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新たな出会いと交際

隆也はあれ以来、掲示板に入り浸ることが増えていた。

夜中にメッセージを送れば、誰かしらがすぐに反応してくれるため、不思議と孤独を感じなくなる。

ゴスMの気まぐれな書き込みや、ウクレレの軽妙な返事があると、なんとなく安心するのだ。

そんなある日、見慣れないハンドルネームからレスが返ってきた。


「はじめまして。

“ルナミ”です。

今度のオフ会、行ってみようか迷ってるんです」


文章の雰囲気がどこか繊細で、隆也は自然と興味を引かれた。

言葉づかいこそ丁寧だが、投稿の端々に不安定な気配が感じられる。

以前ウクレレたちと話した“浮気で心を病んだ人”や“ボーダー気味の人”を思い出しながら、彼はモニターに向かって短く返信を打つ。


「隆也です。

もしよかったら、今度のオフ会でお会いしましょう」


週末になると、居酒屋の個室にまた掲示板のメンバーが集まった。

ゴスMがさっそく派手なゴシック調の格好で座っており、タバコをくゆらせながら新作のネイルを自慢している。

ウクレレは入り口近くでウクレレケースをいじり、サイレントはいつものように少し離れたところで静かに座っていた。

「今日、新しい子来るんだっけ?」とゴスMが言いながら店員に注文を飛ばす。

隆也は「そう、ハンドルネームは“ルナミ”っていうみたい」と答える。

するとウクレレが、「なんか名前からして月っぽいね。

ロマンチック」と相槌を打つ。


やがて、のれんの向こう側が揺れ、顔を覗かせたのは小柄な女性だった。

肩までの黒髪ストレートがさらりと揺れている。

ぱっと見は地味とも言えるが、肌の白さと瞳の黒さが際立っており、儚げな印象を受ける。

「こんばんは…ルナミです」

そう言って控えめに入ってきた彼女は、掲示板で書き込んでいた桜井美月――つまり、ルナミその人だった。


ゴスMが「ルナミちゃん、こっちこっち」と手招きし、ウクレレが「初めまして」と柔らかく笑う。

サイレントはチラリと彼女に目をやって、短く会釈した。

隆也も「こんばんは、ナイトワークです」と挨拶する。

彼女は椅子に腰を下ろすと、緊張した面持ちのまま「みなさん、初めてお会いしますね」と言う。


注文がひととおり落ち着いたころ、ゴスMがいつものように「薬手帳見せようか?」と持ちかける。

すでにそれがオフ会の定番になりつつあるため、ウクレレとサイレントは苦笑いを浮かべながらお馴染みの手帳を取り出した。

ルナミも表紙に小さなシールを貼った薬手帳をカバンから出す。

隆也は、手帳の見た目のかわいらしさに気づいて「あ、猫のシール?

