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5 剣聖レリフ・ハルド

 ――アンティーク城。

 アスール王国の西部における守備の要であり、国境警備隊の砦からは馬で1日ほどの距離である。また、西部の中央部分にあるため、西部の流通の大部分が、このアンティークの都市を通る。そのおかげか、西部で最も栄えている都市であり、治めているアンティーク家は、アスール王国の中でも、指折りの力を持つ貴族である。


 西方軍の司令官であるハリル・アンティーク大将は、60歳を超えているが、まだまだ、血気が盛んな将軍である。武芸においても、若い者に引けを取らない練度を維持している。


 リカルドは、そんな闘将を主とする、アンティーク城の司令部を訪れていた。


「……事情は、分かった。だが、儂は実際に目で見たものしか、信じることが出来ない性格でな。リカルド大佐、実際に、この場にそのアリアという少女を連れてきてくれ」


「了解しました。閣下がそうおっしゃると思い、廊下で待たせています。アリア入りなさい」


「はい、分かりました。失礼します」


 返事とともに、扉が開かれる。そして、アリアと呼ばれた少女が入って来た。

 見た目は、至って変哲のない少女といった感じだとハリルは思った。本当に、アルテリア軍を一人で、少なくない数を倒したようには、到底見えない。


 ハリルは、椅子から立ち上がると、部屋の壁に掛けてあった剣を手に取った。そして、アリアに、その剣を渡した。


「……アリアと言ったかな。すまないが、この剣で、素振りをしてくれないか」


「分かりました」


 アリアは、ハリルが自分の椅子に座るのを確認してから、剣を振った。ブン!という鈍い音が、部屋に響く。剣を振った風圧で、ハリルの机の上の書類が、吹き飛ばされていた。


「ガハハハッ!! これは、愉快だ!! 剣の振りは滅茶苦茶だが、これほどの剣の圧力を感じたのは久しぶりだ!!」


 ハリルの笑い声が、部屋に響く。剣を振り終わった、アリアの表情は変わらない。傍で見ていたリカルドの顔色は変わっていた。リカルドも実際、目の当たりにするのは初めてだが、アリアの剣の異常さにすぐ気が付いた。


「リカルド大佐! 剣聖殿には、儂から伝えておく! 日程が確定次第、使いの者を出す! それまで、アンティーク城で休まれよ!」


「了解しました。それでは、失礼します」


「失礼します」


 リカルドとアリアは、ハリルに礼をすると、部屋を出て行った。ハリルの笑い声が、部屋の外に居ても聞こえた。






 ハリルの部屋を出てから、リカルドとアリアは、アンティーク城の客人が宿泊する部屋に案内された。

 日差しは沈み、夜になろうかという時間帯であった。


「それでは、アリア。私は、この部屋で休む。君は、女性用の奥の部屋で休んでくれ。案内は、このメイドがする。それと、何かあれば、部屋の外に置いてあるベルを鳴らせば、メイドが来てくれるから、そのつもりで。それではな」


 リカルドはそう言うと、部屋の中に入っていった。アリアはというと、メイドに連れられ、奥の部屋まで来ていた。


「それでは、アリア様。ご案内は以上となります。何かありましたら、外のベルを鳴らして下さい。失礼します」


 メイドはそう言うと、廊下の奥に消えていった。

 それを見届けたアリアは、部屋に入った。その部屋には、一目見ただけで高級品だと分かる壺や家具が、置いてあった。ベッドも、フワフワそうで、寝心地が良さそうだ。何より、広い。少し駆け回れるくらいのスペースがある。


 国境警備隊の砦からアンティーク城までの旅で、疲れていたアリアは、そのままベッドにダイブして、寝ようと思っていた。だが、何やら視線を感じるので、その方向に振り返った。何と、そこには、いつものお茶会セットで、紅茶を飲んでいるフルーレと、その傍にエリゴルが立っていた。


