23話 魔王の子
ユナは魔王様の子になりました!でも魔王様は全然怖くありません!だって、魔王って肩書きだもの!
「魔王……国王様がそう仰ったの?」
その日の朝食の席。テラは新鮮な食材がなくなったと嘆きながらも、美味しそうな料理を並べてくれた。テラはここに来て、料理に目覚めたみたい。
「ああ。それしか考えられん、と言われてな」
先生はテラの料理が好きみたいで、嬉しそうに食べ始める。
「階級的にはどのくらいになるのかしら」
「そうだな……皆は猊下と呼ぶようだ。私は生き字引の様な者だし、位置的には高僧位だろう」
高僧?謎階級!
「領土は頂けたのでしょうね?」
「ああ。治める領土はかつてのサウスティアラ王国。この城を含む、月海の森全土だ。領民はおらぬから免税だと言われた。だが今後、人が増えれば変わるかもしれんな」
「随分と自由なお立場なのね。気に入ったわ」
テラ?気に入ったの?
とりあえず、ちょっと買い出しに行って来ると言い、テラはチョンを連れ、角のある馬?に乗り、出掛けて行った。多分、王都に行くのだろう。荷物持ちのチョンがちょっと羨ましい。
「ユナは私と冒険など……どうだ?」
2人を見送った先生が、ユナにウィンクをした。
「冒険!?」
王都に行かなくて良かった!!ユナは高速で頷いた。
先生は、空になった厩の横を通ると、城の裏門っぽい朽ちた扉を蹴倒して森に入って行った。
まるでジャングルの様に生い茂った草木を、風よ!ナンチャラカンチャラ!って呪文を唱え、かまいたちの様な魔法でなぎ払い進ぬ。ユナも後ろで真似をして、カンフーっぽく手を動かして見るけど、魔法は使えない。勿論掛け声はアチョーです。
振り向いた先生は、とても残念な顔をしていました。
「そういえばお前さん……ユナは、魔法の理念は愚か、文字の読み書きすら習っておらんかったらしいな」
「うん!ユナ、一人暮らししていたからね!」
「ウサギ小屋が家と呼べるのなら、な」
ユナはウサギではありません!ウサギは群れるので怖いです!頭の中に一瞬、デスメタルが流れた。
「よくもまあ、そんな状態でこの様な素直な子に育ったものだ。ところでユナ、お前はどの程度、人の心が読めるんだ?」
「ん?心?」
「ああ。少し違うな。強い想い、と言ったな。人の思念が聞こえるのだろ?私の想いも聞こえるのか?」
ユナは首を傾げる。
「聞こえる訳ないじゃん!先生は生きてるんだもの。ユナは、誰かの残した想いしか見えないの」
「ほぉ、それは興味深い」
喋りながらも、先生はどんどん先に進む。
『先生、北にズレてますよ!』
「あ、先生、そっちじゃないってよ!」
「ああ、少しズレたか……。フォルトルか?」
「うん!あ、ちょっと待って!モルト爺が、レア植物見つけたって!!」
「お?これは珍しい薬草だな……ユナ、なるほど。お前さんの事が少し分かった気がする……って、こら、戻れ!!迷子になるぞ!!」
少し歩けばジャングルの中にいきなりアート作品が現れました!ジャングルジムです!!
「昔は壁があったんだがな……」
基礎だけが残ったのね。ユナ、ジャングルジムの歴史を見た気がします。
「ここから上に行けるはずだ」
先生は鉄の棒で出来た、大人サイズのジャングルジムを、ローブ姿のまますいすいと登り始めた。下に朽ちた木が落ちてるから、ここに足場が作られていたのだろう。
「ユナは危ないから待って……もう手遅れか」
「ん?」
2人で2階くらいの高さを登れば、突き出した崖に、ポカリと空いた穴に到着した。穴と言っても、完全に蔦のカーテンがかかってて、外からは見えません。蔦を掻き分け侵入すれば、外から差し込む光が当たり、一瞬洞窟内がキラキラして見えた。
「ユナ、火を灯してみろ」
りょ!
