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帰ると思ったか?――遊ぶよっ!!

セミの声が果てしなく鬱陶しい夏の昼下がり。

テストの返却という一大イベントによって学校も早めに終わり、私達は一番暑い時間帯を恐れずにお外へ繰り出していた。

いや、とりあえず下校中なだけだが。


「あああぁあぢぃ~~~………!」


滝のような汗を体中所狭しと流しながら、私こと朽木冬子は情けない声をあげた。手元には某ガリガリ頭の少年のソーダ味アイス。


「死ぬ。体力皆無の私にこの暑さは殺人兵器以外の何物でもない。死ぬ。きっと私のこの頭脳を危惧した悪の秘密組織が私の命を新型兵器で狙っているのよ。」

「オメーが狙われるとしたら正義の秘密組織の方にだろーよマッドサイエンティスト。」


コンビニの影でとっくにひんやりもしていない壁にもたれかかる私の横には、私以上にぐったりしている瀬多のお嬢さんがへたり込んで、狂気じみた呪詛の言葉を吐き出していた。


「……どうしようひまわり、海未さんの頭が絶賛ふっとー中。ぐつぐつだ。よしお豆腐ぶち込もう。」


「いや十分トーコの目もぐるぐるしてるんですけど。もー、二人ともだらしないなぁー。」


道路から見えないとはいえ、公共の場所だとは思えないぐらいぐーたらしてる我々とは対照的に、我らが天使ひまわりさんはこんな時でも背筋を伸ばして上品に立っていらっしゃった。

玉の白いお肌に輝く汗がむしろ爽やかだ。

うーむ、凄く健康的なエロスを感じる。

グッド。


「アイスぐらいで収まる暑さじゃねーわ。早いとこクーラーの効いた屋内に退避しましょう。今すぐに。」


今すぐにと言ってもアナタが一番動けそうにないんですが、海未さん。声が地獄の底の亡者みたいですよ?

アナゴさんみたいな声になってますよ?


元々アイスは移動の間の非常手段にすぎなかったはずなのだが、クーラーの効いたコンビニから出た直後に炎天下のアスファルトが焼けまくった公道を移動する気力などなく、あえなくこうしてコンビニの影に避難しているわけである。


「確かにここにいてもジリ貧てやつね。」


影と陽向とで笑えるぐらい光度の違う地面を睨んだ。なんていうか……アスファルトさんご苦労様です。


「流石に他の学生に見られるまでにはこのぐーたら状態から抜け出さないといけないけど、目的地を先に決めておきたいところね。」


幸いにして今日は三人とも自転車通学だ。しかし生粋のチャリン子でありジャリン子である私にとってはチャリ通なんか余裕のよっちゃんイカだが、海未がそれをもう一年以上も続けているのは驚愕に値すると思う。むしろ海未が補助輪無しで自転車に乗れるのが凄い。


「なんにしてもクーラーが永久凍土並みにガンガンに効きまくってるところがいいわ。時間もたっぷりあるし久々にデパートでも回る?」

海未が提案する。悪くない意見だ。

オサレなしてぃがーるである私達にはデパートの冷やかしは欠かせない行事である。それこそ毎日でもいい。


「制服でか。いやいいけど。いやグッドな意見よ海未。」


「一体お前はどうしたいんだよ。」


素直にウンと言えないお年頃なのでとりあえずツッコミを入れておくと、気のないツッコミで返された。

ええそうですね、全面的に私が悪うござんした。


私はしょぼくれた子犬のような気持ちで体操座りになり、たまたま目に入ったアリさんがどこへ行くのか優しい気持ちで眺めていると、ひまわりから絶妙なフォローが入った。


「まあたしかに普通の日なら制服で行くのはちょっと気が引けるけど、今日は制服の子も結構いるんじゃないかな。このままでもそんなに目立たないと思う。」


見て下さいこのフォロー力!!

救われた気がするっていうのはこういう事を言うのよ!角が立たないっていうのはこういう事を言うのよ!

大げさだって!?

