落とし物
三題噺もどき―ななひゃくさんじゅうさん。
生ぬるい風の中に、少し冷たい風が混じる。
すぐそこから、虫の鳴く声が聞こてくる。
少々うるさすぎるほどに聞こえるそれらは、果たして秋の虫だろうか。
「……」
頭上には、半分になった月が浮かんでいる。
雨こそ降っていないが、少し雲っているようだ。所々黒が濃ゆくなっている。
月だからこそ、ああして見えるわけで、星は生憎見づらい。
「……」
この住宅街は比較的灯りが少ないから、普段はよく見える方なのだ。
いつか見た、眩暈を覚えるような星空には到底及ばないが、見上げれば星と月が当たり前に見えるのは、こう……心地がいい。
「……」
空を長めながら歩くなんてことはしないが、散歩の為に家を出たときと……こうして帰ってきたタイミングで、なんとなく見上げてしまう。
月や星のある世界が当たり前であるから、そこにあってくれると言うだけでも少し安堵を覚える。彼らの偉大さは計り知れない。
「……、」
また少し風が吹く。
八月も今日で終わりを告げ、明日からは九月に入る。
それでもまだまだ暑い日が続きそうだなぁ。別段困りはしないが、いい加減寝苦しい日があるのも勘弁してほしいものだ。
「……」
こうしてここにたっているだけでも、ジワリと汗ばんでくる。
さっさと家に戻って、仕事の続きでもしよう。昨日はあまり本調子ではなくて、休んでしまったからな。溜まっているわけでもないが、出来る分はやらなくては。
「……、」
そう思い、視界を、頭上から足元へと移した。
その時、何か赤色の塊のようなものが視界の端をかすめた。
初めは椿でも落ちているのかとでも思ったが、今の時期に椿は咲いていない。そもそもこのマンションの入り口に椿はない。立派な椿を咲かせる家は、住宅街の中にあるが。
「……ん」
何かと思い、その赤色を視界の中心に据える。
草陰に隠れて置かれていたそれを、よく見れば、小学生などがよく持っている筆箱だった。
硬い長方形の形をした箱で、蓋が裏表についているやつだ。
しかし赤とは珍しい……今時はキャラクターなんかが載っていたりするんじゃないのか?そうでもないのだろうか。まぁ、好みはそれぞれだからな。
「……」
このマンションに住んでいる子供の忘れ物だろうか。それともこの辺りを通学路にしている子供のものか……筆箱を落とすタイミングが果たしてあるのかどうか疑問だが、子供の行動というのは常に読めないものだからな。
たまに、このエントランス前で宿題をしている子もいるらしいからな……注意書きが張り紙で出されていた。
「……」
筆箱に手を伸ばし、矯めつ眇めつ見る。
何の変哲もない普通の筆箱のようだ。どうやら鉛筆削りがついているタイプで、中にカスが溜まっている。所々傷もついているように見えるし、案外扱いの悪い子が使っているようだ。まぁ、こんな所に置いて忘れるくらいだから、それはそうかもしれないが。モノに何かが宿ると言う教えは今の子達は知らないのだろうか……。
「……」
適当に開いて、中身を見てみると、鉛筆は入っておらず、色鉛筆が数本入っていた。
黄色と緑と紫……どういう選色なのだろう。この子の好みなのか、それとも単にこの三色を授業などで使うように言われて持っているのか。
そのどれもが、端の方が変な形で凸凹に凹んでいる。鉛筆の先を噛むと、こんな感じになるな。中身自体も少し汚れが目立つように思える。
「……」
まぁ、なんにせよ。
ここに置いてあっては見つかりづらいだろう。
管理人はすでにいないが、一応紛失物の箱に入れておこう。
「……」
これに面倒事が絡んでいたとしても、私は関わらない。
面倒だからな。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「……何を持っているんですか」
「あぁ、入り口で拾ったので、忘れ物の箱に入れようと思ったんだが……」
「……入れて来たらよかったじゃないですか」
「それが、箱が出されてなかったんだよ、そのままにもいくまい」
「……せめて、玄関に置いておいてくださいね」
「分かってるよ」
お題:眩暈・色鉛筆・椿




