28話 ミッション
音楽の音が奏でられると、自然に会場の緊張は緩み、思い思いに皆が楽しみ始める。
ユナはアルビーおじ様のお膝の上を丁重にお断りすると、美味しそうなお菓子の並ぶゾーンへと足を踏み入れた。どれも美味しそうで、すっごくワクワクする!
……と、ここで、会場内が、にわかにざわつき始めた。
ユナは嫌な予感がして、テーブルの影に隠れると、人だかりのする方をこっそり覗いた。案の定、綺麗な金髪が見え、ユナは1人作戦会議を始めた。
ユナ、本日のメインミッションを忘れてはいません!ユナは、殿方にちやほやされ、フィン様にエスコートしなかった事を後悔させなくてはならないのです!それにはまず、フリーである事をアピールしなくては!
ユナはキョロキョロと辺りを見回し、チヤホヤしてくれそうな殿方を探した。幸い、どのご令嬢もフィン様に釘付けで、殿方らはつまらなそうにご令嬢を見つめている。
ユナはテーブルの影から立ち上がると、ビシッと背筋を伸ばし、殿方の前を歩いて回った。そして、チラッと視線を送れば……。
ほら!殿方は頬を染めてユナの方を見てる!
流石エレ様のドレス!殿方ホイホイよ!
手応えを感じたユナは、お菓子ゾーンに戻ると、給仕さんにオススメを取って貰って、声をかけられるのを待った。
「んー!美味しい!!最高――!」
「左様で御座いますか?お嬢様にそう言って頂けるなど、恐悦至極。我々、天にも登る気持ちで御座います!」
「お嬢様、こちらも美味しゅうございますよ!ぜひお試しを!」
「おお?こんなに綺麗なのに、食べちゃっていいの?」
「ええ、勿論ですとも!ぜひ、こちらも!!」
シェフまで出てきて、ユナ、モテモテです。って、何か違う!!
視線を感じ顔を上げれば、王座の横に座るディディエラ様と目が合った。しきりに向こう側へと顎をしゃくっている。
ユナは指示された方へと視線を移した。
そうでした!フィン様ですよね!
フィン様は今日は騎士団長の正装をしてて、腰に剣を下げた凛々しいお姿。何故かこちらを、驚愕の表情で見ていた。
この舞踏会には不参加のはずのユナがいるからだろうけど、そんなに驚く事でもないんじゃない?
でもよく見ると、その腕にはメイリーンがしっかりと手を回していて、ユナの心臓は、またしても暴れ始めた。
メイリーンは今日は薄いブルーのドレスを着ていて、とても可愛らしい感じ。
うん、分かりました!ユナ、頑張ります!!
ユナはディディエラ様に頷くと、周りを見回した。何人かの殿方がユナを見つめている。でも、ユナと目が合うと、みな、俯いてしまって声をかけてくれそうもない。
もうこの際、このイケメンシェフでもいいや!ってユナが思い始めたその時……。
ユナ、いいカモを、見つけました!
向こうのご馳走様ゾーンで、美味しそうに料理を口に運んでいるのは、チッコリーノことチコではないでしょうか!?
チコはユナの熱い視線に気が付くと、ポトリとフォークを落とした。そして飲み物を片手に、逃げ出した!ユナ、ドレスだけど、ダッシュで追います!!
「へぇー。チコも貴族だったんだね!」
チコは聞こえない振りで、人混みに紛れようとする。ユナ、逃がしません!
「ねえ、チコったら!」
クスクスと周りの令嬢に笑われながらも、ユナがチコを追っかけていると、突然、チコは立ち止まり、半泣きで訴えてきた。
「頼むよ、ユナ!俺、団長に殺されるから!」
「へ?」
チコの視線を追い、振り向けば、フィン様が恐ろしい形相でこっちを見てた。怖いです!
でも、フィン様の腕はアイリーンと繋がったままだし?ユナも負けたくない!
