第349回 つなよし
おじいさんのありがた~い おはなし。
元禄10年4月、五代将軍徳川綱吉は江戸の紀州藩邸を訪ねていた。
この日、父・光貞と共に拝謁した兄たちに対し、末っ子の頼方は次の間に控えさせられていた。しかし、綱吉はこの暴れん坊で評判の紀州の四男坊に興味があって呼び出した。
「おお、お前が評判の暴れん坊か。一つ私が話をしてやろう。」
むかし、あるところに桃から生まれた桃太郎という男がいました。
桃太郎は、子供の頃から毎日のように悪者を退治していました。
爺さんの畑仕事を手伝うでもなく、悪者を見つけては退治してくる桃太郎は、近辺で知らぬもののない暴れん坊でした。それで、近所の者たちは誰も桃太郎に近づこうとしませんでした。
「将軍様、なぜ桃太郎は嫌われていたのですか?」
「さあ、なぜだろうな。」
「悪者を退治していたんですよね。」
「まあな、こんなこともあったらしいぞ。」
ある時、爺さんの畑の隣の畑の持ち主が、爺の畑を奪いに来たので退治しました。
またある時は、隣村が水を奪おうと水路を引いたので、これも水路を破壊し、隣村を退治しました。桃太郎はそうやって、自分たちと対立する悪は全て退治していました。
それで、桃太郎は近辺で知らぬもののない暴れん坊として有名になったんだ。
「桃太郎と対立するものはみんな悪なのですか?」
「それは、桃太郎は正義だからなぁ。」
「正義や悪って桃太郎が決めるんですか。」
「いいことに気付いたな。桃太郎にとっての正義なんだ。」
ある時、桃太郎は、鬼が住むという鬼ヶ島という島があることを知りました。
「おじいさん、おばあさん、私はこれから鬼ヶ島の鬼を退治してきます。」
「鬼退治に行くのかい。」
「あそこの鬼は、鬼ヶ島で暮らしていて、島から出て来ないと聞くが……。」
「それなら、鬼ヶ島の鬼たちを退治すれば、鬼を根絶やしにできますね。」
「出て来ないなら、何もそんな危険なことしなくてもいいんではないんかい。」
「おばあさん、何を言うんですか。鬼は悪です。退治するのがみんなのためなのです。」
「しかし、桃太郎や。お前一人で大丈夫なのか。」
「子分たちも連れて行くから大丈夫です。鬼の宝をがっぽり持って帰りますから、楽しみにしていて下さい。」
そこで、おばあさんは桃太郎の鬼退治の衣装を縫いました。そして桃の印の入った鉢巻きを子分の人数分作りました。
桃太郎の子分は、退治して子分になったサル、イヌ、キジの三匹でした。
サルは山を荒らし、イヌは相手かまわず吠え、キジは畑の作物を盗んだので、退治して子分にしたのでした。
「将軍様、鬼は何か悪いことをしていたのですか?」
「さあ、それは何も語られていないな。」
「鬼だというだけで悪なのですか。」
「そういうことなんだろうな。」
鬼ヶ島には、小さな鬼の集落がありました。鬼たちは人が近づかないこの島で、仲良く楽しく生活していました。男の鬼たちは海で漁をしたり、海鳥を捕えたり、女の鬼たちは浜で貝を掘ったり、海藻を取りながら、小さな畑を耕して生活をしておりました。
人の住む大きな島に行った仲間たちが次々と退治されたこともあって、鬼たちはこの平和な島から出ようとはしませんでした。
ところが、ある日、一艘の船が島に近づいてきました。
鬼たちは大きな島に渡った仲間が帰ってきたのかと、島の船着き場に集まってきました。
船から降りてきた男は、鬼ではありませんでした。船を降りるなり、集まってきた鬼たちを次々と切り殺しました。鬼の子供や女たちは逃げ惑いましたが、イヌに食い殺されたり、サルにかじられたり、キジに追い回されたところを桃太郎に切り殺されました。
鬼の男たちは山に籠り抵抗しましたが、結局、女子供、老人を含めて全ての鬼が桃太郎に退治されてしまいました。桃太郎は島にいた数十匹の鬼を退治すると、その住み家にあった様々なものを全て船に運び込んで、島から去っていきました。
その後、村に帰った桃太郎はお爺さんおばあさんと幸せに暮らしましたとさ。
「将軍様、桃太郎は海賊だったんですか?」
「違いはなさそうだな。」
「害虫退治みたいですね。」
「だが、この家族や仲間を殺された鬼たちが数名でも生き残っていたとしたら?」
「かたき討ちに来るでしょうね。」
「その場合、どちらが正義なんだろうな。」
頼方はしばらく考え込んでいた。
「戦国からここまで、我々は命というものを粗末に扱ってきた。根切りと言ってな、子や孫や一族全てを殺して、かたき討ちできないようにしてきたんだ。」
「そうしないと、自分が殺されるかもしれないということですね。」
「それに正義とか悪とか、立場によって代わるということだな。鬼たちから見れば桃太郎は凶悪な極悪人だろうな。」
「もしや、将軍様の『生類憐みの令』というのは……。」
「それだけではないのだがな。」
「命大事にってことですか。」
「先日、亡くなったある大名の葬儀の後、約三十人もの追い腹を切ったものが出たそうだ。乳兄弟や家老を始め、皆、お供しますってさ。」
「それは、話題になりましたよね。」
「最近また無礼討ちが増えていてな。それが、ほとんど最近取り潰された藩から出た浪人者の仕業でな。人だとその後の詮議もあるからと、イヌを切り殺しているそうだ。」
「わかりました。それで『イヌ』なんですね。」
「頼方、お前には私の『吉』という字をやろう。元服したら付けるといい。そして何が『吉』なのか考えるとよい。」
「ありがとうございます。一つお尋ねしたいのですが……。」
「何だ。言ってみよ。」
「将軍様は、桃太郎はどうすれば良かったとお思いですか。」
「そうだな。将軍家には代々伝わる家康公の言葉がある。」
「口伝ですか?」
「ああ、他にもあるが、これだけはお前にも伝えておこう。」
「それは?」
「『仲良く、楽しく』だ。」
「仲良く、楽しく?」
「どうすればそうなるか、よく考えることだ。」
そういうと、にっこりと笑って、綱吉は帰って行った
本文は史実に基づいていますが、ほぼ創作です。
歴史的な人物の評価は作者の主観です。
長かった本章もこれにて終幕です。
報告でお知らせしたように、次章はジャンルの整理と改稿を進めつつ、並行して発表しようと思います。
そのため、新章は隔日更新にします。ぜひブックマーク登録をお願いします。
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