3話 ふたつの魂
フィン・ティアラ17歳。
ティアラ王国の国王、アルビー・ティアラの妾、エレの子。15歳にして騎士団入団、直後、魔物討伐において多大なる成果をあげ騎士団長就任。1ヶ月前に起きた王都魔物襲撃の際には、騎士団だけでなく、冒険者までも纏めあげた人徳者であり、功績者。
剣の腕だけでなく魔術の腕も素晴らしく、現在、この世界で1番入学が難しいと言われる、ディディエラ・ティアラ学園の高等部に一応席があるらしい。
これがユナの知るフィン王太子のプロファイリングだ。
「ユナ、早く帰らなくてもいいの?って、顔に何かついてるわよ?益々ブサイクになってる……」
ユナが馬蹄の泥亭の開店準備をバタバタとこなしていると、テラが珍しく支度をして2階から降りて来た。
「ん?これは気にしないで。ソバカスだから。今日はちゃんと起きたのね、テラ。珍しい!」
「怒られちゃったのよ、門兵長さんに。昨日、魔物が出たんですって?ユナに何かあったら許さないぞ!って。怖かったんだからぁ」
「ははっ。一応気にしてくれたんだ。でも、テラも知ってるでしょ?私、悪運強いから大丈夫!」
テラにはボトルロックの事は伝えている。ユナの守り神は死神だってね!
「でも、いつまでもその運が続くとは限らないでしょ?ねえ、そろそろウチに住みなさい。いくら孤児院が良くても、王都で仕事を続けるのなら引っ越すべきよ」
「うーん。でも、居心地いいんだよなぁ……」
テラにはユナが小屋で一人暮らしをしている事は伝えていない。知ったらきっと、引っ張ってでも王都に連れ帰ると思うんだよね。
「ま、そのうちお世話になるかも?でも、今日は帰るね。ぼんやりしてる間に暗くなりそうだし」
冬が近づくと夜が早い。こんな日に星空を見上げるなんて、ちょっとエモくない?墓場で、だけど。
「ユナがぼんやりなんて珍しいわね」
「ふっふー!今日ね、なんと!黒馬に乗った王子様に出会ったの!話、聞きたい?ね、聞きたいでしょ?」
「それはまた今度。楽しみにしてるわ。今日は気をつけておかえり。……ユナ、愛してるわ」
テラはいつも愛してるって言ってくれる。美人で色気ムンムンのテラが言うから、ユナはちょっと赤くなってしまうけど。
ユナはその日、ふわふわした気分で足取りも軽く家へと帰った。
最強の王太子様との偶然の出会いなんてラノベ展開。最高でしょ!!
だけど、その数日後。思わぬ形でユナは王太子と再会した。
……少し寒くなった夜の事だ。
テラに貰ったお下がりのストールにくるまって寝ていたユナは、扉を叩く音で叩き起された。
「誰?……うう……寒い」
ユナは真っ暗な室内を扉の方に歩いていった。凄いでしょ、家の中なら目をつぶっても歩けるのよ。3歩だけど。
「すまない。誰かいるかい?」
その聞き覚えのある声に、ユナは嫌な予感がした。
「誰もいません」
ユナは鼻をつまんで答えた。
「いるじゃないか。鍵、かかってないよ……ん?鍵は外にあるの?面白いね……入るよ」
そう言い、騎士様は小屋の戸を開け、勝手に入って来た。
幸いモブキャップも特殊メイクもそのままだったユナは、ちょっと綻びそうになった顔を引き結び、その美しい男を見上げた。
今日はお忍びだからか、暗い色のローブを頭から被っていて、残念ながら綺麗な金髪は見えない。
「失礼な人ね。こんな夜中に何の用?」
出来るだけ声色は変えたつもりだけど。……見られてる。めっちゃこっち見てるわぁ……ランプ掲げて。
「眩しいからそんなに光を当てないでくれる?」
ユナを疑いの眼差しでガッツリ眺めた後、その騎士様……王太子フィン様は口を開いた。
「あ……いや、すまない。実はね、私の大切な友人が亡くなってしまってね、埋葬場所を探していたんだ。ここに埋めてもいいだろうか」
少し体をずらせば、後ろにフィン様と同じ様に黒っぽいマントを被った女の子が見えた。小さな顔に大きな目。ユナと変わらない歳くらいの、お人形さんみたいに可愛い子が、泣きながら立っていた。
いつもは生者の想いには耳を塞いでるんだけど、彼女の強い想いが否応なしに耳に入ってくる。
『マロン様……。いっちゃ嫌、マロン様……』
彼女の近くに大きなワンコの形をしたプラズマが寄り添っていた。
「なるほど、困ったわね……ワンコを一緒に埋めたら皆が嫌がらないかなぁ……」
この墓地に埋まるのは、気のいいおじ様だけではない。
「皆って?それに、犬だってどうして分かるの?」
ユナの呟きを耳聡く聞いたフィン様が仰る。
「なんの事?」
とぼけるユナに痺れを切らしたのか、外で待っていたもう1人の長身の男が顔を出した。ローブを被ってても分かるそのオーラ。王宮魔術師のルービー様だ。
最強の王太子フィン様と魔術師ルービー様はいつも一緒。……って、夜まで!?