わかってます。すんません。


少々はしゃいじゃった心の中を一人で恥じている私。

そんな気持ちには気付かずにいてくれたマイスイートフレンズはどうやらデパートで心を一つにしたやうだ。


「ほんじゃーさっさと移動しましょうか。あー、すごい、イイカンジで立ちくらみが……。」


大丈夫かよホイ。間違った、ヲイ。


「ちょっと、大丈夫?海未?」


頭を抑えながらフラフラ立ち上がる海未にひまわりが駆け寄る。

イイナー海未のやろう。

私も立ちくらまないかなー。

何か私もひまわりに心配をかけて駆け寄ってもらえるような症状が出ないかとこっそり体に無駄な力を入れてみたが、全く体が不調を訴えてきそうな気配がしない。

我ながら体内の鉄分が強すぎる。


友達が苦しんでる時に何やってんだ、不謹慎だって?

ひまわりちゃんの事がかかると私はいつも不謹慎です。ハハ、すんません。自分、童貞なもんで――。


とはいえ私も普通に心配である。


「大丈夫なのかね瀬多氏」

「いつもの事だろ心配すんな。お前のその奇妙キテレツな喋り方聞いてる方がよっぽど具合が悪くなりそうだわ。」


蔑むような目で睨まれた。クセになりs、違う、心が痛い。


「ひどいワ!……というかだね海未クン、いっつも立ちくらみしてんのは普通にヤバいだろ。飯食え!そして鍛えろ!」


海未のなまっちろい細い体に向けてファイティングポーズをとる。

しかし鼻先であしらわれた。


「私は生粋の頭脳派だからいいんだよ。将来立ちくらみの特効薬とか開発してなんとかするから。」


おおう、海未さん天才少女とは思えないぐらい頭の悪い発言だーッ!

しかしこの人に限ってはジョークなのか本気なのかわからないところが逆にすごい。


「いいから早く立t……」


暑さでイラッときてる海未さんの視線が怖いので私も流石に立ち上がろうと思ったら、海未が言葉尻を言いかけたままぎょっとした表情で固まる。

隣のひまわりも同じように目を丸くして固まっていた。


――――え?何、何?


「志村、後ろ後ろ。」


呆けたようにひまわりが呟く。

しかし私はある想像が頭をよぎり、恐怖で振り向く事ができない。

代わりに私はぶわっと冷たいものに変わった汗と共に質問を投げかけてみる。


「な、何?私の身に何が降りかかろうとしているんですか、お、お二人さん?……G?もしかして大魔王G陛下が私の隣にご光臨!?」


「ばかッ!いいから早く立て!」


明らかに焦りを含んだ海未さんの助言に従い、覚悟を決めた私は全速力で立ち上がる。その際、背中でコンビニの壁を蹴ろうとして、私を支えていたはずのコンクリートの抵抗が消えていることに気づいた。

もちろん、思いっきりすっ転げかける。


「うばばばばばばばっ!?な、なんぞ!?」


間抜けな悲鳴をあげつつも自慢の足の筋力と腹筋を総動員してこけるのを踏みとどまった。

今の態勢を言葉で表すならマトリックス、もしくは逆リンボーダンス。

立ち上がろうとする意志に襲いかかる重力という強大な敵!いや重力だけじゃない、四天王でも最弱の重力ごときだけなら既にトーコさんは勝利を収めている!

なんか後ろからも掃除機みたいに吸われてる!?吸引!?


「ふをーーーーッ!!こんなエレガントじゃない状態で死ぬのは嫌だーーっ!!」


「そんな情けない状態でなにバカ言ってんだっ!!」


「今助けるから頑張ってトーコ!!」


二人が底なし沼と化したコンビニの壁から飛び出た私の腕をそれぞれ掴み、引っ張った。

しかし何故かそれでも私の体は抜けない


「ど、どないなっとんじゃーーっっ!!」


「本当にどうなってるんだ、ッよ!これ!?トーコ、このバカッ、もっと踏ん張れ!!」


「トーコさんは精魂の限り頑張っておりますよーっ!!なんか後ろから引っ張られてんのよ~っっ!!」


「諦めないでトーコ!もう一度みんなで精一杯やれば必ずなんとかなるはずよ!!ほらひっ、ひっ、ふーっ!」


「んがーっ、力抜けるわひまわりのあほ~っ!!」


こめかみの血管が切れそうなぐらい力を込めているがそれでも抜けない!!

しかし諦めたら駄目だ!諦めたらそこで試合終了なんですよねケンタッキーおじさん!!


