風を包む言葉
ごめんなさい。
他の事に熱中してしまってました。 m(_ _)m ペコリ
フリーランズのプロフィール編集画面。点滅するカーソルが、シンの無力さを嘲笑っているかのようだった。
何を書けばいい?
スキルも、実績も、この現実世界ではゼロ。異世界での経験は、誰にも証明できない夢の残骸だ。自分という存在を証明する言葉が、何一つ見つからない。
「自己紹介って、こんなに難しいものだったか……」
途方に暮れた、その時。
ふと、異世界のある光景が、瞼の裏に鮮やかに蘇った。
ざわめきと活気に満ちた、あの街の市場。その一角にあった、古びた布屋。
店先に掲げられていた、一枚の木の板。そこに書かれていた、たった一文。
『この布は、風を包む。』
ただの布切れを売る店のはずだった。だが、その言葉を目にした瞬間、シンは立ち止まった。布が風を纏い、物語を運ぶ情景が、ありありと心に浮かんだのだ。
モノではなく、物語を売る。意味ではなく、感覚を伝える。
──たった一言が、世界の見え方を変える。
「……そうか」
シンは、憑き物が落ちたように顔を上げた。
書くべきことは、スキルや実績じゃない。俺が何を信じ、何をしたいのか。その「心」そのものを、差し出すしかない。
彼はキーボードに向き直り、静かに言葉を打ち込んでいく。
それは、かつての彼なら決して書かなかったであろう、不器用で、正直な言葉たちだった。
こんにちは、シンです。
この広い場所で、僕のページを読んでくださってありがとうございます。
僕に、誇れるような実績はまだありません。
でも、“提案”というものの力を信じています。
言葉ひとつで、世界が少しだけ違って見える瞬間があるからです。
もし、あなたが何かを伝えたいと願うとき、
その想いに寄り添い、言葉を探す手伝いができたら、何より嬉しいです。
一つ一つ、誠実に向き合うことを約束します。
タイピングを終えたとき、心が嘘のように軽くなっていた。
キラキラした肩書きも、目を引く数字もない。だが、そこには確かに「自分の言葉」で立った、等身大の自分がいた。
その日の夕方。
フリーランズの画面の隅に、小さなハートマークが灯った。初めての“お気に入り”だった。
たったそれだけのことなのに、乾いた心に水が染み渡るような、温かい感覚が広がった。
シンがその通知をじっと見つめていると、すぐ下に、半透明のシステムメッセージが滑るように表示された。彼にしか見えない、あの世界の言葉で。
【第1の課題:プロフィール──信頼の入口を整えよ 【完了】】
【同期率:2%】
シンは息をのむ。
試練は、あの世界だけの話ではなかった。
現実と異世界。二つの世界に課せられた課題を、彼は今、確かに一つ乗り越えたのだ。
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