「フィン。もういいだろう?シスターは好きに埋めていいと言ったじゃないか」
ルービー様の腕には大きなわんこが抱えられていた。この子が亡くなったマロン様みたいね。
「気になるのだったらこの小屋に声を掛けろ、とも言ったね」
フィン様はあくまでもユナを連れ出したいらしい。
……と、そこで、ユナはマロン様の首に目が釘付けになった。そこに見覚えのあるネックレスがかけられていたからだ。
なんの装飾もない、ただ輪っかを繋げただけの金のネックレスだ。だけど、この世界の技術にしては、とても細やか。地味で目立たないけど、それは小さなペンダントトップを引き立てる為に造られたネックレスだから。ペンダントトップは今はついてないの。
「分かった。いい場所を教えてあげる。その代わり、私にそのネックレスをちょうだい!!」
ユナの指差す先を見て、途端にムッと顔を顰めるフィン様。王太子様っていつも微笑みを讃えてるイメージだったけど、こんな顔もするんだ。
「シスターはお前に気をつけろとも言った。それは、そういう意味なのか?副葬品を要求するとは!」
シスターは何かにつけて、ユナを盗人呼ばわりするんだよね。盗んだ事なんて1度もないのに。……まあ、父さんが副葬品に手を出したのは本当らしいから、仕方がないけどね。
でも諦めたユナに、横にいた女の子が顔を上げると身を乗り出して訴えた。
「差し上げますわ!ですからマロン様をどうか早く休ませてあげてくださいまし!」
フィン様は眉を顰めててたけど、ユナは頷いた。
この子には悪いけど、そのネックレスは二度と手放したくないから。
「約束よ。じゃ、こっち。着いてきてちょうだい」
歩きながらユナは、辺りを漂うプラズマに語りかけた。ワンコを埋めてもいい?って。
『ユナ、わしの隣に埋めるがいい。わしは犬は好きじゃ』
オレリアンおじ様がシルクハットを振ってオッケーしてくれた。
「ありがとう。さすが紳士!助かるわ」
小声で許可を貰うと、ユナはオレリアンおじ様の墓の近くの隙間を示した。この墓地、大人気の墓地だから、人口密度高いのよね。
ルービー様はマロン様を近くに下ろすと、フィン様の持ってきたスコップで2人、穴を掘り始めた。
ユナはその間、隣でずっと泣いてる女の子をぼんやりと見ていた。この子は2人の王子さまに守られて幸せだなぁって。あ……ごめん。マロン様、あなたもしっかりと守ってるわよ?
女の子の周りをマロン様はぐるぐると心配そうに回ってる。魂はもうここにはないと思うけど、彼女を気遣う健気な想いに、ユナはどうにかしてあげたくなった。
「マロン様が心配してる。泣いてばかりじゃだめよ」
ユナが言うと、女の子は目を擦り顔を上げる。
「マロン様が?」
本当に可愛い子だ。こんな子なら、誰だって守ってあげたいって思うよ。
「マロン様はあなたの事大好きだったみたいね。だから、あなたもずっと大好きだって伝えてあげて。そしたらきっとマロン様も安心するから。だって、死んだ者の愛は永遠だもの」
ラブよラブ!!
