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1話 助けて、ボトルロック!

 それは、深く深く、魂に刻まれた恐ろしい記憶。

 灼熱に焼かれ続ける魂の声と共に、肌に感じるのは、狂おしい程の死への渇望。

 

 この世に幸せがあるとするなら、きっとそれは、死ぬことなのだろう。そう思えた。


◇◇◇


 ユナ・ブラヴォーは転生者だ。このファンタジー世界に来る前は、日本という国でごく普通の女子高生だった。名前が由奈だと言う事以外、自分の事は殆ど覚えていないけど。

 でも、毎日の様に見る夢は、地獄な世界をベルトコンベヤーに乗って遊覧ツアーな夢。前世では、きっとろくな事をしなかったのだろう。

 だから、今世の目標は、ズバリ!いい人になる事だった。


 ユナの転生先は、よくある中世ヨーロッパ風の世界。ユナはこの、剣と魔法の国、ティアラ王国の王都の伯爵家の娘として生まれた。まあ、色々あって、今は御家が凍結中だから、1人でひっそりと暮らしてるんだけど。

 

 この国では、国の為の働き……例えば税金を払うとか、兵を出すとが出来なくなった貴族に対しては、10年の凍結の後、平民へと戻すという、ユルい規則があった。ちょっと前に流行った病気のせいで、子どもの少なくなった御家への対処なのだろうけど、とても優しいお国柄なのだと思う。

 

 ユナの御家であるブラヴォー家は今年、その10年の節目を迎える。この冬を超えれば、ユナは晴れて平民の身の上となるのだ。

 まあ、だからといってユナの生活が変わる事はないけどね!

 


「テラ!起きて、もうすぐ開店よ!ったく、まだ寝てるのかしら」

 ユナはティアラ王国の王都の西門近くにある、馬蹄の泥亭という酒場で働いていた。

 綺麗に編み込んだ髪をモブキャップにすっぽりと入れた、何処にでもいる地味なメイドスタイルがユナのお気に入り。別にメイドじゃないのだからそんな服を着る必要もないのだが、気分のアガる服として常に着用していた。

 

 夕暮れ時、ユナが店の扉の小窓から外を覗くと、既に厳つい冒険者たちが並んでいるのが見える。馬蹄の泥亭は大人気店なのだ。

 ユナは慌ててバケツとホウキを店の奥の戸棚に仕舞うと、2階へと駆け上がり、一番奥の部屋の扉をガンガン叩いた。

 

「テラ、もうすぐ開店よ!私は帰らなきゃ。暗くなっちゃうのっ!」

 

 ガタンガタンと音がし、ようやく扉が開く。中から出てきたのはケットを体に巻きつけただけの、あられもない姿の女主人、テラだった。長いブロンドヘアがなんともエロい。

「ありがと、ユナ。もうお帰り。後はやっとくから」

 その声といい、仕草といい、もう、色気がダダ漏れ状態の女主人にユナはため息をつくと、勝手に部屋に入り、その辺に散らかる本を押しのけて、クローゼットから、今日の衣装を選ぶ。

 

「もう!この本、どっから借りて来たのよ、邪魔ね!」

 この世界では、本はとても貴重だと言うのに、テラの部屋の中はいつも本だらけ。歩くのも困難な状態だった。

「お城よ、大切に扱かってちょうだいよぉ」

 ユナはキッとテラを睨むと、とびきり際どいワンピースを押し付け、踵を返した。

 

「なら今度片付けさせてちょうだい。きっちり並べてあげるから!いい?テラ、早くこれを着て下に降りる!私は、帰るからね!」

「はーい」

 あくび混じりの返事を背中に聴きながら、ユナは急いで店の裏口を出て、通りへと駆け出したのだった。

 

 ユナの仕事はこの、馬蹄の泥亭という夜営業の酒場の開店準備。ユナはまだ15歳だ。だから乱暴な冒険者たちの集う店にはいられない。

 遅くまで働いてはダメだと店主に言われているのもあり、日が沈む前には家に帰ることになっていた。


 ユナは冒険者で賑わう夕暮れの街道の中を駆け、1人王都の外門へと帰路を急ぐ。王都の閉門は日没だ。もう時間は残されていない。

「ユナ!今日は遅いじゃないか。もう閉めるぞぉ!」

 西門の前の広場に着いた時には、門はもう半分以上閉まっていた。西門の門兵長さんが大きく重たい木の門に手をかけ、ユナを急かす。

 

