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転生チートだけど10話目で死にます。  作者: さくさくの森


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6話

 分身の視線が、俺から一瞬だけ逸れた。


 周囲に浮かぶ呪具の配置を確認し、次の手を組み直している。

 ――なら、その前に叩く。


「……少し、上げるか」


 独り言と同時に、身体の奥で抑え込んでいたものを解放した。


 闘気。


 普段は一割も出していない。

 出す必要が無いからだ。


 だが今は違う。


 五割。


 瞬間、空気が弾けた。


 轟音。

 地面の砂利が舞い、岩肌が削られる。


 小型の台風の中心に立っているかのような感覚。

 だが、俺の周囲だけ――妙に静かだった。


 左腕に装着していた腕輪、【風神領域】が発動する。


 俺を中心に、空気が避ける。

 抵抗そのものが、後ろへ押し流される。


 踏み込んだ。


 音が遅れて追いかけてくる。

 身体はすでに、亜音速の領域に入っていた。


 同時に複数の呪具が迎撃に動く。

 刃、杭、円盤、宝石の類。


 だが、散る。


 風圧だけで軌道が乱れ、近づく前に砕ける。

 残ったものも、拳と肘で叩き潰す。


 一歩。

 二歩。

 三歩。


 進む程に加速し、距離が意味を失う。


「――ほう」


 分身の声が、初めて明確に低くなった。


 避けて、展開して、再配置。

 その全てが、俺の速度に追いつかない。


 その速度のままに、殴る。


 今度は、確かな感触があった。


 拳が何かに触れた。歪むような抵抗。

 だが、確実に――引っかかった。


「……なるほど」


 分身が、静かに呟く。


「君の力は」


 周囲を見る。

 空間が、軋んでいた。


 目に見えないはずのズレが、視覚として現れている。

 岩盤が歪み、瘴気が不規則に流れ、影が二重に揺れる。


 俺が動くたび、世界が耐えきれずに悲鳴を上げていた。


「この世界に、本来存在しない異物だ」


 言葉に、感情はない。

 観測結果を読み上げているだけだ。


「なるほど、位相防御が削られるわけだ」

「君が殴っているのは、私ではなく――空間そのもの」


 分身は、顎に指を当てる。

 ほんの数秒、考える素振り。


 そして。


「……駄目ですねえ」


 あっさりと言った。


「これは、使えない」


 失望すら感じさせない声音。


「制御不能」

「再現不能」

「拡張性なし」


 淡々と、切り捨てる。


「参考にもならない」

「研究対象としての価値は低い」


 次の瞬間。


 分身の位相が、目に見えて乱れた。


 存在が、ブレる。

 像が揺れ、輪郭が崩れる。


 俺の闘気が、空間を歪め続けている。

 防御として成立していたズレが、保てなくなっていた。


「まあ」


 分身は、最後まで余裕を崩さない。


「それでも――」


 言葉の途中で、俺は踏み込んだ。


 拳を叩き込む。


 今度は、逃げ場が無い。


 空間ごと、砕けた。


 音は無い。

 光も無い。


 ただ、分身の存在が――消えた。


 周囲の瘴気が、一気に霧散する。

 空間の歪みが戻り、岩盤が軋みながらも徐々に元の形を取り戻していく。


 俺は、その場に立ったまま、息を整えた。


 五割解放を維持したまま。


(……倒した。間違いなく)


 だが。


「……手応え、軽すぎるな」


 本体ではない。

 それは、最初から分かっている。


 それでも。


 あの判断の速さ。

 躊躇の無さ。


 あいつは――

 負けたのではなく、()()()


