31話 ギフト
やった!学園だ!って息巻いたユナだったが、先生であるフェリベール父様が王様に呼ばれてしまった為、今日も1日、ミーアと自習だった。
ミーアはあの日、ルービー様に自宅待機を命じられたらしく、舞踏会に行けなかったらしくて、ユナに謝りまくっていた。
「ユナの美しい姿をひと目見たかったのに……」
「大丈夫よ!避難訓練だったから!」
ユナもミーアのドレス姿が見たかったから、また行こうね!ってミーアと約束した。
教室を出れば、すれ違う人が皆、ユナを見てお辞儀する。落ち着かない1日を過ごしたユナは、放課後、ミーアに手を振ると、チョン運転の迎えの荷馬車に荷物と一緒に乗り込み、王城を目指した。
「やっぱりお土産は必要よね!」
道中ユナは、フィン様が元気になる物を、フィン様の執事様に聞いた。
そう、ユナはフィン様の執事様の宿るスプーンを持ったままだったのだ。
執事様はオレリアンおじ様とオレビンオヤジをご存知だった様で、気が付けば普通に打ち解けていた。
執事様は出てくると、まずは、と荷馬車の中で優雅にお茶の用意を始めた。すると出てくるプラズマの皆さん達。人数が増え、ぎゅうぎゅうです。更にボトルロックまで出てきて、定員オーバー気味。だって、ボトルロックったら、白い羽根を背負ってるんだもの。邪魔じゃない?
「みんな、まだお礼を言ってなかったね!ユナ、みんなのおかげで生きてるよ!ありがとう!!」
お茶が渡った所でユナが感謝を伝えると、皆は無事で良かったって喜んでくれた。
『ボトルロックが天使だったなんて、ロマンよね』
皆、ボトルロックから話は聞いているようで、天使にも動じない。でも、アンリンはイケメンボトルロックに釘付けだし、ウーラとトーラも、天使様に会えて嬉しそうだった。ユナもとっても誇らしい。
お礼を言い終わると、エリアスがいつもの様に指揮を取ってくれる。
『ユナ、まずは王城への侵入経路を確保すべきだろう。執事様、心当たりは?』
侵入になってるけどね。
『皆様、私の事は気軽にジョンと呼んでくだされ。ガルシア様、それについては、使用人通用口を利用するのがいいかと。私のサイン入りの証書があれば、入城は可能でございます』
おお!ユナはバックから紙を取り出すと、荷馬車の中の荷物箱の上に広げた。インクも取り出し、準備万端だ。
「ユナ、写すよ!勿論、メイド服も持ってるし、変装もバッチシ!」
ユナ、トレースは得意なんだよね!推しのキャラをよく写してたから!
人通りが多いのか、荷馬車はよく止まる。ユナはジョンに頼んで、紙の上に証書を重ねてもらうと、サラッと証書を書き写した。
『ふむ、上手いのもですね。上出来でしょう』
ユナ、及第点をもらいました!
あとは、皆がお茶してる間にメイド服に着替えて、モブキャップを被る。
ユナはジョンに王城の通用口を教えて貰い、適当な場所で馬車を止めて貰った。
「チョン、ちょっと行ってくるから、先に帰ってていいよ!」
ユナは馬車から飛び降りてチョンに手を振った。
「いやお前、婚約者だろ?正面から行けよ……って、何で変装してんだ?」
「ユナだから!」
ユナは腰に手をやり、ドヤる。
「……分かった。まあ、帰りは送って貰えるだろうし?家で待ってるから、早く帰って来いよ」
チョンは微妙な顔で送り出してくれた。
ユナは正面の門に負けずとも劣らない、立派な通用口へと向かった。そして早速、立ち塞がる守衛さんに証書を見せる。
途端に守衛さんは眉をひそめた。
「この執事長は先週亡くなったぞ」
「え……!?」
そんな!!ユナはジョンを見た。あ、ここにいるって事は……そうよね。
「知らなかったのか?親しかった様だが……気を落とすなよ」
そう言い、守衛さんは通用口を通してくれた。
中に入ると、ジョンはユナを調理場に隣接する倉庫へと誘った。
『さあ、ユナ様。こちらです。フィン様は昔から心労が多い方なので、お体を崩す事が少なくありませんでした。ポーションでは治らない心の疲れを癒す為に、私はいつも、乾燥ハーブを枕に仕込んでおりました』
「なるほど!!」
狭い倉庫の中には、様々な荷物が所狭しと置いてあった。ハーブはその天井に沢山ぶら下がっていて、ジョンはユナに、その幾つかを取るように指示した。
『中々扱いに慣れておるご様子。後はその綿の巾着に詰めて……上出来!では、参りましょう!』
「お――!!」
後はユナも知った道だ。真っ直ぐに背筋を伸ばして、フィン様の部屋を目指す。王城はメイドがいっぱいいるから、全然バレないし、何事もなくユナはフィン様の部屋に到着した。
フィン様の部屋の前を守るのはラディズ隊長だ。ユナはメイドだから、隊長に丁寧にお辞儀した。
「ご苦労。それは?」
ラディズ隊長はユナに気付いてない。ユナの持つ袋をチラリと見た。
検分をするみたいね。ユナは袋を差し出した。
「これは、ジョン特製5種のハーブの詰め合わせ。ユナを添えて。で、ございます」
何だか高級料理の様になってしまった。でもユナの知る丁寧語なんてこんなものだ。
途端にラディズ隊長は吹き出し、声を上げて笑い出した。しばらく笑い、涙をふく。
「……ハハッ、失礼、ユナ。これはまた斬新なご登場で驚きました。ちょうど良かった、フィン様は今、王命により外出を禁止されておりまして、とてもご機嫌斜めなのです。食事も断ってしまい、お体に触らないかと心配していた所。どうかユナ様、フィン様のお相手をお願いします」
引きこもりなのね。りょ!
