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2 仇討ち

 ――アリアが住んでいたハミル村。

 かつてのどかな農村といった具合だった村が、現在では、焼け焦げた建物に、人間の焼けた匂いが辺りに立ち込めている。


「中隊長、この村も全滅です。生存者は確認出来ません」


「……そうか」


 中年に差し掛かろうかと思われる険しい顔が、歪んだ。

 西方軍国境警備隊第1中隊の中隊長であるアリウス大尉は、部下からの報告に、そう答えた。


 騎乗したアリウスの眼前には、部下が運んだ遺体が、並べられていた。

 あまりの遺体の多さに、アリウスは、ため息をついた。


「いったい中央は、何をしているのだ? 現状の国境警備隊の戦力では、国境に点在している村を全て守るなど不可能だ! 中央軍から援軍が来てはいるが、まったく足りていない!」


 憤慨した声が辺りに響く。

 周りにいる第1中隊の面々も気持ちは同じであった。

 連日のように、警備の薄い村が襲われている現状。いつも、自分たちは間に合わず、村を滅ぼされ、村にいた者は、老若男女問わず、殺されている有様であった。


 何とかアルテリア軍を撃退しようと警備を強化しているが、それをすり抜けられている現状。

 何も出来ないという無力感が、第1中隊に広がっていた。


「中隊長、ただ今、戻りました」


 騎乗しているアリウスの近くに、周囲のアルテリオ軍の痕跡を探らせていた小隊の小隊長が戻って来た。


「何か、アルテリオ軍の痕跡は残っていたか?」


「……いいえ、今回も見つけることは出来ませんでした」


「……やはり、そうか。村を襲撃しているアルテリオ軍は、相当に訓練されているな。徹底した村の破壊から見ても、それが分かる」


 悔しそうな顔をしながら報告した小隊長に、アリウスはそう答えた。


「馬の走った痕跡が一切、見られない。連中は、徒歩で行動しているから、痕跡を消すのも、癪な話ではあるが、容易なのだろう」


「おそらく中隊長の読み通りだと思います」


 森に潜伏した徒歩の敵。見つけるのは容易ではない。たとえ、見つけられたとしても、近づいた時点で、逃げられるだろう。

 現状では、アルテリオ軍に村が襲撃された後に、国境の砦から全速力で、その村に駆け付けることしか出来ない。


(何か、連中の尻尾さえ、つかめれば、この状況を打破出来るだろうか……)


 アリウスは、焼け焦げたハミル村をにらみつけながら、そんなことを思った。






 アリウスがハミル村にいる頃、アリアは森の中を駆けていた。それも、常人では、考えられないようなスピードで。

 アリアは必死に、エリゴルの後を追いかけていた。




 ――時はさかのぼって、少し前。


「それで、貴方は、村を襲った者達の場所は、分かるの?」


 アリアが木に、小石で大穴を空けたことに、驚きもせず、アリアに聞いた。

 アリアはというと、今までにはない自分の力に驚きながらも、復讐の決意をしていた。

 そこに、冷や水を浴びせる形になった。


「……分かりません」


 アリアは、少し落ち込みながら、そう答えた。

 確かに、アリアは、フルーレとの契約によって、人並み以上の力を得たが、それ以外は12歳の少女のままであった。

 村を襲ったアルテリア軍が、どこに居るのか、見当もつかなかった。


「そうでしょうね。貴方は、力を得た以外は、変わっていいないものね。あまり、貴方に干渉するのも、どうかと思うけど、今回は仕方がないわね。エリゴル、案内して差し上げて」


 フルーレは、エリゴルの方に向きながら、そう言った。


「承知しました。お嬢様は、どうされますか?」


「私は、この紅茶を飲んでから、行くわ。後で、机とか椅子は片付けておいて」


「承知しました」


 エリゴルは、フルーレに対して、頭を下げると、アリアの方に向き直った。


「アリア様、それでは、ご案内します。ただし、走って行きますので、置いて行かれませぬように」


 そう言うと、エリゴルは、森の中を駆けだした。

 見た目からは想像がつかないスピードであった。アリアも負けじと、エリゴルの後を追いかけていった。

 なぜ、こんなスピードで自分が走れているのか、理解出来ないが、アリアは、エリゴルの後を追うことに集中することにした。

 アリアの後ろから、『いってらっしゃい』というフルーレの声が聞こえた気がした。




 ――エリゴルの後を追うこと、30分。

 アリアは、食べたサンドイッチを吐き出しそうになりながら、必死にエリゴルの後を追いかけた。

 そして、エリゴルが、不意に足を止めた。あまりに急に、エリゴルが足を止めたので、アリアはエリゴルにぶつかった。

 ぶつかられたエリゴルは、特に動じもせず、アリアの方に向き直った。


「そろそろ、アリア様の村を襲った者達が野営している場所に着きます。今のアリア様でしたら、見えますかね? あそこです」


 エリゴルの指さした方に、アリアは目を向けると、黒い服を着ている人間が見えた。

 どうやら、向こうは、まだ、アリアやエリゴルに、気付いてはいないらしい。


「あと1つ、お嬢様が言い忘れていましたが、基本的に私達は、人間界で、人間に対して、自衛以外の力の行使を認められておりません」

 

