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8 急変

 ――ルビエが、レリフとアリアの修行に加入してから、2ヶ月が経過した。

 ルビエが加入したことにより、一日の修行の流れが少し変わった。

 午前中は、レリフがアリアに剣を教え、午後は、ルビエが槍を教えるという流れに変わった。そして、午前中、午後と教える順番は日替わりで変わった。そのため、午後にアリアを教えていない方が、食料調達を行うこととなった。


 そんな状況であるが、未だに、アリアはレリフに一回も攻撃を当てられたことがなかった。何とかして、レリフの隙を突いて、攻撃を当てようとするが、いつもレリフに笑いながら、防がれてしまう。その後は、弾き飛ばされて、ゴロゴロと転がるのがお決まりであった。


 それに加えて、ルビエとの槍の訓練もあった。今まで、剣ばかりの訓練であったので、最初の方は、槍の振り方などを教わっていた。ある程度、槍が振れるようになったら、ルビエとの実戦形式の訓練に移行した。その際に、ルビエは、剣と槍を、アリアの状況に合わせて変えて、アリアの相手をしていた。


 ルビエは、レリフほどではないが、剣であっても十分に強かった。少なくとも、アリアが槍ではなく剣を持って、ルビエと剣同士で戦ったとしても、アリアが負けるのは容易に想像できた。

 レリフと同様に、ルビエに対しても、何とか、攻撃を当てようとするがまったく当たらない。その上、レリフよりもルビエの方が、追撃が厳しかった。


 レリフであれば、アリアが剣で弾き飛ばされた後に、少し待ってくれる。だが、ルビエは、アリアが、地面を転がっている間も、間髪入れずに攻撃をしてくるため、アリアの体には無数の打ち身が出来ていた。


 そんな修行の日々の中で、夜になると、レリフはいつも通り、サビール山脈の麓の村の酒場でお酒を飲んでいた。対して、ルビエは屋敷の外の広場で、槍の訓練をいつもしていた。アリアは、変わらず剣の素振りか、たまにフルーレとお茶会をしていた。


 アリア自身、レリフとルビエにいつも同じようにやられてしまっているので、最近は強くなっている実感が薄かった。ある時、フルーレとのお茶会の際に、そのことを相談した。返って来た答えは、『大丈夫。確実に強くなっているから。ともかく自信を持ちなさい。エリゴルもアリアが強くなっていると思うわよね?』、『はい、お嬢様のおっしゃる通りです。何事も焦ってはなりませぬぞ、アリア様』


 というような答えであった。他にも、アリアは実際に訓練を行ってくれているレリフとルビエにも聞いてみた。


「まぁ、実際にいつも同じように僕に倒されているからね。そう思うのも、無理はないかな。それでも、日を追うごとに強くなっているとは思うよ! アリアちゃん、自分に自信を持って!」


「兄上の言う通りだ! 確かに私と兄上と比べれば、まだまだだが、もう並みの兵士では束になっても、アリアには勝てないと思うぞ! アスール王国の精鋭が集まっている近衛騎士団の中でも、アリアとまともに戦えるのは、片手の指で足りるほどしかいないだろう! 実感は薄いかもしれないが、そのくらい、今のアリアは強くなっているぞ! もっと自分に自信を持て!」


 レリフとルビエは、アリアにそう答えた。どうやら客観的に見ると、自分は強くなっているらしいとアリアは思った。自分に自信を持つのは、まだ先になりそうだが、とりあえず一日一日の修行を懸命に行おうとアリアは思った。




 そんなことアリアが思いながら、相変わらず、レリフとルビエに訓練で弾き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がっていたある日。

