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6話 宝探し

 それから2日後、テラから外出許可も出て、ユナはようやく王都から脱出した。

 今日はギルドのクエストは受けてない。新しいお家候補をちゃんと見ておきたかったし、出来ればエリアスのアイテムも、ゲットしたいからね!


「モルト爺!ひっさしぶり!!今日は薬草じゃなくて、家を見に来たの!」

 朝も早くからやって来たのはモルト爺の庭のある集落だ。ここなら気にせず暮らせるじゃない?魔物が埋まってる場所がちょっと近いけど、そこは我慢よ。

 

『ユナ。こりゃどういう風の吹き回しかの?今まで屋敷にゃ手も触れんかったのに』

 爺は薬草の事じゃないからちょっとつまらなそう。

「住む所がなくなっちゃったのよ。ここ、使用人の家ってあったよね?」

『あるにはあるがのぉ……お前さんが入るような場所じゃあるまいて』

「そう?住めれば何処でもいいわ」

『なら、屋敷に住めばいい』

「屋敷はねぇ……」


 ユナはこの屋敷に5歳まで住んでいた。思い出があるから屋敷には入りたくないけど……。

 ちょっと覗いた使用人の家は、ボロボロでとても住める状態じゃなかった。

「仕方ない。屋敷を覗くか」


 2階建ての屋敷は今もしっかりと建っている。鍵はシスター・メイが持っているけど、ユナは落ちた窓枠を跨り、中へと潜入した。

 室内には何も無い。お父さんが死んだあの日、私たち家族は、全てを売ってここから引っ越す予定だったから。


「誰かいる?」

 誰かって言うのは、勿論生きている者ではなく想いの欠片だ。でも、返事はない。それはここが浄化された屋敷であることを意味していた。

 お父さんはここを出るにあたって、しっかりと想いを昇華させて綺麗にしておいたのだ。

 

 聖女の涙。それを持つ者は、漂う想いを昇華させる事が出来るという。

 

 ただ伝えたいって想いの欠片なら伝えれば叶うし、伝えている間は、とても幸せらしい。でも、想いにも様々あって、叶う想いならいいけど、叶わない想いだって沢山ある。

 そんな叶わない想いを抱え続けるのはとても辛いらしい。だからお父さんやアンリンは、初代聖女様の残した聖女の涙を使って、想いを昇華させていたのよね。


 でも、少しくらいは残ってて欲しかったな、とユナは思う。だって寂しいじゃない?母のいないユナは小さい頃、みんなの想いに育てられたから。

 庭にいたモルト爺は残ってくれてたから嬉しいけど……まあ、私に付き合わせるのも気の毒だから、みんなが昇華してくれて良かったって思うけどね!


「さて。住めそうな所はあるかしら?」

『ユナ、本当にここに住むの?』

 屋敷を見て回っていたら、ちょっと薄っぺらになったアンリンが心配そうに声をかけてきた。

「寒い間だけよ。あ、でも居心地が良かったらずっと住むかもね!ここなら、毎日採集クエスト受けられるし!」

『爺の庭を禿げさせんでくれ……』

「ははっ!心配しないで。ちゃんと手入れするから」

 農園開拓系ゲームは好きだったのよね。

 

 幸い屋敷は中までボロッボロで、昔の面影が全くない。これなら感傷に浸らず住めそう。

「雨は凌げるけど、窓がこれじゃ風は凌げないわね。やっぱり補修しないと……」

 ユナは外から落ちた板材を集めてきて、とりあえず屋敷のエントランスにある階段の下の隙間を埋めた。

 これで晴れてユナもDIY女子の仲間入りだ。かくれんぼレベルだけど。

 

「ランプは欲しいな。着替え買ったから、中古でもあまりいいのは買えないけど。あとはブランケット!ああ、マロン様が実体化してくれれば気持ち良さそうなのに!」

 金のネックレスにはアンリンだけじゃなくてマロン様も宿っていた。でもそれは、ほんの小さな想いの欠片で、手乗りサイズだった。

 

 小さなマロン様はユナの肩がお気に入りの様で、いつもそこで辺りを見回している。眺めがいいからね。きっと冒険好きなんだと思うわ。アンリンのプラズマはギュッと凝縮していつもそのふもふに埋まって寝てる。羨ましい!

 

「そうだ、ワラを貰うとしよう!」

 狭い場所に敷詰めれば気持ち良さそうじゃない?……ん?何か私、そんなの見た事あるわ。

 ヤバい!ハムスターだわ!ウケる!