「ごめーん、テラがなかなか起きなくて!」

 テラの読書好きは度を超えていると思う。酒場という場所柄、昼夜が逆転した生活をしている彼女を起こすのが、いつもユナの1日の最後の仕事だった。

 

「また時間を忘れて本を読んでたんだろうよ。テラにも困ったものだな。ユナ、まだ魔物も出るから気ぃつけて帰るんだぞ」

「大丈夫よ、私、悪運強いから。それより門兵長さん、今日のテラはとびきりセクシーよ。楽しみにしててね!」

 門兵長さんは、でかした!と、満面の笑み浮かべると、近くにいる同僚に目を送った。今日も馬蹄の泥亭は大繁盛だろう。

 ユナは、飲みすぎないようにね!と男たちに手を振り、 走って門を抜けた。

 

 

 ユナの家は王都の西門の外、城壁と深い堀に囲まれた王都に、くっつく様に出来たオデールという小さな村の隅っこにあった。

 王都の中は貴族の屋敷や商業施設が主だが、外は広大な土地の中に農家や民家が散らばる、のどかな田園風景だ。その中心に建つ白く小さな教会と割と立派な孤児院の裏。墓地の片隅に建つ小さな小屋がユナの家だ。

 

「日が沈むわ……急がないと」

 王都の外に街灯などない。日が暮れれば真っ暗になってしまう。それに、魔物も出るかもしれないし。

 ユナは雇い主のテラを呪いながら遠くに見える教会の三角屋根を目指して、踏み固められた馬車道をひたすら走った。


 この国、ティアラ王国は数週間前までは、魔物に襲われ、国の存続すら危うい状態だった。しかし、最強の魔導師様と王太子様の活躍のお陰で、魔物は浄化され、森へと帰っていったという。

 

 ユナはあの日の事を思い出して身震いする。突然に現れた大量の魔物の群れが、ユナの住む町のすぐ側まで来ていたのだ。

 その足音や吐く息。唸り声に怯え、ユナは家の中で丸くなって震えていた。

 どれくらいそうしていたのか……。テラが呼んでくれたと言う冒険者にユナが保護された時には、全てが終わっていた。王都の堀は魔物の死体で埋まり、正門すら開かない状態だったと言うから恐ろしい。

 

 後に、あれだけの魔物を広範囲の浄化魔法で退けた人間がいるという事実を聞き、ユナは凄い人間もいるものだと驚いた。さらにそれがこの国の王子様と宮廷魔術師様だと聞いて、さすがファンタジー世界だと関心したものだ。

 

 浄化された魔物は人を襲わない。お陰でこの国にもようやく平和が訪れ、こうやって女の一人歩きも出来るようになったって訳だけど。

 安全になったとはいえ、まだ夜になれば、魔物が凶暴になるとの噂があるのは本当だし、ここ数日、王都の周りに浄化されていない魔物の出現情報もあった。

 

 案の定、町の境界である簡単な柵まであと少しって所で、遠くの草むらが激しく揺れた。

 ここまで全速力で走って来たユナの足は、すでにガクガクだし、息も切れて生唾も呑み込めなかった。

 そんなユナを獲物と定めたのか、草闇の中から一匹の大きな狼が飛び出して来た。

 

 ガルルと唸るその口には凶暴な牙。そして額の角。

 

「黒いわ。最悪……」

 黒い角は浄化されていない魔物の特徴。ユナはへなへなとその場に座り込み顔を覆った。こうしていれば、全てが終わる事を知っていたからだ。


「助けて……ボトルロック」

 ユナはとても強がりだ。そんなユナが唯一弱音を吐ける相手が、ボトルロック。

 ユナは、唯一、自分の家族ともいえる者の名を呟いた。

 

