12話 密会
目が覚めれば、見知らぬオッサンに見つめられていました。辺りは暗く、暖炉の火だけが優しく部屋を照らしています。心地よいベッドに横になってるユナの横にピタリと椅子をつけユナを見下ろすオッサンは、冒険者風の格好をしてて……。
あ、思い出した!
モルト爺の指さす穴へと潜り込んだユナは、這い進んだ先に出口を見つけたのでした。なんと、それは最初に入った洞窟の入り口のすぐ横でした!
みんなはまだ、洞窟内にいるようだったので、ユナは合流しようと、みんなのいる方の洞窟に再び入っていった。
そして見たのです!
この、冒険者風のオッサンが、魔法で土を動かすのを!!
皆が注目する中、崩落現場の土砂が、カーテンが開くかの様に、ズザザザ――ッ!と、左右に開いたのでした!
ユナは思わず、おお――!!っと拍手した。
すると、みんなが一斉にユナの方へと振り返って……。
注目され、冷や汗をかくユナの元に、いつの間に来てたのか、あの、金髪王太子様がすっ飛んできて、いきなりユナを抱き締めた。
何故かフィン様は涙目で。ユナを思い切りギュゥゥゥ――ってするから!
ユナは軽く落とされました。――白目。
「気が付いたか。ちょっと失礼するよ」
オッサンのあまりの眼力に目を泳がせていたユナは、背中に手を入れられ、オッサンによって半ば強引に起こされた。身体中の筋肉が悲鳴をあげる。これはきっとウサギの呪い。
「これを飲みなさい」
見覚えのある薬瓶だ。ミーアが用意してくれたのかな?
オッサンはいつかフィン様がした様に、ビンの蓋を開けてユナに差し出した。何だかその顔もフィン様に見えてくる。
「ありがとう。おじさん、フィン様にソックリね」
オッサンは少し驚いた顔をするも、すぐにふっと笑った。笑い方もソックリだ。力が入らなくて瓶を握れないユナの手を、ユナの後ろに座って支えてくれる。
「フィンが私に似たのだろう?私の方が歳上だ」
「そっか――」
ユナは後ろから見つめられながら、居心地悪く薬を飲み干した。飲んでいる間に、みるみる元気になるのが分かる。……おお!素晴らしい薬だ!
「ふっかーつっ!」
ユナは両手をあげて喜んだ。
オッサンの顎にアッパーが決まった瞬間だった。
「ユナ……いいパンチだ」
慌てて振り向けばオッサンは嬉しそうに笑った。痛いのが好きな人なのかな?
「ごめんなさい。大丈夫?」
顔を覗き込みながら顎を撫でてあげると、オッサンは、今度はいきなり涙を流し始めた。
「ユナ……すまなかった。この位じゃ殴り足りないだろう……私が、全て悪い……お前を1人に……」
片手で顔を覆い、グズグズと泣き始めるオッサン。そんなに痛かったのか。
ユナは申し訳なくて、慌てて頭を撫でてあげると、汚れちゃって脱がされた制服の代わりなのか、着せられてたゴテゴテと刺繍をされた男物のシャツをオッサンに押しやった。
大人の男の人がこんな風に思い切り泣くのを初めて見た。
オッサンはそれで顔を拭くと、少し落ち着いたみたいで、ようやくユナの方に顔を向けた。
「ユナ……私が誰か分かるか?」
「土木関係者?」