ユナはチコの腕を取った。げっ!ってチコが呻く。フィン様の眼力が威力を増し、メイリーンをくっつけたまま、ツカツカとこっちにやって来た。
「ユナ。なぜここにいるんだい?昨夜といい、私は君に城への立ち入りを許可した覚えはないよ?」
口調は優しいけど、目が怒っています。もしかして昨日の事、怒ってる?いや、ユナとフィン様は恋人同士じゃないんだし、無効でしょ?フィン様だってメイリーン、くっつけてるじゃん。
ユナはぎゅっと手を握りしめた。
「ユナ、今日はダンスのお勉強の為に来たの」
「ダンスだと……?」
フィン様はチコを睨んだ。チコがヒッ!って息を飲んだ。
「まあ!ユナは勉強熱心ねのね。でも、そんな古臭いドレスじゃ、お相手を探すのもひと苦労じゃない?」
ここで、フィン様にべったりとくっついたメイリーンが、勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。
でもね、メイリーン。このドレスは、アルビーおじ様とエレ様の思い出の詰まったビンテージ物なの。ユナは世界一綺麗だとおもうの!
「そう。でもせめて、アクセサリーでも盛ったら?……ああ、貴方の冴えないお顔だとアクセサリーに負けちゃうのね。と言っても、プレゼントしてくれる殿方が……あら、失礼」
ごめん、チコ。誤解されてるみたい。だけど安心して。ユナの身につけてるアクセサリーは間違いなく一流品のはずよ!だってくれたのは……。
フィン様を見れば、ユナの首元に視線が落ちてた。未練がましい女だと思われたかなぁ。涙。
ここでチコは、はぁ……と息を吐くと、ユナを引っ張った。
「団長、聖女様。この辺で俺たちは失礼しますわ。あ、言っときますけど、俺を降格させようとしても無駄ですよ?俺、1番下っぱなんで」
チコは会場の隅にユナを引っ張って行った。
「ユナ。ちょっとだけ付き合ってやるよ。けど、ちょっとだぞ?俺も男爵家嫡男だし、それなりのご令嬢を見つけないといけないからな」
絶賛婚活中なのね。邪魔してごめん!
ユナはチコをそっとお菓子ゾーンへと誘導した。
「ユナも絶賛モテ活中なんだけど、誰も寄って来てくれなくて困ってたの。チコ、助けてくれてありがとう」
チコは頭を抱えた。
「そりぁなぁ……さっきの見たら、怖くて誰も近寄れねぇよ。それにお前の後見人って魔王様だろ?釣り合う御家の方が少ないし、魔王って、下手したら国王より立場上じゃね?……ってか、お前。なに国王泣かしてんだよ!」
ユナ、不本意です。
「泣かしてないよー。アルビーおじ様が泣き虫なんだよー」
「お前、陛下になんて事言ってんだよ。あ――俺、首になったらどうしよう……」
チコは急に挙動不審になる。
ユナは慌ててオススメのお菓子を差し出した。
「疲れてる時は甘い物がいいよ!ほらチコ。口開けて!美味しいよ?」
「……」
「アーンだよ!チコ!」
「ユナ……お前……うぐっ」
ドンッ!!
大きな音に振り向けば、フィン様が壁に頭をぶつけていた。それ、石壁よ?大丈夫!?
パラパラと細かい破片が落ちるけど、何処からともなく吹く風に舞う。寂寥感が漂い、周りの人たちは唖然。メイリーンもちょっと引いてた。
「フィン、どうしたの?」
メイリーンが傷付いたおデコに触れようとするのを、フィン様は軽く弾いた。
「大丈夫だ。ちょっとぶつかっただけだから」
眉間にたらりと血が流れる。ホラーだ。
「お、こんな所にいた!探したよユナ!」
その時、聞き覚えのある明るい声がして、ユナは振り返った。
ちょっとチャラい細マッチョのイケメンさんだ。今日は大人っぽい上品な服を着てて、別人の様だけど、妹たちが自慢の兄を間違えるはずはない!
『お兄たま!』
『お兄さま!』
そう、アルスリッド様です。周りの令嬢達が、誰?あのイケメン!みたいに顔を寄せあっていた。
アルはちょっとふざけた素振りで、ユナの手を取り、唇に軽く当てた。
「ユナ、とても綺麗だ。俺と踊ってくれないか?」
おお!ユナ、初めて誘われました!
