18 レイル士官学校の夏季休暇
――レイル士官学校は夏季休暇に入っていた。8月ということもあり、ジリジリとした日差しが照りつけ、かなりの高温となっていた。そんな中、アリアは、ハルド家の訓練場で、レリフと修行をしていた。
「いや、本当に暑いね! 暑過ぎて、溶けそうだよ!」
レリフがそんなことを言いながら、アリアとサラが振るった剣を避けていた。その顔は、笑顔であり、汗もかいていなかった。対して、アリアとサラは汗だくであった。サラの金髪のクルクルの巻き髪も、心なしか、しなびれているようであった。
「あ、そう言えば、夏季休暇中にサラ王女って、レファリア帝国に行かないといけなんいだよね?」
「……そうですわ。よく知っていますわね」
「いや、それに、ルビエがついていくとか言っていたから、知っていただけだよ」
アリアとサラの振るった剣を避けながら、レリフは答えた。そして、その後、ルビエが訓練場に、昼食が出来たから、帰ってくるようにと言いに来た。レリフとサラとアリアは、それを聞くと、汗を流した後、ハルド家の屋敷の食事を食べる部屋に向かった。
ハルド家の屋敷の食事を食べる部屋に、4人は集合すると、昼食を食べ始めた。今日の昼食には、冷えたスイカを切ったものが、出ていた。アリアとサラは、スイカを見ると、夢中で食べ始めた。汗をかき、疲れた体に、スイカは最高であった。『美味しすぎますわ!』とサラが言いながら、スイカを一生懸命、食べていた。
そして、スイカをサラとアリアが食べ終わった後、他の料理を食べていたレリフが口を開いた。
「あれ? ルビエはいつ、サラ王女と一緒にレファリア帝国に行くんだっけ?」
「大体、行きに1週間、使節の仕事に1週間、帰りに1週間の計3週間はかかるので、明後日には、王都レイルを出ますね」
「いや、こんなに暑い中、大変だね! しかも、レファリア帝国って、今でこそそれなりに仲が良いけど、6年前には戦争していた訳でしょ? 危ないんじゃない?」
「だから、近衛騎士団がサラ王女の護衛として、ついて行くのです。最悪、襲撃されても、私とサラ王女だけでも、アスール王国に帰ってきますよ。しかも、曲がりなりにも、レファリア帝国はパリ―スト大陸を代表する大国。他国の使節団に襲撃などしないでしょう。帝国の面子に泥を塗ってしまいますからね。それよりも、帝国内で我々、アスール王国使節団が、盗賊などに襲撃されないように気を配っていると思います」
「まぁ、大変そうだけど、頑張って! 僕とアリアちゃんは、ここで修行してるからさ!」
「ちなみに、アリアもアスール王国使節団について行きますよ」
「え? 何で?」
レリフが驚いた顔で、そう言った。アリアも初耳であった。
「それは、ワタクシが父上にお願いしたからですわ! せっかくの夏季休暇なのに、気軽に話せる相手が誰もいないなんて考えられませんわ! だから、アリアも連れて行くことにしましたわ!」
それ、別に私じゃなくても良くないかとアリアは思ったが、それを言うと、ルビエにまた説教されそうだったので、黙っていた。
「そういうことです、兄上。王も、『サラの身辺警護にちょうど良いか』と言って、許可されてましたよ」
「いやいや、それじゃ、アリアちゃんと僕の修行は、どうなるの?」
「出来ませんね、物理的に」
「いや、困るんだけど! ちなみに、アリアちゃんにこの話ってしてあるの?」
「言ってませんわ! 明日、言おうと思ってましたの!」
いや、ギリギリ過ぎるとアリアは思った。そんな急に、言われても準備出来ないし、そもそも、レリフと修行したいんだがとアリアは、笑顔満面のサラを見て、思った。
「大丈夫だよな、アリア?」
ルビエがアリアにそう言いながら、圧力をかけてきた。サラもキラキラの笑顔でアリアの方を見ていた。しかも、アスール王にこの話は通っているらしい。断りたくても、断れないなとアリアは思った。
「……はい、大丈夫です」