「フルーレさん、エリゴルさん!?」


「あら。そんなに驚かなくても良いじゃない。言ったでしょ。近くから、貴方を観察してるって。まぁ、とは言っても、私達も地獄に戻っていたから、こっちに来るのは、3週間ぶりくらいかしら」


「そうなんですか。いきなり、現れたのでビックリしました!」


「まぁ、アリアが一人になるタイミングが今まで、無かったのもあるわね。アリア以外の人間には、基本的に、私達の姿が見えないから、もし、アリアが私達と会話したとしても、何もない空間に一人で話かけてる頭がおかしい子としか思われないのだけどね。それだと、アリアが不憫でしょう」


「気を遣っていただいて、ありがとうございます」


「良いのよ、別に。基本的には、貴方が何か大きな行動をした時しか、近くには居ないから。私生活まで見られるのは嫌でしょう? あと、そもそも地獄に帰っていて、人間界に居ない場合もあるから、それは、よろしく」


「分かりました。それで、フルーレさんとエリゴルさんは、私にそれを伝えるために来て下さったのですか?」


 アリアは、エリゴルに椅子を引いてもらい、そこに腰かけた。アリアの手元には、いつのまにか紅茶が用意されていた。


「違うわよ。ただ、貴方とお話したかっただけ。大層な理由は、何もないわ」


「そうですか」


 フルーレはそう言うと、紅茶に口をつけた。アリアも、手元の紅茶に口をつけた。口の中に茶葉の心地良い渋みが広がった。紅茶をあまり飲んだことはないアリアであっても、素直に美味しいと感じた。


「……ところで、私達のことは、誰にも話していないようね?」


「はい。たとえ、話したとしても、頭がおかしいとしか思われないと思ったので」


「そうよね。人間界にも、人間の精神と肉体を乗っ取った低級の悪魔が、悪さすることはあるみたいだけど、ほとんどの悪魔は、地獄から出ないから、存在自体が漠然と恐れられているだけというのもあるかしら?」


「そうなんですか?」


「そうよ。私みたいに、気分転換に人間界を訪れる悪魔は、ほとんど居ないわ。さっきも言ったけど、人間界にいるのは、何とか、人間の魂を奪って、自分の力を得ようとしている低級悪魔。しかも、最近は、地獄からこちらに来るのが、難しくなっているから、その数も少数ね」


「フルーレさんは、こっちへ来るのに、何の制限もないんですか?」


 アリアは素直に感じた疑問を、フルーレにぶつける。


「まぁ、私には、そこら辺の制限はかかっていないわ。制限がかかるかどうかは、完全に、その悪魔によるわね」


「……そうなんですか」


「そうよ。もう、こんなつまらない話は終わりにして、何か面白い話をしましょう!」


「分かりました!」


 そして、アリアとフルーレは、夜が遅くなるまで、楽しい会話をした。家族を失ったアリアにとって、久しぶりの楽しい時間であった。






 ――アリアが、ハリルと出会ってから、2日後。

 ハリルの遣いが、アリアとリカルドの下にやって来た。どうやら剣聖と会うことは出来るらしい。

 剣聖は、アンティークの都市の近くのルキエ湖で釣りをしているらしい。アリアとリカルドは、ハリルの遣いの案内を受け、馬車に乗って、ルキエ湖に向かった。


 馬車に揺られること、約30分。目的のルキエ湖に到着した。ルキエ湖は、漁業が盛んな場所であり、大きさは、西部でも一番の湖らしい。また、ルキエ湖産の魚は、主に、アンティークで食され、それ目当てに来る観光客も多いようだ。馬車に乗っている間に、ハリルの遣いが、話してくれた。


