二つの響き、交わる視線
広場は、いつしかシンの仕事場になっていた。
家の修繕、商品の口上、恋文の代筆まで。彼はこの世界のささやかな願いを言葉に「翻訳」することで、どうにか自分の居場所を形作っていた。
その日、シンが依頼の列を捌いていると、群衆の中からすっと一人の青年が現れた。
長身、黒髪、切れ長の目。その整った顔立ちに浮かぶのは、この世界の誰もが浮かべない、全てを見透かしたような皮肉っぽい笑み。彼の存在そのものが、この街の穏やかな空気から浮き上がっていた。
ポケットの中で、デバイスが警告のように短く、鋭く震える。
【警告:未登録の同調者を確認】
「お前が“噂の提案屋”か」
青年は、シン以外のすべてを背景のように扱いながら言った。
「……誰だ?」
「俺の名前はライク。お互い、同業者だろ? どちらの言葉が人の心を動かすか、ここで決着をつけないか?」
周囲がざわめき、人垣が自然と円を描く。即席の舞台が、緊張をはらんで生まれる。
ライク。その名前に、シンはかすかな既視感を覚えた。ナギとの会話で聞いたのか、あるいは同期する誰かの記憶が流れ込んできたのか──現実世界で頭角を現した“新参のランサー”の影が、目の前の男に重なる。
(まさか、こいつも……)
依頼人として、パイを焼くパン屋の主人が進み出る。テーマは「村の新名物・キノコパイの販促コピー」。
シンは目を閉じ、心を澄ませる。彼が学んだのは、相手に寄り添うこと。香り、温かさ、誰かと分け合う時間。その「体験」を言葉に翻訳しようと集中する。
一方のライクは、自信に満ちた笑みでペンを走らせていた。彼が紡ぐのは、共感ではなく「欲望」を刺激する言葉。人の心の隙間に滑り込む、最適化された現代の呪文だ。
やがて、二つのコピーが掲げられる。
シンの言葉は、静かな情景を詠う。
『森の香りを、ひとくち。あなたの物語に、温かなページが増えますように』
ライクの言葉は、鋭く心を射抜く。
『“焼きたての香りで、今日が少しだけ好きになる。”──買わない理由、ある?』
広場は二つの拍手に割れた。共感の拍手と、感嘆の拍手。
結果は、わずか一票差でライクの勝利。だが、彼の目はシンを真っ直ぐに捉えていた。
「お前の言葉、ここでは馴染みが良すぎる。どこでその話し方を覚えた?」
「そっちこそ。そのやり口、この世界の人間じゃない」
互いの言葉の端々に、同じ世界の匂いを嗅ぎ取る。疑念は、確信へと変わっていく。
こいつも「世界を越えた者」だ。だが、俺とは違う。この世界に寄り添うのではなく、塗り替えようとしている。
その時、広場の鐘が高らかに鳴り響き、次の依頼を高らかに告げた。
それは、村の存亡を賭けた「起死回生プロジェクト」の始まりを告げる音だった。
シンとライク、二人の視線が交錯する。
その二人を、広場の喧騒の片隅から、黒いフードを目深にかぶった何者かが、じっと見つめていることに、まだ誰も気づいてはいなかった。
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