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ユナとフィン様とみんなの日常

 その日ユナは、学園のとある教室に閉じ込められていた。

 

 ここは幽霊が出ると噂される家庭科室のような部屋。ユナはまだ学園に慣れてなくて、大人しそうな女子に、次の教室よ!と案内されて……鍵を閉められた。

 扉をガチャガチャしても、向こうから鍵をかけられては、どうする事も出来ない。

 

「あっちゃー。またやられた……」

 フィン様との婚約の話が白紙に戻された途端にこれだ。ユナはフィン様の人気の凄さを思い知った。

 

 でもユナ、怖くありません!何故ならここにいるのは幽霊ではなく、可愛いプラズマさんだからです!

 

「アンナマリア!久しぶりに来たよ!また、何か作ろうよ!」

 ユナが部屋の中を見渡すと、地味目の女の子のプラズマが顔を出す。

『あなた、バッカじゃないの?何でまたイジメられてんのよ!』

 ひと言目から辛辣です。


「え――。だって、フィン様が最初からやり直したいって言うからさ。ユナ、面白そうだからのったの」

『なにそれ。まあいいわ……せっかく来たんだし。で?今日は何作るの?』

 アンナマリアは作るの大好きっ子だ。ユナは、喜んで作業テーブルに着いた。

 

「クッション作る!ミーアにあげたいの!」

『じゃ、その子の好みを教えて。デザインを考えるわよ!』

 

 ミーアの好みは、ユナの家に来た時の服装で何となく分かっていた。ルービー様が大人っぽいから、合わせてる感じだけど、小物とかを見る限り、絶対可愛い系が好きに違いない!しかも全部犬モチーフよ!


 ユナは黒板にマロン様を描いた。アンナマリアが覗き込み首を傾げる。

『……熊?』

「犬よ。よく見て」

『何で無防備に立ってるの?胴体は星なの?』

「じゃ、顔だけにする?」

『鼻の上に口があるから、これは却下ね』


 結局アンナマリアデザインで犬の顔ドアップクッションを作る事になり、ユナはサクッと生地を裁断すると、アンナマリアの指定した下書きに沿ってチクチクと刺繍をし始めた。

 

『今日も王子様が救出に来てくれるのよね?』

 アンナマリアは何かを期待してるみたいだけど。

「フィン様、今日はお仕事なんだよね。アルっていうドルバの王様が、明日、国に帰るから、なんちゃら和平条約の制定とかで忙しいんだってさ。ミーアも今日は結婚式の準備でいないし、ユナ、詰んでるの」

『……そう。じゃ、気長に待ちましょ』


 昼過ぎには刺繍も終わり、縁を縫って綿の代わりの端切れを詰めて。

「出来た――!!」

 ふかふかマロン様クッションの出来上がりです!

 

『可愛いわね!』

 アンナマリアも大満足です。

『素晴らしい!ユナ、商店に出してもおかしくない出来ですぞ!』

 オレリアンおじ様は分かる人ね!でも褒めすぎよ!

  

『では、そろそろティータイムに致しましょうか』

 執事ジョンのこの合図で、プラズマなユナの家族たちがゾロゾロと出てきて、思い思いにくつろぎ始めた。ウーラとトーラがクッションをキラキラした目で見てて、アンナマリアは凄く嬉しそう。良かった!

 

『ユナ様はバッグの中に蜂蜜をお持ちですので、よろしければそれを頂いてください』

 ジョンはユナへの配慮も忘れない。そういえばそんなのも持ってたねって、ユナはフィン様に渡しそびれてた蜂蜜の小さな瓶を取り出した。お腹がすいてたので早速スプーンを入れる。

 

「うーん!美味しい!!こんな美味しい蜂蜜、初めて食べたよ!」

 裁縫疲れが吹っ飛ぶ美味さよ!でも、ジョンは浮かない顔。

『この蜂蜜は郊外にある養蜂場から直接仕入れております。しかし、在庫はもうこれ限りですね。そろそろ仕入れ時期なのですが……』

 

 ジョンの執事魂が消えそうで、ユナは慌てて協力を申し出る。

「ユナ、仕入れに行くよ!お金、後払いでいいなら……だけど」

 ユナは出世する予定なので、多分大丈夫!

 ジョンは年季の入った顔を歪めて、ちょっとホラーな笑顔を見せた。

 

『ユナ様は本当にお優しい。仕入れた物は城で計上されるので心配はいりませんよ。では、どうでしょう。皆さん、準備が出来次第出発というのは?』

『仕入れか。久しぶりに腕がなりますなぁ』

『ユナ、行きましょうよ!イケメンいるかもだし?』

 みんな乗り気ね!じゃ、出発――っ!って何処から?