ユナは頷くと、失礼します!と扉を開けたラディズ隊長に続いてフィン様の部屋へと侵入を果たした。
夕日が差し込む大きな窓が2方向にある、広い部屋だ。シックっていうの?落ち着いた色合いの家具に、壁紙。一方の壁一面の本に、謎の研究道具。
フィン様の部屋は、研究室みたいに面白いもので溢れていた。
「ラディズ。笑い声がしたが、お前か?どうした」
窓辺にある大きな机から声がした。書類に埋もれる様に、綺麗な金髪が揺れている。仕事をしてるみたい。体調が悪いのに……本当に社畜なんだから!
「ええ。久しぶりに心の底から笑いました」
そんなに!?
「フィン様に素敵な贈り物が届きましたよ。さあ……」
そう言い、ラディズ隊長はユナの背中を押した。
ユナはハーブを持って、向こうに見えるベッドに向かった。これは枕に仕込まなければいけないのよね!
ユナの動きが予想外だったのか、ラディズ隊長はまた笑いだした。
「ん?どうした?……ユナ!?」
さすがフィン様。後ろ姿だけでメイドの違いまで分かるとは!
名前を呼ばれて振り返ると、フィン様はもうすぐそこまで来ていた。これはヤバい!ちょっとやつれた顔は喜びに満ちていて、ユナは覚悟を決めた。
「ユナ……!!」
だけど、思っていた衝撃は来ない。フィン様はユナの手を取り、泣きそうに顔を歪めた。
「ユナ……どうしてメイド服でここに?やっぱり俺との婚約を断って……」
ん?あれって断れたの?
フィン様はユナの髪にそっと手を伸ばし、大切そうに触れる。
「昨日の扱い、さぞかし不愉快だった事だろう。嫌われても仕方ないよな。父上にも怒られたよ。でも知らなかったんだ、ユナ。君は俺の心が読めなかったんだね。俺は心の中で必死に、好きだ!この件が片付いたら結婚してくれ!って、叫んでいたのに、伝わっていなかったなんて……」
フィン様、めっちゃ恥ずかしい事を叫んでたのね。ユナ、聞こえたら卒倒したかも。
「フィン様は、ユナもメイリーンみたいに心が読めるって思ってたのね」
「ああ。君の行動は不可思議な事が多いからね。だが、思い知ったよ。俺はユナの事を全然分かってなかったんだって……。思い描くだけでは不十分だった。口で、態度で、全身全霊をかけて、君を口説くべきだった」
ユナは変な汗をかいた。
フィン様は涙目のままユナを見る。
「ユナ。俺はもうユナ以外の相手など考えられないんだ。頼む!もう一度俺に、最初からやり直させてくれないか?」
フィン様は真剣な顔でユナを見つめた。
もう一度?最初から?
それはどういう事か想像つかないけど、絶対大変だと思うよ!
でも……。
フィン様ならきっと、やっちゃうんだろうなって、ユナは思った。
フィン様はとても努力家なんだと思う。
この部屋を見ても分かるし、今、ユナの手を握りしめてるこの手だって、固くて、鍛錬を積み重ねた手だって分かる。
魔物を退けて国を救った伝説の王子様は、ドルバを救う為に真剣に頭を悩ましたり、心を読まれない様に注意しながら騎士団を動かしたり、メイリーンの事だって……目立たない所で、ずっと頑張っていたに違いない。それなのに、ユナに1番優秀な部下をつけてくれていた。
だから……。
ユナは決心した。
フィン様にユナの秘密を全部話そう!って。
フェリベール父様は言った。生きている者の愛は頼りないから、努力が必要だって。
ユナ、フィン様に分かって貰えるように、頑張って伝えるよ!
きっとフィン様なら、ユナの事、分かろうって努力してくれるはずだから!
ユナはフィン様の手をギュッと握り返した。
「フィン様、ユナは最初からなんて嫌よ!だって、ユナ、やっと今、ちょっとだけフィン様の事、分かった気がしたから」
「え?」
「ユナも、今までフィン様の事、かっこいいなぁってくらいにしか思ってなかったのよ?ごめんね!」
ユナが謝ると、フィン様はふっと笑った。
「もう少し好意を持ってくれてたと思ったけど?」
ユナの頬が熱くなる。だってフィン様、かっこいいんだもん。
「で?俺の何が分かったんだい?」
フィン様は意地悪にも笑う。でもユナは、フィン様のそんなところが好きなのかもしれない。
「今は教えない。でも、ユナの話をたっぷり聞いてくれたら、教えてあげるよ!」
ユナが笑うと、フィン様は、ふーんと、ちょっとやさぐれた表情をした。きっとこんな顔はユナにしか見せないと思うんだよね。
「なるほど、分かった。話しなら望むところだ。父上からしばらく休めって命令を受けてるからね、時間なら十分あるし。……ところでユナ、そのハーブはどうしたのかな?何故ジョンの香りを知ってるのかも、勿論、話してくれるよね?」
「うん!長くなるよ?」
フィン様はユナの手を引き、窓辺のソファに座らせた。窓の外にはティアラ王国の綺麗な夜景が広がっている。ユナの横には、綺麗な金髪にオレンジ色の瞳をした、最高に素敵な王子様が座ってるの。
フィン様はユナの顔を優しい眼差しで見つめていた。
「あのね、フィン様。ユナは転生者なんだよ!」
まずはそこからだ。
フィン様は優しく微笑む。
「転生者が何かって所から教えてくれるかい?ユナ」
その日、フィン様の部屋の明かりは、消える事なくいつまでも輝いていたのだった。
……おしまい。




