表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/24

一話 国一番の悪女

 

 興栄国において代々皇帝の妃を排出する四代名家。(ヨウ)家、(チン)家、(チョウ)家――(シュウ)家。

 周家はその中で突出した勢力を誇り、皇帝の正妃、つまり皇后の座を、三代連続で維持している。


 しかし、権力のためならばいかなる汚い手を使うことも(いと)わなかったため、他の名家から反感を買っていた。

 いつ抗争になってもおかしくはないと噂されるほど。


 そして七年前、新たに即位した皇帝、() 孫雁(ソンガン)の正妃となったのも、周家の娘――樹蘭(ジュラン)であった。

 しかしながら樹蘭は、傾国の美姫と謳われる美貌を持つこと以外には、何ひとつとして褒めるところのない――悪女だった。


 今日は年に一度、冬に皇后が主催する宴の日。夏至の祭事は皇帝、冬至の祭事は皇后が取り仕切る慣例であった。

 四代名家はもちろんのこと、上級官僚を務める名家の家長と長子らが天和宮に集まる。

 天和宮は、皇居と官庁を併せた国で最も大きな建築物。女官や宦官を含め、一万人近くが居住している。

 祭典のための祈年殿は、贅を極めた華やかな装飾が施されていた。


()()()()()()()があって、皇后陛下は長らく床に伏せっていたと聞いたが、もう体調はよろしいのだろうか」


 あのような事件、というのは二月前に、樹蘭が絞殺されかけた上に、胸を七箇所も(かんざし)で刺された凄惨な事件のこと。

 一度は監察医が死亡したのを確認したにも関わらず――実はそれが誤診で、奇跡的に生き延びていたのである。


「ああ。相変わらず後宮で好き放題しているらしい。――そのまま永遠に眠り続けてくださればいいものを」

「ここは宮殿の宴の場。誰が聞いているか分からぬゆえ、そのような不敬を口にするべきではない。だが……そうだな。憎まれっ子世に憚ると昔からよく言ったものだ」


 座卓にはご馳走が所狭しと並ぶ。参集者たちは食事を楽しむふりをしながら、ひそひそと噂話に花を咲かせた。

 彼らが話の種にするのは、樹蘭のことばかり。

 横暴な性格で、女官や宦官たちに辛く当たり、国民の血税を使って贅沢三昧する。国民への慈悲の心も、皇后としての責任感も何もかも持ち合わせていない女だった。


 宴が始まって四半刻が経とうとしているのに、主催であるはずの樹蘭は一向に姿を見せず。

 舞を披露するはずだった踊り子たちも、舞台の上で待ちぼうけを食らっている。



「――皇后陛下のおなーり!」



 そのときようやく、官吏の仰々しい合図の声が上がり、人々は一斉に振り返った。


 悪女として忌み嫌われる樹蘭だが、その姿をひと目見た者たちは揃って息を飲み、憧憬の念を瞳に映した。


 絹糸のように艶やかな漆黒の髪。

 色素の薄い琥珀色の瞳。

 薄すぎず、厚すぎずの程よい形の唇。


 赤を基調とした衣の裾を翻しながら優美に歩く彼女。人々は完璧な美貌には思わず「美しい」と感嘆の息を漏らした。

 そして皆、叩頭(こうとう)して敬意を示す。


 だが、そこに立っているのは樹蘭本人ではなかった。樹蘭はふた月前のあの事件によって――本当に死んでいた。

 今、人々の視線を集めているのは、皇后になりすました、見た目は瓜二つだが年齢も性格も育ちも違う異世界人――宮瀬らんかだった。


(いかなる相手に対しても傲岸不遜で、決して笑顔を見せない。冷酷無慈悲の嫌われ者。それが私の――新しい役)


 らんかは誰とも視線を合わせることなく、まっすぐに自分の席へと歩んだ。遅れてきたことに対する反省の色も隙も一切見せない。

 その途中、恭しくこちらに頭を下げている下女にわざとらしくぶつかる。


「邪魔だ。ここが(わらわ)の通る道だと分からぬのか?」

「きゃっ……」


 よろめいた彼女はそのままばたんと転ぶ。その様子に、「あの態度を見たか?」と参集者たちが目配せし合うが、らんかは一切お構いなし。


 そのまま席に着き、目の前の豪勢な食事に視線を落とした。

 餃子や湯円(タンエン)など、冬の伝統料理が所狭しと並ぶ。


(美味しそう、お腹空いた……。でも()()()樹蘭ならここでがっついたりしないだろうしなぁ)


 よだれが垂れそうになるのを耐え、自分の心を諌める。らんかは今、樹蘭として人の前にいる。その役を全うしなければ。


 注目が集まる中、おもむろに豆腐の煮物に箸を取って入れる。ひと口口に含むと、香辛料の風味が鼻腔に広がり、柔らかな豆腐が舌の上で溶ける。美味しい。非の打ち所などない料理だ。――しかし。


 らんかは豆腐を飲み込まずに懐紙に吐き出した。そして片手で座卓の上に並ぶ料理を地面に滑り落とす。

 金属がぶつかる音、陶器が割れる音が会場に響き渡り、人々は静まり返った。


 そのまま、視線ひとつ動かさずに声だけで言う。


「不味い。――作り直せ」

「は、はいっ! だだちに……!」


 下女たちが大慌てで食器を片付ける傍らで、らんかはふてぶてしい態度で舞台の上に視線を向けた。

 萎縮する踊り子たちを、氷のように冷ややかな眼差しで見据えて命じる。


「何をしている。さっさと舞を披露せぬか」

「「かしこまりました。皇后陛下……!」」


 踊り子たちが慌てて定位置につくと、その後ろに控えていた楽団が琵琶や二胡の弦を爪弾き始める。その繊細な音に合わせて、年若い娘たちも踊り出した。

 だが、こちらが品定めするかのような視線で見ているため、どことなく身体が強ばっているかのように見えた。


(怖がらせてごめんね。でもこっちもこれが仕事なの。許してね)


 ぐうぅ。らんかの腹部から空腹を訴える切なげな音が漏れるが、演奏に紛れて誰の耳にも届くことはなかった。

 そっと腹部を抑え、肩を竦める。


(お腹が空いて死にそう……。ああもう、カレーとかピザとか食べたい。ていうか日本に帰りたい。なんで私がこんな目に……)


 らんかは今、皇帝の命令により、死んだ皇后のふりをさせられ、彼女の死の真相を解き明かすために協力させられている。

 悪女として振る舞いながら、らんかはふたつ月前のことを思い出していた。



 この異世界に来る前、日本で女優をしていたときのことを――。

完結保証です。

もしご興味を持っていただけましたら、ブックマークや☆評価で応援していただけると更新の励みになります…!



-----------------

人物紹介


★宮瀬 らんか

国民的女優。ドラマや映画に引っ張りだこの有名人。気さくで明るく、天真爛漫。芸能界で生き抜いてきたため、ちょっとやそっとのことでは動じないメンタルの持ち主。


 孫雁ソンガン

興英国の若き皇帝。幼いころから樹蘭に想いを寄せており、彼女が死んで心を痛めている。樹蘭を生き返らせるために秘術を使うも、見た目が瓜二つの別人を呼び出してしまう。


シュウ 樹蘭ジュラン

らんかそっくりの皇后。いかなる相手に対しても傲岸不遜で、決して笑顔を見せない。冷酷無慈悲の嫌われ者。絞殺され、七箇所簪で刺された状態で発見された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