9 アンティーク奇襲戦①
――アンティーク奇襲戦。
後世の歴史において、アスール王国がパリ―スト大陸にある多数の国家の中でも有数の力を持つことになる始まりが、このアンティーク奇襲戦であると言われている。
アスール王国軍は3万、対して、アルテリオ帝国軍は15万。
戦力差にして、5倍の戦いを、アスール王国は辛くも勝利したのである。
また、アスールの悪魔と呼ばれた少女アリア・ロードが、初めて戦場に本格的に現れた戦いとも言われている。その恐ろしさは、アルテリオ帝国軍の将官の一人として参加し、命からがらアルテリオ帝国に逃げ帰った、第2皇子ルーク・アルテリオの手記に記載されていた。
『最初は何かの冗談かと思った。私はアルテリオ軍2万を率いる将官として、アスール王国領に侵攻していた。その時に、前線の部隊が、何やら一人の少女に、次々と倒されているという報告が私の下に来た。私は、冗談だと思い、もう一度確認してくるように命令をした。そして、1時間後。どうやら、先ほどの報告は本当らしいということが分かった。
なぜなら私の目と鼻の先で、血まみれの少女が、我が軍の将兵を次々と斬り殺していたのだ。その少女を包囲しようとしても、それより速く、包囲が食い破られてしまう。私の周りの者達が、何とか、私をアルテリオ帝国まで連れ帰ってくれたが、その時、付き従っていた兵は200に満たない数であった。
危険な目に何度も私はあってきたが、あれほど自分の命の危機を感じたことは、生涯で初めてであり、これからもそうであろう。もし、私が、最初に報告を聞いた時に撤退の指示を出していれば、私に付き従ってくれていた多くの将兵の命を救うことが出来たかもしれないと思うと、後悔してもしきれない』
アスールの悪魔アリア・ロードであると明言されてはいないが、時期的に考えても、この少女こそがアリア・ロードであるとする考えが歴史学者の間での定説であった。
この後、アルテリオ帝国は、軍の立て直しに相当な時間をかけることとなり、アスール王国は西部の警戒を多少緩めることが可能になる。それは、軍の転用が可能ということであり、アスール王国のこれからの戦いに大きな意味を持つこととなったのであった。
アルテリオ軍は、サビール山脈を越え、西部の国境地帯にあるアスール軍の国境警備隊の砦を攻略した。
「あれだけ、何度も俺らの侵攻を阻んできたアスール王国の国境警備隊の砦も、攻め始めれば、意外と簡単に陥落するものなのだな」
アルテリオ軍の少将であるスザリオは、陥落した国境警備隊の砦の中でそう言った。スザリオは基本的に、アスール王国を攻める際に、その部隊の指揮官となることが多かった。そのため、アスール王国に何度も負けているため、恨みも人一倍強かった。そのストレスで、頭は見事に禿げ上がっていた。
「ですが、武器や食料や人、砦には何も残されていませんでした。周囲の村にも、人を出して確認させましたが、物も人も何も残されていませんでした」
スザリオの副官が、スザリオに報告した。対して、スザリオはつまらなさそうな顔をしていた。
「アスール王国軍は、散発的な奇襲で、こちら側をかく乱して、俺らの軍の行軍のスピードを落とさせていたからな。その間に、アンティークに避難させたんだろう。この国境警備隊の砦も、俺らの軍が、大軍であるっていうのもあるが、アスール王国軍はそんなに詰めていなかった気がするしな。あっさり落ちたのが良い証拠だ。戦っていたアスール王国のやつらも、さっさと逃げちまうしな。ただの時間稼ぎだったんだろうよ」
「それでは、アンティーク城で籠城するということですか?」
「まぁ、そういうことだろ。俺らの軍は、大軍だ。普通に戦ってもアスール王国は勝ち目がない。籠城して、その間にレファリア帝国にでも援軍を頼むつもりなのだろう。対して、俺らは遠征軍。居るだけで、食料や金も消費していく。時間をかければ、かけるほど、アスール王国の周辺国家がちょっかいをかけてくる可能性も高くなる。つまり、さっさと終わらせないと、泥沼の戦いになるって訳だ。ただし、周辺諸国がちょっかいをかけてきた段階で、アスール王国も終わりっていうのもあるがな」
「それでは、我らは早急にアンティーク城を落とし、王都レイルも陥落させないといけないということですか?」
