4 入隊
アリウスは、アリアから、今までの事情を聞いた。
ハミル村の出身であること。
両親は、死んでしまったこと。
ハミル村を襲ったアルテリア軍と交戦し、瀕死の重傷を負ったこと。
その代わりに、多くのアルテリア軍の兵士を倒したこと。
何の誇張もなく、淡々とアリアは、アリウスに語った。
「……なるほど。君の事情は、分かった。両親の仇を取るために、軍に入りたいということか」
「はい。両親を奪った、アルテリオを私は、許せません」
アリウスは、アリアの顔を見ながら、考える。
(アリアという、この少女は、アルテリオ軍を倒したと言っているが、やはり、信じられない。一応、軍へ入ることは、条件的に、可能であることを伝えはしたが、本当にこの少女を、軍に入れて良いものか)
戦場の過酷さは、アリウスが、新兵時代から嫌というほど知っている。実際に、友を何人も戦場で失っている。
しかも、この少女の実力が、本物かどうか、実際に見ていないので、疑念が残る。仮に実力が、本物だったとしても、どうやって手に入れたのかも分からない。
(……確かめて見るか。覚悟は、問題ないが、もし普通の少女であったなら、戦場に出ても犬死するだけだからな。それでは、寝覚めが悪い)
アリウスは、実際に、この少女と、剣を交えてみようと考えた。もし、動けるならそれでよし。ダメであれば、軍への入隊を認めない。それで良いとアリウスは、考え、行動に移した。
「……君の実力を見ないと、実際に、君が言っていた言葉が真実か、どうかが分からない。そこで、体が直ってからで良いから、少し私と剣で勝負してくれないか?」
「分かりました。それで、入隊出来るなら」
「よし! じゃあ、体が直ったら、医務室の者から、私に伝えるように言っておく。君は、体を直すのに専念するんだ」
アリウスは、そう言うと、医務室を出て行った。
――アリアが、目を覚ましてから、3週間が経った。
その間に、アリアは、医者が目を見張るほどのスピードで回復していた。
また、アルテリオ軍の村への襲撃もなく、砦内は緊張感こそあるが、落ち着いた雰囲気であった。
近々、中央軍から、大規模な援軍が来ることも決定していたことも、砦内の雰囲気が良くなった要因の一つだ。
現状、アルテリオ帝国は、アスール王国の3倍の兵力を有していると言われている。何度もアルテリオ帝国は、アスール王国の国境を越え、挑発をしているような状況で、即座にアスール王国が強く出られない理由がある。
それは、アルテリオ帝国の他に、北にバジル王国、東にレファリア帝国、南にルール公国の3つの国に、アスール王国が囲まれているためである。アスール王国は、西部こそ、森林地帯が多いが、大部分は肥沃な穀倉地帯であり、どの国も、喉から手が出るほど、欲しいと考えている。実際に、何度も衝突をしている。
そのため、アスール王国は、北のバジル王国に対しては北方軍が、南のルール公国に対しては南方軍が、それぞれ備えている。もちろん、西のアルテリオ帝国には、西方軍が備えている。東のレファリア帝国は、アスール王国の周辺の国家の中でも、抜きんでた国力を持っているため、アスール王国が毎年、莫大な量の食料を、納めることで、何とか攻められないようにしている状況であった。
一応、アスール王国の東の備えとして、東方軍が存在するが、他の軍よりは、幾分か戦力が落ちている状況である。
この各方面の軍団とは、別に、アスール王国の中央付近に位置する王都レイルの防衛を主目的とした中央軍が存在する。中央軍は、基本的に、王都レイルを防衛しているが、各方面の戦力が足りない場合は、その中から、部隊を増援として送る場合もある。
ただし、部隊の派遣には、アスール王であるメギド・アスールの王命が必要であり、そのため、即座に派遣は出来ず、時間がかかるのが常であった。