 馬車を降りると、目の前に、大きな湖が現れた。太陽の光を反射して、水面が輝いている。アリアは、今まで、湖を見たことがなかったので、素直に綺麗だなと感じた。

 目的の剣聖は、すぐに見つかった。仕立ての良い、白い服に、白い髪を後ろで結んでいる。腰には、鞘の色が白い、剣を提げていた。


 どうやら、釣りに夢中になっているらしく、座りながら、水面に垂らした竿をじっと眺めている。

 リカルドとアリアは、そんな剣聖の傍まで近付いた。そして、リカルドが声をかけようとする前に、こちら側に、顔を向けた。


「君達が、ハリル殿が言っていた人達かい? それにしても、若いね! そっちの少女がアリアっていう子でしょ? ハリル殿は、鍛え方次第で、僕に匹敵するくらい強くなるって言っていたけど、どうなんだろうね?」


 レリフは、そう言って、釣竿を置くと、立ち上がった。そして、アリアに、腰に提げている剣を鞘から抜いて、渡した。


「……おぉ! これが、ハルド家に伝わる至宝であり、当主の証でもある魔剣ルービアスですか。誠に美しいですな!」


 リカルドは、アリアに手渡された剣を見て、感嘆の声を上げた。



 ――魔剣ルービアス。

 アスール王国の建国の際から、存在し、代々、ハルド家が受け継いでいる。切れ味は鋭く、岩でさえ、容易く両断すると言われている。実際に、レリフはこの剣を、使って、貴族の家などを切り刻んでいる。

 だが、扱うのは至難の業であり、並みの者に持たせても、剣に振り回されてしまう。そのため、この剣を扱えるということは、抜きんでた剣の腕前の証明にもなる。



「それじゃ、アリアちゃんだっけ? その剣で1回、素振りしてみてくれないかい?」


 レリフは、笑いながら、そう言った。アリアは頷くと、素振りをした。ヒュン!という音とともに、剣が振り下ろされる。アリアが素振りした、直線状の離れた位置にある草が切れているのが見えた。


「いや、凄いね! 久々に剣の素振りだけで、感動したよ!」


 レリフは、そう言って、手を叩きながら、アリアに近付いた。対して、アリアの表情は、変わらない。


「最初、ハリル殿から、話を聞いた時は、この話を断ろうかと思ったんだけど、ハリル殿に頼みこまれてね。会うだけなら、良いかと思って、今日、会った訳。そうしたら、アリアちゃんの見事な剣の素振りよ! 太刀筋は滅茶苦茶だけど、大いなる可能性を感じるよ!」


 レリフは、そう言って、右手を差し出した。アリアも、剣から、右手を放すと、その握手に応じた。


「自己紹介がまだだったね。僕の名前は、レリフ・ハルド。これから、よろしくね!」


 そう言うと、二人は固い握手を交わした。






 アスール王国の長い歴史の中で、歴史の転換点と言われている出来事が幾つかある。

 その一つに、剣聖レリフ・ハルドとアスールの悪魔と呼ばれた少女の出会いがあったと言われている。

 もし、この二人が出会っていなかったら、アスール王国は、周辺諸国、とりわけ、強大な国力を当時、持っていたレファリア帝国とアルテリア帝国に飲み込まれていたという見方が、歴史学者の間の中での定説である。


 また、パリ―スト大陸にある多くの国家の中で、有数の力を持つことになったアスール王国。

 その躍進の裏に、周辺諸国から恐れられていた、アスールの悪魔の存在があったのは、これまた、歴史学者の中でも常識であった。


 いつ生まれ、いつ亡くなったのかさえ、定かではないが、確かにアスール王国の歴史に刻まれている、その存在。

 その謎には、幾つかの説がある。

 アスール王の隠し子であるために、出生を表沙汰に出来なかったであるとか、パリ―スト大陸から遥かに離れた大陸出身であるとか、様々な説がある。

 

 ただ、一つ言えるのは、アスール王国の歴史の中でも、アスールの悪魔と呼ばれ、恐れられた少女であるアリア・ロードの名は、一際目を引く存在であるということであった。

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