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15話 ユナの家

 ようやく到着した馬蹄の泥亭の前でユナを待っていたのは、自称底辺の騎士様、チッコリーノこと、チコでした!

「ユナ……お前……」

「あ、チコ!どうしたの?こんな所で」

「どうしたの?じゃねぇだろ!!」

 チコは何故か顔を真っ赤にして、とても怒っております。

「……ユナ、疲れたから寝るね」

 逃げよう。ユナは店の中に避難する事にしました。

「ああ、寝てろよ!絶対、ここから動くなよ!!」

 チコは謎の捨て台詞を吐き、何処かに去って行きました。


「何があったんだろう……」

 この時間はテラはまだ眠ってるはず。ユナはそっと店に入った。

 でも、店に入った途端、目の前には豊満な胸が!!

「ユナ!!あなた、一晩中何処に行ってたの!?」

 ムギュ――ッ!!


 やっぱり死ぬのなら、硬い筋肉よりもふわふわの胸に包まれる方が幸せね。

 ユナはそう思いながら、そのまま深い眠りについた。



 目が覚めたら頭がクラクラしてて、ユナは眉をひそめた。枕元のランプがついてるから、多分、今は夜だ。起き上がってキョロキョロと見回せば、見慣れた風景。どうやら馬蹄の泥亭の2階にいるようだ。階下の雑踏が聞こえ、ユナはホッとした。

 

 喉が渇いたので飲み物を取りに行こうと、ベッドからゆっくり立ち上がる。少しフラフラするも、大丈夫そう。

 ユナは重たい体を引き摺ってそろそろと部屋を出ると階段を目指した。

 でも階段を降り始めた途端、階下がにわかに静まってきて、ユナは首を傾げた。聞こえてきたのはテラの声。何故か、聞いた事もないほど冷たい声だった。

 

「まあ、フィン王太子様。こんな時間に何の御用かしら?」

 ユナは足を止め、そっと店内を覗き込んだ。

 今日も馬蹄の泥亭は満員御礼だ。でも、突然の王太子来訪に、冒険者たちはいつもの様にはしゃげずに静かに酒を煽り始めていた。

 

「ユナがここにいると聞いたんだが。会わせてはくれないだろうか?」

 キラキラ金髪王子様は、何故か今日はとても疲れてるご様子。冒険者風の服を着ているからか、その輝きが陰って見えた。

 

「帰ってちょうだい」

 フィン様がカウンターに近づくだけで、テラが嫌そうにシッシッて追い払う。

「少し話がしたいんだ……」

 フィン様はテラに食い下がった。テラはカウンターに腕を着くと、フィン様の顔を下から覗き込む。

 

「あなた、言ったわよね?ユナは自分が必ず幸せにするから、任せてくれないか、と。覚えてる?最近、聖女様のお相手が忙しくて、忘れちゃったかしら?」

「忘れる訳はない。私にとって、ユナは……」

「なら、何故ユナは傷だらけで、あんなに憔悴して帰って来たのかしら?知らなかったなんて言わせないわよ!?」

「それは……」

 

 テラは体をのばし、店の入り口に向かって声を張り上げた。

「チャーリー!この男を放り出してちょうだい!!」

 

 すぐさま酒場の用心棒、チャーリーがやって来て、フィン様の腕を取った。ユナは慌てた。チャーリーみたいな屈強な冒険者に比べると、フィン様の体格ではまるで子どもようだ。

「待ってくれ!薬だけでも!!」

 フィン様か叫び、テラが応戦する。

「これだから王族は!あなた達はどれだけユナから奪えば気が済むの?信じた私が馬鹿だったわ!」

 

「待って、テラ!!」

 ユナは叫んだ!……けど、急いで階段を降りようとして、ユナは盛大に足を踏み外した。

 グルングルンと視界が回って、あちこちぶつけて……ガン!!

 後頭部が派手な音を叩き出した!

 

「キャ――ッ!ユナ!!」

 テラの悲鳴と同時に、金色の髪が真上に見えた。さすがフィン様、速い!

