4話 金の鎖
次の日からユナは、朝と晩にエリアスから剣術を習う事になった。
『木の棒……ですか……』
「木刀、なかったんだよ。お土産屋さんないし」
『ユナ、木刀は武器屋じゃ』
オレビンオヤジが突っ込む。
「そうなの?」
修学旅行のイメージしかなかったわ。でも、武器なら尚更買えない。高いに決まってる!
エリアスは木の棒でもユナに優しく剣術を教えてくれた。
墓場で素振りをするユナを孤児院の子供が指さしているけど、気にしない!体を動かす事が好きなユナは、すぐに剣術に夢中になった。
その日からユナはとにかく忙しい毎日を過ごした。メイクの幅を広げたからか、周りにドン引きされながらも採集クエストをこなして、その後、急いでテラの店の開店準備をする。勿論、剣術もね!
冬って餌がないからか、採集クエストの途中で何度か魔物に襲われたけど、エリアスの指導の成果か、前みたいに蹲るだけじゃなくなった。まあ、ボトルロックがやっつけてくれるんだけどね!
たまにチラッと金色の綺麗な髪とマロン様の首にかかっていたネックレスを思い出すけど、あんな可愛い子を悲しませるなんて事したくないから、キッパリと諦めた。
でも、それから1週間後。諦めたはずのネックレスは、あちらからやって来た。
かなり寒くなったその日の朝。ユナはちょっと調子が悪くて、ギルドに行くのは諦めて小屋の中で蹲っていた。
扉を叩く音に、ビクリと体を跳ねさせ、ユナは目覚めた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。お日様の高いうちから寝るなんて恥ずかしくて、慌てて立ち上がろうとして……そのまま転けた。
「わっ!」
「大丈夫か!?」
ユナの悲鳴に、誰かが小屋に突入して来た。見上げれば、若い騎士様みたいだ。
ユナと同じ位の歳の、何処か頼りない騎士様は、失礼しまぁーす!と言いながら、ユナに手を貸し座らせてくれた。
ボトルロックの事がバレたのかなぁ……フィン様の手先かもしれないとユナは眉を潜めた。この前の事で、どう考えても私のイメージは最悪でしょ?
「お前、熱あるじゃん。医師を呼ぼうか?」
おデコに当てられた手が冷たくて気持ちいい。
「平気よ、ありがとう!それより何か用があるんじゃないの?」
ぼんやりとそう言うと、若い騎士様は立ち上がり、ビシリと敬礼した。
「わたくし、アルベルト・チッコリーノと申しまして、騎士団の末端を担う、将来有望の新米騎士なのですがぁ、この度、王城の配達員を任されまして、先に行われる舞踏会の招待状を配ってましてぇ……その、間違えたみたいでさぁ」
なんだ。所属は郵政省か。よく見れば、誰かと違って、赤毛にソバカスというモブ感が親しみがあってとっても好印象だった。
「ああ、あれね。そのテーブルの上にあるよ」
ゲーム盤の下敷きみたいになってて忘れてたわ。
「テーブル?これっすか?」
おお!と言いながら、チッコリーノはテーブルの上に置いてある手紙を取り、掲げた。
「未開封とは有難い。これで怒られずにすむよ!ところでお前、ユナ・ブラヴォーっていう伯爵令嬢を知らないか?孤児院で聞いたらここに住んでいるって言われたから、手紙置いたんだけど……今日、返事が来てないって上司に怒られてさ。よく考えたらここ、人が住むとは思えないじゃん?」
「ユナは私よ。ここに住んでるんだけども!」
「え?……ええ!?本当にここに?物置じゃなくて?嘘だろ!?」
チッコリーノが思い切り引いた。物置ですって?ユナは頬を膨らませた。
「何驚いてるの?失礼ね。私、めっちゃ気に入ってるんですけどっ!!」
「いや、そういうレベルじゃないと思うぞ。そりゃ体も壊すわ。待ってろ、すぐに医者を呼んでくるから」
「え!?待って!!チコぉぉぉ――!ッゲホッ」
喉の痛みを押してのユナの渾身の叫びも虚しく、チッコリーノは慌ただしく出て行った。
『ユナ。閉じこもって何をしてるのかと思ったら、寝込んでいたとは。無理のし過ぎじゃ』
気がつけば、おじ様たちが入って来ていた。
「寝てれば治るの!私、めっちゃ頑丈に出来てるから」
風邪だって引いた事ないし!