 ユナは、ひゃっひゃっと笑いながら屋敷を出て、また来るね!とモルト爺に手を振った。

 今からは冒険だ。ユナは腰にさした木刀代わりの棒切れを確かめた。


 エリアスが指示した場所は、屋敷の裏の木立の先にあった。あんまり近くて驚いたわ。

 ユナは木立の中のせせらぎに沿って上流へと歩いた。今日は寒すぎるから、水遊びはなしね。あ、ここに住めば、魚釣りもできるんじゃない?

『ワフッ!』

 子犬サイズに伸びた、うっすいマロン様が、めっちゃ嬉しそうに駆けまくっている。


 せせらぎは大きな流れと合流し、その小川はやがて小さな滝に突き当たる。ユナは上を目指して小川を逸れ、木立を登った。するといきなり目の前が開けてくる。

 ユナは木立を抜け、大きく息を吸った。

 

 森の香りも好きだけど、やっぱり風の香りは新鮮でいい。短い下草を踏み、ユナは森の中に張り出した見晴らしのいい崖の上に立った。

 ここからは王都が一望出来る。ユナは小さい頃、お父さんとここに来たことを思い出していた。

 

「ユナ、私たちは小さな人間にすぎない。全てを幸せにする事なんて出来ない。だからせめて、近くにいる誰かを幸せにできるように頑張ろうね」

 

 お父さんはとても優しい人だった。だから、誰かを幸せにする為の仕事をしてるって、私を育ててくれた乳母は言ってた。でも、その仕事のせいで、家にいる事は殆どなかったの。

 それでも、多分1週間に1度くらいかな、お父さん休みで、家に帰ってきてくれた日はとても嬉しかったな。

 なのに私、あの日、喧嘩して……。


『おい、そこの娘!この場所で何をしておる!出ていけ!!』

 ダミ声に振り向けば、でっぷりと太った王様風情の男の人がふんぞり返っていた。それは白銀のプラズマ、想いの欠片だけどね。

 

「恐れ入ります。すぐに出てゆきます故、お情けを」

 ユナはメイド服のスカートの裾を摘み、綺麗なお辞儀をした。

 貴族は礼儀に煩い。そのやり過ごし方を、ユナはオレリアンおじ様に叩き込まれていた。だけど、この人は更に高慢だったらしい。ユナに向かって手を上げてきた。

『ふっ、メイド風情が!儂の前に汚い姿を晒しおって、許さん!』

 うおっ!

 

 プラズマに質量はない。でも、だからって痛くない訳じゃないの。心が傷つくっていうの?その迫力にユナは思わず目を閉じ、首を竦めた。

 

『辞めろ!レオンシオ!』

 聞き覚えのある声が響き、ユナは恐る恐る目を開けた。

 

「エリアス……さん?」

 さんを付けたのは、そのエリアスがとても若かったからだ。

 フィン様と同じ位の歳かな?騎士の服を着たエリアスは、レオンシオっていう王様風情の男の首に剣を突き立て、チラッとこっちを見た。

『行けっ!』

 ユナはもう一度お辞儀をして、そそくさとその場から逃げた。

 

 でも、行く所は一緒なんだよねぇ。

 崖の上の大きな樫の木の根元。エリアスが示した場所だ。

 ユナが座って待っていると、すぐにエリアスは帰って来た。ユナを見て、呆気に取られている。

 

『お前……何故ここに。見えるのか?』

 こんな風に聞いてくる想いの欠片は珍しい。自分の想いを、ただぶつけたいってのが普通だから。

 

「見えるし聞こえるわ。助けてくれてありがとう!」

 立ち上がってお辞儀をすると、若いエリアスは樫の木に持たれて目をつぶった。

『いや……いい』

 照れてる!よく見るとエリアスってイケメンね。

 

『キャー!!ユナ、この子可愛い!!』

 ほら、アンリンが早くもキャーキャー言い始めてる。でも、耳元でキーキー言わないで!……あ、そうそう名前いわなきゃ。

 

「私、ユナ・ブラヴォーっていうの!あなたから頼まれてここに来たのよ!」

 ん?何か私、変な事言ってない?

