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2話 王子様は魔獣に乗って現れる

 翌朝、ユナは王都の正門横にある冒険者ギルドを訪れていた。

 馬蹄の泥亭の仕込みまでには時間がある。採集依頼の1つくらいならこなせるだろうと、ガッツリ装備を整えた冒険者に混じり、いつものメイド姿で、奥の壁一面に貼られた依頼の紙を眺めていた。 

 朝も早いと言うのに、冒険者たちは今朝一番に届いた情報を聞き逃すまいとギルドに詰めかけていた。

 

「聞いたか?黒い角した狼の魔物の死体がオデール町の街道で見つかったらしいぞ」

「ああ、聞いた。何でも首から上をスパーンと一閃されてたって言うじゃないか!誰が殺ったのかって衛兵に聞かれたぜ?」

「あの威力、魔法でも無理だろ。しかも、討伐依頼が出てたってのに、死体をそのまま置いとくなんて、勿体ねぇ事しやがる……」

「化け物でも出たんじゃねぇかって、騎士団の方でも調査に乗り出すらしいぞ」


 化け物ではありません。それ、ボトルロックの手柄ですから!ボトルロックは世界一強いのです!

 

 声を大にして言いたい。でも、言えない!

 ボトルロックは生きている者には見えないから。


 こんな時に役に立つのは前世の常識だ。見えない者の視点が分かるのは、とてもありがたい。きっと、ユナがボトルロックの事を話せば、周りはドン引きするだろう。騎士団に目をつけられるのだけは避けたい。


 ユナはそれでも、ちょっとだけドヤり顔で冒険者の前を通り、薬草の採集依頼の紙をギルドカウンターへと出した。ポーションの材料になる草花はいくらあっても喜ばれるの。


 でも、カウンターの昔は綺麗だったであろう受付嬢は、心配そうに依頼を突き返してきた。

「ユナ、今日は辞めときな。魔物に加えて化け物だ。いくらあんたの悪運が強くても、危ない事に自分から頭を突っ込む事はないだろ?」

 

 ユナは1度も魔物に出会った事はないと報告している。

 ユナはカウンターに体を乗り出し、不敵に笑って見せた。


「大丈夫よ。これ、直ぐに終わるやつだから。群生地、知ってるの」

「え?そうなの?どこ?」

 受付嬢も興味が隠せずユナに顔を寄せた。

「……ナイショよ」

 ユナは言いながら、カウンターに置かれてある承認の判子に手を伸ばし、依頼書に自分で押した。途端に受付嬢の顔が歪む。

「ユナ?」

「教える訳ないじゃんっ。て事で、行ってきまーす!」

「こらっ!ユナ――!」


 ユナは、気をつけなよ!!って言う、受付嬢の声に手を振ると、時間を惜しんで駆け出した。

 おいおい大丈夫か?って冒険者の声が聞こえるけどかまわない。ボトルロックがいるからね!ユナは王都の門を抜け、外へと急いだ。



 王都を出て広い草原の中を少し歩くと、北に広がる鬱蒼とした月海の森が見えて来る。浄化された魔物が帰って行った森だ。

 うじゃうじゃと魔物がいるイメージが拭えないし、そっちの方の草原は、王都を襲った大量の魔物の死体が埋められてて、ボッコボコになっている。だから、絶対にそっちには近づかない。

 ユナは月海の森とは逆の方、草原の中に打ち捨てられた小さな集落の方へと駆けて行った。


 魔物の出現により、安全な場所を求めて住処を移した者は多く、王都の周りにはこういった廃墟が沢山あった。そして、そんな廃墟には大抵、お宝が潜んでいた。


『ユナ、久しぶりじゃの』

 何軒かの家がぽつぽつと建つ小さな集落の中、淡い木立に埋もれるように建つ中々に立派な屋敷がある。窓は抜け落ち、ボロボロだけど、その屋敷の窓にはいつも、立派な髭のおじいちゃんがいるのだ。昼間は見えにくいけど、想いの欠片はいつだってそこら中にいる。

 

「やあやあ、モルト爺。今日もちょっとだけ君のお宝を分けて貰うよ」

 ユナが手を振ると、屋敷の庭に行くユナと一緒にモルト爺はついてくる。その姿は日光と相まって見えなくなってしまうけど。

 