 ユナは勢いよく立ち上がった。


 ジョンの話では、学園のこの建物は昔、アロイスって人の住居だったらしい。……アロイスよ!このティアラ王国の前国王で悪い王様の!

『この部屋は確か、アロイス様……アロイスの執務代行役の執務室だったはずです。アロイスは懐疑心の強い人間で、執務に関わる者は全て、城とこの屋敷から出る事が許されず、半ば監禁された状態での仕事を強いられておりました。ですがある日、その監禁された者達が忽然と姿を消し、国の営みを担う中枢が硬直。事態の解明が成されないまま、アロイスは失脚しました。謎事件として後世に語り継がれる事実です』

 怖っ……。

 

『聞いた事がある。何処かに脱出口があるのか?』

 早速エリアスが部屋の捜索を始め、みんなも興味を持ったのか、壁を隅々まで調べ始めた。だけど、ここはレンガ造りの建物で、穴なんて……。ん?

 

「レンガって土から出来てたよね?魔法で開けられない?」

 ユナはレンガを杖で叩いた。じっと見つめれば、壁のレンガも何だかレンガちゃんって感じで、ユナの命令を待っている気がしたのだ。

 

『ご名答です、ユナ様。土魔法の使い手がこの屋敷に囚われていた者達を救って下さいました』

 ジョンはユナの答えに満足そうに微笑んだ。

 

『なるほど。じゃあここの壁の何処かは、1度開いてるって事よね?なら、ここじゃない?ここからいつも風か吹き込んで寒いのよ!』

 アンナマリアが壁の一部を指さした。すかさずエリアスが壁を調べ、ユナも秘密のレンガがないか探す。

 

『確かに風を感じる。この先に空間がありそうだ。しかし、デデ級の土魔法の使い手でも、レンガを動かすのは難しいと聞くぞ』

 エリアスの横でフォルトル様がその通り!って講義を始めた。

 

『必要なのは土と火の要素ですね。頭の中にその物質の成り立ちを想像し、最終的にどうしたいのかイメージを固め……』

 イメージ?そうね……。

 ユナはレンガを杖でつつく。

 

 成り立ちはそう、四角く型押しされたレンガちゃん(素材)が、釜で焼かれ、ホカホカと誕生するところから。でもユナにはちょっと重すぎて、抱えられないの。シュゥゥ――って小さくなってくれると助かるんだけど。

 

 ゴトン……。

 小石サイズになったレンガが1個、転げ落ちた。

『『……?』』

『ユナは全ての属性の神の加護を受けてますので、自然界にあるもの全てがユナにひれ伏すでしょう』

 黙り込む2人に、何故かボトルロックが得意げに言った。


『慎重に開けないと壁が崩れ落ちるぞ。ユナ、ここを……あと、こことここと』

 それからユナは、オレビンオヤジの指示の元、レンガを1個づつちっちゃくして、床から1mほど丸く穴を開けた。穴に顔を入れ覗き込むと、暗闇に浮かぶのは、螺旋状の?

 

「階段があるよ!」

 ジョンはウンウンと頷く。

『アロイスはとても用心深い人で、自身の部屋と執務室には、抜け道を用意しておりました。その抜け道が、ちょうどこの部屋のこの壁の向こうにあったのです』

『なるほど。デンデ、読めてきました。土魔法の使い手は少ない。確かアルビー王は数少ないひとりだったはず』

『ええ。その通りですよ。アルビー王自ら危険を犯し、我々を助けて下さいました。我々はそのご恩に報いる為、できる限りの情報を提供致し、その後もずっと仕えさせて頂きました』

 こうやってアルビーおじさんは王座を取ったのね。


「ユナ!」

 その時、バーン!と教室の扉が開き、慌てた様子でフィン様が駆け込んで来た。

 ヤバっ……。ユナは慌てて穴の前に座り、隠した。


 フィン様は外交用の豪華な騎士服のままで、ただでさえ眩しいのに、キラキラと無駄に輝いてた。その潤しいお姿に、授業中だと言うのに、沢山の生徒が群がってて、教室の入り口でラディズ隊長が必死に押さえ込んでいた。

 ユナの額に汗が滲む。

 

「ユナ!大丈夫かい!?」

 フィン様は必死の形相のまま、教室を横断。部屋の隅の壁に不自然に身体を広げ、張り付くユナを見つけると減速し、ユナの前に膝を着いた。

 