「そうだな。だから、こんな強行軍をしてきたんだろうな」
そう言いながら、スザリオは、先ほど軍の様子を見たときのことを思い浮かべていた。
(……サビール山脈を越えるのでさえ一苦労だ。それも、山肌で馬が足を怪我しないように、慎重に行軍してきた。兵達の顔をさっきみたが、疲労が溜まっているのが見てすぐ分かった。それにしても、この大軍でこんなに急いでいるのは、何か別の理由があるのかもしれないな。しかも、今回は、皇帝自らが軍を率いている。こっちは大軍なのだから、もっと、焦らず進軍しても良い気がするがな)
スザリオは、そんなことを考えながら、国境警備隊の砦の隊長室の椅子に座っていた。
国境警備隊の砦が陥落してから、2日が経過した。アルテリオ軍は、アンティーク城が確認できる位置まで軍を進めていた。そして、攻城戦のための破城槌や、各種武器の準備を急ぎ、進めていた。
そんな前線から離れた位置に、アルテリオ軍の全軍を指揮する指揮所が作られていた。そこにある立派な天幕の一つにある木製の簡易ベッドで、皇帝ルイス・アルテリオは横たわっていた。顔はこけ、体は痩せ細っていた。
そんな皇帝の傍らに、第2皇子ルーク・アルテリオと今回の作戦を皇帝の代わりに実質的に指揮しているロメール大将が立っていた。ルークは、30代中盤の若き少将であり、ロメールは壮年の男であった。
ロメールの眼光の鋭さが、様々な戦いを潜り抜けた猛者としての経験を裏打ちしていた。
「父上、体の調子は大丈夫ですか?」
「……良くはないな。余の体の心配してくれるのは嬉しいが、余は戦況が知りたい」
力のない声で、ルイスは問いを発した。
「現在は、アンティーク城が見える位置まで前進し、攻城戦の準備をしている状況です。明日の朝には、アンティーク城に攻撃を開始します」
ロメールは、簡潔に答えた。ルイスは、その報告を聞くと、息を吐いた。
「そうか。余が即位してから、長き時が経った。その間に、何度もアスール王国に攻め入ったが、どれも上手くはいかなかった。そして、余の寿命も、もう長くはない。此度の遠征が最後となるであろう。何としても、王都レイルを陥落させ、そう遠くないうちに起こるレファリア帝国との決戦で、少しでも有利な態勢を取れるようにせよ」
「了解しました」
ロメールは、短くそう答えた。ルイスは、言い終わると、ベッドに臥せってしまった。
「失礼します」
ロメールはそう言い、ルークを伴い、天幕を出た。そして、二人は作戦の指揮をするために地図などが置かれている天幕に向けて、歩き始めた。
「ロメール大将、もう父上は長くはない。早期に、この戦を終わらせなければ、この戦の最中に父上が亡くなるという事態になりかねない。何としても、勝利するぞ」
「はい、殿下。病の体で無理をしておられる陛下のためにも、我々は全力を尽くしましょう」
二人は、そう言いながら、作戦を指揮する天幕まで歩いて行った。
――アルテリオ軍が、アスール王国の国境を越える少し前。
レリフとルビエとアリアは、王都のハルド家の屋敷に到着していた。サビール山脈の中腹にある屋敷とは違い、比べると3倍くらいの大きさがありそうであった。
「兄上と私は、今から、王に謁見するから、アリアは屋敷の部屋で待っていて。何か欲しいとかあったら、近くのメイドに言えば大丈夫だから。それでは、行ってくる」
「アリアちゃん、面倒だけど、行ってくるね」
そんな二人の背中を見送った後、アリアはルビエに案内された部屋に戻った。
部屋に戻ると、フルーレがいつものお茶会セットで紅茶を飲んでいた。その傍には、エリゴルが立っていた。サビール山脈の中腹にある屋敷でも、アリアが自分の部屋の扉を開けたら、フルーレが部屋で紅茶を飲んでいることをあったので、驚くことはなかった。
アリアは、慣れた様子で、フルーレと対面する形で椅子に座った。次の瞬間に、アリアの手元に紅茶とクッキーが出現していた。どういう理屈で、一瞬で出てくるのかは分からないが、いつものことなので、アリアは気にしなかった。
「アンティークで大きな戦が始まるみたいね。アリアも行くのかしら?」
「はい、師匠とルビエさんに止められていますが、行こうと思っています」