『そう言いながらも、手入れしてくれるんだろ?ユナ。お前さんがいないと、ワシの薬草園は森にのまれてしまうからのぉ』

 すぐ耳元で声がするのはちょっと驚く。

「お礼よ。それに、モルト爺の話はとても面白いから」

 この薬草園を作ったという、モルト爺のハーブの知識は素晴らしいからね。

 

『面白いか。ユナは変わりモンじゃな。魔女でも目指しておるのかい?』

「薬師になれたら、安定した生活がおくれるかもしれないじゃない?」

 ユナはニヤリと口の端をあげる。

『ほほぅ。そういう事なら、ワシも遠慮なく知識を披露出来るわい』

 

 多分、モルト爺は微笑んでいるはずだ。その声が少し弾んでいるから。きっと、モルト爺の想いは、薬草の知識を広める事だと思うわ。

『そうじゃな……その昔、ここでは大きな戦があってな……』

「そこから!?それ、絶対今日中に終わらない話じゃん!」

 ユナは爆笑した。


 ユナはそれからしばし、モルト爺の話を聞きながら薬草の採集と庭の手入れをした。

 魔物が消えて平和になったら、いつかここにも、また人が住むようになるかもしれない。その人が薬草好きだといいなって思いながら。

 

「依頼の薬草はこの位で十分でしょ。ありがとう、モルト爺、貰ってくよ!また続き、聞かせてね!」

 採集を終えたユナは、モルト爺の声のする方に手を振り、今度は裏の木立の中に入っていった。

 

 木立の中に入るとせせらぎの音が聞こえて、とってもワクワクする。この世界はとても綺麗なの。ユナはそこに流れる小さな小川を見つけ、手を浸した。

 冬が近づいているからちょっと冷たいけど、まだギリ入れる温度だ。この国は、冬でも暖かいのだけど、今年は寒くなるのかもしれない。

 ユナはモブキャップを外して髪を解き、服を脱ぎ捨てた。

 洗濯しながら水浴びをすれば、時間を短縮できるし、楽しいわ。


 薄い青のまっすぐな髪に白い肌。瞳は濃い紫だし、ユナはとびきり上等な容姿をしていた。

 でも、ユナは水に写った自分の姿に首を傾げる。

 女子高生時代の自分とかけ離れていて、これが自分だとは思えないから。

 だからこそ、ユナは自分の容姿を隠したかったのだ。

 

 あまりいい印象のないブラヴォー家だけど、今はまだ伯爵家だ。ユナの地位や容姿に惹かれ、結婚を迫る人もいるかもしれない。皆はきっと、それを幸せだと言うだろう。でも、ユナはそれだけは嫌だった。

 

 結婚願望がない訳じゃないの。恋はしてみたいと思う。でも、この姿の自分に告白なんてされても、きっと納得出来ないと思う。


 あと少しして平民になれば、少なくとも地位にとらわれず、恋愛ができる。まあ、逆に、攫われて売られる心配は出てくるけどね。

 

「冷たっ……でも、きっもちいい!!」

 テラの店で湯を借りれるのだけど、自然の中で堂々と姿を晒せるのは、やっぱり解放感があって気持ちがいい。

 でも、あまり浸かりすぎると風邪をひきそう。

 

 ユナは水から上がると、持ってきていた変えのワンピースを着た。洗ったメイド服はその辺の木に掛けておけば、すぐに乾くだろう。それまでは、水辺の陽だまりに座って、戦利品(ハーブ)の選別をする事にした。


 乾いた風が気持ちいい。

 髪が乾くのはすぐだ。ユナはハーブを綺麗に纏めると、モブキャップに押し込めるよう、長い髪を編み込みにし始めたところで……瞼が重くなって……。

 ユナは柔らかい草の上にコロンと横になり目をつぶった。

 

 

 誰かに優しく髪を撫でられる感覚。

 ユナはその温かさに、ただただ幸せだった日々があった事を思いだした。

「父さん……お母さん?」


 でも……。2人はもうこの世にはいないはずだ。

 じゃ、誰よ!と、ユナは慌てて目を開けた。


 眩しい!!

