6 修行
晴れて、剣聖レリフ・ハルドの弟子となったアリア。
軍隊内の所属としては、西方軍に所属しているということになっている。
また、どこの部隊に配属するかは、剣聖レリフ・ハルドとの修行を終えた後に決定することになっている。
レリフが、弟子を取ったという話は、西部の一部の人間の中でしか、知られていない話であった。
その戒厳令を引いたのは、西方軍総司令官ハリル・アンティークであった。
曰く、『中央との無用な軋轢を避けるため』と言うことであった。
西部であれば、自分の力で、ことを収められるが、中央にアリアの存在を知られてしまった場合、中央の貴族が要らぬちょっかいを出してくるかもしれないとハリルは考えた。
そのため、西部の中でも、アリアの存在の取り扱いは厳重であった。
このようなことになっているとは、アリア自身も知らなかった。
今、アリアは、レリフとともに、アルテリオ帝国とアスール王国の国境沿いにある山岳地帯であるサビール山脈を歩いていた。
アルテリオ帝国が、アスール王国よりも強大な軍事力を持ちながら、未だに西部に本格的な侵攻が出来ない理由が、このサビール山脈である。サビール山脈は、険しい山肌と急勾配が特徴の山である。
この山脈を、馬で駆け上がるのは、不可能に近い。必然的に、徒歩となる。だが、鎧や剣などの、重装備を持ちながら、この山脈を行軍して、超えることは、至難の業である。
実際に、アルテリオ軍が山越えを行い、攻めてきたことはあるが、待ち構えていた西方軍に、完膚なきまで叩き潰されている。
近年では、サビール山脈の切れ目にある商人などが通る、比較的、傾斜が緩い道を、アルテリオ軍が通って、攻め寄せることが多い。
ただ、一気に軍を通過させるほどの道幅はないため、アルテリオ軍が通過してきたところを、待ち伏せして、西方軍が一気に攻撃を加え、撃退している。
そのため、アルテリオ帝国は、村を焼き払うなどの挑発を行い、何とか、アスール王国側から、攻め寄せさせて、そこを叩きたいと考えている。だが、アスール王国は、そのことを見抜いているため、西方軍が、アルテリオ帝国の国境を越えて、攻めることはない。
そんな険しいサビール山脈を、レリフの後をついて、アリアは歩いていた。ハミル村に居た頃だったら、ついていけないだろうなと思いながら、アリアは歩いていた。そして、歩くこと4時間。サビール山脈の中腹辺りに、到着した。そこには、大きな屋敷が建っていた。
「……ふぅ。やっと着いた。久しぶりに来たけど、やっぱり遠いね! しかも、周りに何もないし。寂しい場所だよ」
レリフは、そう言いながら、屋敷の門を開いた。
屋敷の中は、そこそこ広く、二人で使うには、広過ぎるくらいであった。所々に、調度品が置かれているが、埃を被っていた。実際に、レリフが屋敷の門を開いた時に、埃が舞っていたのが、アリアには見えた。
「レリフさん、ここは何ですか?」
アリアは、レリフに続いて、屋敷の中に入りながら、尋ねた。
「……何かレリフさんって、凄い他人行儀だよね。よし、今日から、僕のことは師匠と呼びなさい! あと、ここはね、ハルド家が持っている別荘。ハルド家の人間は、幼少期、ここで修行するんだよ。僕も、7歳から12歳までは、ここで修行したよ。それにしても、埃っぽいね。とりあえず、掃除しようか!」
「分かりました、師匠」
「うん、そっちのが良いね! それじゃ、屋敷の奥に掃除道具があるから、パパっと掃除しちゃおうか!」
「はい、師匠」
そして、二人は、屋敷の奥から、掃除道具を持ってきて、掃除を始めた。
屋敷中を掃除するのに、半日がかかった。アリアが空を見ると、もう太陽が、沈みかけていた。