『ブラヴォー……なるほど。君はルカ・ブラヴォーの親戚か?』

 若いエリアスが顔を上げた。

 

「ルカはお父さんよ!知ってるの?」

『ああ。しかし……娘?』

 想いは時間なんて気にしない。だから説明しなきゃ。

 

「えっと、あなたがここで寝てる間に時間が経ってですねぇ……ルカは結婚して子供が私」

『なるほど、そのようだな。私が見えるのだから、ルカの子で間違いないだろう。どのくらい経った?』

 ずっと思ってたけど、エリアスはとても物分りがいい。自分の事、想いの欠片だと分かっているみたい。

 

「それは、エリアスがオッサンになる位、かな?」

 実際お墓に埋まっているエリアスの歳は分からない。あの想いだって、いつ込められたか分からないし。

「ねえ、どのくらい経ったかは、私にこの事を頼んだもう1人のエリアスに会えば分かるかもよ?だから、あなたの宿った何かを私に預けてくれない?オッサンになったエリアスに渡してあげる!」

『オッサン……』

 どうしたの?頭を抱えて。

 

『先程、私に頼まれたと言ってたな、信じられんがな。私はここで決心したのだ。アルビーに剣を捧げると。二度と真の王に仇なす不正を許さないとな。だから私は王家の墓を見張る事にした』

 王家の墓?

 

 振り向けば、崖の上の方にはいくつかの石が置かれていた。……これかっ!!

 って事は、さっきのレオンシオって人も王家って事?フィン様のご先祖なの?あれ。……げ――っ。

 

『だが、ルカ・ブラヴォーの娘が言うのなら信じよう。彼には世話になったから』

「おお、ヤッター!お父さんありがとう!!」

 まさかここで、親のコネが役に立つとは思わなかったわ!

『礼は普通、俺に言うんじゃないのか?』

「あははっ!ありがとう、エリアス。で?お宝はどこ?」

『宝って、お前……。本当に俺が頼んだのか?こんな小娘に……』


 ブツブツ言いながらも、若いエリアスはユナに場所を示した。ユナは持ってきてた棒切れでそこを掘った。あれ?この棒って、この目的で持ってきたんだっけ?ま、役に立つからいっか!


 樫の木の根元から出てきたのは、綺麗に装飾された短剣だった。多分、貴族がお守りとして身に付ける類の物?でも、ちゃんと切れそうよ。きちんと油の塗られた皮で包まれていたから。


 じゃじゃーん!!ユナは、短剣を手にした!!

 あ、すぐにまた、墓に埋めるんだけどね。


「あ!ヤバい!急いで帰らないと、仕込みに間に合わない!」

『仕事か?』

「そうなの!ごめん、エリアスのとこに持って行くのは明日でいい?」

『構わん。仕事なら仕方ない』

 エリアスが答えた。紛らわしい!

 でも、即答するあたり、この人も仕事人間だったんだねぇ。


 

 それからユナは急いで王都に戻って、いつもの開店準備をした。途中でチコが店に顔を出したから、箒を渡した。

「あの小屋、どうしたんだよ。燃え落ちててびっくりだぜ。お前、今、ここに住んでんの?」

 チコは床をはきながら、野菜の皮むきで忙しいユナに話しかけてくる。見れば、ちゃんと椅子も上げてくれてるし……。騎士様なのに、めっちゃ慣れてるのが不憫。

 

「今日引っ越すわ。新しい住所いる?また郵便物があるなら、だけど」

「あー……あるかもだな。そろそろ王太子も相手を決めなきゃだろ?貴族ってなんでこう、舞踏会好きなんだろうな。あ、この間の手紙の返事、聞いてないけど何か不参加になってたぜ」

「そうなの?期限切れかな。ま、行く気無かったから別にいいよ。でも、派手な婚活だよねぇ。王太子も大変ね」

「あの御方なら問題なく相手を見つけるだろう。相手をする方が大変そうだ」

「確かに……」

 嫉妬がねぇーって呟くチコの横で、ユナは嫌味がねぇーって呟いていた。


 今日はちょっと早めにテラを起こして家に帰る事にした。家、遠くなったしね!

 テラはチコを見ると機嫌よく手を振ってくれた。

 ……あ、小屋燃えた事言ってないけど、まいっか!ご機嫌だし。

 寝起きでアンニュイなテラを見れて、チコも超ご機嫌だった。

 

 そして、王都の門まで歩く間、ユナが新しい家の場所を教えると、チコは送ってくれると言い出した。馬に乗れてラッキー!とばかりに、ユナは喜んでチコを家に案内したんだけど!