そのため、西方軍への増援決定も時間がかかった訳である。
アリアは約束通り、アリウスと剣で勝負するために、砦内にある訓練所に向かっていた。中々の広さがある砦内を、年端もいかない少女が歩いているため、通りかかる兵士は、珍しそうに見ている。アリアは、その目線を気にせず、黙々と歩いていた。
――数分後、目的の場所にたどり着いた。
訓練所には、他にも、訓練をしている兵士がいた。それぞれ、剣や槍を振っていたり、剣を模擬した訓練用の木剣で、戦い合っている人が居たり、熱気に包まれていた。
アリアが、訓練所を進んで行くと、アリウスが剣を素振りしているのが、見えた。
ブオン!という素振りの音が、こちらにも聞こえてくる。そして、アリアが近付いて来たのを、感じたのか、素振りを止めた。
「……来たか。俺は、いつ始めても、大丈夫だが、君は大丈夫か?」
額に大粒の汗を、浮かべながら、アリウスはアリアに聞いた。長時間、素振りしていたのか、アリウスの体から、熱気をアリアは感じた。
「私もいつでも、大丈夫です。鉄の剣でやりますか?」
「いや、実力を見るだけだから、木剣で良いな。少し待っていてくれ」
アリウスはそう言うと、訓練所にある武器などが置いてある場所に向かって、走って行った。
時間を置かずに、木剣を2つ持ったアリウスが来た。そして、アリアに一つ手渡すと、アリアから離れた。
「俺の準備はいつでも良いから、準備出来次第、攻撃をしてくれ!」
アリウスは、そう言うと、アリアから少し離れた位置で、剣を構えた。
「分かりました」
アリアはそう言うと、剣を構え、足に力を入れ、アリウスに向かって、横なぎに切りかかった。
バン!という土を蹴る音が、辺りに響く。アリアの踏み込みの速さに、アリウスの顔が驚愕に染まっているのが、アリアには見えた。
そして、アリアの横なぎの攻撃に、何とか反応して、木剣で防御しようとした。
アリアの木剣が、アリウスの木剣にパン!という乾いた音とともにぶつかる。そのあまりの衝撃に、木剣と一緒に、アリウスが吹っ飛ばされた。そのまま、叫び声を上げながら、ゴロゴロと地面を転がり、訓練場の壁にドン!という音とともにぶつかり、アリウスは動かなくなった。
アリウスを吹っ飛ばしたアリアはというと、自分の右手を見た。その手には、木剣の柄しか残っていなかった。そうこうしている内に、宙を舞っていた木剣の本体部分が、地面に落ちてきた。
アリウスとアリアを物珍しそうに、見ていた兵士隊の間に沈黙が広がった。だが、その沈黙も、長くは続かず、次第に蜂の巣をつついたような喧騒が、訓練場内に広がっていった。
――アリウスは、リカルドの部屋を訪れていた。アリアに関する報告をするためである。
「それで、体はもう大丈夫なのか?」
リカルドが、アリウスの体調を心配するのも無理はない。
アリアの実力を確認するために、訓練場で戦い、アリアに吹っ飛ばされた後、丸一日、寝ていたためである。アリウスの体の至る所に布が巻かれている。
「はい、大丈夫です」
「……大丈夫なら、良いが。それで、アリアと言ったかね、あの少女は。アルテリア軍を多数倒したのは彼女であるのは疑いようがないな。まったく、とんでもない実力を持っているようだ、彼女は」
「はい、私もそれなりに出来る方だとは思いますが、このざまです。剣の振りなどは素人丸出しでしたが、剣を振るう力とスピードが尋常ではありませんでした」
「……そうか。お前が言うのだ、実際、そうなのだろう。ところで、彼女は、軍に入りたいそうだな?」
「……もうお耳に入っていましたか。はい、その通りです」
「まぁ、両親の仇を討つために、軍に入るのは本人の希望なのだから、色々と言いたいことはあるが、それはそれで良い。だが、新兵と一緒に訓練させても大丈夫なのか?」