「何をしている、アルスリッド様!ユナから手を離すんだ!」
と、ここでまた1人、ユナの知る人物の登場です!
茶色い髪に、大きな丸い瞳。今日は正装で大人っぽい雰囲気だけど、ピンク大好きアレン王子の登場です!
「いきなり我が国の宝に手を出すなんて、手が早過ぎやしませんか?……ああ!ユナ!なんて美しさなんだ!僕と踊ってくれないか?」
そう言いながら、アレン王子はユナの髪を優しく梳いた。宝?それってユナ?それともユナのピアス?
「そうは言ってもなぁ、お前の国の者は皆、ユナの美しさに怖気付いて、声もかけられないようじゃないか。ユナはこんなに綺麗なのに、見ているだけなんてもったいないだろ?」
アルは周りを見渡し、眉を顰めてる。
横にチコがいるんだけど見えてない?……ちょっと、チコ!気配消さないで!!
「確かに、何があったんだ?僕たち今来た所なんだけど、場が緊迫してて驚いたよ」
それ、フィン様の壁ドン(頭)のせいですから!
「おやおや、重鎮が集まって何の相談かな?もしやユナを……!アルスリッド殿。たとえ隣国の国王と言えども、ダンスは許可出来ませんな。ユナは今日が初めての舞踏会。最初のお相手は、この私、アルビーおじさんと決まっておるからな」
ここでまさかの王様の参戦です。ユナの肩に手を置き、後ろから覗き込まれました。
「いやいやアルビー。初めてのダンスの相手は父親と決まっておるだろ?その手を退けろ」
フェリベール父様まで!何を何張り合ってんの!?
はっ!待ってチコ!!フェードアウトしないで!
……でもユナ、これはミッションコンプリートでいいのでしょうか!年齢制限は問われなかったし?
ユナはフィン様の方を見た。
フィン様はホラーな状態のまま、死んだ魚のような目をしてました。
その時、バーン!と扉が開き、ラディズラーオ隊長が駆け込んで来た。
「敵襲です!デッセシュバーム兵です!」
何ですって!?
途端、キャー!!とか、ワァー!!とか、会場は大混乱!
どうしたらいいのか分からないユナも、オロオロする。
でも、ユナの周りにいる殿方は、急にイッキイキとし始めた!
「フッ、やっと来たか。皆の者!落ち着け――っ!!今から誘導する!」
アルビーおじ様の力強いお言葉に、
「女性はこちらの部屋へ!戦えない者も、こちらへ!!」
アレン王子が誘導を始めた。
落ち着いて!とか、時間はありますから、大丈夫!とか。
まるで避難訓練の様な悠長な声掛けが始まり、見れば、執事さんを始め、給仕のメイドさんやシェフまでが、大広間をいっきに片付けて、城の別室への退路は十分過ぎるほど。
気が付けば、あっという間に、会場内は静かになってた。
「凄っ……」
残ったのは王族と、使用人だけ。
ユナは玉座の前に集合するアルビーおじ様たちと一緒に、父様に肩を抱かれ、悠々と退避した。
アルビーおじ様はドカりと玉座に座る。ユナは何故か、その隣の父様の席に座らされた。わぁーふかふかー!って、癒されている場合ではありません!
「300と聞いてましたが、間違いないですか?ユナ」
アルビーおじ様の前で、両腕を組み悠々と立つディディエラ様が凛々しい声で尋ねてきた。
「うん!でも、奥にはまだ隠れている可能性もあるよ!それに調理室が……」
ユナはディディエラ様と並ぶラディズ隊長を見た。
「調理室の方は大丈夫です。ルービー様に足止めをお願いしましたから。ですが、想定よりも人数が少なく、原因を現在調査中です」
「想定とは?」
フィン様がメイリーンを抱き寄せたまま、剣を抜き、ラディズ隊長に並んだ。メイリーンはちょっと迷惑そうな顔をしている。
「酒蔵の方に送った間者の情報では、今の倍の人数を用意していたと」
「何か手違いがあったのか……それとも別の道が……」
別の道はあったけど、行き止まりだよ!