「いや、アリアちゃん、凄く嫌そうな顔してるよ! はぁ、しょうがないな。僕もその使節団について行くよ。3週間も、修行しない訳にはいかないからね」
こうして、レリフもアスール王国使節団について行くことになった。
(私の夏季休暇、なくなったな)
アリアは、そんなことを考えながら、昼食を食べていた。
――レファリア帝国にサラが向かう日になった。ハルド家の前に、王族専用の馬車が止まっていた。その周辺には、近衛騎士団が馬から降りて待機していた。ルビエも既に、自分の馬の近くで待機していた。
「それでは、行ってきますわ!」
ハルド家の門から出て来たサラがそう言うと、馬車に乗り込んだ。
「行ってらっしゃいませ」
バリスが珍しく、門の前に出てきて、サラにそう言った。その後ろから、アリアとレリフが馬車に乗り込もうと歩いていた。『はぁ~、面倒だな』とレリフが言いながら、歩いていたところ、目にも止まらぬ速さで、バリスがレリフの背中側に移動すると、レリフの頭にげんこつをしていた。『いた!』とレリフが頭をさすりながら、馬車に乗り込んだ。そんなレリフに続いて、アリアも馬車に乗り込んだ。
そして、近衛騎士団が馬に騎乗すると、アスール王国使節団はレファリア帝国に向けて出発した。
アスール王国使節団は、東部の大都市レールに到着した。ハルド家の屋敷を出発した時は朝であったが、大都市レールに到着する頃には、夜になっていた。
大都市レールは、西部のアンティーク、南部のバースと並び、東部の流通、交通の大部分が通る大都市であった。その中央には、レール城がそびえ立っていた。
アリアとサラは、レールに到着するまで、馬車の中でトランプと呼ばれる紙に数字とマークが書いてある遊戯で遊んでいた。どうやら、レファリア帝国のさらに東、海を越えた別の大陸から伝わって来たものらしい。ババ抜きと呼ばれる、相手と1枚ずつ手札を交換し、同じ数字を2枚揃え、手札からどんどんとなくしていき、最後の1枚であるジョーカーを持っていた方が負けという遊戯であった。
アリアは、レールに到着するまで、ババ抜きで、サラに全勝した。なぜなら、サラの顔が分かり易いのだ。アリアが、ジョーカーの手札を引こうとすると、笑顔になって、その他だと、難しそうな顔をするからである。『また、負けましたわ!』とサラが叫ぶ声が、馬車の中に何度も響いていた。レリフはというと、馬車の中で、ずっと寝ていた。
そんなこんなで、バースにある王族専用の宿に到着した。宿場だというのに、アリアの屋敷より遥かに大きかった。最近、もはやアリアの屋敷に住んでいるフルーレとエリゴルの顔が浮かんだ。この前、朝早くに、使わない武器をアリアの屋敷に置きに行った時に、フルーレが高級そうな寝間着で、普通に寝ている姿を見た。もう、ここ、フルーレさんの屋敷では?と、アリアは感じていた。
そんな宿で、サラとアリアは、同室になり、夜が明けるまで、トランプで遊んでいた。ちなみに、ここでも、アリアが全勝した。近衛騎士団や、レリフは、別の部屋のようであった。そして、朝になり、アスール王国使節団は、レールを出発した。
それからは、レファリア帝国に入るまで、近くに都市がない場合、野宿となった。野宿自体は、2回だけであったが、天幕を張り、野宿をしていた。どうやら、近衛騎士団には、質の良い天幕が与えられているらしい。レイル士官学校のボロボロの天幕とは、大違いであった。
野宿の場合、アリアはレリフと外で修行をしていた。サラは、基本的に馬車の中ではしゃぎ疲れて、夕食を食べると、すぐに天幕の中で寝ていた。レリフとアリアが、剣を交わす音が、静かな夜に響いていた。そんなアリアとレリフの修行を、近くから見ている男が一人いた。
そして、アリアとレリフが休憩していると、一人の男が近付いて来た。
「いや、近衛騎士団でも中々、お目にかかれない剣の冴えですね」
アリアに近付いた男がそう言った。その男は何と、リールであった。
「リール教官、こんなところで何をしているのですか!?」
