19 レイル士官学校⑥
――アリアがレイル士官学校に入校してから、8ヶ月が経過した。
レイル士官学校にも、雪がチラチラと降る日が多くなった。それに加えて、気温が低く、制服の中に、服をもう一枚来ている入校生も多いようだ。アリアの士官学校での生活自体は変わりなく、朝と夜の自主練習も欠かさず行っていた。
ブルーノが、アリアにつきまとうのも変わりはなかった。あまりにも鬱陶しかったので、何回か、木剣でボコボコにしていたが、『ああ! これも、君の愛か!』と言って、喜んでいた。最近では、ブルーノに話しかけられても、無視している。それでも、しつこい時は、ブルーノの腹に、グーパンチをして、吹き飛ばしていた。
サラとは、夜の自主練習と週末のレリフとの修行を一緒に行っていた。夏季休暇が終わったあたりからは、サラを助けたレオンの話を何度もするので、アリアは少し、うんざりしていた。レイル士官学校での教育内容は、講義の割合が減り、訓練の割合が大幅に増えていた。
2組の入校生の生活は変わりなく、朝から夜まで、忙しそうであった。だが、明らかに、武術の技量が向上しており、それに危機感を持った1組の入校生は、朝と夜の自主練習を行うようになっていた。
そして、12月に入った。レイル士官学校の12月は、忙しく、12月の初週から2週間にわたって試験期間があり、その次の週から12月25日まで、西部のアンティーク訓練場での野外訓練がある。そして、それが終了すると、12月28日から1月7日まで冬期休暇であった。
試験期間の内容は、初週で、武術試験を3日間、筆記試験を2日間行い、2週間目に、部隊指揮試験を行うという日程であった。武術試験は、1回目と変わらず、単純な武術の実力で成績が決まるトーナメント形式をとっている。筆記試験は、今まで学んできた講義の内容と、条件が与えられ、実際に自分が指揮官であったらどのように作戦を立てるかを答案用紙に記入する試験の2つの試験である。
2週間目の部隊指揮試験の内容は、実際に、入校生同士が小部隊の指揮官となり、レイル士官学校所属の部隊か中央軍の現役の兵士が所属する部隊を指揮して、戦闘をするというものであった。この試験は、入校生の指揮能力によって、長引いたり、逆に、すぐ終わったりする。その指揮の出来栄えを、教官が判断して、点数を決めるというものであった。
そして、試験期間が始まった。最初の武術試験の結果は、アリアが1回目と同様に、1位であった。だが、2位は1回目と違い、サラであった。準決勝でブルーノと戦い、また、30分の長丁場の末、今度はサラが勝利した。アリアと一緒に訓練しているおかげか、サラは強くなっていたようだ。『やりましたわ!』と嬉しそうな声を上げていたのが印象的でした。
対して、ブルーノは今まで見たこともないくらい悔しそうな顔をしていた。いつもの雰囲気ではなく、黙って、拳を地面に打ち付けて、悔しがっていた。全体の成績を見ると、上位者は1組と2組でほぼ変わらない人数であった。2組の日々の努力が成績にも出ているようであった。
次に、筆記試験であった。アリアは別に筆記試験は、苦手ではなかったので、そつなくこなした。ただ、自分で作戦を立てる試験は、人によっては、苦手だろうなと思った。そして、1週間目が終了し、2週間目の部隊指揮試験が始まった。
部隊指揮試験を行う場所は、訓練場であった。実際に、実戦を経験している兵士を入校生が率いるため、指示を求める兵士の気迫に押され、入校生同士の指揮はお粗末になってしまい、点数を採点している教官の顔は、厳しかった。
アリアも部隊を指揮するのは、初めてであったが、戦場で指揮をしている様子を見ていたり、実際に戦場で戦っていたりしたため、他の入校生達よりは圧倒的に指揮が形になっていた。それでも、実際に戦場で見てきた指揮官の指揮と比べて、お粗末だなとアリアは思った。
そんなこんなで、2週間の試験期間が終了し、教室に成績が貼り出された。アリアの成績は、武術試験が満点、筆記試験が満点、部隊指揮試験が4という数字であり、総合成績1位であった。部隊指揮試験の場合、1~5の数字で成績が評価される。
5は、戦場に出ても、問題なく部隊指揮が可能であるという評価である。4は、若干の問題はあるが、戦場で指揮しても問題ないという評価である。3は、最低限度の部隊指揮能力あるという評価である。そして、2は、部隊指揮しようという姿勢を認めるが、部隊指揮能力が欠如しているという評価であり、ここから落第であった。1は、部隊指揮をした場合、当該部隊が全滅する可能性があるため、指揮してはならないという評価であった。
アリアが貼り出された成績表を見ると、半分以上が1であった。5は一人もおらず、4はアリアただ一人。3は、9人くらいであり、2は30人くらいであった。9割近くが、落第であった。どの試験でも、ある一定の基準を越えられなかった場合、落第となり、再試験となる。その場合、休暇中に再試験を実施し、合格次第、帰れることになる。