ヘルメットが似合う男っぽくなってしまった。あれは上級土魔法なんだがな、とオッサンは苦笑し、自己紹介してくれた。
「私はアルビーおじさんだ、お前の父親のルカとは親友だったんだが……覚えてはないか?」
「あ、学園長様から聞きました!」
「ディディエラからか。……そうか、まだお前さんは5歳だったからな。ルカは何も話してなかったのか?」
ユナは首を傾げた。
「お父さんって自分の事は何も話さない人だったのよね。ほとんど家にいなかったし、いる時はずっとユナの話を聞いてたから……」
ユナ、喋りすぎてた自覚はある。
ここでオッサン……アルビーおじさんはまた泣き始め、ユナはまた、おじさんの頭を撫でないといけなくなった。世話のやけるオッサンだ。
「ユナ、君たち親子の時間を奪ったのは私なんだ。許してくれ……とは言えないな。永遠にその時間は奪われたから……。しかも、私は心苦しさから、ずっとその現実から目を背けてしまって、君が不自由をしていた事に気付かなかったなんて!詫びのしようも無い!!」
オッサンはベッドに本格的に乗り、土下座の勢いだ。ユナは慌てた。
「おじさん!よく分からないけど、ユナ、不自由してないから!えっと……寄付金?もくれたんでしょ?」
「全て無駄だったと聞いた」
「無駄じゃないよ!多分、そういうのは気持ちだから!」
すると、オッサンは感無量って感じで、ガバリ!とユナを抱き締めた。
「お前が元気に育ってくれる事を祈って毎月送っていた。それだけは信じてくれ」
「信じる!信じるから!ギブ――!」
強すぎる、抱擁いのちの、危機迫る。
今日の教訓だった。
アルビーおじさんはそれから、謝りながらもユナを膝に乗せてくれた。アルビーおじさんの膝は冒険者っぽくガッチリしてて、安心感が半端ない。ユナは嬉しくて、おじさんにお父さんの話をしてとせがんだ。
でも、おじさんはユナを痩せすぎだと言い、何が好きなのかとか、何か欲しい物はないかとか聞きまくった。ユナの話ばかり聞きたがるのはお父さんと一緒ね。いや、盆正月とかに出没する酔っ払った親戚のおじさんって感じ?
だからユナは、お菓子なら大歓迎よ、とお願いしておいた。おじさんは、お菓子か……って本気で悩むから、冗談だから!って笑い飛ばしたけどね。
ちょっと話しただけだけど、ユナはおじさんが好きになっていた。
でも、それからすぐにアルビーおじさんは、警備っぽい人に促され、帰っていく事になった。もう夜も遅い時間なんだって。また今度会えるから、今日はもう寝なさいってユナは頭を撫でられた。
ユナは大人しくベッドに横になって手を振った。どう見ても、おじさんの方が残念そうに手を振って去って行った。
――静かになった室内。ユナは耳を澄ませ、ニヤった。
「ふっふっふっ。今がチャーンス!エリアス、ここ、まだデルべルシアだよね?」
質素な内装に整ってない家具。安い宿屋と見た!
『はい。ですがユナ。本当に体は大丈夫ですか?』
「うん!今行かないと、挫けちゃいそうなの。急ごう!」
オレビンオヤジ救出作戦。行くなら今だ!