「うぉぉぉ――!!」
ユナが指先に火を灯すと中は広く深く、奥の方まで床一面がキラキラと光り出す。これは!!
『宝石ですね。かなりの数ですし、種類も豊富です。さすが黄金の国サウスティアラ王国。金だけではなく、この様な貴重な資源もあったとは!これだけあれば、一生働かずに済むでしょう。ですが……これは氷山の一角ではないでしょうか』
オレリアンおじ様が宝石を興味深そうに見ていた。
「先生、大金持ち?」
「ハハッ!確かにそうなるな。その昔ここはな、近くの採掘場の水抜き場だったんだ。だから、廃坑になった後の大水で宝石が流れ、ここに溜まっているんだ。ユナ、実はな。私はテラに宝石をプレゼントしたいと考えておる。手伝ってはくれんか?」
テラに?素敵ィ――!!
「うん!任せて!!」
意気込んだはいいけど、宝石はいっぱいありすぎて、ユナはどれがいいか悩んでしまう。
「自分の瞳の色の石をプレゼントしたりする者もおるようなんだが、私は独占欲を見せびらかす様な歳でもないから……」
先生がブツブツ言ってる。
ん?ユナ、フィン様に瞳の色の石を頂いてますが?ウソぉ――!!
「ユナ、何の儀式だ?」
ユナは顔を押さえ悶えた。何だか急に恥ずかしくなって……と、小枝の集まった暗がりに、ひと際輝く石が見えた。
手に取って見ると、角度や当たる光の強さによって様々な色に見えて、綺麗なだけじゃなくて、目が離せない感じなの!
「先生――!これ!この石!!」
ユナはその親指程の石を先生に渡した。
「おお!これは美しい!何らかの成分の含有量が関係しておるようだが……非常に珍しいぞ!!ユナ、でかした!!」
それからユナは、先生と幾つかの宝石を手に、来た道を戻って城に帰った。冬は日暮れが早い。王都は1日じゃ往復出来ないから、テラ達の帰りは明日だろう。だから今日はユナ、先生の部屋で毛皮にくるまって寝ることにしました。
先生の部屋は、本はもちろん、謎の瓶詰めから謎の干物まで、何でもありな感じだけど、きちんと整理されててて、ファンタジー世界の魔法使いの部屋って感じでかっこいい。
「ユナ。色々と考察してみたんだが、やはりお前とメイリーンには共通点が多すぎる。特にその能力は、この世界での聖女の特徴だ。故にお前のその能力も元が同じではないかと考えが至った」
先生は宝石を磨きながら独り言の様に話す。
ユナは、暖炉の前の、もふもふ毛皮の上に丸まって考えた。
それってユナが聖女って事?家系的にはそうだけど……。
ユナは広げられたままの模写絵を眺めてるアンリンを見る。能力はなくても、聖女にはなれる。人を惹き付ける者が聖女なんだと思う。
「ユナとメイリーンに共通点なんてないよ?」
ユナとメイリーンは似ているけど違う。ユナはメイリーンみたいに綺麗でもないしゴージャスでもない。多分、そういう意味で、ユナは聖女じゃないと思う。
「どちらも強い想いを感じ取る事ができるではないか。お前は人のいない墓場で育ったが為に、遺品に宿る想いに強く反応するようになり、メイリーンは聖女として、人に囲まれ、疑心暗鬼の内で育った為、人の想いに強く反応するようになったのではないだろうか」
「うーん。確かにユナ、小さい頃は色々聞こえた気がする。だからお父さん、ユナを遠くの屋敷に置いたのよ。……ユナね、その事でいつかお父さんと喧嘩しちゃて凄く後悔してるんだ」
「喧嘩?どんな?」
先生は顔を上げた。
「お父さん、ユナにね、想いの欠片とばかり話していてはダメだよ。外にはもっと沢山の人がいるんだよって言って、屋敷に宿る想いの欠片を昇華しようとしたの。でもお父さん、ユナのいる屋敷にいてくれる事なんて殆どなかったし、屋敷には使用人さんしかいなかったから、ユナ、みんなを取らないで!!って怒っちゃったの」