「それより聖女様?一応お聞き致しますが、貴方はこの事を知らなかったのですか?」
ディディエラ様の問いに、メイリーンは急に悲しそうな顔をすると、涙目で訴えた。
「勿論ですわ!私、戦いなんて望んでないの!なのに……こんな……」
メイリーンはフィン様にしがみつく。
あれ?昨日は神官と、ティアラが落ちた後の話をしてたような……?
「ほう。それが真実なら、ユナは嘘つきという事になるな……」
フェリベール父様?ユナを疑ってる?
ドン!と扉の叩かれる音に、会話は中断され、アルとアレン王子は剣を抜くと、扉の方へと近づいた。
すると、そこに集まる使用人たち。
え?あなた、シェフじゃなかったの!?そっちのあなたは執事様だったじゃない!メイドまで!?
みな、王族を護るように配備すると、若干嬉しそうに剣を構えた。外の戦闘音が近くなる。
扉が大きく開き、敵がなだれ込んで来た。だが、誘い込まれた様な状況に、たたらを踏む。
先走った兵が数人飛び込んで来て、アルとアレン王子になぎ払われた。
ギャ――!と兵士が倒れ、場が凍りついた。
ユナは両手で顔を覆う。生断末魔がこんなに響くなんて知らなかった。
『ユナ、敵から目を背けるな!殺られるぞ!』
エリアスだ。でも、血が……。
その時、スッと、父様がユナの視界を遮り、ユナは顔を上げた。
「ユナ、すぐに終わるから、そこで大人しく待っておれ。いいか?絶対だぞ?」
父様はユナに優しく言い放った。
これは……。
目の前の大きな背中に、あの日の情景が重なった。
ユナは5歳の女の子だった。
ユナとお父さんの乗った馬車は、引越し荷物を乗せた幌馬車を後ろに従え、何処か知らない土地へと向かっていた。
引越しなんかしたくなかったユナは、ぷぅーっと頬を膨らませたままで、お父さんは必死にユナのご機嫌をとっていた。
「ユナ、素敵な屋敷だぞ?今の屋敷より広いし、庭もよく手入れされてる。今の時期は咲き乱れた花に囲まれ、とても美しいはずだ」
「でも、小川は流れてないでしょ?眺めのいい丘もないって聞いた!」
ユナは、小さい頃にお父さんとお母さんとピクニックした、屋敷の裏にあるその場所が大好きだったのだ。
「確かに、自然は少ないかもしれない。でもユナ、そこならば、父さんはずっとお前と居られるのだよ?勉強も、魔法だって教えられる。ユナは父さんと一緒は嫌か?」
お父さんの目を覗き込めば、すぐにそれが本当だと分かった。でもユナは、また今までみたいに、お父さんが仕事に戻ってしまうんじゃないかって怖くなった。
知らない場所で、ひとりぼっちは嫌だ。
「ずっと?本当に?……でも、またピクニック出来るなら、ユナ、我慢する」
口を尖らせたユナに、父さんは急に泣きそうな顔をした。そしてユナの頭を優しく抱き寄せる。
「もう我慢しなくていいんだよ、ユナ。一緒に行こう。ピクニックでも、何処へでも……」
でも、その時には、後ろの馬車は魔物に襲われてて。
お父さんは剣を手にすると、ユナを置いて馬車から出て行った。
「ユナ、待ってろ、すぐに終わるから」
お父さんはそう言った。だけど……。
お父さんが馬車に戻る事はなかった。
ユナは、エリアスの剣を両手にしっかりと握った。
ユナだって、戦えるんだから!魔物討伐数には自信があるの!全部うさぎだけどね!
うぉぉ――!と数十名の重装兵が突っ込んできて、目の前でガチの戦が始まった!
気合いを入れたユナだけど……。
「ユナが怖がっておる!やるなら外で殺れ!!」
父様は杖も持たずに突っ込んで行く。その手からは、絶えず火球が繰り出されていた。……でも。
「父様!嫌よ!」
行くならユナも連れて行って!!もう1人は嫌なの!!
良くぞここまで隠したな!って位の敵兵に父様の姿が隠れ、泣きそうになる。
「ユナ!!下がれ!」
アルに腕を引かれ、ユナは精一杯手を伸ばした。
「父様――!!」
ドカ――ン!!