「あ……フィン様。ども……痛!」

 ありがとうは、抱き起こされた衝撃で悲鳴に変わった。フィン様はユナを後ろから支え、しっかりとホールドしてくれる。痛みが和らぎユナは息を吐いた。

 

「ユナ、これを飲んで!」

 差し出されたのはミーアのポーションだ。ユナは力を振り絞って突き返した。

「嫌なのか?俺がそんなに嫌い?」

 すぐ近くにあるフィン様の顔は、何故か泣きそうな感じ。ユナは頭を押さえながら首を振った。

 

「だってこれ、貴重なんでしょ?ユナばっかり貰っちゃ悪いよ」

「俺のせいでそんな風に思ったんだね……ごめん……ユナ……本当にごめん」

 ここでフィン様は本格的に泣き出した。震える腕でユナを抱きしめ、ユナの肩口に顔を押し付けて。

 

「ユナ……頼む。もうどこにも行かないでくれ……限界なんだ……ユナ……」

 あれ?もしかしてフィン様、ユナを探してたの?

 

 その時、フィン様の手から取ったのか、目の前にポーションが差し出された。見ればラディズラーオ隊長が微笑みながら、アーンしろって顔芸してる。

 ユナが口を開けると傾けられるポーション。飲めばみるみる力がみなぎる……おお!素晴らしい薬だ!!


 でもユナ、派手に復活を喜べない。フィン様が泣いてるから。ユナは半分だけで薬をストップしてもらって、残りをフィン用に取っておく事にした。

 フィン様が子供のようになきじゃくってるから、ユナはよしよしと撫でてあげる。不思議ね。少し前に、よく似た人に同じ事をした気がする……デジャブ?

 

「ユナ……俺、王になる自信がなくなってきたよ。大切な人の動向も読めず、何度も見失った挙句に……危険な目に遭わせてしまうなんて……王太子どころか、男として失格だ」

 フィン様が何やら怖い事を言い始めた。


「ちょっと待って、ユナ。あなた、まさか……また1人でウロウロしてたんじゃないでしょうね?」

 ここでテラの、ちょっと待って、が入った。上から圧を感じる。ユナは怒られる予感に恐る恐るテラを見上げた。

「少し気になる事がありまして……」

「ユナ!あなたは、また!!」

 テラは仁王立ちでユナを見下ろしてた。

 

「テラ様!ユナは連続墓荒らし事件の犯人を、独自の観点からお探しになられていたのですよ。ですから……」

 ラディズラーオ隊長が即座に助け舟を出してくれる。そしてそれを後押しする様に、冒険者の1人が食いついた。有難い!!

 

「お!犯人、見つかったのか?」

「ええ。ユナ様のお陰で、無事、盗賊団一味を取り押さえる事が出来ました!」

 隊長の誇らしげな様子を見て、ユナはドヤった。

「そうなのよ!!ね、ユナの冒険談、聞く?聞きたいでしょ?」

 ユナはニコリと冒険者たちの方へと笑顔を向けた。

 

「お――!!聞かせろ、ユナ!!」

「そのお嬢ちゃんが見つけただと?すげぇなあ!」

 余程退屈だったのか、それともテラが怖かったのか……。馬蹄の泥亭は、冒険者達や、その他大勢の酔っぱらいの声援で大盛り上がりとなった。

 

「何処から話そうかな……まずは魔物退治でデルべルシア近くの洞窟で落盤事故にあったところからね」

 ユナは嬉しくなって、密会の相手を悪代官って事にして、洞窟の冒険をみんなに話して聞かせた。


「嬢ちゃん!いっぱしの冒険者じゃねぇか!」

「大したもんだ!!俺も駆け出しの頃はな、怪我しながらも無茶したもんでぃ!!」

 お客さんたちはユナを肴に勝手に更に盛り上がってくれる。


「落盤事故に、魔物の巣ですって?更には盗賊団に襲われるなんて……その首の傷といい、ユナは女の子なのに!」

「テラ、お前も昔、そうだっただろ?認めてやれ」

 テラと用心棒のチャーリーが仲良く話してるのを見て、ユナはホッとした。

 でもユナ、まだフィン様に抱きつかれたままです。


「ユナ、コンタクトって何だい?」

 フィン様はいつの間にか泣き止んでて、話を聞いてたみたい。耳元でする声に、ユナ、ドキドキです。

 ねえ、そろそろ離してくれない?

 

「えっと……コンタクトって、魚の鱗みたいな透明な……」

 ここまで言って気がつく。この世界、コンタクトないじゃん?