アルビーおじさんの見送りで、監視が手薄になった今しかないってのがエリアスの見解だった。
ユナは、ベッドから飛び降りると、カバンの中に突っ込んだままのメイド服を着て、何故か部屋の隅に置かれてた隊長の剣を、ウエストにしっかりさした。ベッドは、オッサンの涙とか鼻水の染み込んだシャツとか枕とかで、人型に膨らませてから、窓を跨いで、宿屋っぽい建物をこっそり抜け出した。
デルべルシアは数軒の宿屋が並ぶだけの町だから抜けるのは簡単。ユナは月明かりの中、昼間出来た轍をたどるマロン様を追いかけて走り、再びあの洞窟を訪れた。
正面の大きな洞窟は避け、ユナの出てきたウサギ穴っぽい方からダンジョンを攻める。こちら側から見ると、完全にシダに塞がれた真っ暗な穴も、マロン様はやすやすと見つけ、先導してくれる。膝を着き、はい進めば、すぐにユナが激戦を繰り広げたあの洞穴に着いた。
恐る恐る指に火を灯して見たけど、穴の中にはもう魔物はいない。しかも死体もキレイに片付けられていた。
魔物の死体は放って置くと、他の魔物がそれを食べ、更に強い魔物になってしまうのだそうだ。だから、魔物の死体はすぐに処分する決まりなのよね。
「オレビンオヤジの髪の毛が落ちてた場所は……と」
辺りが静かすぎて小声になる。
『ユナ、こっちです』
いそいそとデンデンが奥へと進み、1つの穴を指した。割と大きな横穴だ。足元にゲームの駒が落ちてた。ただの石にしか見えないけど。
「もう回収していい?帰りに困るなら置いて置くけど」
『デンデ、記憶しました。それはお持ちください』
「さすがデンデン!」
ユナは駒をポケットに入れると、剣をしっかりと握り、指先の明かりだけで奥へと進んだ。少し歩くと、また駒が落ちていた。見れば道が別れている。
『これは……右前髪2段目のクルクル……こちらです』
ユナは駒を拾ってデンデンに続き右側の穴を進む。少しするとまた分かれ道。ここにも駒が。
『左前髪3段目……こちらです』
左奥に進む。分かれ道が現れる度に駒が落ちていて、先を教えてくれる。洞窟内は迷路だった。
『本当に戻れるんだろうな……』
エリアスが心配そうに呟く。ユナもさすがに心配になってきていた。
「どうしよう……オレビンオヤジの髪が抜け散らかっていたら、何て声をかけたらいいの?」
この数の前髪だよ?きっと前頭部は既に……。
「ナイスチャレンジ!イメチェンは成功ね!とか?……生存者を大切にしてあげて!とか、どうかな?」
魔物がいないからか、エリアスを鑑賞する為に出てきたアンリンに意見を聞く。
『ユナ、それはもう諦めるべきよ。前を見て!』
アンリンは前を指さした。
『そうですよ、ユナ。アンリン様が珍しくまともな事を言われてますし……』
『アンリン、これはデンデンのイメチェンチャンスだと思うの!』
「アンリヘリナ様……そっちですか……」
エリアスがガックリと肩を落とした。
グルグル考えている内に、かなり奥へと進んでいたみたいで、右後ろ髪3段目でエリアスのストップがかかった。
『誰かいるぞ』
まだ左後ろ髪は残ってるって事だ。ユナは最後の駒を拾うと、ドキドキしながら、薄らと明かりの灯る、その先を覗き込んだ。
指先の明かりを消してそっと覗き込んだ洞穴は、今までのものより広く、湿っていた。水の音がするから、地下水脈に行き当たったって感じ?
中を照らしていたのはカンテラの明かりで、1つ2つじゃない感じ。ゴツゴツとした石が転がる洞穴内では、数人の男が何やらゴソゴソと話していた。辺りには沢山のプラズマが漂っている。きっとこの中にオレビンオヤジがいるはずよ!
「これで全部か?間違いないだろうな!」
鍾乳石っぽいものを避けながら近づけば、声が聞こえてくる。
「ええ、ええ。全て持って参りやしたとも!閣下。間違いありやせん……ゲヘヘ」
ゲヘヘ!?
『ユナ!アイツじゃ!墓荒らしじゃ!』
オレリアンおじ様が慌てて出てきて、声を上げた。うん!ユナでも分かるわ!!