1回目の試験で落第した入校生はほとんどいなかったようだが、今回は、相当、多そうだとアリアは思った。ちなみに、サラは、総合成績3位であり、ブルーノは4位であった。2位は、今回も武術試験の準決勝でアリアと当たった、2組の入校生であった。武術試験の際も、前回より格段に強くなっていたので、相当、努力したのだろうなと思った。
そんなこんなで、試験期間が終了した。ほとんどの入校生が、冬期休暇は帰れないようであった。
――試験期間が終了した、12月の中旬。アリアを含む入校生達は、狭い馬車に押し込まれ、アンティーク訓練場へ向けて、前進していた。アンティーク訓練場は、サビール山脈の麓にある訓練場で、森林が生い茂る訓練場であった。途中、アンティークに寄ったので、入校生達は、アンティークで自分に必要な物を買った。アンティーク訓練場に向かう道中は、宿などに泊まらず、天幕を設営して、夜を過ごした。
雪がチラチラ舞うような天候であったため、入校生達は、天幕の中で、震えながら寝ていた。『さ、寒過ぎて、死にそうですわ!』と同じ天幕になったサラが言いながら、布にくるまって寝ていた。アリアは、元々、アルテリオ帝国とアスール王国の国境にあったハミル村出身であったので、寒いとは思ったが、そこまで、つらくはなかった。
(お母さんとお父さんが死んでから、結構な時間が経ったな。二人の仇を取るためにも、頑張らないと)
アリアは、そんなことを思いながら、天幕の中で、布にくるまって寝た。
レイル士官学校の入校生達を乗せた馬車は、通常よりもかなり速く、走っていたため、思ったよりも早く、アンティーク訓練場に到着した。入校生達は、馬車から降りると、急いで天幕を設営した。アンティーク訓練場はサビール山脈の近くにあるため、王都レイルよりも遥かに寒かった。
天幕の設営が終わると、すぐに訓練が始まった。今回は、西方軍の部隊が来ており、通常の野外訓練と比べても、かなり大規模であった。訓練内容は、入校生達が、実際に、西方軍所属の兵士を指揮して、目標に到達するという訓練であった。その突撃を阻止する部隊も、西方軍の部隊であった。
そして、アンティーク訓練場の各所で訓練が始まった。アリアも自分に割り振られた西方軍の部隊を指揮して、目標に向かって、突撃を開始した。
「総員、我に続け!」
アリアは大きな声で叫びながら、突撃を開始した。前方には、敵役の西方軍の部隊がいた。すぐに、アリアが指揮する部隊と、敵役の西方軍の部隊が衝突した。その中で、アリアは、自分自身も敵役の西方軍の兵士を倒しながら、状況に合わせて、怒鳴りながら、指示を出していた。そして、何とか目標に到達することが出来た。それでも、相当、ギリギリの戦いであった。
他の入校生達を見ていると、目標に到達出来たものはいないようであった。罰として、入校生自身と入校生が指揮した部隊の兵士全員が夕食抜きとなった。
「君達は、部隊を預かる指揮官であり、与えられた任務を達成する必要があります。もし、今日が、実際の戦争であれば、任務を達成出来ないばかりか、いたずらに君達の指揮で、多くの兵士が死んだでしょう。そのことを肝に銘じて、明日以降の訓練をどのように戦えば、目標に到達することが出来るのか、指揮した兵士と話し合ったりして、考えなさい」
リールは1組の入校生達に向かって、そう言った。一様に、疲労が浮かぶ顔で、1組の入校生達は聞いていた。2組でも、アリウスが同様なことを言ったようだ。入校生達は、その後、自分が指揮した兵士の下へ向かって行った。
アリアも、自分の指揮した兵士の下へ向かった。兵士達は、夕食を食べている最中であった。
「皆さん、今日はお疲れ様でした。明日も頑張りましょう!」
アリアは、そう言いながら、兵士達に混じり、夕食を食べ始めた。
「アリア小隊長って、もしかして、アンティーク奇襲戦で、ルーク・アルテリオの軍を奇襲した部隊にいました?」
夕食を食べていた兵士の一人がアリアに質問した。
「そうですね。もしかして、その奇襲に参加してましたか?」
「やっぱり、そうですか! 私も参加してたんですよ! アリア小隊長の強さは凄かったですよ! 並み居る敵をどんどん、斬っていく姿は印象的でしたね!」
「そうですか?」
というような、会話をアリアは、兵士達とした。どうやら、アリアが指揮している、この部隊の兵士はアンティーク奇襲戦でルーク・アルテリオの軍を奇襲した部隊に所属していたようであった。その時の話が盛り上がり、どんどんと時間が経った。そして、夜も遅くなってきた頃に、アリアは自分の天幕に戻って、寝た。サラは、既に戻ってきており、寝ていた。
入校生が部隊を指揮する訓練はその後、3日間にわたって、攻守を入れ替え行われた。最終日には、多くの入校生達が、上手くいくかどうかに関わらず、ある程度、自信を持って指揮できるようにはなっていた。アリアも多少、部隊を指揮する自信はついたと感じた。