 

「宝飾品か。それを落としたと、メイリーンが言ったんだね?」

 それ、かなり序盤の話よ。フィン様、凄い集中力ね。

「うん、奥の方だって言われたから、ユナ、取ってきてあげようと思って行ったら、土が降ってきたの……」

 

 ユナの話を聞いた途端、フィン様は横を向いた。そこにはラディズ隊長が控えていた。

「ラディズ!父上に報告を。土魔法の痕跡については、あの時、フェリベール様が気付いておられた。これは陰謀だと伝えてくれ」

「ハッ!」

 素晴らしい連携だ。

 

 慌ただしく隊長が出て行くのを見て、テラが寄ってくる。ここでようやくフィン様はユナを離して立ち上がった。すぐに手が伸びて引っ張られたけど、温もりが消えてちょっと寂しく感じた。

 立ち上がったユナは、フィン様にポーションを差し出した。フィン様は微笑みながら、少しだけ飲んで、残りはユナが飲むようにと言い渡した。

 

「フィン様、話を聞くわ。2階に行くべきかしら?」

 テラはユナを取り戻して、寝なさいって言った。フィン様はカウンターに座る。

「いや、ここでいい。ユナ、先に話しておくべきだった。心配させたくなかったんだ、分かってくれ……。あの聖女はね、人の心を読むんだよ。だから俺は君との接触を極力控えていたんだ。君に害があってはいけないからね」

 さすがファンタジー世界。凄い能力者が出てきた!

 

「フィン様の心?読まれちゃったの?」

 首を傾げたユナに、フィン様は何故か苦々しく微笑んだ。

「そうならないよう努力したから、概ね大丈夫だった。ただ、ユナがいると、冷静ではいられなくてね」

 

 フィン様はチラリとユナの首元を見る。ユナはそこにある石を、思い出してちょっと赤くなった。テラが微笑む。

「ふふっ、フィン様も年相応の人の子なのね。それで?聖女様が、ユナの事を逆恨みしたんじゃないかと?」

「それが……ユナ、そろそろ寝る時間だよ」

 フィン様が言い淀んだ。ここからは大人同士の話になるって事だ。フィン様もまだ17歳のはずだけど?


 でもユナ、ここは大人しく階段に向かった。フィン様を困らせるつもりはなかったから。

 すると何故か、すぐにフィン様がユナを後ろから追っかけて来て……。

 

 階段を数歩登った所で、ユナは後ろから抱きしめられた。そして、びっくりして振り向いたユナの唇にフィン様は……軽くキスをしたの。

 

「ユナ、聖女を追い返したら、俺とデートしてくれないか?」

 影になってよく見えないけど、フィン様はちょっと照れたご様子。ユナは糸の切れたマペットみたいにカクンッと頷いた。 

 名残惜しそうにユナの頬を撫でると、フィン様はすぐにカウンターへと戻っていった。ユナはその場にヘナヘナと座り込んだ。

 心臓が飛び出そう!顔が熱いし!!

 

 でも……。

 その熱も、階下の会話を聞いてすぐに冷めてしまう。

 

「デッセシュバームからの交換視察の申し出を受けた我が国は、王太子であるアレンを差し出したんだ。なのに、あちらが我が国に寄越したのは、心が読めると噂される聖女だったんだよ。しかも彼女は、気に入らない者の首を跳ねるのが得意だとの事で、デッセシュバーム国内でも恐れられる存在だと、情報筋からの報告が戻って来た。これは我が国が甘く見られた証拠。宣戦布告だとも言えるだろ?だがしかし、私はどうにかして、聖女を穏便に追い返したいんだ……上手い方法はないものか……」

 フィン様の声だ。

 

「そんなもん、叩き返しちまえ!!」

 冒険者がジョッキをテーブルに叩きつける。

「そうだ!我がティアラ王国はデッセシュバームになんか負けねぇ!こないだだって、あんだけの魔物を追い返したんだぜ!……まあ、フィン様、あんたらの手柄だがな!」

「いや、私は恐らく、人に対しては無力だ。戦争となれば、役には立たないだろう。だからこそ、どうにか穏便に……」

 

 フィン様は沢山の問題を抱えてるのね。ユナもお手伝い出来るといいのに……。

 そう思いながら、ユナは階段を登って部屋に戻った。

 

「……あ、本」

 フトンに入ると思い出すのは何故だろう?ユナは慌ててベッドから起き上がると、ランプを片手にテラの部屋を目差した。

 