オレリアンおじ様が指を指すのは、ベレー帽を被った猫背の男。大きな袋からガチャガチャと戦利品の様な物を引っ張り出していた。その前には、出された戦利品を丁寧に並べて、カンテラで照らす男もいる。きっとこの2人が盗賊なのだろう。
『こいつらが生きてるって事は、アジトで殺された3人はダミーだな。騎士団対策か?しかし……凝ってるな』
ダミー……気の毒な上に、かぼちゃにしてごめんなさい。ユナは両手を合わせた。
『閣下とは誰かな?……ここからじゃ見えないな』
エリアスはそう言いながら洞穴内をどんどん進んで行く。ユナも大きな石に隠れながら更に男らに近づいた。
いい場所に大きな石柱を見つけ、影にしゃがみこんで盗賊の相手をしている者をそっと見る。
「本がないではないか!ちゃんと見たのか?」
戦利品を足で蹴り、1つづつ品定めするのは身なりのいい2人組だった。1人は背が高く、結構歳いってそうな紳士。杖を持っていて、鼻の下に絶対付け髭だろ?って感じのピンと上を向く髭をつけていた。これが閣下だろう。もう1人はお付きの者かな?頼りないくらい若そうだけど。
「見当たらないぞ。捨てたんじゃなかろうな!?」
『閣下か。ふ……見た事があると思えば』
エリアスの卑下た感じの呟きに反応して、オレリアンおじ様も付け髭紳士の顔を覗き込んだ。
『バヤール公爵家当主オクタヴィアン・バヤールじゃな。隣国に亡命したと聞いてたが、まだ生きておったのか。エリアスも知っておるという事は、未だに水面下で活動をしておるという事か?』
『ああ。アロイス派はアレン王子を担ぎあげようと必死だ。フィン王子を蹴落とすネタでも探しているのかもな?』
エリアスとオレリアンおじ様は、姿が見えないのをいいことに、一緒になって戦利品を見始めている。宝飾品の類いが多い?剣とか皿とかもありそうよ。マロン様が鼻をくっつけて嗅いでた。
ユナはオレビンオヤジを探してキョロキョロと辺りを見回した。
『ユナじゃ!ユナがおる!!』
「ひゃっ!!」
思いがけず近くで声がして、ユナは慌てて口を塞いだ。すぐ横に、うっす薄になったオレビンオヤジが立っていた。髪は……んん?クルクルしてない!普通に頭良さそうな学者に見える!
そうか、ズラだったんだね!……良かった、いい禿げ増しの言葉、思いつかなかったのよね。
「動くな!!」
「ギャッ!!」
誰かがいるって気付いた時には、首に腕が回っていた。そのままユナは、体ごと持ち上げられて息が出来ない。相手はかなりの大男みたいで、腕が太ももみたいに太かった。
「おい!メイドがいたぞぉ?」
ズルズルと密会現場へと引き摺って行かれる。
『『ユナ!!』』
気が付いたエリアスとオレリアンおじ様が焦って叫んだ。
「おい、離してやれ、死ぬぞ。閣下の連れで?」
ベレー帽が言い、ユナは緩んだ太もも……じゃなくて腕を叩き、大男から逃れた。途端に両手を掴まれたけどね。
大男に持ち上げられて、ユナは捕まった宇宙人状態だ。足が浮きそう。
「いや、知らないな。こんな野暮ったいメイドなど、城にはいない」
答えたのは付け髭公爵ではなく、お付きの者だと思っていた青年の方だった。よく見れば、この青年、地味な見かけに似合わず、ゴテゴテの服着てるし、装飾が凄い剣持ってて金持ちの坊ちゃん風だ。
『これは驚いた。よく見りゃアレン王子、その人じゃないか!』
エリアスが驚いている。アレン王子?って事は、フィン様の弟じゃん!茶色の髪にありふれたお顔。超似てない!!
