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一分後もF  作者: 影津
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第五話

 Fは雑居ビルの前で立ち止まって俺を静観する。とても自殺志願者だとは思えない、精悍な顔つきに気圧される。


 再び歩き出したF。俺は五分間、口に出すことがなにもなくなってしまった。話すことをあれこれ考えてきたのに、上手く口に出せない辺り、俺には才能がないってことなのかもな。いきなりだけど、彼女いるのかとか。そんなくだらないことから、親父ってどんな人?っていう聞いてはいけないこととか。あと、そうだ、そんなのはどうだっていい。Fがどんな学校生活をしているのか。これも重要だ。ネットと同じように有名人? それともTwitterでいくら知名度があっても本名を晒すわけにはいかないから、無名の一般人のまま? 


 だとしたら成績優秀とはいえ、Fは真面目な学生生活とネットでモテモテ、万バズ量産インフルエンサーの二重生活を送っている?


 俺なんか、ウェブにいる時間の方が長いからな。現実なんかいちいち目を向けていたら気が狂うんじゃないかって思う。現にこう、落選ばかり続くとな。人は承認欲求が満たされないまま月日を過ごすと、壊れやすい。俗に言う社会的不安に押し潰されそうになる。まぁ、だからTwitterで少しでも多く、小説が拡散されて認められたいと思うわけだけど。Twitterも駄目だって最近思い始めている。流行に乗っている作品しか読まれないんだったら、公募に専念するしかないのかもしれない。いや、そうだよな。公募があって、ウェブ小説が書籍化されるようになって、ちょっと興奮しただけだ。ウェブから書籍化が決まるのはランキング作品や、読者、ファンのついてる人気作家の作品だけなんだから、たぶん俺は合わない。


 喫茶店のショーウィンドウにはパフェの食品サンプルがいくつも並ぶ。Fが招くようにして俺を先に店に通した。わざわざプリンには「昭和の」と書かれている。そうか、昭和はレトロかー。と、悲しくなる。最近の若者向けに作られたレトロ昭和を謳う喫茶店だ。俺って、十代の人からしたら古い価値観のものを書いているのかもしれないよな。でも、自分の書きたいものでしか、渾身の作品が書けないんだ。流行に合わせたとたん、自分のよさは消え失せ、中身空っぽのハリボテが出来上がる。


 Twitterでよく書籍化作家が管を巻いている。テンプレ至上主義を押し付けたり、王道テンプレートを嚙み砕こうともしないで、真似して書いたって駄目だとか罵り合ってたっけ。噛み砕くのって、結構しんどいもんで。テンプレとやらを読んでも、困ったことに俺の心に響かない。ある、物書きユーチューバーが「自分が感動しなかったら、物語は書けない」と言っていた。ああ、俺は感動しない体質なんだ。悲しいかな。心のメトロノームの振り子が動かないなんて。みんなが好きなもの、書籍化したもの、それを好きになれない……。


 それらはどっかの誰かの心に刺さるのに、その刺さる対象は俺じゃない。なお、俺がウェブで気に入った作品に限って、悉く書籍化に至っていなかったりする。どうして、これが売れないと拳を握り締めることもしばしばある。


 結局、文章力なんか誰も見ていないのかもしれない。俺、文章の勉強ばかりしてきた。文字を書けば十万文字を越えて、一冊の本になると思っていた。実際は、箇条書きでも面白い方が文体がしっかりしている作品に勝つ――そう、エンタメ小説は。でも、もしかしたら、エンタメじゃなかったら……。息が詰まりそうになった。どうして、今まで思い至らなかったんだろうな。一般文芸について熟考したことなかったな。端から書こうと思わなかったし。だけど、もし自分のヘビーな作品がライトノベルじゃないのだとしたら。いや、まだ判断するには早い。今夜も続きを書く作品がある。それを終わらせるまでは、ほかの作品に着手するわけにはいかない。ああ、Fも絵師じゃなくて物書きだったら色々と相談できるのに。


 店内に入ってみると若者から俺ぐらいの三十代、上は五十代ぐらいまでが談笑している。うるさい店だなと思った。窓際の四人席に二人でぽつねんと座る。窓の外は道路に面していて車がばんばん行き交う。はっきり言って好みではない。だけど、首筋の汗が白のリネンシャツに潜り込んで胸まで滲み込んでくると、流石に三軒目を探そうなんて言えなかった。


 まあ、硬めのプリンが出てくればいいか。最近流行りでコンビニに置いているプリンはどれもこれも柔らかくて飽きていたところだ。食べ物にすら流行りすたれがあって困る。地味に白いたい焼きは好きだった。今じゃどこを探しても見つからない。