「それは、たとえ、私が死にそうになっていても、助けてくれないということですか?」


 アリアは、エリゴルに向かって、問いかけた。その答えは、アリアの背後から聞こえた。

 

「そうね。だから、自分の力で、村を襲った連中を倒しなさい。たとえ、貴方が死にそうになっていたとしても、私達は助けられないし、その意思もないから」

 

 いつの間にか、アリアの背後に居たフルーレが、アリアに向かって、そう言った。


「……分かりました。力はフルーレさんから貰いました。後は、自分で何とかします」


 アリアは、覚悟を決めた顔で、フルーレに向かって、そう言った。


「まぁ、でも、アドバイスくらいなら出来るわよ。ねぇ、エリゴル?」


「お嬢様のおっしゃる通りです」


「分かりました。早速ですが、アドバイス下さい」


 アリアはそう言うと、頭を下げた。


「そういうことだから、エリゴル、アドバイスしてあげて」


「承知しました」


 いつの間にか、先ほど見たお茶会セットの椅子に、フルーレは座りながら答えた。

 その手には、紅茶の入ったティーカップが握られていた。


「それでは、アリア様に、アドバイスをいたします。まず、アリア様の村を襲った者達は、それなりに戦闘に長けているように見受けられます。仮に、アリア様が正面から向かったとしても、何人かは、殴り殺せるかもしれませんが、最終的に、アリア様は倒されてしまうでしょう。力だけでは、駄目なのです」


「……力だけでは、ですか?」


「そうです。頭をお使いになって、戦われることをお勧めします」


「分かりました。ありがとうございます。それでは、行ってきます」


 そう言うと、アリアは、敵に向かって走り出した。

 アリアの背後から、『いってらっしゃい』とフルーレの声が聞こえた気がした。



「……結構、厳しくないかしら。今のアリアにとっては」


「そうですな。アリア様の敵は、人間界の中でもそれなりに、戦闘技術を持っているようですな。アリア様はお亡くなりになるかもしれませぬな」


「そうね。せいぜい、私達は、見物しながら、無事を祈りましょう」


「承知しました」






 ――イザルクは、違和感を感じていた。

 アルテリオ軍特別工作隊の隊長であるイザルクの今回の任務は、アスール王国の国境地帯に点在する村を焼き払い、アスール王国を挑発し、アルテリオ帝国に対して、宣戦布告をさせることである。


 自らを含め、特別工作隊の面子は、あらゆる状況を想定した訓練をし、実際に、困難な任務を何度も達成し続けている。そして、自分達こそが、アルテリオ軍における、精鋭であると自負するのも、不思議なことではないと考えていた。


 今回の任務は、今までの任務と比べても、容易なものであったはずだ。実際に、国境地帯の村を幾度なく襲撃しているが、一度もアスール王国の追撃を受けていない。アスール王国国境警備隊の能力が低いのではない。単純に、国境を守るには、戦力が少な過ぎるのだ。加えて、我々の潜入能力が、高いというのもあるだろう。


「……何か、おかしい」


 イザルクは、そう呟きながらを、周囲を見渡した。

 現状、おかしな部分は感じられない。だが、戦士としての勘が、『何か、おかしい。気を付けろ』と告げていた。


 部下の一人が、イザルクに近づいて来た。


「隊長、おかしな娘が近付いてきています」


「おかしな娘?」


「はい、年は12歳程度でしょうか。見た目は、普通の村娘といった感じです。ですが、この場所は、森の奥深い場所です。道に迷ったとしても、このような場所まで来るでしょうか?」


「……確かに、おかしい。分かった。村娘が、我々に気付かず、素通りするのであれば、それで良し。そうでない場合は……」


「そうでない場合は?」


「死んで貰うことになる」


「了解しました」


 部下の返事を聞き終えた後、イザルク率いる特別工作隊は、村娘に対して警戒を強めた。

 イザルク本人も、報告にあった村娘を、実際に、自分の目で確認しようとした矢先、ドゴン!と何かがぶつかった音が辺りに響いた。


「何事だ!?」


「分かりません! ただ、音がした方向は、周囲の偵察に出ている者がいたはずです! 確認して来ます!」


「待て!!」


 イザルクが叫んだが、部下は止まらなかった。そして、部下の一人が確認に行こうとした矢先、その部下の頭が、ドゴン!という音とともに、破裂した。あまりにも、一瞬の出来事で、イザルクは呆気にとられていたが、すぐに指示を出した。