アリアは、まさか、リールがこんなところにいるとは思っていなかったので、驚いた。
「今回のアスール王国使節団の護衛に近衛騎士団の一人として、駆り出されているのですよ。おかげで、夏季休暇はありませんよ」
リールが笑いながら、そう言った。アリアは、自分と同じ境遇の人間を見つけて、少し嬉しかった。そして、レリフの方に向かうと、レリフに挨拶をした。
「剣聖殿、お久しぶりです。と言っても、覚えてらっしゃらないでしょうが」
「いや、覚えてるよ! しかも、アリアの組の担当教官なんでしょう? 忘れる訳がないよ! それで、何か用かな? 挨拶しに来ただけだったら、弟子との修行を始めて良いかい?」
レリフは、リールにそう言った。それに対して、剣を持っているリールは、返答した。
「いえ、少し、剣聖殿と手合わせしたいと思いまして。お邪魔なら、帰りますが、お願い出来ますか?」
「ちょうど、アリアを教えられる程度の強さか、確認したかったから良いよ!」
レリフはそう言って、リールのお願いを快諾した。そして、レリフとリールは、手合わせを開始した。
バンッ!バンッ!という金属を打ちつける音が、高速で響いているのがアリアの耳に聞こえた。二人とも、動きが速すぎて、目で追うのがやっとであった。
そして、5分後。リールの剣が宙に舞い、地面に突き刺さっていた。どうやら、手合わせはレリフが勝ったらしい。
「いや、リール殿は結構、強いね! これだったら、アリアを任せても大丈夫そうだ!」
「それは、良かったです。手合わせ、ありがとうございました。それでは、失礼します」
リールはそう言うと、自分の天幕に戻っていたようであった。その後、レリフとアリアは、修行を再開した。
「やっと、着きましたわ! 疲れましたわ!」
サラが馬車を降りると、そう言った。王都レイルを出発してから、1週間が経過していた。アスール王国使節団は、やっとレファリア帝国の皇都アスローンに到着した。さすがに、パリ―スト大陸でも有数の大国であるレファリア帝国の皇都アスローンは、王都レイルとは比べものにならないほど、大きく、栄えていた。
皇都アスローンの中心にそびえ立つアスローン城は、アスール王国のレイル城よりも3倍以上大きいのではないかとアリアは感じた。アスローン城を見上げると、首が痛かった。それほど、アスローン城は大きかった。
そして、レファリア帝国皇帝エミル・レファリアとの謁見にサラとレリフとルビエと、なぜかアリアの4人で向かった。『アリアがいないと、心細いですの!』という緊張しまくっていたサラの一言で、アリアがついていくことが決まった。
4人は、レファリア帝国皇帝エミル・レファリアの座する場所の扉の前まで到着した。アリアは、少し緊張していた。サラを見ると、緊張し過ぎなのか、顔がこわばっていた。レリフとルビエは慣れているのか、いつもと変わらない顔であった。
「アスール王国第1王女、サラ・アスール様、ご入来!」
その声とともに、扉が開かれ、4人は皇帝エミル・レファリアの前まで歩いて行き、ひざまついた。レリフも、今回は空気を読んでいるらしい。アリアが、歩きながら、エミルを見た印象は、凄く体調が悪そうだなと感じた。顔は青白く、頬はこけていた。その近くで、立っている男の二人のうちの一人が、レリフをにらみつけていたのが見えた。もう片方の男は、優しそうな顔をして立っていた。
そして、サラがセリフを嚙みながらも、何とか、皇帝への謁見を終えることが出来た。『緊張し過ぎて、吐きそうでしたわ!』とサラは言いながら、皇都アスローンの手配された宿に戻って行った。
それから、1週間。サラが率いるアスール王国使節団は、レファリア帝国の主要な人物と面会をして、意見を交換していた。サラにそんなことが出来るのかとアリアは、心配していたが、意外とそつなくこなしていたため、驚いた。
「ふぅ~、やっと終わりましたわ!」