ユナはチコを探しに行こうと立ち上がる。だけど、扉を塞ぐように、プラズマが集まってきてた。
『これ!何処へ行く。寝とらんか!わしらをこれ以上心配させるな』
『エリアスの顔をみろ!責任を感じて今にも首を切りそうな勢いじゃぞ!』
「もう死んでるのに!?」
うーん。でもこれじゃ寝てるしかないじゃない。
「うう……寒くなる。お財布が……」
ユナはわらのベットに丸くなった。
そらからまもなくチコが帰って来る。
速いな、と思っていたら……。チコの後から入って来たのは、医者ではなく例の王太子様だった。
「ふぅーん。君、伯爵令嬢だったんだね。あまりに可愛らしい姿をしてるから分からなかったよ」
今日もキラキラと眩しい笑顔で、フィン様は皮肉った。何故かちょっと怒っているみたい。
「……暇なの?」
「失礼だね。頭を切り落とされた魔物の死体がこの周辺に集中しているから、ちょうど調べていた所だったんだよ。君、何か知らない?」
そして、嬉々として上司の役に立とうと手を伸ばしたチコを抑えて、いきなりユナを抱え上げた。
「うわっ!いきなり何するのよ!」
ユナは驚いてフィン様の背中を叩く。
「あ、動くから腕が当たってしまったよ。ごめんね」
そう言いながら、フィン様は抱きかかえたまま、器用にユナの頭からモブキャップを外そうとする。ユナは必死でキャップを死守した。
「ちょっと!!絶対、わざとでしょ!?」
チコが2人の様子を見て目を丸くしてるじゃない!
「チコ!お願い、助けてよ!」
だが、モブはモブでしかなかった。
「底辺の騎士にそれを頼むとは、見当違いもいいとこですぜ」
外に出ると村人が数人、何事かと顔を寄せあって見ていた。ユナはじたばたともがいて、ようやくフィン様の手から逃れると、ラブ二世へと駆け寄った。
「孤児院に君の部屋があるんだろ?そこに……行かないのか……」
フィン様はどこか呆れてる。
「テラのとこに連れてってくれない?」
「こんな時まで仕事か」
「何で知ってるの?怖いわ!」
だが、ユナが元気だったのはここまでだった。ラブ二世に自力で乗ったユナは、体が震えて動けなくなった。寒くて体がガタガタと震える。
「馬車を用意すべきだった。不覚だ」
「馬車になんて絶対に乗らない……」
馬車にはいい思い出がない。って言うか、トラウマレベルで嫌だ。
「君は1人でどうするつもりだったんだ?……危ない!」
何となく眠いわ。ギュッと抱きしめられる感覚が冷たくて心地いい。そう思いながら、ユナは目を閉じていた。
「頭痛い……馬の上で寝ちゃったからかな」
目を開けたら見知らぬ天井が見えた。
「寝てた、ね。あれは意識を失ったって言うんだよ。君は区別もつかないほど頭が……もういい」
枕元に何か眩しいのがいるなぁと思ったら、普通に騎士団の上着を脱いだだけの王太子様だった。逆に素材の美しさが引き立たってて、とても尊いお姿だ。
けど、この人、なぜかユナには冷たい気がするんですけど?
