「真伊奈は、まだ俺と縁を切って無いじゃないか」
少しの間のあと、驚いた表情でまくしたてる光
光「お前、思い出したのか! 真伊奈さんはお前にとって何だ?」
俊「何それ?」
光「いつから付き合ってる?」
俊「三年前の四月十二日。高校二年になってすぐに告白した。何を今更――」
光「わかった! もういい!」
ポケットから携帯を取りだして電話をかける
光「早く出ろ……早く出ろ!」
しばらくして真伊奈が出る
光「真伊奈さん、大変だ! 俊が記憶を取り戻した! 彼女だって事も、告白したことも思い出した!」
映像が光が駅前で真伊奈を見つけたシーンまで巻き戻されていく
ブラックアウト
○4
駅
階段を歩く弘之
駅前に着くと真伊奈を見つける
真伊奈の元へ駆け寄る弘之
弘之「お待たせ、真伊奈」
真伊奈「ああ、弘之さん。五分も待ちましたよ」
弘之「そうか。ごめんごめん。待たせちゃったな」
真伊奈「でも時間内には来てるので許しましょう」
弘之「ありがとう。じゃあ行こうか」
真伊奈「はい」
手を繋いで歩き出す
その後ろ、唖然とした表情で見つめる光
○5
手を繋いで歩いて、公園にやってくる
弘之「まだ店も開いてないから、この辺で時間を潰そうか」
真伊奈「はい」
公園のベンチに座って喋る二人
弘之「どう? 真伊奈はもうすぐ大学入って一年経つけど、慣れた?」
真伊奈「全然慣れないです……いつも疲れちゃいます」
弘之「そうだよね。俺も今年で三年生なのに全然慣れない」
笑う真伊奈
真伊奈「そういえば、いつも電車移動なのはどうしてですか? もう大学生だと免許取っててもいいはずなのに」
弘之「いやあ……実は車の免許持ってないんだ。車を運転するのが怖くてね」
少し黙ったあと、真伊奈が言う
真伊奈「そうでしたか……私も同じです。車を運転するのが怖くて、免許を取る気になれないんです」
弘之「そうかあ。また共通点が一つ出来たね」
真伊奈「そうですね(笑顔で)」
弘之「もっと共通点がほしいな。じゃあ、兄弟は何人?」
真伊奈「私は一人っ子なんですよ」
弘之「ああ、残念。俺は兄が一人いるんだ」
真伊奈「へーお兄さんがいるんですか。意外ですね」
弘之「そう? ……ここだけの話、俺、兄弟で撮った写真を財布に入れてるんだぜ」
真伊奈「えー! 見たいです!」
弘之「ダメダメ! そうだな。きっと見たら驚くと思うよ」
真伊奈「お兄さんかあ。きっと弘之さんみたいに優しいんでしょうね……」
弘之が少し黙ったあとに言う
弘之「呼び捨てでいいよ」
真伊奈「え?」
弘之「弘之、って呼んで。それにもう先輩後輩じゃなく、恋人なんだから、タメ口でいいよ」
真伊奈「うん……弘之」
笑って弘之が真伊奈の頭をなでる
真伊奈もそれに応えるように、頭を弘之の肩にあずける
弘之「いつから俺のこと好きになった?」
真伊奈「初めて見たときから。ずっと弘之のことばかり考えてた。だから同じサークルに入って、仲良くして、いっぱい気に入られようと努力して……」
弘之「そうか。真伊奈、そんなに俺のこと好きだったんだ……」
真伊奈「迷惑だったかな?」
弘之「いや。嬉しいよ。そこまで思ってくれる人、初めて見たよ」
真伊奈「ずっと思ってるよ。これまでもこれからも」
弘之「そっか……」
真伊奈「そろそろどこか行きたいなあ。デートしたい」
弘之「じゃあ、どっか行こうか」
真伊奈「うん!」
弘之と真伊奈がデートをする
食事をしたり、カラオケに行ったり、ボウリングに行ったり、科学館に行ったりなど
日が沈んでいく
○6
夜、二人が歩いている
真伊奈「弘之。ちょっと行きたいところがあるんだ」
弘之「どこ行くの?」
真伊奈「とにかく行こうよ!」
手を握って、弘之を引っ張っていく
引っ張った先にあるのは高架線
人が誰も居ない
手を離す真伊奈
真伊奈「ねー。目つむって」
弘之「なんで?」
真伊奈「ほら、早く」
目を手で覆い隠す真伊奈
目を瞑るが少し開ける
すると目の前に真伊奈
真伊奈「ちゃんと瞑らないとダメ!」
弘之「ごめんごめん!」
目を瞑る