好きなんですか」と声をかける。

彼女は少し笑って、「そう、かわいい動物大好きで」と答える。


「俺らには珍しく女の子らしいシールだね」とウクレレが言うと、ゴスMが「それ偏見でしょ」と毒づくが、その表情はどこか楽しげだ。

サイレントは静かに手元のコースターをめくりながら、「俺はあんまり動物好きじゃないけど…でも、猫とか犬はかわいいか」とポツリと漏らす。


「ルナミちゃんは、どんな薬を?」とゴスMが軽く覗き込むと、彼女は恥ずかしそうにページを開き、抑うつ薬や睡眠薬の一覧を見せる。

「不安定になりがちで、眠れない日も多くて。

あと、解離っぽい症状っていうのかな…?」

そう説明する彼女の声は小さく震えている。

しかし、ゴスMは慣れた様子で「あー分かる分かる。

うちもいろいろあるから安心して」と返す。

ウクレレとサイレントも「大丈夫だよ」とうなずいてみせる。


そんなやりとりが一段落した頃、隆也は何気なく彼女と目が合った瞬間、胸が少しざわつくのを感じた。

ルナミの瞳は笑っているようで、どこか深く沈んでいるようにも見える。

声をかけようとしたとき、彼女が「ナイトワークさん…」とぽつりと話し始めた。

「さっきから、なんだか私、うまく話せてるか分からなくて。

でも、あなたがいてくれるから少し安心してます」


彼女はそう言いながら、小さくはにかむ。

思いがけない言葉に戸惑いながら、隆也は「いえ、たいしたことしてないですよ」と苦笑した。

ルナミは「そういうのが助かるんです」と声を落とす。

その姿を見たウクレレが、「二人でいい感じじゃない?」と軽くからかい、ゴスMが「すぐそうやってくっつけようとするんだから」と笑う。

サイレントだけは「まあ、いいんじゃない?」とつぶやき、ドリンクの氷を鳴らした。


その夜の飲み会では、ルナミの口数は多くはなかったが、ふとした拍子に衝動的な発言が飛び出すことがある。

「なんだかナイトワークさんと話してると落ち着くかも。

私、もしよければ結婚してください…なんてね」

唐突に言ったあと、彼女自身が驚いたように口を押さえ、「ごめんなさい、変なこと言った」と赤面する。

しかし、ゴスMとウクレレは顔を見合わせて笑う。

「いや、ここじゃ別に珍しいことでもないから」とウクレレが言い、サイレントは苦笑しながら「そうそう。

みんなそんな感じ」と付け足す。


隆也も笑いながら「びっくりしたけど、嫌じゃないですよ」と返す。

ルナミは「よかった」とほっとしたような声をもらすが、その目の奥にはどこか危うさが宿っているようにも見えた。


オフ会が終盤に差しかかったころ、ゴスMのスマホがまた鳴り、「あ、悪口書いてるやつ、まだやってる」とボソリと口にする。

ウクレレが「落ち着こう」と笑顔でなだめ、サイレントがさりげなくタバコを差し出してみせる。

ルナミはその光景を見つめて、「みんな仲いいんだね」と言葉を落とした。

隆也は「トラブルも多いけど、なんだかんだ助け合ってるんだ」と説明する。


やがて、店を出る時間になると、ルナミは隆也にやや近づき、「今日はありがとう」と小声で礼を言った。

「私、あんまり人に言えない話が多いんです。

でも、あなたには不思議と話してみたくなる」

彼が「また会えますよね」と答えると、彼女は大きくうなずいた。

そんな二人のやりとりをちらりと見やったゴスMが「やっぱいい感じじゃん」とこっそりウクレレに耳打ちし、ウクレレは楽しそうに笑みを浮かべる。

サイレントは店の扉を開けながら、わずかに肩をすくめて見せた。


その後、隆也とルナミは掲示板を介してしばしば連絡を取り合うようになる。

「いつ暇?」という何気ないメッセージに始まり、深夜に「眠れない…ナイトワークさんと話したいです」と打ち明けられることもあった。

彼女の文面には、唐突に感情が弾ける瞬間があるかと思えば、急に不安を吐露するような陰りも混ざっている。

隆也はそのたびに返信をどうしたらいいか迷うが、彼女とのやりとりがどこか新鮮で、眠気を我慢して返事を書くことも多くなった。


ある日の昼下がり、大学の研究室でこっそり掲示板を覗いていると、ルナミから個別メッセージが届いていた。

「あなたに会いたいです。

あのときの優しさが、また欲しくなりました」

短い文面に込められた気持ちを感じ取った彼は、すぐに「じゃあ、週末にお茶でもどうですか?」と返す。

彼女から「行きたいです」と返事が来ると、胸の内に小さな喜びが灯った。


そんな流れで二人きりで会うようになったのは自然なことだった。

しかし、ルナミ――本名が桜井美月だと知ったのは少しあと。

いつものように会話している最中、ふとした拍子に彼女が別人のように早口で「私は美月…ミヅキ…?」とつぶやき、すぐに「ごめんなさい、時々こうなるんです」とうつむいた。

隆也は咄嗟に何も言えなかったが、その日を境に「美月」と呼ぶことも増えていった。


美月の状態は日によって激しく揺れ動く。

待ち合わせに遅刻するかと思えば、いきなり「すごく好き!

今日一緒にいられない?」と感情を爆発させることもある。

隆也は戸惑いながらも、彼女に惹かれていくのを止められない。

なんでもないメッセージや、会ったときの笑顔が、これまでに味わったことのない胸の高鳴りを呼び起こす。


しかし、二人の関係を公にしようとすると、美月は微妙に言葉を濁すことがある。

「他の人たちに言われるの嫌だから…」と、曖昧な言い方で秘密を匂わせてくる。

同時に彼女は「私は誰にでも好きって言っちゃうけど、それでもいいの?」と問いかける。

隆也が苦笑いで「大丈夫、気にしないよ」と答えると、美月は安心したように笑うが、その笑顔にはどこか不安が透けて見える。


オフ会で再び会ったとき、ウクレレやゴスMが「そろそろ付き合ってるんじゃないの?」とちゃかしてくるが、美月は「内緒ですよ、ね」と隆也の腕を引っ張ってその場を離れようとする。

わざわざ隠すことで余計に目立つと感じるが、彼女の抱えているものを考えると、強く否定はできない。

サイレントはそんな二人を見て「まあ、うまくやればいいんじゃない」と苦笑し、ゴスMは「絶対トラブルになるって」と半ば呆れたようにタバコをくわえている。


それでも隆也は、美月の笑顔を守りたいという気持ちが募っていく。

彼女の甘えたような口調や、不意に人前で「結婚して」と言い出す破天荒さに振り回されながらも、心を奪われていく自分がいる。

「俺がそばにいれば大丈夫だろう」とどこか楽天的に思う一方で、先が見えない不安もこっそり胸の奥に沈殿していく。


そんなある夜、美月から「怖い夢を見た。

今すぐ声が聞きたい」と電話がかかってきた。

受話器の向こうからは震える声が聞こえ、「私、離人症っぽいのか、今自分がどこにいるか分からないかも…」と涙声で訴える。

隆也は必死に彼女を落ち着かせようとするが、どう言葉をかければいいか分からない。

「平気だから。

俺がいるから大丈夫だよ」

そう繰り返すうちに、ようやく美月の泣き声は少し収まっていった。


通話を切ったあと、彼はベッドに倒れ込んで深いため息をつく。

思わずスマホの画面を見つめながら「俺は本当に彼女を支えられるのか」とつぶやいた。

だが、その問いに答えは出ない。

美月の笑顔と、不安定な声の両方を抱えていく覚悟が、自分にあるのかどうか。

静まり返った部屋で、彼は時計の秒針を聞きながら、そっと目を閉じた。

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