 そう理解した瞬間、背筋が少しだけ冷えた。


 俺は、拳を握り直す。


 本物は、きっと…もっと厄介だ。



 ◇ ◇ ◇



 宿に戻ったのは、夜も更けた頃だった。


 戦闘の余波で、身体の奥がまだ熱を持っている。

 だが、歩く分には問題ない。


 扉を開けた瞬間――空気が変わった。


 柔らかい。

 張り詰めていた感覚が、ふっと緩む。


 部屋の中央。


 白髪蒼眼の少女が二人、向かい合っていた。


 一人は、見慣れた尊大な神様。

 もう一人は、表情の柔らかい自律人形。


 ノルンは床に腰を下ろし、人形の手を取って遊んでいる。

 指を絡めたり、髪を整えたり、どう見ても暇を持て余した様子だ。


 ……白髪蒼眼の美少女が二人。

 それだけで、妙な安心感がある。


 出迎えとしては、十分すぎた。


「おお」


 ノルンが顔を上げる。


「無事に帰ったか。重畳重畳」


 軽い調子。

 いつもの神様だ。


「……ただいま戻りました」


 靴を脱ぎながら言う。


「今回は、近くで観測しなかったんですね」


 ノルンの手が、ぴたりと止まった。


 一瞬、言葉を選ぶような間。

 だが、向こうが答える前に、俺は続ける。


「現地で、分身を名乗る男と戦いました。相手との……その…位相? がずれていて、普通の攻撃は通らない…そんな相手です。特徴は、灰色の髪に片目モノクル。そして大量の呪具を使う、呪具師タイプの敵。」


 ノルンの視線が、こちらに向く。


「……あれは、普通じゃありません」


 だから俺も、考えた


「二年前、言ってましたよね。

 ()()()()|、君を見せたいって」


 部屋の空気が、わずかに張る。


「もしかして――今日戦ったあいつが、その()()()なんじゃないですか」


 言い切った。


 ノルンは、すぐには答えない。

 代わりに、小さく息を吐いてから――笑った。


 人形よりも更に柔らかい笑み。


「二年前に言ったことなのに…よく覚えていたね」


 次の瞬間。


 頭に、温かい感触。


 ノルンの手が、俺の頭を撫でていた。


「……?」


 背丈が、合わない。

 普通に考えれば、届くはずがない。


(……浮いてるな、これ)


 視線を上げると、案の定。

 ノルンは十センチ程、宙に浮いていた。


 ちゃっかりしている。


「観測しなかった理由はね」


 撫でながら、朗々と続ける。


「私自身が観測される訳にはいかなかったからだ。分身の観測は、本体にも共有される」


 納得しかけて、引っかかる。


「神様でも観測されると困るんですか?」


 その質問にノルンは少しだけバツが悪そうな顔をする。


「…この器は、最強であっても無敵ではない。彼が本気で対策すれば、残念ながら壊されかねない。だからこそ、対面出来るのは一度だけなんだ」


「えっそんな相手だったですか!?」


「勘違いしないでくれたまえ、精々壊されるのは器だけだ。君が最初に見た私の本体には影響しない…ただまあ、神として、この器を壊されるのも、ちょっとだけ悲しいからね、対策はしたくなるものさ」


 神様ですら対応を意識する相手、それはつまり。


「じゃあ、やっぱりあいつが…」


「うん」

 ノルンは頷く。

「君が思っている通りだよ」


 直接的な断定こそしないが、実質的な答えだった。


「ただ一つ、言っておくと」


 撫でる手が止まる。


「今日壊したのは、分身だ」

「本体じゃない」


 分かっている。

 それでも、はっきり言われると重い。


「でもね」


 ノルンは、いつもの尊大な笑みを浮かべた。


「分身を捨てさせた時点で、君は十分に爪痕を残した。向こうも、君を()()()()だろう」


「……理解?」


「この世界の外れ値だってね」


 さらっと言う。


「私は満足だ」

「だから、帰還祝いもくれてやろう」


 ……何が来るのか、少し怖い。


「まあ、今日は休みなさい」

「流石に疲れているだろう?」


 確かに。

 全身が、ようやく重さを思い出してきていた。


「次からは」

 ノルンは、少しだけ声を落とす。

「きっと更に面倒になる」


 いつもの調子だが、冗談ではない。


「でも」

 最後に、にやりと笑う。

「君なら大丈夫だ」


 その言葉を残し、ノルンは消えた。


 部屋に残ったのは、静寂だけ。


 俺はベッドに腰を下ろし、天井を見上げる。


「……見せたい人、か」


 ようやく、道が一本、はっきり見えた気がした。


 疲労に身を任せ、目を閉じる。


 次に会う時は――

 多分、どちらかが……。


 そう確信しながら。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝、目を醒ますと、すでに部屋は静かだった。