「……ユナ、ちょっとごめんよ」

 フィン様はユナを軽く抱き寄せ、横にずらした。速攻、穴が見つかる。

「ユナ、脱出を考えたのなら、開けるべきは入口の横じゃないのかな?」

 オレンジ色の瞳が笑っていない。

 

「ユナ、ちょっと蜂蜜を仕入れてこようかと思って……」

 汗汗。

「蜂蜜?こんな所からかい?」

 

 ……と、今までの流れだとここでフィン様は不機嫌になり、ユナを隊長に預け職務に戻るところ。

 だけど今日のフィン様は違った。

 

「ラディズ、厳戒態勢だ!至急、3隊を編成。第1隊は生徒の避難誘導。誰も建物に近づけるな!第2隊は編成し次第突入!第3隊は学園の外に集合!脱出口を確保する事!俺はユナと先に潜る!」

「ハッ!!」

「……え?」

 ユナ、養蜂場に行くだけなんだけど?


 それからフィン様は穴に体を滑り込ませ、指先に明かりを点けた。ユナも後を追う。

 中は人が1人通れる位の螺旋階段で、窓もなく真っ暗だ。フィン様は剣を抜き、ゆっくりと下に向かって降り始めた。

 

「ユナ、確認だけど、ボトルロックはそこにいる?」

 フィン様は前を向いたままユナに確認する。

「うん!いつもいるよ!それより、フィン様?なんちゃら条約はもういいの?」

 ユナは何故か緊張するフィン様の背中に話しかけた。

「ああ。ユナが行方不明だと聞いたから、途中で抜けて来た」

 ドルバ国民の皆さん、ごめんなさい。


「……ユナ。実はね。最近学園にモンスターが出るという噂があったんだ。でもまだ噂の段階だし、色々あって後回しにしていてね」

「モンスター?」

 ゴクリ。

 

「恐らくは魔物だろう。だから、本当はユナを安全な所に置いて行きたいんだけど……」

 ユナはしゅんとした。横でジョンもしゅんとしてる。

『ユナ様、危険な場所とは知らずに連れ出してしまい、誠に申し訳ない』

「ジョンが謝ってるよ」

「だろうね」

 フィン様はふっと笑った。

 

「けどね、ユナ。俺はユナを信じると決めたんだ。ユナのプラズマな家族ごと全部だよ。だから……」

 フィン様は振り向き、真剣な顔でユナを見た。

「ユナを護る者たちよ、力を貸して欲しい。俺はユナに、信じてるって事を証明したいんだ」

 ユナに?

 

『証明ね。それって私たちを疑わないって事よ。最大級の信頼ね!フィン様、最高にイケてる!!』

 アンリンが頬を染め言い放ち、ユナはみんなの喜びを肌に感じた。ユナは、嬉しくなった。

「フィン様、ありがとう!」

 

『やめろォォォ!!こっちに来るな――ッ!!』

 その時、すぐ下の方で叫び声がした。

「プラズマかい?ユナ」

 ビクリとするユナをフィン様は見逃さない。

「うん!」

『ふぎゃ――!』

 断末魔!?

 

 カシ……カシカシカシ……。

 

 ……んん?

『ワフッ!ワフッ!』

「マロン様が大興奮よ!ここまで吠えるのは珍しいの!」

 

 フィン様は足を止めた。

「ああ、そうか。害虫駆除剤を撒いたと聞いたが……。死体を食い、魔物に進化する個体が現れたようだ。ユナ、動かないで。登って来たぞ」

 ユナは両手で口を塞いだ。音の主が姿を現し、ユナは目も塞ぎたくなった。


 下の暗闇から、ウゾゾゾゾ……と動くモノが壁を伝って上がって来た。壁を這う長い体はユナよりも太く長く、フィン様の小さな明かりをテカテカと反射し、黒光りしている。手足は赤くて、数えてないけど多分100本あると思う。その姿は正に!

 ムカデだ!

 

「ラディズ!突入待て!カンテラを投げろ!」

 フィン様が叫び、了解と言わんばかりに上から明かりが降ってきた。巨大ムカデが狭い螺旋階段の壁に張り付き、旋回しているが見えて、鳥肌が立つ。フィン様はユナの手を握ると、カンテラを下へと蹴りながら下へと駆け出した!