「嬢ちゃん、こんな危ない場所に来ちゃダメじゃねェか。……へぇーお前、いいモン持ってるな」
だけどユナは弟をゆっくり見ている暇などなかった。ベレー帽がユナの腰に手をやり、隊長の剣を抜き取ったのだ。
「ちょっと、返してよっ!それ、隊長のなんだから!」
途端、ベレー帽の声が地を這うようなものに変わる。
「隊長?お前、騎士団の回しモンか?」
目の前のアレン王子が眉をグッと寄せた気がした。
『ボトルロック、頼む……』
エリアスが嫌なGOサインをだす。
「ダメよ!……ボトルロック、人は!」
ボトルロックに人殺しさせるくらいなら、死んだ方がマシだ。
「ん?何かな?お嬢ちゃん。他にも何かイイもん持っているのかなァ?」
ベレー帽がゲヘヘと笑い、ユナの腰に手をやった。
「辞めろ!僕の目の前で汚い真似をするな!……オクタヴィアン、もう帰るぞ」
助けてくれたのはアレン王子だった。杖を持った付け髭公爵を支え、ユナが入って来た穴の方へと歩き始めたのだ。
「そりゃ無いですぜ、閣下。報酬はいただかねェと……」
ベレー帽が慌ててアレン王子を追う。
「本は何処だ?持って来たら払ってやる」
「俺らも頑張ったんですぜ。墓場まで掘り返したってェのに……」
「ガラクタばかり集めおって……足がついたらどうする!」
付け髭公爵もケッっと唾を吐く勢いだ。
そのガラクタは、後ろでもう1人の盗賊によって、ホクホクと袋に詰められているけど?
ユナはベレー帽について行く大男に腕を引かれ、元来た穴の方へとズルズルと引き摺られながら、オレビンオヤジがこちらに手を伸ばすのを切なく眺めていた。
オヤジ――!!せっかくここまできたのに!
だが、穴の入口まで来ると、先に横穴に入ったアレン王子がカンテラを回し、焦った様に何かを探していた。
「ん?印はどこだ!?」
すぐにベレー帽も加わり、地面に這い蹲る。
「おかしいでゲスねェ……確かこの辺に……」
ゲス!?
すると、大男が何かに気が付いたみたいに、ユナのポケットを叩いた。
ジャラ……ジャラ……。
慌てて振り向くベレー帽。その後ろで閣下らも目を剥いていた。
「お前……まさか……」
「てめェ!何て事しやがる!帰れねぇじゃねェか!!」
あ、もしかして皆さん、ズラ……駒をお探し?
「大丈夫よ。ユナ、帰り道分かるから」
「「なにぃ!?」」
「そんな訳ねェだろ!?こんな入り組んだ迷路を!?」
「だって……天才だから!!」
デンデンが。
「「はあ!?」」
何言ってんだ?とばかりにナイフを出すベレー帽を、アレン王子が慌てて止める。
「待て、聞いた事がある。最近入学した、ユナという青髪の美少女が、間違えて出してしまった高等部卒業試験問題で満点を取ったと……」
凄い!デンデン流石ね!
「こいつがァ?」
疑わないでよ。失礼ね!
『もしかしてこれって形勢逆転?』
アンリンが楽しそうに笑った。
『ユナ、交渉は慎重に!』
エリアスが言うけど……。
「てめェ、案内しろ!」
首に腕、回りました!ナイフ、当てられてまぁ―っす!皮膚に切れ目、入りましたぁ――!
『こういう時はね、弱いフリをするのよ!男って女の涙に弱いんだから!』
流石アンリン!即実行!