 レリフとルビエとアリアで朝食を食べていると、屋敷の門をダンッ!ダンッ!と乱雑に叩く音が聞こえた。


「……こんな朝早くからうるさいな。誰だろう? アリアちゃん、ちょっと、見てきてくれる?」


「分かりました。師匠」


 アリアは、そう言うと、屋敷の門に向かい、門を開けた。そこには、肩で息をしている兵士が立っていた。


「……? ここに、団長と剣聖殿が居られるはずだが? なぜ、年端もいかない少女が居るのだ? もしや私は、場所を間違えたのでは? そうであれば、マズいぞ!」


 アリアを見た兵士が、勝手に一人で焦っているところに、様子を見に来たルビエが近付いて来た。


「あら、ベオル。こんなところまで、どうしたの?」


「ああ、団長! 良かった! いきなり少女が出てきたので、場所を間違えたかと焦りましたよ!」


「そうなの。それで、そんなに焦って、何か起きたの?」


「はい、大変な事態が起きました! アルテリオ帝国が、15万の大軍で西部の国境地帯に近付きつつあります!」


「それは、本当なの!?」


「はい、アルテリオ帝国に潜ませている密偵達からの確かな情報です! それを踏まえ、王都への団長の即時帰還命令と剣聖殿の王の御前への招集が勅命で出ております!」


「……分かったわ。そういうことなので、兄上、王都に帰りますよ! 聞いているのでしょ?」


 ルビエが、そう言うと、朝食を食べていた部屋からレリフが現れた。レリフは、凄く面倒そうな顔をしていた。


「いや、行かないよ。絶対に王は面倒なことを僕に押し付けるつもりでしょう。しかも、アリアちゃんの修行もあるし。行くなら、ルビエだけで行きなよ」


「……兄上は、本当に変わりませんね。密偵の情報が正しいとすると、アスール王国が滅ぶかどうかの瀬戸際なのですよ!? それでも、兄上は関係ないと言うのですか!?」


 ルビエは怒って、レリフにそう言った。対して、レリフは冷ややかな顔をしていた。


「うん、関係ないね。僕は僕のためにしか動かないからね。ルビエは陛下に忠誠を誓っているみたいだけど、僕は別に忠誠を誓っていないから。それに、僕一人だったら、どうとでもなるからね。それを、一番知っているのは、ルビエでしょう?」


「……確かに、兄上一人でも何とかなるでしょう。はぁ、時間が惜しいので、もう兄上は王都に行かなくても良いです。私が、王に報告します。ですが、アリアをこんな危険地帯に置いておく訳には行かないので、王都に連れていきます!」


「いやいや、それじゃ、僕と修行出来ないでしょ!?」


「アルテリオ軍が大軍で来ているのですよ!? 兄上がアリアについていたとしても、万が一のことが起きるのは、十分に考えられます! そんな危険な状態にアリアを置いておく訳にはいきません! 兄上が何と言おうと、アリアは連れていきます!」


「……分かったよ。僕も王都に行くよ。確かに、僕がついているから可能性はゼロに近いけど、万が一があるからね。アリアちゃん、僕とルビエと一緒に王都に行かない? 修行自体は、王都でも出来るからね」


「嫌です! アルテリオ軍は、私が倒します! たとえ、この命が尽きたとしても!」


 あまりの強情な態度に、レリフとルビエは驚いていた。それほど、アリアの意外な一面に驚いていた。


「そうは言っても、今、アルテリオの大軍にアリアちゃんが、突っ込んで行っても犬死するだけだよ。それなら、僕達と修行して、ある程度強くなってから、アルテリオ軍をいっぱい倒した方が良くない? その方が、君の両親の仇のアルテリオ軍をより多く倒せると思うけどな。まぁ、アリアちゃんがどうしても、アルテリオ軍に突っ込むっていうなら、僕は止めないけどね。どうする、アリアちゃん?」


「……分かりました。私も師匠とルビエさんと一緒に王都に行きます」


「よし! それじゃ、決まりだね! 王都へ行こうか!」


「兄上、途中でアンティークに寄って、食料を買いましょう。それと、アリアを王都に連れて行くことをハリル様に報告しなければなりません。それと、ベオル。先に王都に戻って、王に報告をしなさい」


「了解しました!」


 ベオルと呼ばれた兵士は、そう言うと急いで、サビール山脈を降りて行った。


 そして、レリフとルビエとアリアは、旅支度を急いで始め、1時間後には屋敷を出発し、サビール山脈を降りて行った。






 ――アリア達が王都レイルに向けて出発した頃、王都のレイル城では議論が白熱していた。


「15万もの大軍ですぞ! 5年前のレファリア帝国との戦いでさえ、7万の軍に我が王国は、滅ぼされる寸前まで陥ったことは、お忘れであるか!? ここは、アルテリオ帝国に降伏するしかありませぬぞ!」


 財務大臣であるダモン・アシュ―が、口から泡を飛ばしながらそう言った。ダモンは中央の貴族であり、禿げ上がった頭に、脂を浮かべた顔が印象的な太った男である。


「そうですぞ! ここは、降伏しかありませぬぞ!」


 内務大臣であるバルテロ・ケシューも、ダモンに同調しながらそう言った。バルテロも中央の貴族であり、神経質そうな目に、痩せた体形の男であった。


「何を言う! 貴様らは、己の保身を考えて、降伏せよと王に進言するつもりか! 15万の軍が何するものぞ! 我々は、たとえ、一人になろうとも、国を守るために死ぬまで戦い続けるぞ!」


 そう言って机を叩いたのは、軍務大臣であるイオルク・ビーンであった。元近衛騎士団長であるイオルクは、鍛え上げられた体に、顔に傷のある壮年の男であった。


 その声に同調して、会議に出席を許された将官達が、一斉に声を挙げた。

 その声に負けじと、ダモンとバルテロの後ろに立っていた文官達も声を挙げた。


 こうして、終わりの見えない議論が王の目の前で繰り広げられていた。


「静まれ!!」


 アスール王であるメギド・アスールが声を張り上げた。居るだけで周りは、威圧感を感じる壮年の男が、声を張り上げたのだ。一瞬で、場が静まりかえった。


「……元帥、お前の意見を聞きたい」


 今まで、静かに会議を聞いていた元帥であるマルク・レイヴァルに王は問いかけた。中央出身の貴族でありアスール王国全軍を率いている彼は、数々の戦いを潜り抜けた男であり、その顔には、歴戦の猛者としての風格がある。

