第400回 天声龍馬 38
おじいさんのありがた~い おはなし。
「権現様、『孫子』の兵法って、何なのよ?」
戦国時代とその影響が残る時代を生きた家康と光圀は「孫子兵法」については学んでいた。江戸時代の知識人たちもその名は知っていたが、その内容までは理解していなかった。
家康傘下では本多正信あたりは詳しかったようであるが、その理解は家康の方が深かった。
「古代中国、春秋戦国時代の戦略家じゃよ。」
「劉邦、曹操らの覇者、諸葛亮、竹中半兵衛、山本勘助など大概の名軍師は、皆これを学んでおるんじゃ。フランスのナポレオンも学んだということじゃ。」
「『知己知彼、百戦不殆』じゃ。」
「己を知り、相手を知れば、百戦危うからずということじゃな。」
「それは、自分の兵力と相手の兵力の差が分かれば、負ける戦はしないよな。」
「相手の兵力を知らずに、無謀な戦いをしようとしちょったんが、攘夷派じゃ。そう考えたら松陰さんは、最初から黒船に乗り込もうとしちょった。あれは相手を知るためじゃったんじゃ。」
十兵衛も龍馬も思い当たることがあったようだ。
家康は長い戦国武将の生涯で、手ひどい敗戦を受けたことが度々あった。しかし、その度に本多正信らとその原因分析を怠らなかった。その原点は、まだ若いころ、老練な武田信玄に無謀な戦を仕掛けた「三方ヶ原の戦い」にあった。あの「徳川家康三方ヶ原戦役画像」はその愚かな自分への戒めとして書かせたものであった。
武田の滅亡後、家康は武田の旧臣を多く雇い入れた。それは武田軍学を取り入れる目的でもあったのだが、結局最も重要な人物を傘下に収めることができなかった。そう、小さな上田城で二度も徳川勢を撃退した真田昌幸である。そしてその子、信繁に討ち取られたのがこの世界での家康の歴史であった。
「戦う前に相手の戦力、戦場の地形、自分の手勢、より多くの情報を手に入れる。その上で、戦う前に既に勝利の盤面は出来ておるんじゃよ。」
「単に人数差だけなら、桶狭間は無かったろうしな。」
十兵衛は自分の時代にも知られている有名な合戦を思い出していた。
「あれはな。信長公が熱田神宮を出立した時点で、結果は出ておったんじゃ。」
「そんな早い時点で?」
「今川義元の位置、その地形、天候変化を把握したうえで、地元民に酒を運ばせ、飲ませた。つまり、戦う前に全てが整っていたんじゃ。」
「しかも、大将を討たれれば、どんな大軍でも敗北じゃよ。」
「それを大阪で真田の小倅にやられたんじゃがな。」
「でも、戦争で中国になったんじゃないわよ。議会が決めたのよ。」
ムーンは、家康の話が理解できない。
「しかしな。『百戦して百勝するは、善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり』なんじゃ。」
「戦わずして勝つということですね。」
「これを見るんじゃ。」
家康はマンガ「日本の歴史」の中の合戦の布陣図のページを開いた。
布陣図には地形と兵数までが詳しく記載されていたが、名前は隠されていた。
「そうじゃな。マーズさんよ。これを見て東軍と西軍どっちが勝ったと思う?」
家康は結果を知らなさそうなマーズに声をかけた。
「おれ?まあ周囲の高所に布陣して、三方から包囲できる西の方が優勢だとは思うな。」
「でも、数的に大きな差がないので、結構な長期戦になったんでしょ。」
マーズだけでなく、状況が分からないジュピターも口をはさむ。
「これだけみれば、そう見えるよな。」
「盤面は整えちょったってことじゃな。」
後の時代の十兵衛と龍馬は結果を知ってはいたが、布陣図を見たのは初めてだった。
「わしら東軍が布陣した時には、既に周囲の有利は場所は抑えられていたんじゃ。」
