8話 薬草園
メイド達によって本来のユナ……薄い青い髪を持つ美少女へと変貌したユナは、学園の制服を着せられ、鏡の前に立たされていた。
「うわっ!誰これ!」
「ユナ様でございます。これ程やり甲斐のある仕事は初めてでございました。ありがとうございます」
学園長様のメイド頭だという、年長のブレネリーさんが頭を下げ、周りではメイド達がやり遂げた感半端ないって表情で頷いていた。中には涙する者までいる。
「こちらこそありがとう……」
ユナは微妙な顔でお礼を言った。
「ユナ様……?ご用意は出来ましたか?」
鈴の音の様な声に振り向けば、お人形さんみたいな女の子が扉を少し開け、覗き込んでいた。
白いふわふわの髪に、小さな白いお顔。目の色は虹彩を散らした緑色だ。
この学園の制服はブレザーに可愛い色のスカート。魔法少女っぽいマントを肩にかけていて、まるでアニメから出てきたみたい!今の私の格好もそれだけど、全然レベルが違うって感じ?
「ミーア……様?うわぁぁ――可愛い!!」
ユナは思わずミーアに駆け寄って抱きしめた。マロンが出てきて、2人の周りをぐるぐる回る。
「え?え?ユナ様ですの?」
ミーア様が困惑している。それも仕方ないよね。だって、前に会った時は夜の墓場で、ユナはメイド姿だったし。
「あ!ごめん。思わず抱きしめちゃった。私ユナよ。この間はネックレスとポーションをありがとう!これからもよろしくね!」
それからユナはミーアに学園を案内してもらった。前世でも学校は好きだったから嬉しい。フィン様に感謝ね!それに、ユナの両親もこの学園を出たって聞いているし!
ユナはどこかに両親の想いの欠片が残ってないかなぁ。って、耳をすませながら歩いた。と言っても、お母さんについては何も知らないから、探しようがないんだけどね。
学園は初等部、中等部、高等部に別れてて、三つの建物が広大な敷地内に建っている。高等部は研究所も兼ねていて、とても大きいの。他にはコロッセオ?って感じの演習場とか、植物園とか、テラが発狂しそうな図書館とかががあって、それらは全て国の持ち物なのだそうだ。1日じゃとても見きれない広さだ。
今はどこも講義中みたいで、生徒たちはいなくてひっそりとしてるけど、あちこちに思いの欠片がウロウロしてて喋りまくるから、頭がぐるぐるしそうだった。これじゃ、両親の想いを探すどころではないよね。
ミーアは私より1つ歳上で、凄くしっかりしてて頼もしい。高等部を回ってる時に講義が終わって、生徒たちが出て来たんだけど、みんなが羨望の眼差しでミーアを見ているのが分かって、ユナは嬉しくなった。
探索している間にお昼を過ぎてて、2人は学園内のカフェに立ち寄った。何と、この学園の生徒なら、無料で好きな物が食べられるらしい。だけど、頭の中に入ってくる声の多さに食欲がでなくて、飲み物だけをちょっと貰った。
「フィン様はユナ様の事、ずっと待っていらっしゃったのよ。でも、お時間があまり無かったようで、残念そうにお仕事に行かれましたの」
「なるほど……」
思ったより時間がかかったって事ね。ま、良かったわ。この姿を見たらまた何か言われそうだし。
最初にフィン様に出会った時、ユナはこの姿だった。フィン様は私の髪を見て、綺麗だって言ったのよねぇ……。
フィン様はこの姿の方が好みなんだと思うと、自分の姿なのに、何だかめっちゃ嫌だった。
でも、フィン様は忙しいのにわざわざ迎えに来てくれたし、何故か色々とユナの事、気にかけてくれる。
「今度会ったらお礼言っとくわ!」
「ユナ様を迎えに来られるそうですわよ?待っていて欲しいとの伝言を承ってますの!」
「そう……」
来るんだ。また地獄のタンデムね。
馬車が来る前に帰ろう。ユナは心に決めた。
午後からは高等部の教室へと行った。この学園はともかく学科が多い。学園長様、能力者集めすぎよ!