 アスール王とマルク、ハリルは、同い年の幼馴染であり、レイル士官学校を同時期に入学し、卒業した仲でもある。


「現状、北のバジル王国、南のルール公国に備えている北方軍と南方軍は動かすことは不可能。レファリア帝国とは、こちらが莫大な食料を供与することで、何とか攻められないようにしている状況だが、我らが隙を見せれば、即座に侵攻してくるでしょう。そのため、東方軍も動かせない。そうすると、西方軍2万と王都の守護と予備の戦力とする中央軍2万を除いた、中央軍1万の計3万で、アルテリオ帝国の15万の軍を迎え撃たねばならない。戦ったとしても、相当に厳しい戦いとなるでしょう。ですが」


「ですが、何だというのだ?」


 マルクの言葉に、メギドの眉間の皺が濃くなる。会議に出席している、並み居る者の視線が、マルクに向けられる。


「ですが、アルテリオ軍は、本国からサビール山脈を越え、西方の森林地帯を行軍してくるのです。アルテリオ帝国の本国からの兵站は伸びきり、兵士の疲労はピークに達しているでしょう。加えて、本国を第1皇子に任せ、今回、軍を率いている総大将は、アルテリオ皇帝ルイス・アルテリオであるという確度の高い情報もあります。そこで、我らは、アンティーク城に守兵1万を残し、籠城すると見せかけ、残り2万で一気にアルテリオ帝国軍の本陣を奇襲し、皇帝を討つのです。そうすれば、皇帝を失ったアルテリオ軍は、統制を失い、右往左往しているところを各個撃破すれば良いのです」


「……元帥の意見は分かった。だが、奇襲をしかけている最中に、アンティーク城が落ちてしまう危険性はないのか?」


 メギドは、マルクにそう尋ねた。将官の中にも、メギド王の言葉に頷いているものが多かった。


「実際、15万の攻撃にアンティーク城が晒されるのです。半日も経たないうちに、陥落する危険性もあるでしょう。そうなれば、今度は、奇襲を仕掛けた2万の部隊は包囲され、撃滅されるのは想像に難くない。ですが、王よ、お忘れですか? アンティーク城を守る将軍のことを。ハリルは、守戦の天才です。王も私も、士官学校時代に何度も負けているではありませんか?」


「そうであったな! ハリルが守将であったのを失念しておったわ! それで、別動隊の指揮官はどうする? 誰か適任の者はおるか?」


「リカルド大佐が適任かと」


「……誰だ、それは?」


「王が知らないのも無理はないかと。リカルド大佐は、西部の貴族の一人で、アルテリオ帝国との国境を守る国境警備隊の隊長です。そのため、あの周辺の地理を知り尽くしている人物でもあります。今回の奇襲には、うってつけだと私は考えます」


「地理に詳しいのは分かったが、少し階級が低すぎないか? 最低でも、中将でなければ、2万の軍を指揮するのは難しいのではないか?」


 メギドの言葉に、自分が奇襲部隊の指揮官の候補であると思っていた将官は頷く。


「確かに、そうでしょう。ですが、そもそもリカルド大佐は、度重なる昇進の機会を蹴って、大佐にわざと留まっている人間です。昇進の機会を蹴っていなければ、今頃、中将になっているでしょう。加えて、ハリルが、自分が西方軍の総司令官を退いた後の後継者として、リカルド大佐に用兵術などを叩きこんでいるというのをハリル本人から聞いております。ハリルが自身の後継者として、育てている人間です。これ以上に、今回の作戦にうってつけの人間はいないでしょう」


「分かった。元帥がそこまで言うのだ。リカルド大佐の階級を中将に引き上げ、奇襲部隊の指揮官にせよ。これで、大体の方針はまとまったと思うが、宰相、何か意見はあるか?」


 王の近くに立っている宰相エース・ノーグに王は問いかけた。エースも中央出身の貴族であり、年はレリフと変わらない若い男であった。他を圧倒する外交、行政能力を買われ、若くしてアスール王国宰相となった男であった。


「私も、元帥の意見に全面的に賛成です。たとえ、降伏したとしても、一部の貴族以外は、皆、殺されるでしょうし、国民は、周辺諸国の者に、奴隷として売られる可能性が高く、アスール王国の誰にとっても良い結果とならないでしょう。それならば、戦って勝利を目指すべきだと考えます」


「分かった。それでは、各文官、軍の者は、それぞれ準備せよ!」


「ハッ!!」


 王の声に、並み居る者たちは、返事をして会議は終了となった。

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