「それじゃ苦戦したわよね。」
「いや、決着はは一時(2時間)ほどでついたな。」
「負けたの?」
「いや、この図の真ん中あたり、3万と書かれてあるのがわしの軍じゃ。それでは、敵の総大将はどれだと思う?」
「それは、この一番数が多い1万7千の軍じゃない。これをはさむ形で布陣しているし」
「まあ、西軍の総大将はここにはいない大阪城の毛利輝元じゃったんだが、毛利の本隊は後方の南宮山じゃ。ここに毛利の1万5千と、その一族、吉川、安国寺の6千、それに長曾我部らを合わせて3万程の兵がおったんじゃ。」
「挟み撃ちになるな。」
「敵の真の総大将、石田三成は、この笹尾山にいる6千程じゃった。」
「総大将が端っこにいるのか?」
「そりゃ狙われるよな。」
「まあその上、側面にいた松尾山の小早川ら2万が裏切って、毛利本隊が動かなかったからな。」
「有名な小早川の裏切りと、吉川の通せんぼじゃ。」
結果を知っている十兵衛と龍馬も図を見て納得している。
「しかも、戦ったのは豊臣方の大名じゃ。わしの軍はほとんど何もしておらん。忠勝が暴れまわったくらいじゃな。」
「権現様、悪い顔してますよ。」
「合戦が起こる前に決着がついていたということか。」
「そうでなければ。戦はしないものじゃ。まあ、万が一ということもあるので、後詰に置いた秀忠率いる徳川本隊が、上田城で足止めされて、決戦に間に合わなかったんじゃがな。」
「徳川は労せずして、豊臣系の大名を弱体化させたってことさ。」
「小山評定の時点で勝ち筋が見えちょったんじゃろ。」
「龍馬さん、小山評定って何なんだ。」
「簡単に言えば東軍が結成された時点てことさ。」
「いや、そこから関ケ原の合戦までが、大変じゃったんじゃ。小早川のガキはどっちつかずで最後まで苦労したぞ。毛利は吉川がいい働きをしてくれたんじゃがな。」
「ね、権現様、それと『戦わずして勝つ』って関係なくない。」
ここまで黙って記憶を確認していたムーンがそう言うと、御老公が説明を加えた。
「さて、それから2年後どうなったんじゃ?」
「権現様が将軍になったわ。」
「それまでの権力者は誰じゃった。」
「豊臣?あっ、戦っていない!」
「あの戦いは豊臣配下の大名が潰し合っただけで、徳川は消耗しておらん。」
「まあ、あの時豊臣家と戦っておったら、徳川の天下はなかったじゃろうな。」
権現様はまた悪い顔をして笑った。
「で。じゃ。わしは『孫子の兵法』で最も大切だと思っておるのが、『用間編』じゃ。」
「羊羹?」
「『間』を使うんじゃ。」
「間諜じゃ。英吉利では『スパイ』ちゅうぞ。」
「スパイ?あの拳銃持って、かっこいい車に乗って、美女にモテモテの奴。」
「かっけー」
「知ってるわ、私も見たわ。あの人昔好きだった人に似てる。」
ど〇きつねたちは、ムーンが用意した英吉利情報局のスパイ映画のことを想像した。
「日本風に言うと忍者じゃな。」
「あの黒頭巾で、手裏剣投げる奴。」
「ちょっと待って」
ムーンは頭に手を当てた、しっぽがピンと立っている。
「『スパイ防止法』っていうのは出来たのよ。でもスパイって言葉が、その映画や、忍者のイメージで語られて、情報を盗み出す人って思っちゃった人が多かったわけ、でもそうじゃなくて、気づかないうちに日本の政治や情報、商業、教育、不動産、インフラが次々と乗っ取られていたの。気づいた時には手遅れ、中国に都合のいい情報が流れ、教育が曲げられ、地方議会から乗っ取られてどうにもならなかった」
「志士はおらんかったのかのう。」
「いたけど、みんな金やスキャンダルで潰されたり、それがなかったら暗殺されたりもしたわ。情報を抑えられたのが致命的だったの。」
