10 アンティーク奇襲戦②
――アルテリオ軍が、アンティーク城を確認出来る位置に到達した翌日。
攻城戦の準備を整えたアルテリオ軍が、日の出とともにアンティーク城に向けて攻撃を開始した。
アンティーク城は、アンティークの都市の中心部に位置し、そこからアンティークの城下町があり、都市を守るように10mの城壁が存在する。都市のそれぞれ4方向に、門が存在し、ルキエ湖から引いた水が城壁の周りを幅5mに渡って流れていた。そのため、アンティークの都市に入るためには、跳ね橋を通る必要があった。
「近くで見ると、改めて、アンティークが堅牢な都市であることが良くわかるな」
ロメールは、全軍が見通せる位置から、アンティークを攻撃している様子を見ていた。アンティークを、4方向からそれぞれ3万の軍勢が攻め寄せていたが、城壁の高さと堀を流れる水に苦戦しているのが分かった。まず、城壁に近付こうとしも、その前には堀を流れる水があり、容易には近付けず、さらに城壁の上からアスール王国軍の守備隊が、矢をこれでもかと射ってくるため、城壁に取り付くのは時間がかかりそうであった。
だが、アルテリオ軍側も城壁に向かって、おびただしい量の矢を射っているため、城壁の守備隊が壊滅するのも時間の問題であるとロメールは考えていた。
「はい、これほど堅牢な都市はパリ―スト大陸にも少ないでしょう。地下に穴を掘って、そこから城の内部に侵入する案も検討はしましたが……」
「難しいであろうな。誤って堀の部分を崩してしまえば、そこから水が流れこみ、溺死するだけであろう。第一に、アンティークを守る指揮官のハリルが、そのことを考慮していない訳がなかろう。首尾良く、坑道戦術が上手くいったとしも、内部の侵入できそうな場所には兵が待ち構えているか、水を坑道に流し込む準備をしているはずだ」
ロメールは、自分の副官に向かってそう言った。眼前には、相変わらず両軍が戦闘を繰り広げている様子が見えた。
「……力押ししかありませんか。王都レイルを陥落させるために、ここで兵を損耗させるのは避けたいものですが」
「なるべく兵を損耗させないような指揮をするしかなかろう。跳ね橋を使えるようにすれば、そこから破城槌を持っていき門を直接攻撃出来る。城壁に生身で取り付くよりはマシであるはずだ。ただ、跳ね橋を火矢などで、落とされるまでだとは思うがな」
ロメールは、部下にそう言いながら、眼前で行われる戦闘の状況を認識するために、指揮をする天幕へ戻って行った。
――アルテリオ軍がアンティークを攻めている頃、ハリルはアンティーク城で防衛の指揮をしていた。
「凄まじい攻撃だな! 儂の生涯でも、ここまで苛烈に攻撃をされたことはないな!」
ハリルはそう言いながら、アンティーク城から、アンティークの都市を守る城壁を眺めた。矢の雨が、城壁に降り注いでいるのが見えた。ここからでも、間断なく矢が降り注ぐ音が、聞こえてきた。
「城壁の守備隊の様子はどうだ?」
ハリルは、指揮所にいる参謀の一人に確認した。
「現状、何とか敵が城壁に取り付く前に、撃退は出来ています。ですが、敵は、跳ね橋を狙っているようです。跳ね橋を奪われると、そこから、門を直接、破城槌で攻撃をされる可能性があります。そこで、跳ね橋を守るために、戦力の予備を投入する必要があるかと」
「そうか。跳ね橋は、最悪、火矢などで焼いてしまっても良い。敵は大軍だ。少しでも、動ける兵士は多い方が良い。だから、戦力の予備を、今は動かさない。それと、守備隊はどれくらい損耗している?」
「それぞれの門に配置した2千5百の兵の内、門ごとに百名ほどが負傷あるいは死傷しています」
「……そうか。まだ、攻められ始めて2時間も経っていないが、そこまでやられているか。相当、厳しいな。負傷兵は、速やかに後方へ下げて、治療せよ。なるべく、兵の疲労を軽減出来るように、半日で兵が交代できるように、指揮官に徹底させよ」
「了解しました」
参謀は、ハリルの指示を伝えるために指揮所を出た。そんな参謀の後ろ姿を見送った後、眼下の激しい戦闘が行われている様子を険しい表情で眺めていた。
(あまり弱音を吐きたくないが、アンティークはもって2日といったところか。リカルド、それまでに頼むぞ!)