帰りの馬車の中で、サラがそう言って、腕を上に伸ばしていた。アスール王国使節団は、何も問題を起こさず、無事に使節としての仕事を終え、アスール王国に帰っていた。そして、アスール王国とレファリア帝国の国境に馬車は近付いていた。
「……良くない雰囲気だね。ルビエ! 敵が来るよ!」
「分かっています、兄上! 各自、散開! 王女の馬車に敵を近づけるな!」
レリフはそう言うと、馬車の屋根に上がり、飛んできた矢を叩き落としていた。それと同時に、馬に騎乗した正体不明の部隊が、襲ってきた。
「……こいつら、夜盗にしては、強過ぎる! レファリア帝国軍か!?」
「そうみたいだね! アリアちゃん、馬車に乗り込もうとしてくる敵は任せたよ!」
「分かりました、師匠!」
アリアは、そう言うと、騎乗して近付いて来た者を、馬車の扉を開け、斬り伏せた。アリアに斬られた者は、落馬していった。
そして、正体不明の部隊が襲って来てから、1時間が経過した。まだ、アスール王国の国境を越えられていなかった。正体不明の敵は、執拗に攻撃をしてきていた。
「しつこいね! ルビエ、近衛騎士団は大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です、兄上! 今のところ、落馬した者はいないです! ですが、このままでは、王女を守り切れません! 敵が多過ぎます!」
「そうだね! 最悪、アリアちゃんは守りきるよ!」
「王女も守って下さい!」
レリフとルビエが、敵を斬り伏せながら、そんなことを言っていた。アリアは、何とか、馬車に敵を近づけないように、奮闘していた。サラは、悲鳴を上げながら、馬車の中でパニックになっていた。
そのような状況で、レファリア帝国の方向から、銅鑼を打ち鳴らし、別の部隊が近付いて来ているのが確認できた。
「ルビエ!」
「分かってます! 敵の増援だ! 王女を死守しろ!」
ルビエはそう言うと、馬車の後方へ移動した。そして、近衛騎士団の指揮をするとともに、ルビエ自身も本格的に戦い始めた。ルビエの目にも止まらぬ突きが、正体不明の敵を倒していた。
そして、敵の増援部隊が近付いて来た。だが、様子がおかしかった。敵の増援部隊が、近衛騎士団の周りにいる正体不明の敵に攻撃を始めたのだ。ほどなくして、正体不明の敵は、退散していた。アスール王国の国境は目と鼻の先であった。敵の増援部隊と思われた部隊は、どうやら味方をしてくれたようだ。
「サラ王女、ご無事ですか!?」
その声とともに、サラの乗る馬車に、一人の男性が馬に騎乗して近付いて来た。その男は、レファリア帝国の第2皇子であるレオン・レファリアであった。サラと年齢は変わらない、美男子であった。皇帝への謁見の時に、皇帝の近くにいた、優しい顔をしていた男でもある。
「ありがとうございます! レオン皇子! 助かりましたわ!」
サラは泣きながら、レオンにそう言った。そして、事情を聞くと、どうやら、先ほどの正体不明の部隊は、レファリア帝国の第1皇子であるフィン・レファリアの軍勢であったようだ。今、帝国はレファリア帝国皇帝エミルが高齢で病に侵されており、次の皇帝を巡る争いが激化しているようであった。
第1皇子フィンと第2皇子レオンが、次期皇帝の座を巡って争っているようであった。レオンは、穏健派であり、アスール王国や周辺諸国と友好的な関係を築いていこうと考えているのに対し、フィンは主戦派で、力で周辺諸国を征服していこうと考えていた。
レファリア帝国は、その二人の考えがぶつかり、今、熾烈な次期皇帝争いを繰り広げているという状況であるようだ。そして、今回の襲撃は、レリフやルビエ、サラといったアスール王国の主要人物を倒して、アスール王国の力を少しでも削いでおこうと考えたフィンの差し金であったらしい。
それに気付いたレオンが大急ぎで、助けに来たというのが、ことの顛末であった。
そして、レオンと別れると、アスール王国使節団は、無事にアスール王国に帰ることが出来た。




