15 レイル士官学校③
――アリアがレイル士官学校に入校してから、1週間が経過した。
この1週間は、講義が中心であり、訓練は少なかった。基本的に、リールが講義を担当しているので、寝てしまった入校生は、教室の窓から、リールに放り投げられていた。投げられてしまった入校生は、上手く受け身が取れなった場合は、全身打撲になり、ミルが医務室に運んでいた。
アリアも、講義中は眠かったが、投げられたくなかったので、必死で起きて、講義の内容をノートにメモしていた。講義の内容自体は、レイル士官学校に入校してから、最初の方の講義ということもあり、各兵種の特徴や基本的な動きに関する講義が中心であった。
訓練は、金曜日の午後にあった。内容自体は、二人一組のペアとなり、武術の訓練をするというものであった。1組の入校生は、各自で仲良くなった、あるいは元々、仲が良かった入校生同士が、さっさと組んでしまっていた。
あっという間に、残りは二人だけになってしまった。アリアが自分の他に残った相手を見ると、クルクル巻き髪のサラであった。アリアは、この1週間でサラがこのアスール王国の第1王女であることを知った。
どうやら周りの入校生達は、第1王女にケガをさせてしまったら、大変なことになると思い、訓練では、第1王女と組むのを避けたようであった。
アリアも何やら面倒そうな人だと思っていたので、正直、組むのは嫌だったが、余りもの同士、組むことになった。
「さぁ、アリア! 私にかかってきなさい!」
サラは、木剣を構えると、アリアを挑発した。アリアは、サラを見ると、そこらの入校生よりは、全然、構えが良いなと思った。なぜ、そんなことが分かるかというと、一日の講義が終わった後に訓練場でアリアが自主練習をしている時、1組の入校生が自主練習をしているのをチラリと見ていたからだが、正直言って、実際の戦いになったら、速攻で倒されてしまうだろうなと思った。
入校生達の剣や槍の振りが、綺麗過ぎるとアリアは感じた。一応、誰かに教わって来ているのだろうが、純粋な武術の腕を競う場では、役に立ちそうだったが、命のやり取りをする場では、役に立たないだろうなとアリアは思った。相手を絶対に殺してやるという殺気が感じられなかった。
逆に、アリアの剣の振りから、殺気を感じたのか、訓練場で自主練習をしていた入校生達は、アリアの近くで自主練習をしようとはしなかった。その時、アリアは、よく分からないが、自分が避けられていると感じていた。
だが、サラの構えを見ると、戦場でも、若干は通じるだろうなとアリアは思った。
「ワタクシは、これでも、近衛騎士団長ルビエに剣を教わっていたのですわ! アリアぐらい、片手であしらえますわ!」
いつまでもかかってこないアリアにしびれを切らしたのか、サラがアリアを挑発した。
(ルビエさんが、教えていたのか。しかも、片手であしらえるみたいだから、普通にやるか)
アリアは、最初、ほどほどに手を抜いてやろうと思っていたが、サラの挑発に乗ろうと思った。
「じゃあ、いきますよ」
アリアはそう言うと、普通にサラの構えている木剣に自分の木剣を当てた。パン!という破裂音が、訓練場に響いた。
「……あ」
アリアがそう言うと同時に、サラが木剣を持ったまま、少し離れた場所で、同じ訓練の内容をしていた2組の入校生にぶつかっていった。十人ほど巻き込んで、サラは、停止した。感心することに木剣は持ったままであった。だが、気絶しているようであった。顔や巻き髪が土まみれのまま、口を開けて気絶していた。ちなみに、アリアの木剣は、柄を残して本体部分が、リールの下に飛んでいき、リールが、それを木剣で叩き落していたのが見えた。
サラが突っ込んできたことにより、2組の入校生は訓練そっちのけで大騒ぎになっていた。これは、やってしまったと思っていたアリアの下に、アリウスがやってきた。
「アリア! ちゃんと、力を加減しろ! 見ろ! サラ王女が気絶してしまっただろう! これじゃ、訓練にならないだろう! お前は入校生相手では強過ぎるから、少し自重しろ!」
「すいません!」