 キラキラキラ。途端に飛び込むお日様の光を反射する金色の髪に、ユナは目を瞬かせた。

 

「気が付いたかい?お嬢さん」

 優しく温かみのある声。じたばたと起き上がるユナの背に手を貸してくれたのは、騎士団の服を着た、恐ろしいまでに美しい男の人だった。

 

 長めに整えた見事な金髪に、温かみのあるオレンジの瞳。これ以上はないって程に整った顔は、ユナよりちょっと大人びていた。

 身長は分からないけど、スタイルの良さは片膝を付いてても分かる。ユナは顔を覗き込まれ、耳まで紅くなってしまった。

 自分の事をとびきり上等な容姿と思っていたのが恥ずかしいわ。目が覚めた。もう、心から目が覚めたわ!

 

「大丈夫かい?誰かに襲われたの?」

 心配そうな声は憂いを帯びていて、悩ましい。

 ユナは申し訳なくなって、正座をすると、その尊い騎士様に正直に答えた。

 

「いえ。ちょっとお昼寝をしていただけです……わ」

 途端に険しくなる騎士様の顔。

 

「そう……君は自殺志願者か何かかい?」

「え?」

「魔物が出る場所にこんな格好で1人で……。盗賊にでも襲われたのかと思って来てみたら、スヤスヤと寝てるだけだなんて。俺は今までこんなバカを1度も見た事がないな。大丈夫かい?」

 言葉は優しいけど、辛辣だ。けど……。

 

 うん!言われて見ればその通りだ。ユナは立ち上がって、スカートの裾をちょっと掴み、綺麗なお礼をした。

「心配かけたみたいね。ごめんなさい!すぐに帰るわ!」

 ポカンとする騎士様を放って、急いで服を取りに走る。

 

 木に掛けた服は既に乾いている様だ。ユナは騎士様が慌てて向こうを向くのを確認してから、服を着替えて整えた。編みかけの青い髪は、今更隠しても遅いからそのままで。

 

「ごめん。気に触ったのなら謝るよ。でも、本気で心配したんだ。分かってくれる?」

 騎士様はそろりと振り向いて、ユナを見、眉を顰めた。

「君はメイドなんだね。この薬草は主人に命令されたから?それとも御家族に具合の悪い人が?」

 騎士様の足元にはカゴいっぱいの薬草が。騎士様はそれを拾ってユナに手渡してくれた。

 

 もしかして私、病弱の両親を気遣う優しい娘とかに間違われてる?

「いえ。両親はいませんから、お気遣いなく」

 ギルドの受付嬢を振り切って出てきたとは言えないユナは、キッパリと言い切り、カゴを受け取って急いで逃げ出そうとした。

 でも、騎士様はカゴから手を離してくれない。

 

「送るよ。1人で帰らせるのは心配だ」

 その視線がユナの髪に向かっているのに気付き、慌てて髪を纏めて、後ろに止めた。

 このファンタジー世界でも、水色の髪ってのは珍しいらしい。この髪を見た人は皆、これに惹かれるのよね。

「凄く綺麗だね。名前を教えて欲しいな」

 綺麗ですって!?

 

 ど・キューン!!

 心臓が変な音を出した。クリティカルヒットだ!

 これだけの美貌を持つ騎士様に言われれば、悪い気はしない。勘違いしそうよ。

 ……いやいや、騎士様がメイドなんかに興味持つわけないから。

 

「……名乗るほどの者じゃないの」

 ユナはカゴを取り返そうと手を伸ばした。でも、騎士様は、意地悪にもカゴをユナの手の届かない高さまで持ち上げ、近くで草を食む雄々しい馬の方へと歩いて行く。そして、馬の鞍のベルトに括りつけてしまった。

 

 ムスッとするユナに騎士様は微笑むと、突然腰に手を回しユナを軽く持ち上げた。

「きゃっ!ちょっと!」

 強引に荷物の様に馬の鞍に乗せるつもりのようだ。ユナは慌てて鞍に手を掛け、馬に跨った。


「送らせてくれるよね?ついたらこれを返すよ」

 ユナの後ろに軽く乗ってきた騎士様はそう言い、ユナを腰をガッチリ捕まえたまま、軽すぎるなと言いながら片手で手網を引く。完全に事後報告だ。

 