「!!」
爆発音!?
その音に場内は騒然。外で爆発が?
ユナはアルの手を振り切って扉を目指した。
慄いた敵兵をアレン様達が次々に倒す横を、お得意の瞬足で駆け抜ける。……と、もうすぐ扉ってとこで、父様の背中が見えた。
「父様!!」
「ユナ、危ないから下がっておれ!」
父様に言われ、今度こそユナは減速した。だって、扉の外の様子が見えたから。
なんて言うの?この戦い、話にならない感じ?
フェリベール父様が1発魔法を打てば、数人が吹っ飛び、周りの兵まで腰を抜かす。
父様だけじゃない。ディディエラ様も、ドン!ドン!って火球を放ち、この広間に兵を寄せ付けない。
魔法攻撃をくぐり抜けた兵は、騎士様に倒される。中まで入ってきようものなら、すぐさま、フィン様の暴風に巻かれ、防御を解かれたところを、執事様やシェフに捌かれた。見事な連携だ。
ユナはアルとアレン様に連れ戻され、大人しく椅子に座った。
「手応えがないのぉ……」
隣からアルビーおじ様の心の声が、漏れ聞こえてきた。
「ここまでの様ですね」
1度も剣を振るう事なく告げられたラディズ隊長の言葉に目を向ければ、戻って来た父様の背中越しにデッセシュバーム兵たちが這這の体で逃げ出すのが見えた。
「こら!お前達!何をしておる!わしを護らんか!!」
その時、逃げ出した兵とは入れ替えに、更にバージョンアップされた豪華なコック帽みたいなのを被った年老いた司祭様が会場に入って来た。その背後には騎士様たちがいて、剣を突き立て、司祭様を急かしていた。
「陛下!首謀者らしき人物を捕らえてまいりました!」
騎士様は司祭様を会場内の奥まで歩かせる。司祭様は剣に怯え、その場に膝を着くと、ズルズルと這うようにこちらに手を伸ばした。
「わしは知らん!わしは神のお告げを、皆に知らせたまでじゃ!」
アルが司祭様に近づく。
「その神はきっと、デッセシュバーム国王だろうよ!」
と、上から見下し言い放った。
「ヒッ!アルスリッド殿下!何故ここに!!」
司祭様は目を見開くと、今度は後ろに履い始めた。
「さあどうしてだろうな」
でもそこには、フェリベール父様が火球を構え、待っていた。
……と、ここで、司祭様は椅子に座ってるユナに気が付いた。顔を怒りに染めると、立ち上がり、老人とは思えないスピードでユナの方へと駆け寄ってきた。
「ユナ・ブラヴォー!悪魔め!!角を動かしおって!!お前のせいで、計画が……!!っうぐっ」
予想不可能の事態を防いだのは、チコだった。司祭様に体当たりし、下まで転がすと、その首筋に剣を当てる。ユナ、ドキドキです。司祭様の顔が夢に出てくるレベルで恐怖です!
「角?ユナ、何をしたんだ?」
声のする方を向けば、すぐ近くにフィン様がメイリーンを抱えたまま立っていて、眉を顰めていた。
エリアスが笑う。
『ハハッ、ユナが角を持って帰ってしまったからだな。出口がないと知った奴らの顔が見たかったな』
あ、狼の角の方に入ったのね。月海の森まで行ったのかな……ごめん。みんな詰まったよね……。
その時、やめろ――!離せ――!って声が遠くから聞こえてきた。今度は横の扉から、ズルズルとしたローブを着た神官が数人蹴り入れられて来た。
神官は仲間を見つけて嬉しかったのか、這うように司祭様の方に駆け寄った。寄り添うおじさん達。
蹴り出したのはルービー様のようで、無表情のまま、大広間に入って来た。
「土産だ!調理場を覗いていたから連れてきた」
それがお土産?ユナ、要らない。
神官たちは、許しを乞う様に、アルビーおじ様にひれ伏す。
「私たちは何もしてないぞ!……そう……水!水を飲みたかっただけなのだ!」
ユナ、ローブ姿のおじさん達が集まって、やっぱ飲むなら水だよな!とか言いながらコップを傾ける姿、見たかったです。
「侵入者の方は片付いたのか?」
アルビーおじ様は聞こえないフリで、ルービー様に報告を仰ぐ。
「ええ。余力があったので、今、酒蔵の、穴という穴を全て塞がせてます」
知ってる?それ、生き埋めって言うんだよ。
「十分反省させてから処分を考えるか。で?どういう事か説明して貰おうか。聖女様」
アルビーおじ様は体を前に乗り出し、フィン様に庇われる様に抱かれたメイリーンに、厳しい目を向けた。
「ユナに手を出した事、知らないとは言わせんぞ」
フェリベール父様も腕を組んで凄み始めた。
……ユナ、信用されてたんだ。
それだけで嬉くて、ユナは喉の奥がぎゅっとなった。良かったぁぁ――!