「うう……ユナ、怖くて帰り道、忘れるぅ――」
どう?こんな感じ?ねぇ!?……エリアスが頭を抱えてた。
「ふざけんな、てめェ。単身でここまで乗り込んで来た癖に今更何言いやがる。さっさと案内しやがれ。殺すぞ!」
ベレー帽がグイグイとナイフを押し付ける。
痛い、痛い!ダメじゃん。
「待て、時間が無い。彼女に従おう。殺すのは出てからでも遅くはない」
アレン王子が言い、お陰でユナの寿命が少しだけ延びました!ベレー帽が渋々ナイフを腰に仕舞った。
「分かりやした。ほら、女!歩け!」
腕を引っ張られてお尻を蹴られた。
「優しくしてくれないと、ユナ、泣いちゃう――」
「調子に乗ンじゃねェよ!ぶっ殺すぞ!」
「怖――い。ユナ、間違えちゃうかもぉ――」
「殴っていいっすか!?」
「辞めろ!ナイフを出すな!女も黙って歩けよ!」
ユナを盾にするゲスなベレー帽に押されながら、一行は洞窟を進んだ。カンテラの明かりがあるから、壁に張り付いた虫とかがよく見えて、逆に怖くてユナはビクビクしながら進んだ。道が別れる度にお尻を蹴られる。
『ここは右……。5メートル先、左になります』
まるでカーナビの様な安心感。ユナはデンデンに従った。
『デンデ、出口が近くなったら教えろ。ユナ、俺の短剣は持ってるな?合図で叫んでしゃがんで突進だ。逃げる事を、第一に』
突進?前後ろどっちに!?エリアスに聞きたいけど、ベレー帽が腕を離してくれないの。後ろには閣下と、付け髭公爵もいるし。
『ユナ!追いついたぞ。はっはー!わしのメッセージは中々に役に立ったじゃろ?』
振り向けば、オレビンオヤジが、後にいる盗賊の抱えてる戦利品の袋から頭だけ出してる。可哀想に、袋詰めにされて!助けたいけど、今は無理。だって、ユナも捕まってるし、オヤジの後ろには、大男が見える。……ププッ。デカすぎて、穴に突っかかってる。
『次、右に行けば、ウサギの巣。駆逐済みですが。如何しましょう?……オレビン師匠!?』
デンデンがここでようやくオレビンオヤジに気が付いた。
『なんじゃ?誰かの?』
オヤジは物忘れが始まっているようだ。ユナは立ち止まり吹いた。
急に止まるユナに、ベレー帽がぶち当たって来た。
「ゲヘ!」
「あ!」
「お?」
ガシャン!
狭い洞窟内で玉突き事故。その時、前方と横から同時に声がした。
「「ユナ!しゃがめ!」」
「ここは包囲した!!逃げ道は無いぞ!大人しく武器をすてろ!」
ユナは咄嗟にしゃがみこみ、ベレー帽の腕を振り切る事に成功していた。
「クソっ!騎士団か!!嵌められた!」
即座に動くベレー帽。振り向き、その剣を閣下に向けた。そうだ!しゃがんで突進だ!ユナは頭で考えるより先に体が動いていた。
『ユナ!そっちじゃない!』
エリアスの焦った声。でも、ユナは既にベレー帽の膝裏にタックルを決めていた。ユナ渾身の膝カックンに、ベレー帽が体制を崩し、うつ伏せになったユナの背中に尻もちを着いた。
「グ……」
重い!
「僕に剣を向けたな!覚悟しろ!」
ベレー帽に飛びかかったのか、閣下の重さが更に加わる。
「ゔ……」
「騎士団……わしもここまでか……」
付け髭公爵が何かを覚悟したらく、ユナの横に膝を着いた。
「ユナ!!大丈夫か?……アレン!?」
割と近くで聞き覚えのある声がする。天使が見えるわ……天国が近いようよ。でもユナ、もうギュッてされたくない。
「すまない!大丈夫か?女!!……こんな華奢な体で、必死に僕の命を……!!」
ユナの上から退いた閣下が、何か言ってる。
「優しくしてくれないと、ユナ、死んじゃうぅ――」
呟きは力なく地面に染み込んだ。だが、その目の前に付け髭公爵が倒れ込んできて……。
息を飲むユナの手元に、付け髭公爵の杖の持ち手だけが転がってきた。でも持ち手から伸びるのは杖ではなく鋭い刃と生暖かい液体。何処から流れて来たのか……有り得ない量の血は、暗闇の中で赤を通り越して黒く見えた。
ユナは途端に寒くなって、視界までもが凍りついた。
『我が、唯一無二の主、アロイス様。オクタヴィアン・バヤールは貴方の元へ参ります……』
プラズマが弾け散るのが見え、ユナは真っ暗闇に沈んで行った。