重なる輪郭、揺れる世界
翌日。ナギとの待ち合わせ場所は、街を見下ろせる丘の上の小さなカフェだった。
昨日、彼女から「直接会って、相談したいことがある」というメッセージが届いたのだ。
これまでのやり取りで、彼女の文章には確かな手応えと自信が宿り始めていた。今日の相談は、きっと次のステップに進むためのものだろう。
先に着いた俺は、窓際の席で彼女を待った。
ほどなくして、カフェのドアベルが鳴り、ナギが現れた。
「シンさん、お待たせしました」
彼女はそう言って微笑んだが、俺はすぐに、その表情にどこか違和感を覚えた。
メッセージから感じる快活さとは少し違う、夢見るような、それでいて少し不安そうな、どこか儚げな雰囲気があった。
「相談って、新しい案件のことか?」
俺が尋ねると、彼女はゆっくりと首を振った。
「いえ、そうじゃなくて……私の、不思議な感覚についてなんです」
「感覚?」
「はい。最近、知らないはずの知識が、ふっと頭に浮かんでくるんです。まるで……別の世界の私が経験したことを、夢で見ているような」
彼女の言葉に、俺は息をのんだ。
ナギはテーブルの上のカップに視線を落としたまま、ぽつりぽつりと続ける。
「昨日も……すごく鮮明な感覚があったんです。『継続で仕事がもらえて、収入も安定してきた』って……。おかしいですよね、私、まだ始めたばかりなのに。でも、なぜか、心の底からそう感じて、すごく嬉しかったんです」
──そのセリフ。
それは、俺がもし現実世界にいたら、きっと誰かから聞いていたであろう言葉。
俺の知識が、俺の言葉が、この異世界のナギというフィルターを通して、別の誰かに届いている。そして、その結果が今、目の前の彼女に「感覚」としてフィードバックされている……?
「シンさんと話していると、その感覚が強くなる気がします」
彼女は顔を上げ、まっすぐに俺の目を見た。その瞳は、何かを確信しているようにも、助けを求めているようにも見えた。
「シンさんの言葉って、すごく遠い場所から届いているような気がするんです。でも、なぜかすごく懐かしい……。シンさん、あなたはいったい……」
彼女が核心に触れかけた、その瞬間。
ポケットの中の転移デバイスが、ブ、と短く震えた。
慌てて画面を覗き込むと、そこには無機質な文字が浮かび上がっていた。
【警告:同期率が規定値を超えました。並行存在への過剰な干渉は、世界の輪郭を不安定にします】
「……世界の、輪郭?」
思わず呟いた俺の言葉を、ナギは聞き取れなかったようだ。
俺はデバイスをポケットに押し込み、目の前の彼女に向き直った。
ただの異世界転移じゃなかった。
俺がやっていることは、単なる副業ごっこでもなかった。
俺は、この世界の境界を、知らず知らずのうちに揺るがしていたのかもしれない。
「ナギさん、その感覚のこと……もう少し詳しく教えてくれるか?」
俺は、自分の声が少し震えているのに気づいた。
謎を解き明かさなければならない。
俺がここにいる理由と、彼女に起きている奇妙な現象の正体を。
ここからが、本当の「異世界攻略」の始まりなのかもしれない。
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