私は特別専門学科?ってとこらしいんだけど、講義室はとにかく広かった。
ミーアが特別扱いなのはここでも分かる。癒しの魔法を使える人は少ない。ユナも飲んだから分かるけど、ミーアのポーションはそこらの薬草から出来た物とは全然格が違った。
そして更に驚いた事には、特別専門学科の生徒はミーアとユナの2人きりだった。
そうか、フィン様はボトルロックにも配慮してくれたのね。ミーアなら絶対、ユナを怒らせる事はないだろうから!
今日は教授が忙しいらしくて不在だったから、午後からは外を探検した。
くるくると2人で楽しく探索してから、最後にミーアに、見たい所はございませんか?って聞かれて、ユナは迷わず植物園と答えた。
「ここは残念ながら、今はお世話をする者がいませんの。幽霊が出るって噂があるのですわ」
どの世界でもあるのね、七不思議的なのが。
ミーアが案内してくれた植物園は、高等部の校舎の裏手にあって、植物園と言うより薬草園だった。イングリッシュガーデンみたいにナチュラル感たっぷり!今はジャングルだけどね。
「おお!いい感じ!」
ユナはモルト爺でも知らないような、ボサボサに伸びた薬草を掻き分けながら奥へと進んだ。すると、一番奥に、素敵な温室が建っているじゃない?
温室って言っても、この世界のクオリティ。窓が沢山ある平屋の様な建物だ。でも、カントリー風でめっちゃ可愛い。
壊れかけた扉を開けて中を覗けば、なるほど物凄い荒れようだ。お化け出そう。
「ユナ様はこういった場所がお好きなのですのか?」
「好きって言うより落ち着くのよね!」
確かに廃墟は好きだけど、それとは別に、学園内って人の声とプラズマの声が入り乱れ、頭が割れそうだったから。でもここは、静かに時を過ごす人が多かったみたいで、漂うプラズマも静か。形をなすほど強い想いは見当たらないけどね。
「モルト爺が喜ぶ事間違いなしね……」
見れば、そこら中に薬草が生えている。そういえば、モルト爺って何に宿ってるのだろう?もし、ここに連れて来れたら……。
気になったら確認せずにはいられない。今からモルト爺の所に寄っても、暗くなる前に帰れるんじゃない?
「ねえミーア、もうこれで今日は終わりよね?」
潔癖症なのかしら?窓の汚れのチェックをしているミーアにユナは確認する。
「はい。後は帰る支度をして、馬車を待つのですわ」
「そう、じゃ、私、先に帰るね!明日は何時?」
キョトンと困惑するミーア。猫みたいでとても可愛い!
「え……と。きっとフィン様がお迎えに……」
「大丈夫よ!会ったら先に帰ったって伝えて!明日はちゃんと朝の鐘が鳴る頃には来るから。ミーア、また明日ね!今日はありがとう!!」
「え?ええ!?ユナ様――!?」
ユナは急いで駆け出していた。
馬車で30分位だったから、歩けば1時間位?楽勝!!