「で、何処に送ればいいのかな?お嬢さん」

 こうなっては逃げられない。ユナは諦めてため息を着いた。


「王都です……わ」

「王都のどの辺かな?それも教えてくれない?」

「どうして聞くの?どこだっていいじゃない」

「君が不当な扱いを受けてないか、調べる必要があるかもしれないからだ」

 騎士様はどこまでも清かった。なるほど、名前を聞いてきたのも親切心か。

 

「それなら大丈夫よ。私、普通に毎日楽しく暮らしてるから」

「そうか。ならいいけど……」

 納得してなさそうな様子の騎士様の視線を、後ろからバシバシ感じる。ユナはちょっと恥ずかしくなって、目を落とした。

 


 でも、それも最初のうちだけだった。

 真っ黒で雄々しい馬の乗り心地は最高だった。

 騎士様はゆっくりと馬を走らせてくれているけど、その疾走感がハンパなくいい!ユナはすぐに夢中になった。

 

「ね、この子、角がある!もしかして魔獣?」

 馬の額?には真っ白な角が生えていた。ユニコーンと言うにはちょっと短めだ。

 この世界では、普通の動物が何らかの刺激を受け、突如獰猛な魔獣に変化してしまうらしい。でも、獰猛な魔獣も、角を折れば飼い慣らせる事が出来るって冒険者達が話していたのよね。


「ああ。そうだよ。怖いかい?」

 この子は魔獣に変化してしまった馬だ。でも、とても大人しい。

「白い角なら大歓迎よ。この子、優しい子なのね、2人も乗せてくれて!名前は?」

「ラブ二世だそうだ」

 途端に吹いてしまった。ラブって……中々のネーミングセンスだ。

 

「ああ、ごめんなさい。二世だなんて大層な名前ね」

「俺はジュニアって呼んでる。だが、ラブちゃんと呼ばないと餌を食ってくれないんだ」

「あはは。女の子なんでしょ?ねー、ラブちゃん。女の子はみんな、お姫様なのよね!ね、他の子は?名前、めっちゃ気になる。聞きたいわ!」



 魔獣の話をしている間にあっという間に王都の門に着いてしまった。

 騎士様との会話を思いのほか楽しんでいたらしいユナは、別れをちょっと寂しく思っていた。


 でも、門をくぐった途端、その考えは吹き飛んだ。門兵長が駆け寄り、騎士様に向かってビシリと挨拶したからだ。


「フィン隊長。ご無事で何よりです。おかえりが遅かったので、今から捜索に行こうかと準備していたところでした」


 フィン隊長……。

 ああ、やばい。この人、現騎士団長の最強王太子様だわ。

 見れば、門兵長の横で、な?大丈夫だったろ?……なんてイケボで言ってるプラチナブロンドの超絶美形もいる。最強の王宮魔術師様に違いない。2人はいつも一緒に行動するらしいから。


「そちらの子は?見ない顔ですね……」

 門兵長が私に気が付いた。

 叱られる!下手すれば冒険者生命も危うい!

 

 ユナは馬から飛び降り、カゴの持ち手を引きちぎって戦利品を奪還すると、駆け出した。


「あ!クソっ。頼む!待ってくれ!」

 ユナの様な華奢な娘が、馬から飛び降りるとは思わなかったのだろう。騎士様は慌てていた。

 

 ユナは振り返らずに建物の裏手へと逃げ込む。

 モブキャップに髪を押し込みながら、裏路地で家事に精を出す使用人に紛れた。

 こうなればユナを見つける事は出来ないだろう。王都は貴族の館だらけ。メイドなんて、見分けがつく訳がない。

 

 すぐに路地裏を覗きこむ王子様の姿が見えた。

 でも、突如現れた王太子に、メイド達が歓声をあげ、群がってきて……騎士団も駆けつけ、大騒ぎになる。

 

「楽しかったわ、王子様。ありがとう」

 ユナはもみくちゃにされる王子様に両手を合わせると、今度から頬にソバカスを付け足そうと考えながら、その場からこっそりと逃げ去ったのだった。

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