 テラの部屋は相変わらず本だらけで、本棚は既に満杯。床からテーブルの上まで積まれた本の重さで、床が落ちちゃいそうなくらい。

「ねえ、みんな。悪いけど、力を貸してくれない?ユナ、オレビンオヤジの本が読みたいの!」

 

 頼めばオヤジが出てきて、いそいそと辺りを見回してくれた。

『ユナ、ボトルロックはどこじゃ!!』

 そっちかい!早く済ませて遊びたいのね。でも、本には興味があるみたい。

『ぬ?どれどれ……これは中々の蔵書じゃの。珍しいもんも混ざっとる!』

 それ、多分、国の秘蔵書よ!

 

『僭越ながら、デンデもお力になります』

 有難い事に、デンデンも出てきてくれた。見ればデンデンのクルクルがなくなってる!

「デンデン、めっちゃ可愛い!」

 髪を切ったデンデンは、イケメンと言うよりもふわふわとした癒し系キャラでした。すぐにアンリンが飛び込んでくる。……飛び込んで?ああ。下でフィン様を鑑賞してたのね。多分、他のみんなもそっちだわ。

 

『デンデン!イメチェン、成功ね!!』

 アンリンが何処かで聞いたセリフを吐いた!

『ん?モレス氏ではないか!』

 どうやらオレビンオヤジも思い出した様子。きっと生前はこっちの姿だったのだろう。

 ユナはみんなが仲良くなるのが嬉しくて、ふわふわ気分でお宝探しを楽しんだ。


 しかし……本があれば読みたくなるもの。デンデンとオヤジは全く役に立たなかった。

『ユナ、この本、開いとくれ』

「え?これ?これ、オヤジが書いたの?」

 開けば、デンデンも寄ってくる。

『おお、師匠!これはホービー氏の詩集ではないですか!?』

「オヤジのじゃないんじゃん!」

『ユナ――!こっちじゃ!植物図鑑がある!見せてくれ!』

 モルト爺まで出てきてる!

 

 その中、アンリンがいい仕事をしてくれた。

『これが1番寝やすいわぁ……』

 部屋の隅で丸くなるアンリン。その頭の下には、見覚えのある分厚い本が!

「厚さまで理想の眠りを誘うの!?凄いよ、オレビンオヤジ!!」

『内容を褒めて欲しいんじゃが……』

「お宝本、ゲットよ!」

 

 ユナは、テラが困らないよう、書き置きをしてから本を持ち出すことにした。

 でも、紙とペンは高級品。ユナは持っていたアレン様の書の裏に、オレビン・デ・ロンツィの本を借りる旨を記し、机の上に置いてある読みかけの本の間に挟んでから、そっとテラの部屋を出て、自分の部屋に戻った。

 

 部屋に帰り、ベッドの上で本を広げる。

「暗号解読よ!」

 まずは、書き足されたであろう文字と数字を探し出す事からだ!

 ……でも。

 気合いを入れて眺めても、1ページ目から暗号にしか見えない。なんか、オレビンオヤジはソワソワしてるし?


 仕方ない……。ユナはオヤジのゲーム盤をベッドの足元の方に広げた。オレビンオヤジが飛びつく。すると、ユナの黒い影が見る間に大きくなって……。


「ボトルロック!ユナ、こうやって普通に姿が見れるのって嬉しいな!」

 ユナが声をかけると、片翼の黒い死神様は表情こそないけど、とても嬉しそうに感じた。フィン様が城に帰ったのか、みんなも戻って来て、ユナの部屋は一気に賑やかになる。

 

『ユナ、ニヤニヤしてどうしたの?』

 アンリンがベッドの上でゲームに夢中になるデンデンを眺めながら言う。

「ユナの家はここなんだなぁって思って。みんなが楽しく暮らせる場所が、ユナにとっての家だから」


 アンリンが突然、抱きしめる……素振り。

『ユナ、大好きよ!!』

 ユナも両手を広げ、虚空を抱きしめた。それだけで最高の気分になれるの!


「ユナもみんなが大好き!!」

 ベッドを囲んでゲームをしてたみんなも振り向き、笑顔を返してくれる。

 

 ユナは数字の羅列した本のページをめくりながら、ふわふわと幸せ気分だ。本のお陰か……そのまま幸せな眠りに誘われていったのだった。

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