「いや、掃除するのに、結構、時間かかったね! あと、少しで夜になっちゃうよ。本当は、もっと早く掃除を終わらせて、アリアちゃんと二人で食料を調達に行こうと思っていたんだけど、無理そうだね!ちょっと、食料調達してくるから、女性用のお風呂で水浴びでもして待っていてよ!」
レリフは、そう言うと、屋敷の外へ出て行った。アリアは、レリフの言う通り、お風呂場へ向かった。
この屋敷は、山から水を引いてきているため、料理場やお風呂場では、水がすぐに使える状態であった。
レリフが、屋敷の外へ食料調達へ向かってから、3時間が経った。屋敷の外は、すっかり暗闇に包まれ、月明かりだけが、唯一の光であった。そんな中、レリフが、鹿を背負って、帰って来た。小脇には、サビール山脈の麓に自生している野草を抱えていた。
「いや、お待たせ! 鹿の血抜きをするのに時間がかかったせいだね! とりあえず、早く夕食にしようか! アリアちゃんも手伝ってくれる?」
「はい、師匠、分かりました」
そして、二人は、夕食作りを始めた。アリアは、鹿肉を食べたことはあるが、実際に、鹿を解体しているのを初めて見た。レリフは、手際良く、鹿を解体していた。数十分後には、食べ易い大きさに肉がカットされていた。アリアは、その間に、水を沸騰させ、野草の種類ごとに灰汁を抜いていた。
「へぇ~、アリアちゃんってもしかして、野草に詳しい?」
「はい。ハミル村に居た頃は、よく野草を摘みに行っていたので、詳しいです」
「やっぱり、そうか! いや、手際が凄い良かったからね!」
レリフは、そんなことを言いながら、鹿肉を焼いていた。料理場に、肉を焼く良い匂いが広がった。
それから、30分後、今日の夕食が完成した。内容は、鹿肉を焼いたものと野草を煮て、灰汁を抜いたものであった。今日は、昼食を食べていないので、二人とも空腹であった。
「それでは、食べようか! いただきます!」
「いただきます」
レリフとアリアは、食事を始めた。アリアは、鹿肉を口に運んだ。鹿肉特有の獣臭さがあまりなく、美味しいと思った。ハミル村でも、たまに食べていたが、多少、鮮度が落ちていたものであったため、ここまで美味しくは、なかった気がするとアリアは感じた。
二人とも、空腹だったため、黙々と夕食を食べていた。
それから、20分後。二人は、食事を終えていた。食事を取ったことにより、レリフは満足げな表情をしていた。
「いや、食べた食べた! 鹿肉とか野草とか、久しぶりに食べたけど、やっぱり美味しいね!」
レリフ、そう言いながら、アリアの方を見る。そして、言葉を続ける。
「ところで、そういえば確認なんだけど、アリアちゃんって、両親の仇を取るために、軍隊に入って、そして、強くなりたいんだよね?」
「はい、そうです」
「そうか、そうか! 了解したよ! まぁ、強さを求める理由は、人それぞれだよね。僕も、強くなりたいと思った理由は、ハルド家の人間としての責務っていうのもあるけど、楽に人生を生きたいっていう理由だからね! これから、剣をアリアちゃんに教える訳だけど、頑張ってね!」
「ありがとうございます。これから、頑張っていきますので、よろしくお願いいたします」
「うん、よろしく!」
こうして、修行1日目は終了した。
――レリフとアリアが修行を開始してから、3ヶ月が経過した。
その間に、リカルドの部下が様子を見に何回か、二人が修行している屋敷を訪れていた。その人が言うには、アルテリオ帝国が、国境を越えて、村を焼いたり、侵攻するということが、現状、起きていないらしい。だが、依然として、中央軍からの増援を加えた国境警備隊は、警戒を続けている状態であるということをアリアは聞いていた。
そして、一日の修行の流れは、大体、こうであった。