アリウスが怒りながら、アリアの下に来て、そう言った。それに対して、アリアは、大きな声で謝った。その騒ぎを聞きつけて、リールもやって来た。
「アリア。2組に迷惑をかけるのは良くありませんね。しかも、サラ王女は気絶していますし。あとで、教官室に来なさい」
「分かりました!」
アリアは大きな声でそう言った。リールとアリアが、そんなやり取りをしている間に、ミルがサラ王女を担いで医務室に向かって行ったのがアリアには、見えた。2組の突っ込まれてケガをした何人かも、2組の教官に運ばれて行った。
そして、訓練が終わった後、アリアは教官室でアリウスとリールにこってりと絞られた。アリアがそれから、解放された頃には、辺りは暗くなっていた。
一応、サラがアリアを挑発したとは言え、やり過ぎたと思ったアリアは、教官室から出た後、サラが居るであろう医務室に向かった。案の定、サラは医務室のベッドに横たわっていた。
「サラさん、すみません。体は大丈夫ですか?」
アリアは、ベッドに横たわっているサラに話かけた。
「アリア! 体は大丈夫ですわ! 元はと言えば、ワタクシが挑発したのがいけませんでしたわ!」
「そうですか。体は大丈夫そうですね。良かったです」
アリアはそう言うと、医務室を出て行こうとした。その様子を見たサラは焦った。
「ちょ、お待ちなさい! 貴方がヤバいくらい強いのは分かりましたわ! だから、ワタクシに週末、剣を教えなさい!」
「すいません。週末は、家に帰るので無理です。それでは、お大事にして下さい」
まさか、アリアに断られると思っていなかったサラは、口を開けたまま、ポカンとしていた。そんなサラを横目に、アリアは医務室を出て行った。
レイル士官学校は、金曜日の夜から、外出が可能になるので、アリアはレリフが手配したハルド家の馬車に、校門の前で乗り込み、ハルド家へ帰って行った。
30分後、ハルド家へ到着した。止まった馬車から、降りると、ハルド家の門の前にルビエが立っていた。両手を胸の前に組んで、怒っている様子であった。
「アリア! ちょっと、私の部屋に来なさい!」
「分かりました」
アリアはそう言うと、ルビエの後ろをついて行った。そして、ルビエの部屋に入ると、サラ王女を気絶させた件で、1時間程、説教をされた。どうやら、レイル士官学校からアスール王メギドの下に、連絡が行き、そこから、ルビエに伝わっていたようであった。
説教が終わった後、ルビエとアリアは二人で夕食を食べる部屋に入った。そこには、既に、レリフが座っていた。そして、三人は、『いただきます』というと夕食を食べ始めた。
「それにしても、災難だったね、アリア?」
「災難ではありませんよ! アリアが、相手に合わせて剣を振るえれば、サラ王女が吹っ飛ばされて、気絶するということにはなりません!」
「でも、サラ王女は何か、ルビエに剣を教わったとか言っていたらしいよ? しかも、アリアちゃんを片手であしらえるって挑発してたみたいだよ? これじゃ、アリアちゃんが普通に戦っても大丈夫だと思うんじゃないかな?」
「確かに、そうですが、限度があります! それに、サラ王女に剣を教えたと言っても、数回しかありませんよ! 今回は、アリアがやり過ぎです!」
「まぁ、そうかもね。気絶させたら、訓練にならないよね。アリアちゃんも良い経験になったでしょ? 今後、気を付ければ良いから、気にしないでね?」
「分かりました、師匠」
アリアはそう言いながら、夕食を食べていた。それから、三人は、アリアが士官学校であったことを話しながら、夕食を食べていた。そんな中、アリアの組の担当教官の話になった。
「へぇ~、アリアの担当教官って、リール・ハサインなんだ! 確か、ルビエの次の年の士官学校で首席だったはずだよね?」
「はい、そうです、兄上。士官学校を卒業した後は、近衛騎士団に配属されて、最近、レイル士官学校の教官に人事の異動をしていきましたよ」
「そうなんだ。王都のどっかのパーティーで少し話をしたことあるけど、良い感じだと思ったよ。ルビエはどう思う?」