 身を起こすと、窓際のテーブルにノルンがいた。

 白髪蒼眼の美少女が、優雅に脚を組み、湯気の立つコーヒーを口に運んでいる。


「……おはようございます」


「やっと起きたかい。随分とよく眠っていたね」


 視線だけ寄越して、ノルンはそう言った。

 時計を見ると、完全に朝食の時間は過ぎている。


 テーブルには、すでに食べ終えたらしい食器。

 そして、俺の分として用意された朝食が、まだ温かいまま残っていた。


 配膳しているのは――

 もう一人のノルン。


 自律人形の方だ。


 賜ってから二年。

 最初からある程度洗練されていた動きではあったが、今では完全に板についている。湯気の立て方、皿の置き方、盛り付けの感覚。


 正直、下手な宿よりよほど上手い。


「……相変わらず、助かってます」


 そう言いながら席に着くと、ノルンは鼻で笑った。


「当然だろう。君の理想を詰め込んだ器だ」

「家事能力が低い方が問題だ」


 相変わらず言い草が神様だ。


「さて」


 ノルンはカップを置き、こちらを見た。


「帰還祝いだ」

「希望を言うといい」


「……希望、ですか?」


「うん。大概のことは叶えてやる」

「ただし、願いによっては――」


 一瞬、口元が吊り上がる。


「君の魂が消し飛ぶ可能性もあるがね」


 朝から物騒である。


「命があるだけありがたいと思いなさい」


「その前提、怖すぎません?」


 軽く言い返しながらも、頭は回っていた。


 帰還祝い。

 神様が直接言ってくる希望。


 これ、下手なことを言うと洒落にならない。


 少し考えてから、俺は口を開いた。


「……じゃあ」


 一拍。


「一日、デートしてください」


 言葉にすると同時に、空気が止まった。


 ノルンが瞬きを一つする。


「……は?」


 完全に予想外、という顔だ。


「いや、その……そのままの意味です」


「……」


 ノルンは俺を見る。

 じっと。値踏みするように。


「君」


 ゆっくりと、念を押すように言った。


「そこに、私そっくりの自律人形がいるのは理解しているよね?」


「はい」


「好きに出来る」


「はい」


「私本人に手を出したら、殺すと言ったよね?」


「はい」


「……それで?」


 視線が鋭い。


「それでも、私と()()()を?」


 正直、喉が渇いた。


「手は出しません」

「絶対に」


 即答した。


「本当に?」


「本当にです」


「言い訳は?」


「……いっぱいありますけど」


 溜息。


 ノルンは額に指を当て、軽く俯いた。


「君は、本当に……」


 言葉を探している様子だった。


「面倒な男だね」


 しばらく沈黙が落ちる。


 拒否か、殺されるか。

 そのどちらかだと思った。


 だが――


「……はあ」


 ノルンは、深く息を吐いた。


「分かった」


 心臓が一拍、遅れた。


「条件付きだ」


「……条件?」


「それなら、最高のデートプランを用意しなさい」


 指を一本立てて、続ける。


「甘味処は必須、夜景も外せない」


「それから――」


 少しだけ、口角が上がる。


「名門貴族・ハーディス家の令嬢をエスコートする自覚を持つこと。失礼があれば、即終了だ」


 完全に試されている。


「三日後だ」


 言い切って、ノルンは立ち上がる。


「開始は王都中央の噴水広場。準備しておきなさい」


 次の瞬間、気配が消えた。


 部屋には、俺と、人形ノルンだけが残る。


「……」


 しばらく、動けなかった。


「……殺されなかった」


 ぽつりと呟く。


 受けてくれた。

 少なくとも、拒否されなかった。


 それだけで、全身から力が抜けた。


「……やばいな」


 頭を抱える。


 貴族令嬢のエスコート経験?

 あるわけがない。


 甘味処? 夜景? 服装?

 段取り? マナー?


 全部、未知だ。


 俺は立ち上がる。


「……頭下げるか」


 こういう時に頼れるのは、知り合いだけだ。


 探索者仲間。商人。宿の主人。街の案内役。


 三日しかない。


 神様相手の、人生最大級のデート。


 俺は、全力で準備に走り出した。

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