「「「おっりゃぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」」」


気合いの掛け声と共に三人の力が一つになったその時、奇跡は起きた。


「のわーっ!?」


「あんぎゃーっ!!」


「あろぱろぱっ!?」


一瞬吸引する力が弱まったのか、それとも私達の火事場の馬鹿力が発揮されたのか………。

あっけないほどあっさりと、私の体は壁からすっぽ抜けていた。

勢い余って三人ともずっこける。

ズッコケ三人組。


「んげぇっ!!?」


特に私は二人分の体重がかかりつつ顔面から突っ込んだこともあり、他の二人が「きゃっ」とか「いたっ」とか可愛らしい悲鳴をあげているのと対照的に、乙女として出してはいけない断末魔を出してしまった。


しかしそれもしょうがないだろう。金網に顔面から思いっきり突っ込んだら誰だって潰れたヒキガエルみたいな声ぐらい出る。

むしろ金網が有ってくれて助かった……。もしそのまま地面に突っ込んでいたら……結果は想像もしたくない。

美少女の顔面ズルムケだ!誰が喜ぶ!


「いっつつつ……!大丈夫かトーコ……?」


「いったぁ~い!お嫁にいけないとこ打ったぁ~……!!?」


ほう!?ひまわり君、どこを打ったのか先生に説明してみなさい!!

などとジョークを飛ばす余裕もない。

心配する二人の間で私は顔を抑えてうずくまっていた。


「ぐおおおおおおお……!」

怒り、悲しみ、恥ずかしさ。

様々な感情と痛みの噴出に、私はくぐもった声をあげることしかできない。


「あらら……、相当痛そうね。」


「可哀想、トーコ……。」


私の背中を覗き込む二人。

心配してくれるのね、嬉しいわ、ありがとう。

しかし私の怒りは治まるものではない。


「ぬおおおおおおっ!!誰が何の目的で私にこんな苦しみを与えるのだーっ!!?」


怒りのままに走れメロス的な英雄っぽい咆哮をあげて立ち上がる私。

だがわからない。聞き手によってはもしかするとガッシュ・ベルだったかもしれない。油断はできない。


「なんなのだ清麿ーっ!」


「バオウ・ザケルガーッ!」


どうやらもしかしなくてもガッシュだったらしい。無念だ。


「トーコ、トーコ、あれあれ。」


義憤に背中を震わせる私に、ひまわりは後ろを指差している。なんだろう。


「なんだよう、もうほっといてくれよう!」


とはいいつつ何があるのかとっても気になるので振り向く。

ひまわりの指差すそこには、まるで蓋を開けた懐中時計のように機能的に様々な幾何学的模様が内側にちりばめられた、輝く大きな円があった。

それは、こちらの世界では魔法陣と呼ばれる類のモノだ。


「しょ、しょうかんじん……。」


呆れというか怒りというか、半ば予想していたそれを見た瞬間、私の喉からは老婆のように乾いた声が漏れ出ていた。

しかし、この湧き上がる怒りがそれで治まるはずもない。


「ふんがーーっ!!!!」


私は吼えた。


「ア、ホ、かーっ!!!なんて卑劣なことすんじゃーっ!!」


怒りの余り子供のようにその場で地団駄を踏む。


「どこのどいつだこんなことすんのはーーーァッ!!!?ワシのタマ取りたかったら正々堂々かかってこんかーぁいッ!!」


花の乙女の午後の休みを召喚陣仕掛けて邪魔しようたぁどういう了見だぁっ!?

怒りの余りキャラが定まらない。

ん?いやそれは普段からか。


しかし後で思うとこの挑発はよくなかったらしい。

術者は知ったことじゃないだろうが、何か召喚陣のダンナのプライドを刺激してしまったように思う。


「「あ。」」


「…………え?」


私の奇行を見守っていた二人が声をあげたのと同時に、私の足元は光輝いていた。

凄まじい危機感を感じ、私は咄嗟に飛び退こうとするが、しかし明らかな殺意を感じるそのスピードにはさしもの私の運動能力も間に合わなかった。

足の筋肉に指令が伝わる前に、私の重心から半径約一メートルの地面がぽっかり消失していた。


「ちょっ、」



あのね、おそらがとべないとね、よけられないよ、こんなの――?



「わお。」


「すごい。」


二人の呑気な感嘆の声に、時が止まったように辞世の句が思い浮かんだ私は微笑み――


「なんっじゃそりゃあああああああああああああああああああああっっ!!??」


穴に、落ちた……。



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