「それが『用間』を使うということじゃ。人は自分に都合のいい情報は信じたがる。秀吉殿の子飼いの武将たちはそこまで仲が悪くなかったんじゃ。しかしな有力な武将たちに不信感を植えつけたわけじゃ。朝鮮では小西行長と加藤清正が手柄争いで対立する、朝鮮で補給線が伸びきって苦戦した福島正則、加藤清正ら武官には、石田ら文官が手を抜いた、彼らは戦いもせず出世しているそんな噂を流せばいい、事実三成は奉行じゃからな。信憑性のある情報じゃよ。そこで芽生えた不信感がうまく育つように少し手を加えてやれば、あとは勝手に育ってくれる。」
「つまり、教育で愛国心を否定して、報道機関で嘘の情報を流しておけば、都合のいい人間が生まれるということだな。」
「嘘はばれるんじゃないか。」
「嘘じゃなくていいんじゃよ。流す方に都合のいい情報を流して、都合の悪い情報は流さない。流した情報は受け取った方が勝手に、都合のいいように解釈してくれるんじゃ。」
「嘘の中に一つでも真実があれば、信じたい人はそれを信じるものじゃ。」
孫子兵法「用間編」より 家康訳
明君・賢将が人に勝ち、成功することが出来るのは予め敵の実情を知っているからである。敵の実情は神に祈って得られるものではなく、過去の経験や知識から類推できるものでもなく、必ず人からの情報によって敵の実情を知るものである。
間を用いる方法は五種類ある。
因間、内間、反間、死間、生間である。
この五種類の間が自分の任務がどういう役割なのか、どういう結果になるのかを知らずに並行してそれぞれ諜報活動を行なう。このやり方が失敗を防ぎ、成功に導く方法である。
因間とは敵国の住人をそれとは気づかせずに利用して働かせるものである。
内間とは敵国の役人、官僚を買収または脅迫して内通させるものである。
反間とは敵国の間(情報を得ようとするもの)を寝返らせて使うことである。
死間とは偽の情報を敵国の間に探らせ、それを敵国に報道させるものである。
生間とは敵国から生還して、探った敵国の情報、技術を報告するものである。
全軍の中で間ほど君主にとって大切なものはなく、機密を要する任務である。
間を用いるには、優れた知恵者であり、仁義をわきまえた者でなければならない。また、得られた情報から微妙な部分まで察知する洞察力がなければ、真実を読み取ることはできない。微妙なことではあるが、軍事に間を用いない国はない。
こちらが攻撃しようと思っている敵軍、攻めようと思っている敵国、殺そうと思う敵の人物については、守備にあたっている将軍、その側近、使用人などその関係者について、必ず詳しく調べさせるべきである。
我が国にやって来て、こちらの情報を探っている敵国の間を必ず見つけ出し、利益を与え、こちらに寝返らせることが肝心だ。これを反間として使い敵の情報が分かり、偽の情報を伝えることができる。
また相手の民をこちらの因間や内間として使うことで敵情が分かる。
そして死間を使って偽の情報を広めることで、敵に不信感を植えつけることができる。
生間は必ず、生きて情報を期日通りに伝えなければならない。
これら、5つの間のもたらす情報を君主は必ず把握し、判断しなければならない。
こうした情報を知るために最も重要なものは反間であり、必ず厚遇しなければならない。
「つまりじゃ、民や役人の中に間として使われていると気づかずに使われているものが、多く混ざり、報道機関に気づかずに敵国に都合のいい情報を流す死間がいて、それを真に受けて敵国に都合のいい活動を行うものが出る。そして国を動かす立場の人間に反間がいて自国に都合の良い決定を行うことができるんじゃ。」
「この時代の人は孫子は学ばんのか?」
「『生間』だけがスパイだと思っとるんじゃろうな。」
久々の投稿になりました。
なんだかんだで400回達成です。