ユナはそういった愛の形を、沢山目にして来た。生者に寄り添う想いの欠片はとっても多いから。
彼女はこくんと頷き、祈りを込めて目を閉じた。
マロン様は喜びにシッポをブンブン振ってる。ユナは切なくなって鼻を啜った。
『ユナ!魔物だ!』
その時、オレリアンおじ様が急に叫び声をあげた。
見れば女の子のすぐ後ろに、大きな狼獣が獲物を狙って、静かににじり寄って来ていた。フィン様とルービー様は穴を掘るのに夢中で気づかないし!
咄嗟にユナは女の子を突き飛ばした。
「キャッ!」
女の子の悲鳴に気付いた2人がこちらを向く。
「お前っ!何をする!!」
スコップを投げ捨て駆け寄る2人の前に、その獣は飛び出した。つまりはユナの真正面だ。
途端……。
「ギャン!!」
獣の首が飛んだ。
でもその胴体は、止まることなくユナにのしかかってきた。
――衝撃は来ない。ユナの体は黒い影に覆われていた。
「ボトルロック……見つかっちゃう……」
真っ黒な影の中でユナは呟いた。
『小屋まで走ってください。疑われる前に』
それは一瞬の出来事。
影から出たユナは、体勢を整え、ガクつく脚で必死に家を目指した。急いで扉を閉めると、ボトルロックがテーブルを動かし、扉を塞いでくれた。とにかく誤魔化さなきゃ!
「おい!お前!大丈夫か!?」
フィン様の声だ。扉を押される。
開かないと分かったのか、ドンドンとめっちゃ叩かれた。
「平気。場所は教えたからもういいでしょ?」
「だが、君は……」
「夜中に騒がないでよね!迷惑よ!!」
あまり騒ぐと、シスターが起きてきちゃう。
ユナの言葉に、フィン様は戸を叩くのをやめて静かになった。そして……足音は遠ざかっていく。
少しして、扉の向こうから、女の子の小さな声が聞こえた。
「助けてくれてありがとう。お怪我がない事を祈りますわ」
「あなたもね……」
ユナは呟いた。
ユナはドキドキと煩い心臓が治まってから、灯りを付け、部屋の隅に蹲った。
『ユナ……悪かった。見られてしまった』
ふわりと影が揺れる。ボトルロックが喋るのは珍しい事。こんな時だけど、ちょっと嬉しくなってしまった。姿は見えないけど、ボトルロックが気遣ってくれてるのはその声音で分かるし。
「ボトルロックはみんなには見えないから、きっと平気よ!それより、いつも助けてくれてありがとう!」
ユナはボトルロックがここにいてくれて良かったと微笑んだ。
『礼には及ばない。だが、ユナ。自身の身を呈して他人を助けようとするのは、今後してはならないよ』
「どうして?」
『それは……』
ボトルロックが言い淀む。そして、何かを決心したように口を開いた。
『それは、もうすぐ私がいなくなるからだ』
「どういう事?」
ユナの心臓が跳ねた。
ユナは膝を抱え、自分の影を見つめる。
すると、少し間を置いて、そこからズルりとボトルロックが現れた。
その赤い目だけじゃ感情は分からない。でも、ボトルロックが緊張しているのがユナには分かった。
『事情を説明するには、君の前世の事から話さねばならないが……いいのか?』
ユナは大きく頷いた。
ユナの前世の名前は佐倉由奈。
同姓同名の女の子と一緒に、崖から転落して死んだのだと言う。
1人は巻き込み自殺を図った悪人。もう1人はそれを助けようとした善人。
魂を回収した不慣れな天使は、ふたつの魂の区別がつかず、どちらも冥界に送ってしまい、天界で大問題となったらしい。
そして、決まった対処法が、2つの魂を精査する事だという。
魂は中途半端に浄化されて見分けがつかないが、その性質はそうそう変わるものではないらしい。同条件の場所に転生させ、16歳まで普通に生活させ、その後、性質を見極め、正しい道へと修正するといったものだった。
「じゃ、この世界にもう1人、私と同じ名前の人がいるって事?」
『名前は親からの贈り物だ。同じではない。だが、産まれた時の条件は同じになるように合わせてあった』
「なるほど。その子にも、ボトルロックと同じ様なガードがついてるの?」
『同じ様な、ではない。同じだ。私は同時に向こうにも在り、お前たちが無事、16歳を迎えられるよう、見守っている』
「そう……嫉妬しちゃうわね」
ユナの言葉にボトルロックはふっと笑った気がした。
『ユナ、16歳までは君を守れる。だが、その後は……』
その後の事なんて聞きたくなかった。だって、ひとりぼっちになるって事でしょ?