「そう。中々、厳しい戦いになりそうだけど、死なない程度に頑張りなさい。それと、危なくなったら逃げなさい」
「ありがとうございます」
「つまらない会話はこれくらいにして、楽しいお話をしましょう!」
それから、フルーレとアリアは普段の日常の出来事などを話題にして、楽しいお茶会を過ごした。
――アリアがフルーレと、楽しいお茶会をしている頃、レリフとルビエは、アスール王の御前で首を垂れていた。
「顔を上げよ」
メギドの言葉を聞いたルビエは顔を上げた。レリフは、『はぁ~、首凝った』と言いながら、そのまま立ち上がった。その行動に、王の周りにいる文官と将官達が眉をひそめた。レリフの耳に、チッ!というルビエの舌打ちが聞こえたが気にしないことにした。
「……はぁ、もう何か言うのも疲れるわ。とにかく、ルビエは近衛騎士団長の任に戻れ」
「了解しました。失礼します」
色々と諦めた王の言葉を聞いたルビエは、立ち上がり、礼をすると、王の間から出て行った。
「それで、剣聖よ。お主をここに呼んだ理由は、分かっておるな?」
「アルテリオ軍の迎撃に出ろってことですか?」
「その通りだ。お主の力を貸して欲しい」
「嫌です。面倒なので」
メギドの要請に対して、レリフは即答した。文官の顔が青くなり、軍務大臣であるイオルクの顔が一瞬で赤くなった。
「即答するな! 少しは考えるそぶりをしろ! ああ、もう良いわ! 此度の戦に、我がアスール王国の存亡がかかっているのは理解しているか?」
メギドは怒りながら、レリフに聞いた。聞かれたレリフは、つまらなさそうな顔をしていた。
「はい、理解していますよ。それと、相当に厳しい戦いになるということも分かっていますよ」
「そこまで、分かっていながら、なぜ、力を貸そうとしないのだ!? この国は、お主の生まれ故郷でもあるではないか! それに、ハルド家もなくなってしまうかもしれないのだぞ!」
「私にとっては、この国も、家の事も、どうでも良いことですからね。私一人でも生きていけますし。なので、お断りします」
レリフがメギドに向かって、そう言った。そして、メギドが怒って何かを言う前に、イオルクがレリフに斬りかかっていた。バギン!という、剣と剣が打ち合う音が王の間に響いた。
「本当に、貴様は愛国心というものを欠片も持ち合わせておらぬのだな! 加えて、王に対しての無礼な態度! もう、許せん! ここで、我が剣の錆にしてくれるわ!」
「イオルク殿、お久しぶりですね。相変わらず、短気なところは変わっていないみたいですね」
イオルクの剣を防ぎながら、レリフはそう言った。イオルクの顔を見ると、血管が今にもはち切れそうなほど怒った顔をしていた。
「もう良い! イオルクよ、下がるのだ!」
「……了解しました」
メギドの声に反応して、イオルクが剣を鞘に戻し、自分が立っていた場所に戻った。それを見た、レリフも剣を鞘に戻した。
「それで、剣聖よ。お主の力を貸してくれれば、出来る範囲で何か褒美を与えようと思うが、何か欲しいものはあるか?」
「う~ん、そうですね。あ! そういえば、私の弟子を近い将来にレイル士官学校に入れたいと思っているのですが、王の力で何とか出来ませんか?」
「噂のお主の弟子か。別に余の力がなくとも、貴族であれば、18歳になると同時に、レイル士官学校に入れるではないか。もしかして、貴族ではないのか?」
「はい、貴族ではありませんね。しかも、多分、弟子は12、3歳くらいだったはずです。あと、1年か2年以内には、士官学校に入れたいと考えているので、そこを王の力で何とかしていただけるなら、私も力を貸しますが?」
無理難題に、文官や将官達の顔が一気に険しくなった。イオルクなどは、また、斬りかかりそうなほど怒っているのが見えた。
「新たに貴族を任命するなど、余程のことがなければ有り得ない話であるし、しかも、年端もいかない少女を士官学校に入れるのも、有り得ぬ話であるな。だが、アスール王国の存亡の危機を前に細かいことを言っても、しょうがないか。分かった! お主の願いを叶えよう! 代わりに力を貸してくれ!」
「分かりました。私の力を王にお貸ししましょう」
レリフは王に向かってそう言った。周りの文官や将官達が、信じられないという顔をしているのが見えた。