 魔物は蹲るユナの周りを唸りながら回り、いつ襲われてもおかしくない状況だった。

 助けを求める声は呟は小さく震え、誰の耳にも入らないだろう。でもユナは知っていた。それでも彼が助けてくれる事を。


 ユナの影が一際濃くなり、ズルりと人影を形成する。黒いローブを纏った長身の男。その背には黒い羽が片方だけ生えている。フードに隠れた長い黒髪は確認出来るが、その顔は分からない。目だけがそこにあるのを、主張するように紅く輝いていた。大きな鎌を構えるこの黒い影こそがボトルロック。ユナを守ってくれる死神だった。


 ボトルロックはユナを庇う様に魔物の前に立ち塞がった。

 次の瞬間、魔物が土を蹴り、ユナに飛びつく。

 同時に、ボトルロックが大きく鎌を振るった。

 

 ギャンッ!!


 それは勝負が一瞬でついた事を知らせる断末魔。ぼとりと魔物の首が落ちる音が遠くに聞こえ、ユナは立ち上がった。

 ここにいてはいけない。誰かに見られしまっては、また嫌な噂がたってしまうから。

 

 ユナは魔物の死体を見ない様に、前だけを向き、ガタつく足に喝を入れ、その場を走り去った。


 

 ユナはそれから何事も無かったかのように町に入ると、教会の戸締りをする初老のシスター・メイに手を振り、その裏にある墓地を急いで横切って、小さな小屋に飛び込んだ。

 小屋の戸を閉め、ようやく息を着くと、その場に崩れ落ちる。窓のない物置小屋、ここがユナの家だ。

 

「怖かったぁ……」

 手探りでテーブルの上のランプを取り、太陽さん。火を貸して!と魔法を唱える。この世界の魔法は言霊だから、割とすぐに習得でき、とても便利だ。これしか知らないけど。

 

『ユナ……』

「きゃッ!!」

 魔法の火が、ランプの芯についた途端、ランプ越しに、大きな顔がドアップで写り、ユナは可愛い悲鳴を上げた。

『そんなに怖がらんでよかろうに……』

 

 声をかけてきたのは、シルクハットの似合う小綺麗な紳士様だ。しかし、その姿はゆらゆらと揺らめく白銀のプラズマの集合体。うっすらと白銀の濃淡のみで形成された幽霊のように見えるが、そこに魂はない。

 そう、これは、既にこの世にはいない人の、想いの欠片だ。

 

 転生と言えばチートなスキル。

 ユナは、強い想いや願いといった思念を見る事が出来るという、いかにも聖女っぽいスキルを生まれ持っていた。

 お陰でこんな風に不意打ちを食らい、驚く事も少なくない。見えると分かっていても怖いものは怖いのだ。素直に認めたくないけど!

 

「驚いただけよ!オレリアンおじ様どうしたの?」

 ユナの家は墓地の中にある。こういった思念体が家に押しかけて来る事はよくある事。なぜなら想いの欠片は物に宿る事が多いから。

 

 墓には埋葬された者が生前大切にしていた物が副葬品として一緒に埋められる事が多い。ユナの家の周りにあるこの墓地は、教会が近い事もあり、貴族様が多く埋葬されてある。貴族様は埋葬者の為ならたとえ貴重品であっても、惜しげも無く墓に供える。お陰でユナの家の周りは、いつもプラズマの嵐だった。

 

 だから日が沈む前に家の戸を閉めたかったのに!

 十歩歩けば一周回れる家だけど、この家がユナの砦だったのだ。

 

『ユナ、聞いたぞ。今度、城で舞踏会が開かれるらしいじゃないか』

 この世界の思念体はとてもアグレッシブだ。と言っても移動範囲は限られているようで、あまり遠くには行けないらしい。恐らく、町の噂好きのおばちゃんたちの噂話を聞いてきたのだろうけど……。

 

「行かないわよ」

『お前さんは伯爵家の娘じゃないか。そこに招待状も来ておる』

「招待状?」

 おじ様の指さす先は、ユナの家の唯一の家具である小さなオーク樽のテーブル(テーブルと言ったらテーブルなの!)が。

 荷物入れ兼ランプ置き場として使っているその上には、この家に超不似合いな物が乗っかっていた。

 王家マークで封蝋された上品な手紙だ。

 

「王家の使いも、よくこんな所まで持ってきたわね。疑問に思わなかったのかしら……」

 ユナは眉を顰めた。ユナの家に内鍵はない。取る物がないから。シスター・メイですら近づかないこの家に、入るとすれば、この町の者ではなく余所者だ。

 もう!女の子の家に勝手に入って手紙を置くなんて……!