リカルドはアリウスに尋ねた。木剣の訓練でさえ、歴戦の戦士であるアリウスがこのような状態なのだ。新兵相手では、新兵の方が、死ぬ可能性があるのはないかとリカルドは考えていた。
「間違いなく、新兵の中に死人が出ますな」
リカルドの予想通りの答えがアリウスから帰ってきた。
それでは、どうしようかとリカルドは考えた。彼女が訓練出来ないのは、まだしも、一般的な部隊に配属して、訓練中に死傷者が出るなどという事態は避けたい。だが、現状、我が国に、人を遊ばせておく余裕はない。その上、訓練していない状態でも、あれなのだ。訓練をすれば、一線級の戦力になるのは想像に難くない。
(……誰か、剣の手ほどきを出来る人間をつけるしかないか。それも、一流の人間を)
リカルドは、そう考え、アリウスに聞いた。
「誰か、彼女に剣を教えることが出来る者はいないか? それも、一流のだ!」
「……彼女とまともに、剣を打ち合える者ですか。私には、一人しか思い浮かびません」
「誰だ?」
「剣聖殿です」
「……剣聖殿か。確かに、剣聖殿であれば、可能か。ただ、あの方は、気分屋だからな。弟子を取ったという話は聞いたことがないな」
――剣聖レリフ・ハルド。
アスール王国の生きた伝説であり、武門の名家であるハルド家の当主である。
年齢は、今年で30歳であり、白い髪を後ろにまとめ、見た目は、いかにもな美男子である。
彼を、一躍、時の人とした出来事がある。それは、5年前のレファリア帝国との戦いであった。圧倒的な強国であるレファリア帝国が、アスール王国を併呑せんと、本格的な侵攻を始めた。その当時の東方軍も、相当、善戦したが、圧倒的な力の前に、あわや王都まであと少しという場所まで、押し込まれてしまった。
その当時、レリフは、ハルド家の歴代の当主の中でも、最強と呼び声が高かった。だが、あまりにも奔放過ぎて、その素行を問題視する声は大きかった。
ある時は、レリフに難癖をつけてきた貴族の家を、剣で切り刻んでみたり、王の勅命を無視して、釣りに行ったりと、自由奔放に行動していた。
勅命を無視された王は、激怒し、レリフを捕まえるために、中央軍の中でも精鋭中の精鋭である王直属の近衛騎士団を向かわせた。だが、返り討ちにあったあげく、レリフが王城を剣で切り刻み始め、誰も止められなかったため、王が直接、レリフに謝罪して事なきを得るといった事態になったりもした。
東方軍が、レファリア帝国に押し込まれ、苦戦している状況で、レリフはいきなり、その最前線に現れ、レファリア軍陣地を、無人の野を行くが如く、進んだ。そして、レファリア軍の名だたる指揮官を倒し続けた。
突然、指揮官を失ったレファリア軍は大混乱に陥り、その状況を見逃さなかった東方軍が、一気に形勢を逆転させ、レファリア軍を国境線まで押し戻した。そして、最終的に、レファリア帝国と講和を結ぶことが出来た。
この逆転のきっかけを作ったレリフは、王都で大熱狂をもって迎えられた。そして、王から直々に、何の権限もないが、最強の証である『剣聖』の称号を授与された。
そこで、王になぜ戦場に現れたのかを問われた。本人曰く、『戦いの音がうるさく、昼寝が出来なかったから、やっただけ』と剣聖授与の場で王に言った後、授与式そっちのけで、どこかへ行ってしまった。
この通り、剣聖は、一筋縄ではいかない男であった。
「ですが、隊長。剣聖殿以外には、考えられません」
「……分かった。剣聖殿とは、王都のパーティーで何度か、話したことがある。引き受けていただけるか、難しいところだが、お願いしてみよう。ちょうど、釣りをするためにアンティグア城に、滞在しているようだしな」
「了解しました。彼女の方には、私から話をしておきます」
「頼んだ」
そのやり取りの後、アリウスはリカルドの部屋から、出て行った。目的地は、アリアの滞在する兵舎だ。