 

「ボトルロック!ユナを頼む!」

 ボトルロックの羽根がユナを庇うように包む。

「風よ!刃となり、旋回せよ!風刃!!」

 フィン様が厨2な呪文を唱え、風が2人の周り舞い始めた。


「恐れる毒は頭部分の牙からじゃ。後は恐れるに足りんが、切れば恐ろしい匂いに見舞われますぞ。地獄を見るじゃろう」

 モルト爺情報だ。

「フィン様、死ぬほど臭いらしいよ!頭だけ狙って!」

「ふっ。それはかなり難しいな。だが、善処しよう」

 

 ムカデの頭の前を通り抜ける時、タイムリーにフィン様の魔法が発動!こちらに向かってムカデが頭を擡げた直後で、触覚っぽいのが接触。1本吹っ飛んだ!

 フギャ――!

 途端、ムカデが狭い階段に落ちて来て、バッタンバッタンと悶え始めた。


 っ潰される!!

 そんな危機的状況でも、フィン様は落ち着いて避けながらユナを下へと引っ張って行く。

『ユナ、頭を低く!中心に寄れば歩幅が合うはず!』

 エリアスの指示通り動けば、走るのが楽になった。

 

 ムカデはふらつきながらも、さっきよりも速い動きでグルグルと旋回しながらフィン様に牙を剥く。フィン様は剣でそれをなぎ払いながら、下へと降りた。

 

 やがて螺旋階段は地面に突き当たり終点。どうやら1階まで降りた様だ。ユナ達は追い詰められ、左右にある狭い通路のどちらかを選択する事に!

 

「外はどっちだ?」

 フィン様が叫ぶ。

『こっちだ!それを拾って着いて来てくれ!』

 

 答えたのは、地面に転がっていた謎の青年だった。さっき聞こえた叫び声の主に違いない。

 青年の本体はメガネみたいで、ユナは拾うとフィン様の袖を引いた。

 

「フィン様こっちよ!」

 フィン様はすぐさま上に指示を与える。

「突入!!追い立てろ!!」

 おお――!!と上で声があがり、ドドドと足音で階段が揺れた。

 ムカデは驚いたのか、一瞬出来たその隙に、フィン様はすかさず飛びついた。その目へと剣を突き立てたのだ!


 再び巨大ムカデが悶え始め、フィン様は振り落とされる。膝を着いたフィン様に、ユナは慌てて駆け寄った。だって、フィン様が顔を顰めてるから!

『ユナ、魔力球じゃ!』

 オレリアンおじ様が叫んだ。

 りょ!

 

『危ない!!潰される!』

 青年が叫び、ユナはムカデの擡げた頭に向かって、両手を前に突き出した。

 ヒャッ波ァ――!!

 

 どぉぉぉ――ん!!

 ヒギャァァァ――!!


 出た!!ムカデのお腹?に命中だ。

 威力が足りず打撲程度だけど、ムカデは吹っ飛んだ!

 衝撃にふらつくユナをフィン様は支え、安全な通路まで引っ張ると、上から降りて来ていた第2隊に向かって叫んだ。

「今だ!額の角を折れ!!」

 

 角?ムカデの額に??……あるし!そっか、魔物だから……角さえ折れば、大人しくなるはずよ!

 ちょっと悶えたムカデはとぐろを巻き、騎士様はそれを取り囲んだ。シャーって下顎の牙的なので威嚇するムカデ。じりりと騎士様が距離を詰めたその時だ。

 

 ボトルロックが鎌を構え、前に出た。

 悠々と白い羽根を広げ地面を蹴ると、ふわりと騎士様の上を飛び越し、鎌を奮った。

 

 ストン。そんな感じ。

 黒い角がポロリと落ちた。


「これがボトルロック……?」

 呆気に取られる騎士様に、気合いを入れるようにフィン様が叫んだ。

「突入!顎の毒に注意!頭を集中的に狙え!!」

 

 その時、壁の一部が壊され、外の光と共に、騎士達が更になだれ込んできた。第3隊だ!

 それから数分の格闘の末、のたうち回る巨大ムカデにラディズ隊長がとどめを刺し、見事、討伐は終了!!

 

 おお――!!