ユナは、学園長様の部屋に寄り、メイドさん達から着てきた服を返して貰うと、すぐに着替えた。
「だって、私、可愛いし、攫われるかもじゃない?変装は必要でしょ?それに……私じゃないみたいで落ち着かないのよ!」
悲壮感漂うメイドさん達にそう言うと、ブレネリーさんは明日もいじらせて頂きますから、ここにお寄りくださいって、嬉しそうに送り出してくれた。
それからひたすら歩き……。いやいや、1時間どころか、2時間はかかったわ。
ユナは陽の傾きかけた空を見上げながら、屋敷へと急いだ。
「モルト爺!ちょっと教えて欲しいんだけど!!」
屋敷に来るなり叫ぶユナに、爺は目を丸くして出てきた。
『おや、ユナ。こんな時間にどうしたんじゃ?またここに泊まるのかい?』
「ねえ、モルト爺って何に宿ってるの?教えて!!」
『宿ってるとな。そりゃまたどうして?』
「いいからいいから!!」
モルト爺は首を傾げながらも屋敷の方に歩いて行く。そして、家の外に落ちた、朽ちた窓枠に挟まってる透明な棒を指さした。
「これ?……薬を混ぜる棒?」
キラリと、光る透明なガラスの棒は5センチ位しかないけど、とても澄んでて綺麗だった。この世界ではとてつもなく高価に違いない。
『そうじゃよ。わしは薬師で成功しかった。だから沢山のお金を出してこれを買ったんじゃ。使うことはなかったがの』
「どうして?」
『お前さんが割ったんじゃないか。覚えておらんのか?』
「げ……」
そういえば何となく覚えてるわ……。魔法使いの杖みたい――ってクルクル回してパリーン!ってね。道理で短いと思った。
「ごめんなさい……」
『いや、いいんじゃよ。おかげで目が覚めたからの』
爺は、ふぉっふぉっと笑う。
『わしはな、様々な薬を作るのが好きでな、中には危ないものもあったんじゃ。それがひょんな事で、悪しき事を企む者の手に渡ってしまっての……とうとう死人まで出してしまった。だから、ユナがこれを割ってくれて、わしは解放されたんじゃよ』
爺は寂しそうに微笑む。
「それは、もう作らないって決めたって事?」
『それはその通りじゃが、ちょっと違うな。これを割って怪我をしたお前さんは泣き始めてしまっての。だが、わしはその血を止める方法を知っておった。癒しの魔法があれば、薬など要らぬからな。しかし、お前さんは薬を塗ってとわしにせがんだんじゃよ。そしてもう治っておるのに、薬を塗って貰って大喜びしたんじゃ。……薬とは人を笑顔にする物でなくてはならない。だから、わしはここで薬草を育てる事にしたんじゃよ。材料があれば、皆が喜ぶからの』
「うーん。よく分からないな。いい薬を作ればみんなに喜ばれるんじゃないの?その為には色々作ってみる必要はあったでしょ?」
『そうかもしれんがの、あの時のわしは、ただ知りたいと言うだけで、様々な薬を作るだけの馬鹿者に成り下がっておったんじゃよ』
「そっかぁ。今はもう作りたくない?」
『作りたくないと言うより、怖いと言った方が正しいのぉ。1度、人を殺められるものを作ってしまうと、どうしても恐ろしくなってな』
モルト爺はとても優しい人なのね。ユナはモルト爺の事がもっと好きになった。
「ねぇ、モルト爺、引っ越さない?いい場所見つけたの」
『突然じゃの。どうした』
「私、爺と離れたくないんだよ。今度ね、ユナ、学園に行く事になってね、ここにはあまり来れなくなりそうなの」
手入れのされない薬草園は、きっと森にのまれてしまうだろう。それでは爺の想いが可哀想だ。
「学園に植物園があってね、ユナめっちゃ気に入っちゃったの。どう?」
『そりゃ見て見んと何とも言えんが、ユナが気にいったって言うんなら……』
爺にもそれが分かったのだろう、ちょっと譲歩してくれた。
「じゃ、連れてくね!!きっと気に入るよ!!」
「ユナ?そこにいるのかい?」
「はぁ――い!!」
反射的に返事をしてから、しまった!って思った。だってその声が、例の王太子のものだったからだ。
落ちた窓枠の前に座り、話し込んでる間に暗くなってたみたい。上を見上げれば、フィン様がニコニコと笑ってた。まさか、ずっと聞いていたなんて事、ないよね?
「ユナ、君の家はいつからここになったのかな?確か君は昨日テラに怒られて、これからは王都のテラの家に住みます!って宣言してなかったかな?」
「今から帰る所だったの!」
「どうやって?暗いよ?もう閉門されてるよ?」
「じゃあ、どうしてフィン様はここにいるのよ」
ユナがそう言うと、フィン様はユナをめっちゃ凄んで来た。不機嫌だわぁ……。ああそうか!