ユナが目を擦ってる間にも、目の前では醜い争いがどんどんエスカレートしていく。
「私、知らないわ!全部この人達が勝手にやった事でしょ?」
「バカ言うな!おまえがユナ・ブラヴォーを連れて来いっていうから!失敗したのは全部、あんたのせいじゃないか!!」
「自分だけ助かろうなんて、許さんぞ!」
口々にまくし立てる神官らに罵倒される度、メイリーンはその顔を歪ませ、ついに壊れた様に笑い始めた。
「ふふ……あはははっ……!!みんな何言ってるの?私がティアラ王国をどうこうしようなんて、思う訳ないじゃない!!ね、フィン。あなたなら知ってるでしょ?ずっと一緒にいたんだから」
メイリーンはフィン様の腕をぎゅっと抱き込んだ。フィン様は顔色1つ変えずに、それを見下ろした。
「そうだね、知ってる。君が真夜中に神官たちと会っていた事も、手紙で司祭やデッセシュバーム国王とやり取りしてた事も、全部知ってる。その内容をここで話してもいいかな?」
「え……?」
メイリーンはフィン様の腕を離すと、後退った。
でもフィン様はメイリーンの手を取り引き寄せ、腰に手を回した。メイリーンは困惑の表情。
「フィン、あなたは私の味方?……おかしいの。心が読めないなんて!!」
フィン様は表情を変えずに、メイリーンに顔を近づけた。
「君は勘違いしているようだけど、俺は君の味方だった事など1度もないよ。俺は君からユナを守る為に、君を監視していただけだから」
ユナ、この言葉で分かりました!フィン様は全て知っていたのです!
「フィン!あなた、私を騙したのね!……信じられない。心を読めないと思ったら……こんな……!ボトルロック!!この男を殺ってちょうだい!!」
メイリーンは突然、フィン様にナイフを突き立てた!
止めようと伸ばしたフィン様のその腕に赤い線が引かれる。
「さあ、私に剣を向けるといいわ!みんな殺してあげるから!……ボトルロック!出てらっしゃい!!」
メイリーンはフィン様の腕を離さず、ナイフを更に突き立てようと藻掻いた。フィン様はそれを止めようと手を伸ばす。でも、火事場の馬鹿力なのか、メイリーンの手は止まらない。
フィン様が憎悪を募らせているのが分かる。2人の周りで、みんなも剣を握りしめてる。でもダメ!剣を向ければボトルロックが発動しちゃうの!
でも、ヒヤヒヤしながらの攻防戦に、ユナが突進を考えたその時。
メイリーンがいきなり、そのナイフを自分の腕に突き立てた。
ズルリと黒い影が現れた!
「ボトルロック!さあ!殺らないと、あなたの守るべき命が消えちゃうわよ!!」
そんな……ボトルロックをそんな風に使うなんて……。
ボトルロックに、人なんて殺させない!!
ユナは駆け出した。メイリーンに向かって突進です!
「ユナ!」
すぐにフィン様に引き離されようとするけど、ユナは必死にメイリーンにしがみついた。
「ボトルロックにそんな事させない!!」
ユナはメイリーンのナイフに手を掛けた。
「ハハハッ!馬鹿な子!」
メイリーンはナイフを高く掲げる。
「さあ、ボトルロック!あなたはどうする?」
メイリーンはユナの背中にナイフを突き立てた。