「私、きっと裁かれてしまうと思うの。だって、さっきの女の子にも嫉妬して、今聞いた知らない誰かにも嫉妬してるし……。私、いい人になりたいって思ってるのに、自分の事ばかり考えてる嫌な子なの」
ボトルロックは何も言わない。
ボトルロックがユナを守ってくれるのは義務だからだ。それが酷くユナの心を苦しめた。
「ボトルロック、今まで付き合ってくれてありがとう。これからは手をかけないように、私、頑張るよ」
だから、見捨てないで。そう言いたかった。
でも、急に涙が出てきて……。
「魔物が怖かっただけだから!」
ボトルロックがいてくれるのは、後ちょっとだと思うと、また涙が流れる。こんな時は寝るに限る!と、ユナは横になって丸くなった。
「一晩寝れば全ステ回復するんだよね。私、単純だから」
明日になれば、また、ワクワクする様な冒険をすればいい。
ユナはストールに包まり目を閉じた。
『ユナ……私は……』
微睡みの中、ボトルロックの謝罪が聞こえた気がした。
翌朝目覚めたユナは、ちょっと、どよんとした気分でマロン様のお墓を見に行った。
「あの子、ショックだったよね……私がもっと上手く誤魔化せられたらよかったんだけど」
お墓は整えられ、花が添えられていた。襲って来た魔物も、きれいさっぱり片付けられている。
「全部夢だったらいいのにな……」
そうすればきっと、今もふわふわした気分で王子様との偶然の出会いを喜べたと思うの。でも、ユナは知ってしまった。自分が16歳で消えちゃうかもしれないって事を。万が一残ったとしても、そこにはボトルロックはいない。だから……。
「こうしちゃいられないわ。自立よ、自立!」
ボトルロックがいなくなるまで半年もない。その後の事など、ユナには想像がつかないから、今は、今まで散々お世話になったボトルロックを安心させなきゃって思う。
ユナは頬を叩き、気合いを入れた。
『ユナ。ボトルロックが居なくなっても、わしらがおるから寂しくはないぞ!』
オッサンたちのエールが渇いた心にしみる。
「ありがとう。期待してる!でも、やっぱり何か始めるべきだと思うんだよね。誰か私に剣術を教えてくれない?」
『ユナ!?』
みんなの反応が面白い。
「ボトルロック、安心して。冒険者たるもの、戦えないとね!」
別に冒険者を目指してる訳じゃないけど、ノリよノリ!!
『ならば、私が指南しよう』
声を上げたのは、渋い声のガッチリ系プラズマ。ごめん、形容し難いのよね。色がないから。
「おお!いつかの騎士団っぽいお方。ニューフェイスね!」
『エリアス・ガルシアと申します』
「かっこいい名前。なんか強そう!」
『ふっ。名前に負けていない事を証明しましょう』
『ユナ、魔法は覚える気はないか?』
「魔法!いいねぇ」
『学問ならワシでも教えられるぞ!』
「あ、それ、いらないかも……。ははっ!冗談よ。そんな顔しないで、オレビンさん!」
皆がいてくれて良かった!ユナは心の底からそう思っていた。
「私、強くなりたいの!頑張るから、皆、よろしくね!!」
ユナは今日は眉毛を太く書いてから木刀を探しに行こうと決めた。