「それは子どもを放る父親が悪い」
先生は不機嫌そうに言い放つ。ユナは首を振った。
「そうじゃないの。お父さん、ユナを連れて引越すつもりで言ったみたい。……でも、引っ越す途中で、馬車が魔物に襲われちゃってね。お父さん、死んじゃったの。ユナね、お父さんに謝れなかったから、今は生きてる人と仲良くしようって……頑張らなきゃって思ってる」
「そうか……お前は愛されたくて必死に手を伸ばしているのだな」
先生はユナの横にゆっくりと座ると、転がるユナの頭をなでてくれた。
「生きている者の愛は頼りなく、当てにはならないと思う事もあるだろう。だが、だからこそ学びがあるし、努力も必要だと言えよう。ユナ、信じよ。父親はいつまでもお前を見守っているだろう」
ユナを見つめる先生の目は真剣そのもので、ユナは安心して、目を閉じた。
「だといいな……」
ユナはそっと首元に当たるフィン様の石に触れる。……フィン様、ユナ、信じたい。
先生が毛布をかけてくれて、ユナは夢心地。
「ユナを見守る者達よ。これからもどうか、ユナを頼む」
微睡みの中、先生の優しい呟きが聞こえた。
翌日、ユナは朝練として、塔の上でフォルトルさんとオレリアンおじ様に魔法を習っていた。すると……。
凄い勢いで重々しい2頭立て馬車が走って来るのが木々の隙間から見える。何かに追われてるの?
ユナが急いで塔を降り、馬車に駆け寄ると、御者はテラで、中からは今にも死にそうな顔をしたチョンが転がり出てきた。
「次は俺に御者をやらせてくれ……」
ドンマイ。
「テラ、おかえり!早かったね!……凄く急いでたみたいだけど、どうしたの?」
テラは颯爽と御者席から飛び降りると、突然ガシリとユナの両肩をつかみ、揺すり始めた。
「ユナ、どうして教えてくれなかったのよ!舞踏会があるって!!間に合わないところだったわよ!?」
ガクガクガク……あ、そんなのもありましたね。
「テラ、そんなに急いで……何か怒っておるね?」
先生も少し慌てた様子だ。
「フェリベール!忘れていたでしょ?舞踏会は明後日よ!!ユナをエスコートするんですって?」
「ああ、そうだった……そうか。すまんな、すっかり忘れておった」
「あなた、ユナの晴れ舞台を見たくないの!?」
こう言われれば、先生は動くしかない。
それからユナ達はテラに急かされるがまま、バタバタと用意をした。先生の荷造りを手伝って、テラの荷物(殆ど本です)を詰めて、ユナの荷物は……肩に掛けた。チョンはみんなの荷物を馬車に載せると、そのまま御者席に乗り込み、手網を命綱の様に握りしめている。
「あれ?引越しでもするの?」
ユナの疑問に、テラは嬉しそうに答えた。
「ちょうどいい物件があったから押さえて来たわ。降格になった元伯爵家の屋敷が売られてたの。当面の間はそこで心地よく過ごせるでしょ?」
家?買ってきたの?
「買い出しに行ってたんじゃ……?」
「ええ勿論、家具は揃えたわよ?馬車も買ったわ」
家に家具に馬車。ちょっと買い出すには、大きすぎる気が……!
戸締りを終えて来た先生を見れば……ほら、眉を顰めてる。
「そこは安全か?」
テラは胸を張る。
「ええ。ギルドに警備員募集をかけたら、すぐに集まったわ。みんな知り合いよ。信用出来る」
「冒険者か。さすがだな、テラ。素晴らしい判断だ」
え!?いいの!?冒険者よ?
それから、パンパンになった馬車に先生とテラが乗り込み、御者席のチョンの横にユナが乗る。
一行は王都へと出発した。