「あ、ごめんね!帰れなくなっちゃった?フィン様も一緒にここで寝る?」
「ふッ……」
何故かフィン様は吹いた。何かのツボにハマったらしい。
「それも捨てがたいが、騎士団長権利で開けて貰うから大丈夫だよ。さあ、騎士団が動く前に帰ろうか」
そう言いながら、フィン様はユナの手を引き、立たせてくれた。今日はすんなり機嫌が治った。どうしてかしら?
ユナは慌ててモルト爺のガラス棒を拾って、胸元にしまった。
外は宵の口。星の瞬き始めた濃い色の空は少し赤みを残してる。
フィン様は颯爽とラブ二世に跨り、ユナの手を握り、引き上げてくれた。後ろから回る腕がくすぐったいけど、安心するのよね。すぐに馬は駆け出す。
「ユナ、これからは行きたい所があったら、俺に言って欲しい。なるべく早くに調整するからね」
「それって馬を出してくれるって事?」
何時間も歩くのは疲れる。ユナはちょっとだけ嬉しくなってフィン様の方へと首を回した。手網を操るフィン様は前を向いたまま微妙な顔をしてた。
「うーん……今はその程度の認識なんだね。でも、そろそろ気が付いて欲しいな」
「ん?何に?」
「ユナ、俺は君の事が好きなんだよ」
「…………え?」
ガッツリ固まった後、ユナは慌てて前を向いた。
耳が熱い。
「意識してくれた?それだけでとても嬉しいよ、ユナ」
そう言いながら、フィン様は馬を止め手網を離すと、ユナのネックレスに何かを通した。
胸元に落ちてきたのは、小さな宝石だった。
「綺麗ね。オレンジ色の宝石なんて、初めて見た」
心なしかフィン様の距離が近い。いや、これ、絶対抱きしめてるでしょ!?
「ユナにあげるよ。何もついてないのは寂しいだろ?でもあまり見せびらかさないでね。恥ずかしいから」
心臓バクバク!!
「ありがとう。フィン様」
だが、その甘い雰囲気も、前方に見えてきた軍を目にした途端、吹っ飛んだ。実に20騎はあろうかという騎士団がドドドドって、こちらに向かって駆けてきてたのだ。
「フィン様!!こんな時間におひとりで出ていくなんて、無謀な事はよして下さい!!我々の首が飛びます!!」
ラブ二世に並び、騎士様が叫ぶ。
あ――そうだった。この人、未来の王様だわ。そりゃこうなるよね。
『私はこの人たちに手を出したりはしませんが?』
ボトルロックが心配して話しかけてくる。首が飛ぶって聞いて心配したのね。
「ボトルロック、大丈夫。飛ぶのは頭じゃなくて首だから」
そう言う意味ではない気もするけど。
ボトルロックの声は聞こえないはずなのに、後ろでフィン様がまた、ふッ……て吹いた。
「ラディズ、悪かった。今後こんな事がないよう、ユナには護衛をつけようかな」
フィン様は楽しそうに私に顔を寄せた。
「何で私!?」
「何名お付け致しましょうか?」
それを聞いた騎士様も乗り気だった。
「そうだなぁ……」
ユナは慌てた。騎士団に目をつけられるなんて、最悪!
「いや、要らないから!!あ、それならフィン様、私、学園に住みたい!」
「寄宿舎ですか。ああ、それはいいですね!」
騎士様はノリノリで同意してくれた。
「その手があったか……」
フィン様も思案してくれる。ウンウン、とユナは頷く。
「でもユナ、いいのかい?沢山の学生と一緒に住むことになるんだよ?」
ボトルロックの心配をしてるんでしょ?でも大丈夫!
「いい場所見つけたの!今度教えてあげるね!!」
「嫌な予感しかしないんだが……」
フィン様の呟きは星空に消えた。