電車が通る
すると真伊奈が後ろから抱きしめる
思わず目を開ける弘之
困惑しながら真伊奈の手を見るとナイフが握られている
腹部を刺される弘之
叫んでいるが電車の音でかき消されて聞こえない
うつぶせに倒れる弘之
電車が通り終え、静かになる
そこに携帯の着信音が鳴り響く
うつぶせのままポケットに手を入れようとするが、上から真伊奈に手を踏まれる
映像が初めまで巻き戻され、○7の初めのシーンまで巻き戻されていく
ブラックアウト
○7
一年前
真伊奈の独白
独白に合わせて映像を流す
真伊奈(それは一年前だった。私は高校二年の春から付き合いだした俊と、何度もデートを繰り返していた。あの時私はのどが渇いていて、それを訴えたらすぐに俊がコンビニへと走っていった。道でぽつんと待っている私。俊は待たせまいと、すぐに帰ってきた。
だけどそれがいけなかった。俊は私の目の前で危険な走行をしている車に煽られ、それをかわそうとして転んだ。頭を思い切りぶつけ、意識を失った。私がのどが渇いていても我慢していれば。私も一緒にコンビニに行けば。こんなことにはならなかったのに……。今までずっと悔やんだ。
私は運転手の顔を間近で見た。忘れないようにしようと思っていた訳ではない。覚えさせられたのだ。俊が倒れたという強いショックとともに)
○1の回想
真伊奈が家にあがる
光が部屋を開けると、ベッドに寝ている俊(弟)が
光のあとに、真伊奈が部屋に入るのを見て起き上がる
俊「ああ、介護士さん。こんにちは」
真伊奈「こんにちは、俊君。どうかな? 調子は」
俊「全然元気だよ。もうぴんぴんしてる」
真伊奈「どこか体が痛むとか、そういうことはない?」
俊「ないない。すこぶる体調がいいよ」
真伊奈(俊は頭を打ち付けたが、大きな障害は残らなかった。ただ一つ。私のことを思い出してくれなかった。私の記憶が完全に消え去り、俊の中では、私は介護士ということになっていた。何度も思い出させようとしたが、無駄だった。だから私は「介護士」として、生きることを決めた。俊はこの事故のせいで、大学に通っていない)
○5の回想
弘之「いつから俺のこと好きになった?」
真伊奈「初めて見たときから。ずっと弘之のことばかり考えてた。だから同じサークルに入って、仲良くして、いっぱい気に入られようと努力して……」
弘之「そうか。真伊奈、そんなに俺のこと好きだったんだ……」
真伊奈「迷惑だったかな?」
弘之「いや。嬉しいよ。そこまで思ってくれる人、初めて見たよ」
真伊奈「ずっと思ってるよ。これまでもこれからも」
真伊奈(そんな中、あの男を見つけたのは事故直後、大学に入学してからだ。同じ大学の先輩に、車を運転していた張本人を見つけた。私はその時から決めたのだ。私は俊の記憶から抹消された。俊の為にあの男の記憶を抹消させようと。私はあの男に近づき、あの男に好かれるように努力し、あの男と付き合いだした。全ては俊の為に。俊の為に私は、この世で一番憎い男の彼女になった。だが私は一度もあの男に「好きだ」と直接的な表現は言わなかった。私が好きなのはただ一人、俊だけだ)
○5の回想
真伊奈「そういえば、いつも電車移動なのは何故ですか? もう大学生だと免許持っててもいいはずなのに」
弘之「いやあ……実は車の免許持ってないんだ。車を運転するのが怖くてね」
真伊奈(あの男はぬけぬけと嘘をついた。仮に本当だとしたら、無免許で運転していたことになる。憎悪がわき出たが、抑えた。こんな場所で殺す訳にはいかない)
○6の回想
目を瞑る
電車が通る
すると真伊奈が後ろから抱きしめる
思わず目を開ける弘之
困惑しながら真伊奈の手を見るとナイフが握られている
腹部を刺される弘之
叫んでいるが電車の音でかき消されて聞こえない
うつぶせに倒れる弘之
電車が通り終え、静かになる
そこに携帯の着信音が鳴り響く
うつぶせのままポケットに手を入れようとするが、上から真伊奈に手を踏まれる
真伊奈(そして、今に至る)
携帯が鳴っている。
携帯に出る真伊奈
