言葉を編む、心を縫う
朝の空気は、磨かれたガラスのようにひんやりと澄んでいた。
宿の窓から差し込む光が、テーブルの上に置かれたデバイスを淡く照らす。シンはそれを手に取り、昨夜の依頼で初めて「1%」に動いた同期率の表示を、静かに見つめていた。
その時、画面にナギからのメッセージが届く。
──「おはようございます、シンさん!昨日の提案、すごく良かったです」
続く文面には、彼女自身の新たな挑戦への戸惑いと、シンへの確かな信頼が滲んでいた。商品の紹介文で悩んでいるという、数日前の自分が立っていたのと全く同じ場所に、今、彼女が立っている。
奇妙な感覚だった。教えられたばかりの自分が、もう誰かに教えようとしている。
まるで、受け取ったばかりの糸を、すぐに誰かのために編み始めるような。
シンの指は、かつて自分が乗り越えられなかった壁を、今度は道標として描き出すように動いた。
『ナギさん、その商品の特徴は「素材の良さ」と「使い勝手」ですね。でしたら、読み手の生活がどう変わるかを、最初に物語のように見せてあげましょう』
──「なるべく……たとえば?」
『たとえば──“朝の支度が3分短くなるだけで、一日が変わる”。そう語りかけてから商品に触れると、それはただのモノではなく、その人の日常に寄り添うパートナーになります』
返信の代わりに、画面にポン、と拍手のスタンプが弾けた。その素直な反応に、シンの口元が微かに緩む。
──「さすがです、シンさん!なるほど、それなら……」
言葉は、糸だ。
その糸で、誰かの綻びかけた自信を縫い合わせ、物語という布を織り直していく。
自分が現実世界で繰り返してきた無数の失敗や試行錯誤が、この世界では誰かの背中を押すための、温かいマントに変わる。
言葉を使って、誰かを助ける。
その行為が、シンの心に静かな充足感を満たしていく。
ふと、デバイスの画面が柔らかく明滅した。同期率の数字は変わらない。だが、その下に小さな文字が表示されていた。
【共鳴を確認。信頼のネットワークを構築中…】
「……ネットワーク?」
呟きは、朝の光の中に溶けて消えた。
ナギとのやりとりを終えたあと、シンは窓の外に広がる、見慣れない街並みを眺める。
ちぐはぐで、どこか歪んだ世界。
だが、その中で確かに生まれつつある繋がりが、今はただ愛おしかった。
「悪くない朝だ」
それは、心からの言葉だった。
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