フィン様は不機嫌そうに部屋を出ていき、すぐにテラを連れて戻ってきた。ちゃんとモブキャップもそのままだし、テラの店に連れて来てくれた。ユナはちょっとだけフィン様に感謝した。
「ユナ。言いたい事は沢山あるけど、起きれるのだったらこれを飲みなさい」
「ごめんなさい」
ユナは起き上がって、テラに渡されたミルクをちびちび飲みながら謝った。仕事、休んじゃったしね。
ミルクには薬が入っているのか、ちょっと苦かった。
「見ての通り、ユナはもう大丈夫ですわ。ですので、もうお帰りになったらいかが?王太子殿下」
テラの口調はちょっと厳しめだ。もう夜みたいだし、お客様を放って出てきたのだろう。王太子の護衛とかが営業の邪魔をしてるのかもしれない。
だけど、フィン様は再びユナの枕元に座った。
「ええ。用事を済ませたら帰ります。ユナと言ったね?君に渡す様に頼まれている物があるんだ。手を出して」
フィン様はユナからコップを取り上げると、懐からあのネックレスを取り出し、ユナの手に乗せた。
息を飲むユナに、フィンは続ける。
「約束だからね。ミーアは自分で持って行くと張り切っていたんだけど、俺たちの都合が合わなくてね」
ミーアって言うんだ、あの子。めっちゃいい子ね!
「ユナ……それ、見つかったのね!良かった!!」
ユナの手の中の金の鎖に気付いたテラが、フィン様を押しのけていきなり抱きしめてきた。ユナはここでやっと実感が湧いてきて、嬉しくて思わず泣きそうになった。
ユナは照れ隠しに、何事かと目を瞬かせるフィン様に一応報告する。
「これ、私の両親の形見なの。ありがとうってミーアに伝えくれると嬉しいわ」
「形見……」
「そうなのよ!この子、ひとつしか残ってない両親の形見を売ってしまったのよ!私、知らなくて。……商人に仲買してしまって、後から凄く後悔してたんだから!」
大丈夫って言ったのに、テラはずっと気にしてたのね。
「おかげでテラと仲良く出来て、私はとても嬉しいんだけど?」
ユナが言うと、テラは感無量って感じで抱きしめてくれた。
「ユナ、あなたって子は!!」
ぎゅううう。
ああ!豊満な胸に抱かれる幸せに、意識がとびそうよ!
「どうしてそんな大切な物を売ったりしたんだい?」
喜ぶテラとは対照的に、フィン様は眉を寄せていた。
どうしたのかしら。本当にこの人、王太子様かしら?って思うくらい、不機嫌さが顔に出まくってる。
「ほら、何年か前、今年みたいに凄く寒い冬があったじゃない?薪がすんごく高くなって、孤児院の子供たちが寒がっていたのよ。だから売ったの」
フィン様の眉が更に寄る。いい話だと思ったのに、残念。
「まさか……そんな理由で?確かに魔物も多くて、森に入れない年があったって聞いた事があるが。すまない、国が補助するべきだった。今年はそんな事がないように努めるよ」
あら、こういう時はちゃんと王太子に見えるわね。
「しかし、君はその時、まだ孤児院にいたんだね?」
振られたユナは正直に答える。
「ん?ああ、そうなの!理不尽だと思わない?ネックレス売ったらめっちゃ怒られてさ、お仕置小屋行きよ!」
シスターは私がいくらこれは両親の形見だって説明しても、盗品でしょ、いけない子ねって、問答無用で小屋に閉じ込めたのよ。
「まあ、お陰であの小屋の素晴らしさに気が付いてね。今はパラダイスだけどね」
「ふうーん。パラダイスね。外側にしか鍵のない小屋が楽園とは、君は余程図太い神経を持ってるんだね」
「図太いとは失礼ね!」
訂正するわ。王太子は嫌味な人よ。
頬を膨らませるユナはそのままに、フィン様はテラに向き直った。何故かテラはとても静かだ。何か我慢してる?
「テラ様、お聞きしたいのですが、彼女の保護者はあなたですか?」
「違うわ。孤児院のシスター・メイになっているはずよ」
「私の部下がね、ご令嬢の住まいが物置小屋だったって言うから、気になってね」
途端にテラの形相が変わった。
「物置……ユナ!まさかあなた、あの小屋に住んでいたの!?……あのクソ修道女!もう許さないわ!」
怖い!!絶対誰かが殺される!!私じゃないといいけど!!