 

「お前……まじでこんな所に住むつもりか?」

 チコは屋敷を見て何故か愕然とした。あの小屋より、でっかくなったじゃん?何が不満なのかしら。

 

「送ってくれてありがとう!ポストないけど、今度から手紙はここに届けてね!」

 ユナが抜け落ちた窓から入ろうとすると、チコは慌てて手を伸ばしてきた。

「待て、お前。これをやるから、着てろ!」 

 チコは馬から自分の外套を下ろしてきて、ユナに差し出した。

 

「え――いらない。大き過ぎて着れないもん」

「気にするとこ、そこ!?」 

 無理やり外套を押し付けると、チコは帰って行った。

 

「まぁ、確かに暖かいわね。あ、ここ、暖炉あるじゃん。どうやってつけるのかしら」

『ユナ、この屋敷は……ルカはどうした?』

 屋敷の中を探検していると、エリアスが出てきてウロウロし始めた。ここ、知ってるのかしら?

「私が5歳の時に死んだわよ。でも、凄いでしょ!戻ってきたの。今日だけどね!ルカの娘が逞しく育っててびっくり?」

『ああ、驚いた……』

 

『ちょっと!ユナ!早くこのイケメンにアンリンを紹介して――!!』

『何だ!?これは妖精か?』

『アンリンよ!妖精だなんて、照れるぅ――』

「あ、そうだ、エリアス。ボトルロックを紹介するね!モルト爺も!」


 今日も楽しく眠れそう。ユナは月明かりに照らされた屋敷の階段下で、明日は暖炉にチャレンジしようと思いながら外套にくるまって目を閉じた。


 だけど……。

 それからどのくらい経ったのか……外套にくるまりぬくぬくと眠りについていたユナは、屋敷の扉を叩く、けたたましい音で起された。

 ちょっと怖かったユナは、こっそりと階段下から這い出し、入口の方を見た。外は昼間かってくらいに明るい。松明が幾つも焚かれているようだ。

 

 ……そして目に入るあの金髪。

 窓枠を飛び越え、映画の主人公の様に颯爽と突入して来た王太子様は、ユナを見つけて駆け寄ってきた。そして、膝を付き、いきなり抱きしめた。


「ユナ!無事で良かった!」

「へ?」

「店に様子を見に行ったら帰ったって言うし、小屋に行けば燃えて無くなってるじゃないか!部下に聞けばここにいるって……」

 フィン様の後ろから入って来たチコが、顔を逸らした。

 

「俺のせいだ。ちょっとシスターをゆさぶってみたから、こんな事に……。まさか、火を付けるだなんて思わなくて……」

 フィン様は何故かショックを受けているご様子。

「何?シスターをゆすったの??フィン様って結構悪人だったのね!」

「策士と言って欲しいな、ユナ。君は本当に……。でも、こんな寒い夜に1人で、こんな所に寝てるだなんて……」

 こんな所、ですって?

 ユナはフィン様を押しのけた。

 

「ちょっと!フィン様までこんな所呼ばわりしないでくれる?ここ、私の家なんですけどっ!!」

「ああ、ごめん。だけど……」

 フィン様はぐっと眉をひそめた。

 

「まさかユナ?また、気に入ったからここに住む、だなんて言わないよね?」

 フィン様はまたしても不機嫌モードだ。もう慣れたわ。

 

 ユナは唇に指を当て、うーんと首を傾げる。

「まあまあ気に入ってるってとこね。でも、暖炉もあるのよ!料理も出来るかもだし、住むには最高じゃない?」

 マシュマロ焼くくらい出来るかも?あ、この世界、マシュマロないわ。

 

 はぁ……とフィン様はあからさまにため息をついた。そしてユナを見て、更に不機嫌な顔をする。

「……ユナ、その外套は?」

「チコがくれたの。暖かいわよ?って!キャッ!寒いじゃない!!」

 

 外套は即座に剥ぎ取られ、後ろのチコへと放られた。代わりにフィン様の上等そうな上着が肩にかけられる。頬を膨らますユナに、フィン様は冷たい笑みを向けた。まるで般若のようだ。

 

「ユナ、どうやら俺は、君の事がかなり気に入っているらしい。気付いたからには、もう遠慮はしないよ。本気で可愛がる事にするからね」

 そんな怖い顔で言われても、全然嬉しくないんですけど!!

 

 その日、ユナは騎士団によって王都へと連行され、鬼の如く怒り狂うテラに引き渡されたのだった。

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