現実という名の鏡
ライクとの言葉の応酬は、シンの全神経をすり減らした。
村の起死回生プロジェクト。それは、最適化された言葉で欲望を煽るライクのやり方と、人の心に寄り添い物語を紡ぐシンのやり方の、全面的な衝突だった。
最終的に、村人たちが選んだのはシンの言葉だった。
だが、それは勝利ではなかった。ライクの言葉に心を動かされた者も、確かに半数近くいたのだ。シンは、自分の信じる正しさが、この世界でも絶対ではないという事実を突きつけられただけだった。
その瞬間、世界が音を立てて軋んだ。
まるで、高負荷に耐えきれなくなった機械が上げる悲鳴のように。
視界が白く染まり、人々の声も、広場の喧騒も、急速に遠のいていく。ポケットの中のデバイスが、これまでとは比較にならないほど激しく振動し、警告音を発していた。
【致命的エラー:存在の矛盾が許容量を超過しました】
【セーフモードに移行。強制的に接続を切断します】
「──元の世界に、戻されるのか」
抗う術もなく、意識が白い光の中に溶けていく。
気づけば、シンは自室のパソコンの前に座っていた。
目の前には、見慣れたフリーランズのログイン画面。数時間前か、あるいは数日前に開いたまま放置された、現実の残骸。
異世界の熱気は跡形もなく消え、部屋の静寂がやけに冷たく肌に突き刺さる。
ふと、PCのチャットアプリに、見慣れたアイコンからの通知がポップアップした。
現実世界の、ナギからだった。
ナギ:
プロフィール、ちょっと見直した方がいいかも。
その書き方じゃ、たぶん誰にも読んでもらえないと思う。
「え……?」
シンは、打ちのめされたように目を伏せた。
異世界で、ライバルと渡り合い、人の心を動かした。確かな手応えがあったはずだった。
だが、現実という鏡に映し出された自分は、誰にも言葉を届けられない、無力なままの姿。
「……何も、変わってないのか、俺は」
バトルに勝って得たものは、この現実では通用しないのか。
いや、違う。
シンは気づく。異世界で彼が手にした武器は、マーケティングの知識や巧みな言い回しではなかった。
それは、人の心の痛みに寄り添い、その人の言葉にならない想いを「翻訳」しようとする、ただその姿勢そのものだった。
だが、その武器を、彼はまだ「自分自身」に対して使ったことがなかった。
ナギからの指摘は、冷たい刃のようでありながら、道を示す唯一の光でもあった。
シンは、異世界の記憶を胸の奥にしまい込むように深く息を吸うと、現実世界のプロフィール編集画面を開いた。
「まずは……俺自身の心を、翻訳することからだ」
それは、敗北からの再起ではなかった。
二つの世界に引き裂かれた自分が、初めて一つになるための、静かな戦いの始まりだった。
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