朝、日の出とともに、レリフとアリアは、朝食を取り、それが終わり次第、午前中は、木剣や鉄製の剣を使った訓練を屋敷の外で行っていた。訓練をする場所は、森の中であったり、山肌が露出している場所であったりと様々であった。
午後は、前日に、鹿や猪などを仕留めて解体した残りの肉や野草が余っていれば、そのまま、訓練の続行をした。食料がなければ、レリフとアリアで、鹿や猪を狩ったり、野草を摘んだりして、食料を調達していた。
そして、日の入りとともに、屋敷に帰り、夕食を作り、それを食べ、その後の時間は、自由時間であった。アリアは、寝るまでの時間を、大体、剣で素振りをしていた。それか、たまに来るフルーレとお茶会をしていた。レリフはというと、ほぼ毎日、サビール山脈の麓の村まで、走って行き、そこの酒場でお酒を飲んだりしていた。
アリアがこの3ヶ月間、強くなっているとは感じていたが、不満なこともあった。それは、まだ、1回もレリフに、剣を当てられていないからだ。アリアが、どんなに早く剣を振っても、レリフの隙をついて攻撃しても、レリフに笑いながら、簡単に防がれてしまっていた。
逆に、レリフの攻撃には、何とか反応して防いだりしているが、結局、いつも剣を体に当てられ、ゴロゴロと地面を転がっている毎日であった。何とか、レリフに一太刀浴びせたいと考えながら、訓練をしていた。
そんなある日の朝、屋敷の門をガンッ!ガンッ!と乱暴に叩く音が聞こえた。その時、レリフとアリアはちょうど、朝食を取っていた。
「誰だろう? こんな朝早くに。アリアちゃん、ちょっと見てきてくれない?」
「分かりました、師匠」
アリアはそう言い、皿にフォークを置くと、屋敷の門へ向かい、門を開けた。
そこには、白い髪を後ろで結んだ、どことなくレリフに似ている女性が立っていた。
「……? どちらさまでしょうか?」
「……貴方が、噂のアリアね! 兄上がここにいるでしょ!? 早く出しなさい!」
「お待ちください!」
アリアの静止の声も聞かず、ズカズカとその女性が、屋敷の中に入って行った。
そして、すぐに朝食を取っているレリフを見つけ、近づいて行った。
「やっと、見つけました! さぁ、早く王都に帰りますよ!」
その女性は、そう言うと、レリフの腕をつかみ、強引に外へ連れ出そうとした。
「ちょ、ちょっと、待ってよ、ルビエ! まだ、朝食を食べ終わってないよ!」
「問答無用!」
ルビエと呼ばれた女性は、そう言って、レリフを引っ張ていた。
アリアは、その様子を眺めていた。
「アリアちゃん! 見てないで助けてよ!!」
そんなレリフの声が、屋敷に響いていた。
あの後、状況が落ち着き、アリアは、ルビエと呼ばれた女性から事情を聞いた。
彼女の名前は、ルビエ・ハルドと言い、レリフの一つ下の妹であること。
中央軍で、王直属の近衛騎士団の団長をしていること。
行方をくらませたレリフを探していたこと。そして、見つけ次第、王都のハルド家に連れ戻そうとしていること。
そのような事情であった。
「まったく、アンティークで兄上が姿を消して、3ヶ月。行方を捜すために、ハリル様に、事情を聞いてみれば、ここで、弟子を取って、修行しているなんて、考えられない! そもそも、兄上は、他の人に弟子にするように頼まれても、一回も取ったことがないでしょう!?」
「まぁ、落ち着いて、ルビエ。この子の剣を見れば、僕が弟子に取った理由が分かるから」
「……剣ですか。にわかには、信じられません。それでは、確認するために、彼女と、少しだけ戦っても良いでしょうか、兄上?」
「うん、分かった。アリアも、ルビエと少し戦ってみてくれないかい?」
「分かりました、師匠。木剣を取ってきます」
「ついでに、木製の槍も持ってきて!」
「分かりました」
アリアはそう言うと、屋敷の武器が置いてある部屋に消えていった。