 

『ユナ。わしは孫の姿がひと目見たいんじゃ。参加してはくれんか?』

「それはつまり、おじ様の宿る副葬品を持っての、舞踏会参加って事よね」

『頼むよ……ユナちゃん』

「ごめん、それだけは出来ないの」


 ユナの父も想いの欠片を見ることが出来た。そしてその想いを叶える為、墓から副葬品を掘り出し……結果、捕まった。後で返すつもりであっても、その行為は忌むものなのだと、ユナは身をもって知っていた。

 

「ってか、そもそも、この私に貴族の真似事は無理よ!見て分からない?」

 日々忙しく駆けずり回るユナには、上品さの欠片もない。メイド姿で、腰に手をやり凄む様子はとても令嬢には見えない。

 

『ユナ。お前さんなら大丈夫だよ。そこいらの娘よりか幾分か美しい』

 おじ様のあからさまなお世辞が炸裂する。だが、詰めが甘い。

「幾分……って……」

 

『お前さんの性格の良さはわしらが保証するぞ!な、ボトルロック!!』

 近くで声がする。肩越しに見れば、したり顔で頷く、モーツァルトの様なクルクル巻き毛が鬱陶しい学者のオレビンさんがいた。

「ちょっと!ボトルロックを巻き込まないで!まあ、地味に嬉しいけど、それだけじゃねぇ……」

 ユナはもっと褒めてと流し目を送る。

 

『ええ、なかなか可愛いですね』

 その横で、騎士団風の厳つい男がにこやかに頷いていた。知らない人だ。また墓が増えたらしい。

「誰よあんた。勝手に人の家に……って、あなた達、何処から入ってきたのよ?」

『『そこ』』

 皆が一斉に入り口を、指さした。

「!!」

 

「あの……シスターがパンをどうぞって……」

 開け放たれた扉の向こうには、月を背に孤児院の年長の男の子が真っ青な顔をして立っていた。恐る恐るユナに向かって籠を差し出す。

 

 皆の声は私にしか聞こえない。すなわち、私は大声で1人芝居をしてたって訳だ。

「はは……精霊さんが話しかけるから、ね。あ、シスターにありがとうって伝えて」

 ユナが籠を受け取ると、男の子は一目散に逃げて行った。

「あ――!!また、変な娘だって噂されるじゃない!って、もうっ!!何くつろいでるのよ……」

 

 思念体は自らのプラズマで様々なものを創り出す。いつの間にかテーブルの上には雲で出来た様なチェスっぽいボードゲームがセットされていた。その下の王家の手紙が霞んで見える。

 

『ボトルロック。勝負だ!!今日は負けんぞ!!』

 オレビンさんがその前に立つと、ユナの影が揺らぎ始め、ボトルロックが現れる。そそくさとテーブルにつく様子から、ボトルロックもゲームがしたかったらしい。

 

『負けるな!ボトルロック!!』

 そう言いながら扉から流れ込んでくるプラズマの多い事よ。質量は無いとはいえ、こうなると、もうユナの家はぎゅうぎゅうで、息苦しくさえ感じる。

「ボトルロックまで!も――っ!!」

 ユナは頬を膨らませながらも、自然に顔が緩んでくるのが止められない。

「ボトルロックが負けるわけないじゃない!無駄な抵抗はおよし!オレビンオヤジ」


 ユナは知っていた。今日は怖い夢は見ないって事を。

 ユナはその日、みんなの楽しそうな声を聴きながら、部屋の隅に積まれた藁の上に丸くなり、ぐっすりと眠ったのだった。

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