 硬めプリンがついてくるランチセットを注文する。Fはアイスティーしか頼まなかった。


 俺は店員に出された冷え冷えのおしぼりで額の汗を拭う。Fはしんみりと葬儀場のように俯いて向かいに座っている。俺たちは初対面なのに無言だ。


 Twitterで相手を知り過ぎた。いやでも、Fが赤茶色の瞳をしていることは知らなかった。そうだろう? ショートヘアーが女々しく見えることも今日初めて知っただろ? だけど、Fがこれから口にすることは何となく予測がつく。俺は「腹がすくだろう?」と問いたいことを、こいつは理解している。だから先に言われた。「心配いらないよ」と。


「だといいけどな」


「荒は自分を律することができていない」とFがそっけなく言う。おいおい、かなり辛辣なことを言ってくれるな。しかし、抽象的すぎて何をコントロールできていないというのかいまいち分からない。早寝早起き、日雇い行って、家に帰ったら飯食って風呂入って執筆。良いサイクルだと思わないか? 合間にアプリゲームをしてるけども。


 Fは運ばれてきたアイスティーのコップの表面が汗をかくのを眺めている。俺は無遠慮にランチセットのオイルサーディントーストにがっつく。硬めプリンもついているが、それは最後のお楽しみで。


「聞きたいことはないの?」


「あるけど、上手く言えない。てか、オイルサーディンうめー」


「荒は、子供っぽいとは思ってたけど。ほんとに、そのまんまだね」


「想像通り?」


「どうかな。荒が土木業に携わっていたことは、今日はじめて聞いたし」


 また沈黙。俺はトーストの耳を皿の端にどける。Fは何も言わない。こいつの頭の中ではこのパンの耳があれば、アフリカの食料不足で一分に一人死ぬ子供たちを救えるか? などと考えているのかもしれない。いや、違うな。Fはパンの耳を残す心理について考えているだろう。人は何故食べ物を残すのか。答えは簡単。嫌いだからだ! F、堅苦しく考えるなよ? パンの耳の栄養素なんてパン本体とほとんど同じだからな?


「F、眉間に皺が寄ってるぞ」


 そんな酷い顔をしていたのかというようにFは自分の額を指でなぞって、凹凸を確かめる。気難しい少年だ。早く、人の死について話してもらえないだろうか。だが、オイルサーディントーストのオイルが舌を刺激して、口内に唾液が分泌され続ける。むさぼり食う。


「荒はどうしてトーストを注文したの?」


「え」


 急に話かけられたのでよだれが糸を引いた。


「お前がそんなつまらない質問をするのかよ」


 はっきり言って心外だ。喉が鳴るぐらいに美味しいものに、食べる理由や食べないでいられる理屈などない。


「ぼくは有意義と思えるようなことしか質問しないよ。荒が自分を律しているなら、自分の体内に取り込むもの全てに意味を見出せると思って」


 Fはめんどくさい人間だ。それゆえに惹かれる。


「まさか、お前が拒食症なのって、食材に全て意味を持たせるために意味の持たない食糧は口にしない……とか?」


「よく分かったね、人間が生存するのに必須な必須アミノ酸やビタミンと、ぼく個人が欲しいと思う栄養素は別にあって。確かにあまりにも不健康になって体調を崩すときは食べるよ。必須アミノ酸が食材に含まれる内包量や、ビタミン量を計算しながら」


 ベジタリアンやヴィーガンより自己管理がめんどくさい。だが、徹底して自分の理性で自己の体調コントロールを行えるFを羨ましくも思う。こいつには、欲求と呼べるものが欠落しているのかもしれない。


「じゃあ、今、何キロ痩せたいとか、肉しか食べないとかやってるのか?」


「目的はダイエットみたいな庶民的なものじゃないよ」


 軽く庶民をディスられた。酷くね?


「あれ、お前って医者になる学校行ってるんだよな。絵の勉強は?」


「絵は完全独学だよ。美術部だったこともあるけど。先生に油絵をやりたいって言ったらアクリル絵の具しかないって言われて、すぐに辞めたんだ。絵は人に頼ってやるものじゃないと思って」


 へー。やっぱり自発的に動けるタイプなんだな、こいつ。上昇志向もある。俺なんかより将来有望。


 オイルサーディンの塩辛さが舌に転がって残っている。味覚のリセットをしたくて、お冷をがぶ飲みする。


「荒が健康的で安心したよ」


「どうだろうな。アパートじゃカップ麺がほとんどだ。筋トレしないから、腹もそのうち飛び出すんじゃないかって心配になるぐらいにはやばいんだけどな」


「筋トレやる気なんかないでしょ?」


「だから、そろそろ自然に痩せるのには限界だっての」


 自然てなんだ。自分で言ってて変な日本語だ。人間って何も口にしなければ痩せるものじゃないのか。


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