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転生チートだけど10話目で死にます。  作者: さくさくの森


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10/12

10話

「この場所は、後で使いますのでね」


 そう言って、レイグレンが片手を振る。


 空間が、剥がれた。


 山も、縦穴も、地平線も消える。

 代わりに現れたのは、上下も距離感も曖昧な、だだっ広い白い空間だった。


 何も無い。

 だが、何でも出来る余白。


「生成系か」


 伊達に三年間この世界で探索者として生きていない。超常現象はダンジョンで慣れっこだ。呟いた俺の横で、ノルンが床に手を付く。


「……補強しておくよ」


 空間が、静かに鳴った。

 音ではない。圧の均衡が整えられる感覚。


「君達が本気を出したら、あれじゃ保たないからね」


 軽い口調とは裏腹に、世界そのものが一段階硬くなったのが分かる。


 十分だ。


 俺は、思考を切る。


 次の瞬間――

 闘気を、全開放した。


 抑制も、調整も、加減も無い。

 この世界に来てから、一度もやったことのない出力。


 空間が軋む。


 存在感が、暴風になる。

 大型台風がそのまま人型を取ったかのような圧。


 足を踏み出す前に、既に距離は消えていた。


 視界が歪む。

 空間そのものを蹴り砕く感覚。


「――っ」


 レイグレンが即座に反応する。


 次元の層のような防壁が、七層展開された。後に七次元防壁(セブンスレイヤー)と名付けられる、彼が最も信頼する防壁。


 だが。


 俺の拳は、防壁ではなく空間を殴る。


 結果、防御は意味を失った。


 衝撃が、層をまとめて貫通する。


「相性が悪いですねえ!」


 嗤い混じりの声。

 だが、防壁の向こうで何かが削れたのが分かる。


「空間ごと殴られると、軽減にしかならない!」


 愚痴を飛ばしながら、レイグレンの身体が歪む。


 完全には捉えきれていない。


 違和感の正体はすぐに分かった。


「……退避したな」


 俺がそう言うと、ノルンが頷いた。


「空間の裏側だね。世界のバッファ領域みたいなもの」


 俺の攻撃が通り抜けた先で、空間が一部欠けている。


「そこに居る限り、表側が崩壊してもダメージは受けない」


「加えて、あらゆる場所に繋がっている。即席の転移も可能」


 便利すぎる……攻略手段はあるのか?


「でも、完全に使いこなせているわけじゃないね」


 ノルンの声が、少しだけ冷めている。


「裏側と表側を行き来する間は、必ず位相のズレが生じる」


 その言葉が終わる前に、俺はもう踏み込んでいた。


 次は、逃がさない。


 レイグレンの姿が、空間の裏側から半身だけ現れる。


 そこを――


 狙う。


 拳を振り抜いた瞬間、彼は嗤った。


「えええ、怖い怖い」


 情けない言葉とは裏腹に、その目は完全に戦う者のそれだ。


「なるほど……」


 空間が、再び軋む。


「これは確かに」


 楽しそうに。


「研究対象として、最上級ですねえ!」


 言葉と同時に、反撃が来る。


 空間の裏側から、あり得ない角度で伸びる攻撃。分身戦とは比較にならない程の圧倒的な数の呪具群。そして彼が身に纏う、他とは隔絶した()を感じる複数の呪具。それらが一斉に、俺一人に向かって殺意を向けていた。