真伊奈「もしもし」
通話相手は弘之の兄の康之
康之「誰? 弘之じゃないな」
真伊奈「あっ、私は――」
康之「わかったぞ。弘之の彼女だな」
真伊奈「はい、そうです!」
康之「あんたがそうか。へー、あいつにも彼女が出来るとはな」
真伊奈「えーと、もしかしてあなたはお兄さんですか?」
康之「そうだよ。弘之の兄の康之だ。よろしく」
真伊奈「やっぱりお兄さんでしたか。お話は伺ってますよ」
康之「……どんな話を?」
真伊奈「確か二人の写真を財布に入れているとか」
康之「ああ、そんな事言ってたな。あいつ。見てみなよ。驚くぜ」
真伊奈「じゃあ、ちょっと弘之さんに頼んで見せてもらいますね」
明るい表情から無表情になり、背中を踏みつけて、ポケットの財布を取り出す
うめく弘之
財布の中を探すと写真が出てくる(この時点で視聴者には写真の裏から撮影しているため、誰が映っているかは見えない)
驚く真伊奈。声が出なくなる
真伊奈「あ……あっ……」
康之「どうだ、驚いただろう?」
写真が写ると同時に康之が喋る
康之「俺たちは双子なんだ」
同じ顔の兄弟が二人、映っている
一人は笑顔、もう一人はうつむいている
フラッシュバック
真伊奈「そういえば、いつも電車移動なのはどうしてですか? もう大学生だと免許取っててもいいはずなのに」
弘之「いやあ……実は車の免許持ってないんだ。車を運転するのが怖くてね」
少し黙ったあと、真伊奈が言う
真伊奈「そうでしたか……私も同じです。車を運転するのが怖くて、免許を取る気になれないんです」
弘之「そうかあ。また共通点が一つ出来たね」
真伊奈「そうですね」
弘之「もっと共通点がほしいな。じゃあ、兄弟は何人?」
真伊奈「私は一人っ子なんですよ」
弘之「ああ、残念。俺は兄が一人いるんだ」
真伊奈「へーお兄さんがいるんですか。意外ですね」
弘之「そう? ……ここだけの話、俺、兄弟で撮った写真を財布に入れてるんだぜ」
真伊奈「えー! 見たいです!」
弘之「ダメダメ! そうだな。きっと見たら驚くと思うよ」
真伊奈「お兄さんかあ。きっと弘之さんみたいに優しいんでしょうね……」
真伊奈「お兄さんは、車の免許は持っていますか……?」
康之「持ってないけど十五の時から運転してる」
真伊奈「無免許……ですか……」
康之「あんなのに何十万も出してカード一枚取るなんてバカらしいだろ?」
真伊奈「事故をしたことは……」
康之「そんなのしょっちゅう。ばれなきゃいいんだよ。腹が立ってるときはわざと人を煽ったりするんだ。煽られる奴を見てると面白いぜ。昔そういえば煽られて倒れた奴がいたなあ。まああんな場所歩いてる方がバカなんだよ」
黙る真伊奈。
一方的に喋る康之
康之「弘之は俺の運転が怖いから免許取らないって。馬鹿馬鹿しい。大体、財布に写真を入れてるのも俺と間違われたくないから、だとよ。こっちこそごめんだ。あんな頭でっかちの野郎と間違われる俺の身にもなってみろ。そうだ。あんなバカと付き合わないで、俺と付き合おうぜ。毎日スリリングで楽しいぞ」
大笑いする康之
思わず携帯を切る
肩で息をする真伊奈
別の着信音が鳴って驚く
真伊奈自身の携帯が鳴っている
しばらく出られなかったが、落ち着いて携帯を取りだして出る
光「真伊奈さん、大変だ! 俊が記憶を取り戻した! 彼女だって事も、告白したことも思い出した!」
俊の部屋
俊が光の携帯を奪う
そのまま鍵がかかる部屋へと走る(あるいはドアを閉じ込める)
ドアを叩く光
俊「もしもし……真伊奈……教えてくれ。一緒にいて、手を繋いでいた男は、一体誰なんだ?」
真伊奈が唖然とする
そのまま携帯を落としてしまう
すると真伊奈の足首を誰かに掴まれる
驚いて足下を見ると、弘之
まだ生きている
かすれた声で言う
弘之「どうしてだ……どうしてなんだ……真伊奈……」
真伊奈の顔のアップ
俊と真伊奈の楽しそうな日々が映る
目を瞑る
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