そして、訓練も後半となった。後半は、鎧や武器を着けたまま、アンティーク訓練場を出発し、サビール山脈を横切り、また、アンティーク訓練場に徒歩で戻って来るという行進訓練であった。その際に必要となる天幕や食料、水なども自分達の手で運ばなければならなった。
これは、騎馬が使えない場合に備えての訓練であった。アリアは、やる前から、相当、厳しい訓練になるだろうなと思った。
そして、行進訓練が始まった。武器を持ちながら、水や食料を提げたバッグを背負っていた。天幕などは、さすがに手で持てないので、車輪がついた荷台に載せて、人力で運んでいた。
「重いですわ!」
アリアの前を歩く、サラがそう言いながら、食料が入ったバッグを背負っていた。アリア自身も、結構、重いなと思いながら、歩いていた。荷台を引いている入校生は、さらにつらそうであった。しかも、冬であり、サビール山脈の麓であったため、雪が降っており、かなり寒かった。
1時間ごとに、休憩していたが、最初は元気だった入校生達の元気がすぐになくなったのをアリアは感じた。荷台を引いている入校生は、1時間ごとの休憩で交代していた。
(これは、思ったより大変だな)
アリアは、サビール山脈に少し入った場所で、そう思った。今日は、ここで天幕を設営するようだ。雪が降る中、入校生達は、急いで天幕を設営した。そして、冷えきった干し肉とパンを食べると、すぐに寝た。水は、凍らないように容器に入れて、鎧の中に入れて、自分の体で保温していた。
そして、朝になり、天幕を撤収し、食事をすると、すぐに歩き始めた。荷物は減っているはずなのに、昨日より、重く感じた。しかも、朝起きると、入校生が寝ている天幕の数個が、雪で潰れてしまっていたので、皆で、雪に埋もれた入校生を救出したので、余計、疲れていた。
アリアが、周りの様子を観察すると、結構な人数が、既に限界に近付いているのが見てとれた。明らかに、動きが悪くなっており、反応も緩慢になっていた。アリア自身は、疲れてはいるが、まだ、頑張れるというような状態であった。
そして、歩き始めて、半日。ちょうど、行進訓練の半分が終わろうかという時に、一人の入校生が歩くのをやめてしまった。だが、誰も、助けようとはしなかった。それほど、入校生達は追い詰められていた。アリアは歩いている列の前方にいたため、気付かなかったが、先頭を歩いていたリールが、後ろを振り向き、歩くのをやめてしまった入校生に気付いた。
そして、停止の号令をかけ、入校生達に聞こえるようにこう言った。
「君達は、仲間が止まっていても知らんぷりか! 自分がつらいから、仲間を助けないのか! 自分のことしか考えない人間が、どうして指揮官になれると思っているのか! 誰が、君達のような人間の指揮に従うか! 自分達の行動を恥ずかしいと思え!」
リールの怒った声を、アリアは初めて聞いた。その声に反応して、ブルーノが真っ先に、足を止めた入校生に肩を貸し、歩き始めていた。アリアにただ、つきまとってくるうざい人間だとしか、アリアは思っていなかったが、良いところあるなと、評価を変えた。
そして、2日目の天幕を設営する予定地に着いた。アリアの体力は限界に近付いていた。ここに、到着するまでに、多くの入校生が限界を迎え、体力のある入校生が荷物を代わりに持ったり、肩を貸していた。アリアも、サラの荷物を代わりに持っていた。
そして、体力のある入校生で、何とか全員の天幕を設営した。アリアも比較的、体力が残っている方であったので、天幕を設営した。その間、体力が限界に到達してしまった入校生は、身を寄せ合い、寒さに耐えていた。入校生達は、食事を食べると、1日目と同様に、すぐに寝た。アリアも体力の限界であったのですぐに寝た。その際、天幕の中で横になっていたサラのすすり泣いている声が聞こえた。アリアに荷物を持ってもらい、何とか歩いていたが、サラは限界に来ていたようであった。
そして、行進訓練も最終日を迎えた。アリアが起きると、昨日と同様に、天幕が数個、雪で潰されてしまっていたので、雪に埋まった入校生達を助けるために、雪などを掘り返していた。その際、ブルーノが積極的に動いていた。アリアは、ここでも、ブルーノの評価を改め、うざいけど頼りになる人に昇格させていた。
天幕を撤収すると、入校生達は歩き始めた。その足取りは重く、まだ、歩き始めたばかりだというのに、限界を迎えている入校生も何人かいた。アリアが、サラの顔を見ると、半分泣いているような顔で歩いていた。ブルーノは、自分もつらい中で、頑張って、周りを鼓舞していた。
そうして、入校生達は、何とか、アンティーク訓練場に帰ってくることが出来た。
「うわぁぁぁん! やっと、着きましたわ!!」
サラは到着すると、大声で泣きながら、そう言った。アリアが周りを見ると、何人かは人目もはばからず、サラと同様に大泣きしていた。
「やっと、着いたか……」
少し離れた場所にいたブルーノがそう言うと、そのまま倒れてしまった。何とか周りを鼓舞していたブルーノであったが、とっくに限界を迎えていたようだ。
そして、アンティーク訓練場での野外訓練は全日程を終了した。