「リールは、いつもニコニコしているけど、厳しい男という印象ですね。もちろん、剣の腕前も相当であったはずです。間違いなく、今のアリアよりは強いと思います。教官としても、問題ないでしょう」
「へぇ~、それって、結構、強くない? 少なくとも、近衛騎士団の中でも、指折りの強さだったでしょう?」
「そうですね。リールより強いのは、近衛騎士団の中で、片手で数えられるくらいしかいないと思います」
「それじゃ、安心だね! アリアちゃん、教官のリールの言うことをちゃんと、聞くんだよ?」
「分かりました、師匠」
「うん、頼んだよ、アリアちゃん! それと、補佐教官のミル・ロンドだっけ? ルビエ、知ってる?」
「はい、ミルも最近まで、近衛騎士団に居ましたよ。確か、私の4つ下だったはずです。ミルも、士官学校を首席で卒業して、近衛騎士団に入ったはずです。寡黙ではありますが、仕事は出来ますよ」
「うん、アリアの組の教官は良い人そうで安心したよ! 良かった、良かった!」
そんなレリフの言葉を聞いた後、三人は、楽しい夕食を過ごした。
――アリアがハルド家に帰って来た次の日。アリアがいつも通り、レリフと剣の修行をしていた。週末で休みだったので、ルビエも槍の修行をつけてくれるらしい。ハルド家の訓練場で、レリフとアリアが剣を打ち合っているのを、近くでルビエは見ていた。
訓練場に、バン!バン!という金属を打ち付けた音が、響いていた。そんな中で、ハルド家のメイドがルビエの下へ急いで、やってきたのが見えた。そして、ルビエに何か言った後、急いで屋敷に戻って行った。
「兄上、アリア、急いで屋敷の門まで行きますよ!」
ルビエがレリフとアリアの修行を強引に中断させると、そう言って、アリアとレリフの手を引いた。
「ちょっと、待って、ルビエ! いったい、何?」
「サラ王女がまもなく、ハルド家の門まで馬車で来ます! 早く行かないとお出迎えに間に合いませんよ!」
「何でサラ王女が来るの? というか、お出迎えする必要ある?」
「理由は分かりませんが、王族が来られるのですよ!? お出迎えするに決まっているではありませんか!?」
「じゃあ、ルビエだけ行ってらっしゃい。僕は、アリアちゃんと修行してるから」
「そんな訳に行かないでしょう! さぁ、行きますよ!」
ルビエはそう言うと、レリフとアリアの手を強引に引いて、屋敷の門まで連れて行った。
三人が屋敷の門に着くと同時に、一目で豪華と分かる馬車が止まり、その中からサラが出て来た。先に門に来ていたバリスとともに、ルビエとアリアは地面に膝をついた。レリフは立ったままであったが、それに気付いたバリスが目にも止まらぬ速さで移動し、レリフの頭にげんこつをして、レリフに膝をつかせていた。
「ようこそ、サラ王女! このような場所へ、どのようなご用件でしょうか?」
ルビエは、馬車から降りて来たサラ王女にそう言った。
「アリアと剣の訓練をしに来ましたの!」
サラは、ルビエに向かってそう言った。アリアとレリフとルビエの頭に?が浮かんだ。
「そうですか! アリア、サラ王女との約束をなぜ、教えてくれなかったのだ!?」
「いえ、週末は、師匠と修行をするので、お断りしましたよ」
その言葉を聞いたルビエの顔が、みるみる赤くなっていった。
その後、アリアはルビエに、『サラ王女がお願いしているのに断るとは何事か!』と説教をされた。結局、アリアとサラは、レリフとルビエに修行をつけてもらった。アリアが、サラに剣を教えて何かあったら困ると、ルビエが言い出したためである。
ルビエとサラが剣の修行をしているのを見て、あんな感じで手を抜けば良いのかとアリアは思った。今日も今日とて、アリアはレリフに弾き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がっていた。『アリアが痛そうですわ!』というサラの声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
結局、サラは土曜日、ハルド家に泊まって、日曜日もアリアと一緒に修行をした。そして、王族専用の馬車でサラとアリアは、レイル士官学校に帰って行った。