 戦闘が、完全に本格化する。

 ノルンは、一度大きく距離を取り、静かに全体を見下ろす態勢に移行した。


 この世界の外れ値と、外部の外れ値。


 答えを出すための衝突が、今――

 本当の意味で、始まった。


 ◇ ◇ ◇


「【風神結界(ふうじんけっかい)】【赤熱狂戦(レッドブースト)】…起動」


【風神結界】は周囲の空気を散らして高速戦闘を補助。

【赤熱狂戦】は多量のアドレナリンを分泌させ、痛覚遮断と戦意高揚を同時に果たしてくれる、戦士垂涎の聖遺物だ。


 この二つを同時に起動するのも今回が初めて…神様(ノルン)のチートはありがたいが、俺が本気を出すにはこの世界が脆弱過ぎたのは否めない。


 別に生前が戦闘狂であった訳では無いのだが…流石に三年間も生きるか死ぬかの探索者をやっていると、心の何処かで存分に暴れたいという欲も出てくるものだ。


 空を、蹴った。


 地面を必要としない。

 踏みしめるという概念すら、今は邪魔だ。


 体内で燃え上がるエネルギーを、そのまま後方へ放出する。

 反動が推進力に変わり、白い空間を斜めに切り裂く。


 速い。

 だが、まだ足りない。


 もう一度、空を蹴る。

 衝撃で空間が歪み、薄く波打った。


「……ほう」


 レイグレンが、小さく驚嘆の声を浮かべる。


 空間の裏側へと逃げる動きに合わせ、俺は三次元の制約を捨てて追い縋る。上も下も関係ない。裏と表の境界すら、踏み台にする。


 拳が届く。

 奴の退避は間に合っていない。


 防壁越しに衝撃が直撃し、レイグレンの身体が吹き飛ぶ。

 空間の裏側へ半身を沈めることで致命打は避けたが、

 それでも、確実に効いている。


 ――今は、俺が押している。


 だが。


「……では」


 どこか覚悟を決めたかのような顔で、レイグレンが呟いた。その瞬間、空気が変わる。いや、空気どころではない。世界そのものが顕現したのかと錯覚する程の、圧倒的な存在感。


 彼の手に、異質な光が宿った。


 ――模倣神器。


 その名の通り、模倣品でありながらも、星の核層にも触れられる、神器の名に恥じない性能を持つ。その出力は、本物に迫る程の異常物。当然俺はそんな詳細を知る由も無いが、何か途方も無い力を内包していることだけは直感する。


 空間が、悲鳴を上げる。


「これで、釣り合いましたねえ」


 攻防が拮抗する。

 速度も、出力も、読みも。

 一手ごとに世界が削れ、再構築されていく。


 だが、徐々に――

 俺の側に、ズレが生じ始める。


「……ちっ」


 模倣神器の干渉範囲が広すぎる。

 こちらが押し切る前に、必ずどこかで、あちらの干渉が追いついてくる。


 細かなズレが累積し、隙になったその一瞬。


 レイグレンが、掌を掲げた。


「――原初層(パラドックス)逆理断絶(スライサー)


 言葉が発せられた時点で、

 結果は、もう決まっていた。


 斬撃は存在しない。

 衝撃も、軌道も、過程もない。


 ただ――

「斬った」という因果だけが、

 世界の原初から逆算され、今この瞬間に確定する。


 逃げ場はない。

 防御も意味を成さない。


 そこから先は考えてではない。反射で、俺は相手の懐へ飛び込んだ。エネルギーを後方に射出し、空間が歪むほどの圧を全身に纏わせて、自身の最高速度でレイグレンに向かって突貫する。


 一点へ――

 ただ一点へと、己の全存在を収束させる。


 手にあるのは、【不壊のナイフ】。


 壊れるという()()()()()()()、神製の刃。


 因果が、ぶつかる。

 斬ったという結果が、押し付けられる。


 しかしそれでも……壊れない。


 因果の行き場を失った力が、逃げ場を求めて拡散しようとした、その瞬間。


 対象が、ブレた。


 世界が揺らぎ、因果は一点へと収束する。


 ナイフの切っ先。


 そのまま――

 レイグレンの胸を、貫いた。


 白い空間に、赤が散る。


 ◇ ◇ ◇


 彼は、嗤わなかった。

 驚きもしない。


 ただ、静かに――

 目の奥で、何かを確定させた。


(……なるほど)


 心の底でだけ、理解し、賞賛する。


 神の従刃。

 観測に値する外部の外れ値。


 だが、口には出さない。


 認めれば、自身が崩れる。

 模倣神器と呪具に課された縛りが、存在そのものを否定する。


 だから、負けは認めない。


 胸を貫かれたまま、痛みを計算から切り捨て、冷静に次の式を組み上げる。


 二の太刀。


 原初層(パラドックス)逆理断絶(スライサー)が、再度、発動する。


 今度は、完全に通る。


 世界が、分割される。


 八つに。


 天童の視界が、途切れる。


 意識が、断ち切られる。


 天童大貴は、八分割された世界の中で

 静かに――その命を終えた。



 ◇ ◇ ◇



 遠くで、ノルンがそれを見下ろしていた。


 この瞬間。確かに、観測は完了した。


 この世界の外れ値と、外部の外れ値。


 その答えは、十分すぎるほどに、得られたのだから。


 ただ、彼女の表情はどこか少しだけ、寂しげであった。

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