「散開しろ!!」


 イザルクが声を張り上げながら、周囲に指示を出した。部下達も、その声に反応して、すぐに森の中に散らばった。


(まさか、奇襲をする方の我々が、奇襲を受けるとは……)


 イザルクは、そんなことを考えながら、目の前の状況に集中した。






 ――アリアは、ハミル村を襲った黒い服の集団の一人の頭に石を投げつけた。

 ドゴン!という音ともに、頭が破裂したのが、確認出来た。続けて、こちらに向かって来ている一人に、石を投げつけた。結果は、数秒前と同じであった。

 

 敵側も、そう何度も、同じことはさせてくれないようだ。黒い服の集団が、森の中に散らばって、アリアに向かって来ていた。


(……もう、石を投げつけても、当たらなさそうだな)


 そう考えたアリアは、剣を振りかぶって、突撃して来た一人の敵に向かい合った。


(……剣の振りが遅く見える。これも、契約のおかげかな)


 そんなことを考えながら、アリアは、自分の胴体に向かって、振られている剣を、少し下がり、避けた。

 避けられると思っていなかった敵の目が見開いているのが、アリアには見えた。そして、剣を振りぬいて、無防備となっている顔面に、拳を叩きこんだ。

 ゴキッ!という音とともに、敵の顔面がへこんだ。そして、そのまま、敵は倒れて、動かなくなった。


 アリアは、自分の右手の甲を見る。血に濡れてはいたが、傷一つ付いていないようであった。


(戦う前は、怖くて仕方がなかったけど、今は、敵を倒すことに集中出来てる。これも、力を得た影響かな?)


 そんなことを考えながら、敵の亡骸が握っていた剣を拾う。


(剣って、もっと重いイメージがあったけど、木の枝くらいの重さにしか感じないな)

 

 剣を握ったアリアは、敵に向かって、突進して行った。






 ――イザルクは、驚愕していた。

 12歳程度の少女に、部下が次々と倒されている現状にだ。

 遠目から見ると、剣の振り方は素人丸出しだが、剣を振るうスピードが尋常ではない。

 今も、部下の一人が、少女の剣を、自分の剣で受け止めようとしたが、カキン!という音が鳴ったかと思ったら、部下の手から剣が吹き飛ばされていた。


 そして、武器がなくなった部下は、少女の剣の前に倒されていた。


(一体、どういうことだ!? クソッ!! このまま、剣で戦っていては、埒が明かない! 弓で遠巻きに射殺すしかない!)


 そう判断したイザルクは、部下に指示を出した。


「距離を取って、弓で攻撃しろ!」


 その指示を聞いたイザルクの部下達は、剣から弓に持ち替え、少女に向かって、弓を射始めた。


 イザルクから見ても、異常な戦闘能力を持っている少女であったが、多数の部下から、弓で攻撃されているため、うかつには近付けなくなっているようだ。

 だが、弓の攻撃の間隙を縫って、少女は、着実に距離を詰めていた。




 ――イザルク達が、弓で攻撃してから、随分と時間が経った。

 その間にも、少女に何人かは、倒されてしまったが、少女の方も、弓の攻撃を受け、何本か体に刺さっている状態であった。

 

(……あれだけ、矢が刺さった状態で、よく動けるな。しかも、矢には、毒が塗ってあるのだぞ)


 改めて、イザルクは少女を見る。


(……何という執念。毒が回り、立っているのもやっとの状態であるはずなのに)


 イザルクは少女の目から、闘志がいささかも衰えていないことを感じた。


(……目から闘志が失われていない。近付くのは、まだ、危険だな)


 そう判断したイザルクは、指示を出した。


「敵は虫の息だ! このまま、遠距離から、弓を射続けろ! それで、倒せる!」


 イザルクの声を聞きながら、特別工作隊の面々は、矢を射続けた。






 ――アリアは、死にかけていた。

 黒い服を着た敵と戦い続けて、どのくらい時間が経ったかは、分からない。

 ただ、敵が遠距離からの弓の攻撃に切り替えたことで、一方的に、攻撃され続けている。


(……矢が刺さるのって、こんなに痛いのか。しかも、体がしびれて動けなくなってきている。このままだと、死ぬな)

 

 薄れゆく意識の中で、アリアは何とか、矢を避けていたが、死ぬのは時間の問題だとも感じていた。


 その時、遠くの方から、アリアの耳に、何か音が聞えてきた。


(……幻聴かな? というか、もう限界。お父さん、お母さん、ごめんなさい)


 そのままアリアは、地面に倒れた。

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