ハリルは、戦闘を眺めながら、そんなことを思っていた。
――アンティークが攻められ始めて、1日が経過した。アンティークの都市を守る城壁は所々、破損しているが陥落した様子はないとリカルドは密偵から報告を受けた。
リカルド達の奇襲部隊は、アンティークから北に30km離れた森林地帯に身を潜めていた。この位置は、遠くから見ると木々が密集しており、ただの森にしか見えなかった。
「とうとう見つけたか! アルテリオ皇帝の居場所を!」
密偵からの報告に、リカルドは興奮してそう言った。指揮所の周りの人間が一斉にリカルドの方を見た。
「はい、ここから10kmほど南の森林地帯に、皇帝親衛隊が厳重に守っている天幕がありますので、おそらくそこに皇帝がいるかと。地図で指し示すとこの辺りです。それとは、別に、ここから40kmほど南の位置におよそ2万の第2皇子ルーク・アルテリオの軍勢が展開しています。地図で指し示すと。この辺りです」
「分かった! ご苦労!」
「それでは、失礼します」
密偵はそう言うと、陣地の中へ消えていった。リカルドの周りには、先ほどの密偵の話を聞いていた指揮官達が集まっていた。
「そうか! やっと見つかったか! それでは、今日の夜に奇襲を仕掛けるのだろう、リカルド?」
ロナルドが、リカルドにそう聞いた。ロナルド・イーグルは、今回、中央軍1万を率いる指揮官で中将であった。また、中央の貴族であり、リカルドとは同い年で、顔つきは若々しく、リカルドより年下に見える。そして、士官学校の同期で、リカルドが首席、ロナルドが次席の成績で士官学校を卒業した。
二人とも、甲乙つけがたい成績であったため、どちらも近衛騎士団に最初に配属された。リカルドが3年で、西部に戻って行ったのに対し、ロナルドはそのまま中央軍で勤務し続け、最近、中将になった男であった。
二人は、士官学校時代からの親友で、リカルドが中央に行った際には、よくお酒を飲み交わしていた。
今回、ロナルドが増援の中央軍の指揮官として選ばれたのも、指揮能力とともに、リカルドと仲が良いという点も考慮されてのことであった。
「あぁ。今日の夜に皇帝のいる場所に奇襲を仕掛ける。私が1万の兵を率いて、奇襲を仕掛ける。ロナルドは中央軍1万を率いて、皇帝を守るために戻ってくるであろうアルテリオ軍の本隊の足止めをしてくれ」
「かぁぁぁー! しびれるね! たった1万で10万以上の軍勢を足止めとは! 絶対に生きて帰れないでしょう? とりあえず、遺書でも書いておくかな!」
「確かに、相当、厳しいと思うが、剣聖殿も中央軍にいるのだ。そう悲観するな。剣聖殿の強さは、ロナルドも知っているだろう?」
「まぁ、確かに剣聖殿がいれば、少しは希望が見えるかな。それはそれとして、離れた位置にいる第2皇子の軍はどうする? 間違いなく、皇帝を守るために北進してくるぞ」
「私が率いる軍の中で、国境警備隊の3個中隊を足止めに向かわせる。数は少ないかもしれないが、ここら辺の地理は、頭に入っている連中だ。上手くやるさ」
「分かった。どちらにしても、厳しいことに変わりはないか。それじゃ、俺は、中央軍の準備をさせるから、一旦戻るわ」
「分かった」
ロナルドは、リカルドにそう言うと、中央軍の指揮所へ戻っていた。
(……はぁ。ロナルドの言う通り、厳しい戦いだ。だが、ハリル閣下も頑張っておられるのだ、王国の命運を決めるこの戦いで、勝利してみせる)
リカルドはそんなことを思いながら、指揮所で作戦の細部を詰めようと考えていた。
――リカルドが作戦の準備のために、各部隊に指示を出していた頃。レリフとアリアは、中央軍の天幕の一つで、干し肉を食べていた。
「いや、これしょっぱいね! アリアちゃん、そこに置いてある水筒取ってくれない?」
「分かりました。どうぞ」
「ありがとう!」
ゴクゴクと水を飲んだレリフは、一息つくと、アリアに話しかけた。
「とりあえず、アリアちゃんがどうしても戦いたいっていうから連れてきたけど、何か僕が配属された中央軍って、10万以上のアルテリオ軍を1万で足止めするらしいよ! いかれてるよね! だから、中央軍は危な過ぎるから、西方軍の方の第2皇子ルーク・アルテリオを足止めする部隊にアリアちゃんをお願いしたから、よろしくね!」
「分かりました」
「あと、一応言っとくけど、足止めって言っても、第2皇子ルーク・アルテリオの軍って、2万くらいいるらしいから、突っ込んだら死ぬからね。攻撃したら、すぐに退いて、また攻撃するみたいに遊撃に徹してね。まぁ、そこら辺は、周りの部隊もそんな感じで攻撃すると思うから、周りに合わせて!」
「分かりました」
「よし! じゃあ、今日の夜には攻撃が開始するから、日が沈む前には、西方軍のアリウス大尉?っていう人のところに行っておいてね! 僕は、少し寝るから! よろしく」
「分かりました」
レリフは、そう言うと、横になり、いびきをかき始めた。
(アルテリオ軍は必ず殺す。たとえ、この命が尽きても)
アリアは、そんなことを思いながら、干し肉を食べていた。
――日が沈み、夜になった。
アンティークは、何とか持ちこたえているらしい。王都レイル側の跳ね橋が奪われ、破城槌で門が破られそうになったが、跳ね橋を火矢と油で燃やしたために、事なきをを得たようだ。だが、城壁に何人か取り付き始めているようであった。このままでは、陥落も時間の問題であると誰もが思うほどであった。
ロナルドが指揮する中央軍は、既にアンティーク周辺へ進軍していた。レリフも中央軍について行った。リカルドは、皇帝がいるであろう場所へ進軍を始めていた。アリアは、リカルドよりも早く出発していたアリウス大尉が率いる国境警備隊第1中隊について行っていた。
王都レイルへ向かう際に、サビール山脈の麓の村で、ルビエに馬を買ってもらい、乗り方を教えてもらったので、少しぎこちないが何とか馬に乗って、アリウス大尉について行っていた。暗闇の中、馬を走らせているので、アリアは、思わぬところに馬が行かないように、騎乗に集中していた。
――馬を走らせること、30分。どうやら、第2皇子ルーク・アルテリオの軍勢の前線が近付いているようであった。アリウス達は、奇襲を仕掛けるために、馬の速度を上げた。アリアも、馬の速度を上げた。そして、アリウス大尉達を追い抜くと、眼前に迫った、アルテリオ軍の前線に向かって突っ込んでいった。