「テラ、違うのよ。私が住みたいって言ったの!」
「いつから住んでるのかな?」
王太子が要らぬ茶々を入れてきた。
「そうよ!そんな大切な事、いつから私に隠してたの!?」
「さぁ……忘れたわ」
ユナは目を泳がせた。まぁ、かれこれ8年近くになります。なんて言えない。
「今から孤児院に行きましょう。1発殴らないと今日は本も読む気にもなれない」
テラは立ち上がった。その1発で、シスター・メイは昇天するに違いない。ユナは焦った。
「護衛がいるでしょう?同伴するよ」
フィン様も立ち上がる。それはどっちの護衛?フィン様、貴方、騎士団長でしょ!?止めて。
「大丈夫よ。護衛なら下に沢山いるから」
「テラ、冒険者を連れて行くつもり!?」
「あなたが寝込んだって聞いて、みんな心配してるわ。厳選するのが難しいわね……」
何をどういう基準で厳選するのか……。あまりに物騒な様子にユナは慌てた。
「待って!!本当にシスターのせいじゃないの!私のせいなの!」
「ユナ?どういう事よ。ケンカでもしたの?」
そこでケンカが出てくるあたり、私のイメージが……。あながち間違ってないけど。
「してないけど、するかもしれないでしょ。そしたら、大惨事じゃない?だから孤児院を出る事にしたのっ!」
「大惨事って、あなたどんだけ乱暴なの?……ああ、ボトルロックね……」
テラは再びユナのベッドに腰掛け、ユナを抱きしめた。
「ボトルロックが出てくるのは、あなたが危ない時だけなんじゃないの?」
その声は優しい。
「そうよ。でも、子供って何をするか分からないじゃない?それに、私だって、つい怒ってしまう事もあるし、もし、ケンカになってしまったらって思うと怖いじゃん?」
私ならこんな危険人物、近づきたくはないわ。手を出した途端に頭チョーン、なんてね。
「だから、ここに住みなさいって言ったでしょ?」
「ここだって一緒よ、冒険者は荒いから。まあ、私も喧嘩っパヤイから人の事は言えないけど。って言うより、本当にあの小屋、最高なのよ!絶対にこれだけは譲れないわ!!」
「ユナ、それ、本気で言ってるの?」
テラは体を離して凄む。ああ、怒った顔もとても美人だわ。ハマりそう。
「本気も本気!!……まあ、ちょっとだけなら、豪華にしてくれて構わないけど?」
ユナがニヤリと笑うと、テラは頭を抱えた。
「はぁ……考えとく」
「すまないが、そろそろ彼女を休ませた方がいいと思うんだが?」
ここでフィン様がテラに流し目を送った。テラから何か聞き出したいみたい。きっとボトルロックの事ね。あーあ、結局バレちゃった。
「……そうね。ユナ、治るまではこの部屋で大人しくしとくのよ。動いたら許さないから」
「私、いい子よ。ちゃんと寝てるわ」
「言質はとったからね。もう寝なさい。おやすみ、愛してるわ」
テラはユナのおでこにキスをして、フィン様を部屋の外に促した。
そういえば、フィン様にお礼を言ってない。ユナは部屋を出ていく金髪の美青年に手を振った。
「フィン様。今日は色々と余計な事をしてくれてありがとう!」
フィン様は振り返り、少し笑った。
「初めて名前を呼んでくれたね。それだけで涙が出るほど嬉しいよ。お休み、ユナ」
ユナって……!
名前を呼ばれるって何だか特別な感じがしていいわね。気持ちがふわふわする。
きっと熱のせいだけどね!
暗闇の中、目を瞑ればボトルロックの声が聞こえる。
『ユナ。私は無闇に人を殺めたりはしない。信じてくれ』
「もちろん、ボトルロックの事は信じてるわ!信じられないのは自分自身の方よ。だって、私、極悪人かもしれないじゃない?」
二ヒヒとユナは笑う。
「ボトルロックには誰も傷つけて欲しくないから、私、これからも頑張って大人しくしとくよ!安心してね。……にしても静かね。落ち着かない」
いつもみたいに、賑やかな方がユナは好きだ。
「おじ様たち、心配してるでしょうね……エリアスが自決してないといいけど」
『エリアスなら大丈夫ですよ』
ボトルロックがクスリと笑った気がした。
「そうね。でも……帰りたいな」
静かすぎると怖くて眠れない。
でも耳をすませば、階下の雑踏が聞こえて……。
ユナはウトウトといつの間にか眠りについていた。