 騎士様達は巨大ムカデを前に、歓喜の声をあげ、ユナも飛んで喜んだ。


 フィン様は額の汗を拭う。そして突然……。

「整列――!」って声をあげた。

 

 なに何?って思うまもなく、ユナの周りには騎士様達がビシりと膝をついて並んでた。その先頭は騎士団長フィン様だ。

 ユナは思わず遠い目をした。


「此度の討伐への助力、心より感謝申し上げます!」

 誰へとは言わない。騎士様達の前に立つのはユナだけじゃないから。

 ユナは周りを見渡す。ユナのプラズマな家族たちみんな、満足そうに笑っていた。

 ユナも嬉しくて、思わず笑顔が零れた。

「ありがとう!」


 騎士様達が謎の感嘆の声を漏らす中、フィン様が慌てて解散を伝え、残念そうに騎士様達はバラけて行った。

 

 片付けを始めた騎士様達を横目に見ながら、フィン様はユナの腕を取り、顔を覗き込む。

「さあ、ユナ。蜂蜜を仕入れに行くかい?」

 でもユナは首を振る。

「お仕事があるでしょ?ユナ、また今度にする!養蜂場の人も、味の分かる人が行った方が喜ぶと思うの!」

 ユナもちゃんと待てる子にならなきゃね!

 見ればフィン様が感動に震えている。

 

「ユナ……なんて可愛いんだ。分かった。また今度、一緒に行こうね!」

「うん!」

 デートの約束よ!!ユナは手を振り、建物の大穴から急ぎ足で出て行くフィン様を見送った。


 そしてユナも、ムカデを片付ける騎士様達に、ご苦労さま!って声をかけて、改めて後ろを着いてくるメガネな青年に向き直った。


「誰?」

『あれ?君はあの子じゃなかったんだね?彼もよく見たらアルビーじゃないし。やはりメガネがないと……』

 メガネ男子はめっちゃユナに顔を近づけて言った。 

 フィン様くらいの歳の、ふんわりとした雰囲気の子だ。笑顔を絶やさないタイプみたいで、ユナのしかめっ面にもどうじない。

 

「フィン様をアルビーおじさんと間違えたのね!似てるから」

『そうなんだよ。でも君、おじさんとは、アルビーが可哀想だぞ』

 この人の時間は、アロイスの時代で止まってるみたいね。

 

『聞いてくれ。実は女性が1人見つからなくて探してたんだ。そしたらあのバケモノに出くわしてしまってね。君たちを見て、てっきりアルビーが迎えに来ていたのかと勘違いしたんだよ。君、自分によく似た女性、見てない?』

 一瞬、メイリーンを思い浮かべたけど、この人の時代にはいないはずと思い当たる。

 ユナは首を振った。

 

『そうか、仕方ない。集合場所に戻るか。ああ、悪いが付き合ってくれないかい?どうやら僕はメガネ無しでは動けない様だから』

「うん、いいよ!」

 どうせ授業は休みだ。ユナはその青年の指さす方へと一緒に向かう事にした。

 

 よく知る道だ。青年が向かったのは、植物園。ユナの学園での家だった。

『ここだよ。来てるといいけど……』

 青年は温室の扉を指した。ユナは鍵を開け、温室へと入った。

 青年も中に入り、名前を呼んだ。

 

『セシル!いるか?セシル――!』

 セシル!?

 ……そうか!

 

 セシル。それはユナの母親の名前だ。

 ユナの心臓が高鳴る。

 

 薄暗くなった温室の中に、女の人のプラズマが現れた。それはいつかの夜に見た、ふわふわと漂う女の人のプラズマ。

 ああ、こんな所にいたんだ。ユナの目から涙が溢れ出す。


『ああ、良かった。……ちょっと待って。これを外さないと、今の君じゃ消えてしまうかも知れない』

 若いお母さんを見つめるユナの横でメガネな青年がネックレスを外した。それは……。

 

「聖女の涙……」

『そうだよ。これを知ってるって事は。なるほど、そういう事だね』

 ユナの呟きに、その青年が……若いお父さんがユナを見て微笑んだ。


『ルカ!……良かった。もう会えないかと、心配してたのよ!』

 お母さんがお父さんに抱きつき、ちょっと照れた顔でユナを見る。

 

『ルカ、このお嬢さんは?』

『セシル、僕たちの大切な子だよ。そうだろ?』

 そう言いお父さんは少し悲しそうな顔をした。

 

 お父さんは気付いたんだ。時が経ってしまった事を。

 ユナは頷いた。涙が出てきて、止まらなかった。

 

 だって、ずっと会いたかったから。ずっと探して……探して……やっと会えた!

