ヴワル万能(そうでもない)魔法図書館
「ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
落下中。
タマタマ……はついてないから心臓がヒュンっとなる独特の感覚が身を包んでいる。慣れると楽しい。落ちるだけでアップダウンはないので刺激が足りないが。
異次元を繋ぐ暗い穴の中を、私はひたすらに落下していく。
入り口こそ常識を守った大きさだったが、中は果てしなく広い暗闇だ。
もし何かの手違いでこの空間に閉じ込められたら、時間の感覚すら理解できないまま気が狂うだろう。ご丁寧に落下している感覚があるのももしかすると正気を保つためなのかもしれない。
本来この移動は落下なんかじゃないのだから。
それにしてもえらい長い。どれだけ空間を繋ぐのに時間がかかっているんだ。
召喚陣が繋ぐ次元間の調整が済むまで私はこのまま落下し続けることになる。チャンネルが合うまでしばらく砂嵐でもご覧下さい、とでもいったところだ。
退屈極まりない。ヨグ=ソトースクラスになればめくるめく三千世界を見せてくれるだろうに。ごりごり正気度が減るだろうからそんなサービスもいらないが。
「―――――――――――――――――う」
などと考えていると、ようやく視界の端に光が見え始めた。繋がったらしい。
これだけの時間人間が落下を続けると、ほぼ間違いなく着地の瞬間ミンチ肉になるだろうが、これだとそんな心配もいらない。
「しゅたんっ!」
スパイダーマンみたいにカッコ良く着地した。
床には先程と同じ魔法陣が書いてある。
周囲を見渡せば溺れそうなほどの本棚の樹海。紙束の匂いが尿意を誘う。そしてその奥に一人の人影。
目標補足――。
「ん?やあ、トーコくん。遅いお着きだ、……ね……?」
「朽木流・首狩りドロップキィーーーーック!!!!!!」
「うわらばっあああああああああああああ!!!!!!!!????」
煙草をくわえながら呑気にこちらに挨拶なんかかましてくる大バカ野郎に、助走をたっぷりつけてからのドロップキックをお見舞いしてやった。盛大に男の作業していた机から紙束が散らばり、宙を舞う。
「ぐをををををぉお……ちょっときみ……、いきなりなにするのぉぉぉぉぉ……………。」
口から半分魂はみ出しているその男の胸ぐらを掴んで私は無理やり床から引きずり上げた。
「なにするのはこっちのセリフじゃボケーーーーーーーーーェッッッッ!!!!!!人がせっかくの休みを愛しい仲間達と過ごそうってときに何晒してくれとんじゃーーーっっっ!!!!!!!」
心からの気持ちを言葉にして贈る。というか叩きつける。
「えええいつでも駆けつけるからまた呼んでくれって言ってたのそっちじゃーん!?」
「社交辞令だろうがっ!?そんなもん!!こちとら花の女子高生だぞ!?生きてるだけで目が回るぐらい忙しいんだよ!!」
情けない顔で言い訳してくる中年オヤジのぬるい考えを一蹴する。シバきあげないだけ良心的だろう。
あんたさっきまでだるそうにアイス食ってただろ話が違うぞって?
黙ってたらバレやしねーよそんなん。
へっへっへ。
「テスト期間!休日特に小旅行!生理の周期!アポ無しでトーコさんを呼び出したいならせめてそのぐらいは事前に把握しとっけェいっ!!」
「アザゼルさんより面倒だよこの女!!無茶言うなよ!!お前の生理の周期なんかお前以外の誰が把握してんだよ!!」
グサッーーとキタコレ!
暗に男の気配がしないことを批判され、実は相当にショックなわたくしは目の前の男の胸ぐらから手を放した。
いいもん!私にはひまわりがいるもん!!女神様にこの身を捧げた私は言ってみれば巫女よ、巫女!巫女さん!
……へっ、言ってて自分で寒気がしたぜ……。
「私が巫女さんとかどんな汚れつちまった悲しみだーーーーーーッッ!!」
「いや知らねえよーーーっ!!今の一瞬に君の脳内でどんな魔女会議があったんだよーー!!!!?」
自分でも何がしたいのかわからなくなっているので目の前のおっさんに落とし所というかオチをつけてもらおうと思ったのに、誰にでもできるようなツッコミしかしやがらねえ。
褒めてやるとしたら今の一瞬でサバトなんて一般人は絶対に思いつかないようなボキャブラリーを叩き出したことだろうか。サバトわかる?なんか悪魔とか呼び出す降霊会みたいなやつ。
わかったらキミも立派に世間から知ってる事をひた隠しにするべき悲しい知識の持ち主だ!クトゥルフ神話技能持ちみたいなもんだ!やったね!
「うっすら理解していたけど人選間違えたなぁ……。あの、もう別の人手配するんでせっかくだし帰られますか?お互いのために……」
「いいから呼び出した理由を言えよ。トーコさんがたちどころに解決してやるから。できるだけ愉快に。せっかくってなんだ、どこのせっかくさんだ?ん?」
「やべえよクーリングオフもきかねえよ。できるだけ穏便に帰ってもらえんかな。」
恨むならひまわりと海未と遊ぶ木で板、違う遊ぶ気でいた瞬間の私を呼び出した自分のうかつさを恨め。タダじゃ帰らんぞ絶対に。
「ヘイ、そこなメーン!?何しけたツラして黙っていやがる!早くオーダーを伝えてアンタも踊りな!ここにいる才色兼備のマドモワゼルに頼めばどんなミッションインポッシブルもクロスワードパズル並に立ち所に解決だぜ、イェ!!」
「なんでラッパー気味なんだよ。どうして急にやる気を出してんだよ。大丈夫なのかよ本当に。」
「フハハハハ、大丈夫だ!こう見えて私は賢い!!」
「堂々と嘘をつくな。稀に見る運動神経特化人間だろうがキミは。」
煙草を咥え直した例の男はいつもどおり覇気のない顔で立ち上がった。
ちなみにこの図書館、当然館内禁煙である。
何故か室内であるにもかかわらず、彼の一張羅である紫のスーツに合わせたハットのホコリを払い、彼はそれを被りなおした。聞いた話によるとこの男、探偵物語のファンらしい。なるほどね。
「まあまあ。立ち話もなんだからどうぞ座りなさいよ。」
「いや、客に椅子を持ってこさせて先に座るなよ管理人。」
言いつつも手近なソファをズリズリと奴のデスクの前まで引きずってきて腰掛ける。
ハア、ドッコイセット。
「三十分ほど寝ていい?」
「寝るな!早く要件を伝えて欲しいと言ったのは君の方だろうが。」
やれやれ――。相変わらずトーコさんったら休む暇もないわ。