 

『名前を聞いてもいい?』

 お母さんは言葉が出てこないユナに優しく声をかけてくれる。

「ユナ……」

 ようやくそれだけ口にすると、お母さんは嬉しそうに微笑んだ。


『私たちの子には絶対その名前を付けようねって話してたのよ!良かった。こんな素敵な子に育って、ね!ルカ!』

『ああ。髪は僕に似てるね。顔は君によく似てる。……ユナ、ありがとう。最後に君に会えて良かった』

「最後……?」

 2人は笑顔のまま顔を見合せ、真っ直ぐにユナを見た。


『ユナ、あなたの幸せをずっと願ってるわ』

 言ってる傍からプラズマは薄れていく。

 

『君に出会えた事が僕たちの誇りだ。ありがとう、ユナ。名残惜しいが、思いは遂げた……セシル。僕を置いて行かないでくれよ!』

『ふふ。手を繋いで!』

 2人は固く手を結び、お父さんのプラズマも薄れていく。

 

 会ったら沢山話したい事があった。一緒にピクニックにも行きたかったし、また、3人で過ごせると思ってた。でも……。

 

 ユナは引き止めたい気持ちをグッと抑え、これだけは絶対伝えなきゃって、声を張り上げた。

「ありがとう!お父さん、お母さん!!」

 

 2人は寄り添うように、ユナを見て、ふわりと消えた。

 2人の笑い声だけがいつまでも聞こえていた。

 


 ユナは置きっぱなしだったクッションに顔を埋めて泣いていた。どれだけそうしていたのか……。外から賑やかな声が聞こえてきて顔を上げれば、辺りは真っ暗になっていた。


 ガチャって温室の扉が開けられ、入ってきたのは、フィン様だった。

 

「ユナ、もう大丈夫かい?」

 フィン様はここで起きた事を知っているみたい。ラディズ隊長が後ろで顔を背けた。

 ユナはもうちょっと!って言って、横に座ったフィン様の胸に顔を埋めた。

 

「じゃ、勝手に準備させて貰うよ?」

 フィン様は意地悪くも、ユナを離そうとする。

「何を?」

「さあ、何だろう?気になるのだったら、顔を上げて」

 フィン様が言うから、ユナはぐしゃぐしゃの顔を上げた。途端に驚く。


 温室の外はとても明るく賑やかに変身していた。木々が綺麗なランタンで飾られ、テーブルには美味しそうな料理が並び、いい匂いが。もしかして、これ。

「ガーデンパーティ?」

「そうだよ、ユナ。アルスリッドを賑やかに送り出してやろうじゃないか!」

 素敵!!

 

 フィン様は立ち上がり、ユナの手を引いた。ユナは、嬉しくてフィン様に抱きついた。

「いいね!それ!」

 ユナは途端に元気が湧き出るのを感じた。


 フィン様は微笑むと、温室から連れ出すようにユナの手を引く。でも、何かに気付いて、少し屈んだ。

「ん?待ってユナ、そこに何か落ちてるよ?」


 ユナの寝ていた倉庫のすぐそこに、綺麗な石が落ちてた。…聖女の涙だ。半ば土に埋まっていて、ユナにはこれが、あの時のままなんだって分かった。

 お父さんは、聖女の涙を持っていなかったんだ!きっと想いの見えるお父さんは、ユナと同じ。想いの大切さを知っていたに違いないから。


「これは?」

 フィン様が拾おうとするのを、ユナは止めた。

 

「聖女の涙よ。想いの欠片を昇華しちゃうの。なるほど……これがあるから、みんなユナに寄って来なかったのね……」

 見ればみんな、温室の隅に集まっている。

「みんなって、ユナの家族かい?」

「うん!みんな、まだ消えたくないみたい!」


『ユナ!それを拾うでない!わしはエレの孫に指輪を渡すんじゃ!』

 オレリアンおじ様、それじゃ、フィン様の子供って事に、なっちゃうよ?

『ユナ、ボトルロックに勝つまでは辞められんのじゃ!』

『アンリン、デンデンを育てようと思うの』

『デンデ、読みたい本があります』

『おお……薬草が踏まれとる……』

『6属性全て網羅するとは、教えがいがある』

『ユナ、お兄たまとのツーショット、忘れてない?』

『では、ここらでティータイムと致しましょうか』

 みんな、好き勝手言ってる。ユナは笑い出した。


「ユナ、嬉しそうだね」

「うん!ユナ、幸せだなって思って。……みんな、ありがとう!これからもよろしくね!」


 ユナはプラズマな家族に押されるように温室を後にした。優しく手を引いてくれるのはフィン様だ。

 なんて幸せなんだろう。

 

 ユナは振り返り、聖女の涙に手を振った。

 

ここまで読んで下さり、ありがとうございました!!

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