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11話 BGMはデスメタル

 翌朝目が覚め温室の扉を開ければ、薬草園は騎士団の皆様でいっぱいでした。見れば、薬草は倒れ、踏まれてて酷い状態。台風が去った後みたい。

 

「そこっ!その花は抜いてはダメだ。それは支柱を立てておけ。……それは雑草だ!ついでに抜いておけ!」

 何だか植物に詳しい人まで借り出されて、復旧作業が行われている模様。

 爺が慌てて外に出てきて、またゾンビみたいな呻き声をあげてる。爺!落ち着いて!!

 

「どうしたの?」

 パジャマ替わりのワンピース姿で飛び出せば、焦ったようにラディズラーオ隊長が上着を被せてきた。

「ユナ、心配はありません。ちょっと……。その……。熊が出まして……」

「熊!?こんな所に!?大丈夫?」

「え……ええ。怪我人は出ましたが、問題ありません!……ですが、薬草園がこの様な状態に」

 隊長、そんなに焦って。本当に大変だったのね。

「薬草はまた生えてくるから大丈夫よ。皆が大変な時に、ぼっちパーティしててごめん!!」

 どんだけ鈍いんだ、私!

「ぼっち……?いえ、ユナが無事で本当に良かったです」


「ほぉ、この子がユナか?」

 後ろから隊長に声をかけてきたのは、黒いローブ姿の存在感のあるおじ様だ。白髪の混じる黒髪をサラッと纏めた学者風魔法使いって感じ?この人、さっきから的確に薬草を助ける指示を出してくれてたのよね。……ん?角?この人、額に角ついてない?

 でも、白いからセーフ!

 

「はい、フェリベール様。この子が例の……」

 ラディズ隊長がユナを紹介している横で、デンデン情報が入ってくる。

『……フェリベール。もしや……このお方は500年ほど前にこの地に存在したという、ノウスティアラ王国の大魔術師様では?その著書、フェリベールの書は、魔法の基礎として現在ディディエラ学園にて展示されており、生徒たちの手本として大変役立っているという……』

 さすがデンデン、詳しい!でも、500歳はないから、別人じゃない?

 

「ユナ、初めて会うな。私はフェリベール、ミーアとお前さんの講師だ。……なるほど。確かにあの聖女とそっくりだな」

 講師?おお!学園に来て初めて担任に会ったわ!!

「でしょ?乳、負けてますけどね!初めまして、ユナ・ブラヴォーです。……先生、何歳?」

「ん?歳か?ああ、忘れたな……300までは数えていたんだが……」

 デンデン、正解!疑ってごめん!!

「そうか、ユナは私が何者なのか知ってるんだな?」

 

『フェリベールは自身を魔王と名乗り、攻め入る他国を退けたという伝説があり……』

「え?……はい、もちろんよ!」

 今聞いたけどね。さすがファンタジー世界。魔王のコスプレで戦争に勝っちゃうとは!……でもデンデン?先生の角、リアルすぎない?

 

「角が気になるか?触って見るか?」

 ユナの視線に気が付いた先生は、ノリが良かった。

「え?いいの?触ってみたい!!」

 屈んでくれたので、そろりと触る。すべすべと触り心地のいい、しっかりと額についた本物の角だった。

「おお――本物。かっこいい!!」

「そうか、かっこいいか……フハハッ。ではユナ。早速着替えて手伝ってくれ」

「はーい!先生!!」

 振り向けば、みんなが目を丸くしていた。


「ねえ、先生。ユナに攻撃魔法教えてくれない?」

 メイド装備に着替えたユナは、薬草の手入れをしながら先生にお願いしてみた。今の所、ユナの受ける講義は全て、お嬢様の必須科目的なのばかりだ。

「魔法もか。お前さん位の歳の女の子にしちゃ珍しく、剣術を習いたいとも聞いたが?何か強くなりたい理由でもあるのか?」

「1人で暮らしていくなら、強い方がいいじゃない?」

「1人で暮らすのか?」

「うん。そのうちそうなるでしょ?みんな普通に王都の外とかに住んでるけど、凄いよね。私、まだ弱っちいから、心配なんだよね」

 ボトルロックがいなくなった後の事を考えると、心臓がギュッて縮まるのよね。

 

 先生が眉をひそめた。

「お前さん、両親はいないのか?」

「今はいないけどどうして?」

「む、そうか。普通、子供は大人に守られて育つもんだからな。そんな心配はしないもんなんだが……」

「ユナは15だから子供じゃないよ。だから大丈夫!教えて!」

「ふむ……これはディディエラに色々と聞いてみんとならんようだな」

 OKしてくれるといいな!


 時間になったので、後は騎士団の方にお願いして、ユナはフェリベール先生と登校する事になった。先生は学園長室に、ユナは着替えの為にブレネリーさんの所に寄らなきゃいけないしね!途中、フィン様の豪華な馬車が見えたけど、メイリーンも乗ってるだろうから、慌てて隠れた。


 制服に着替えて、今日はブレネリーさんのアイデアで髪色の目立たない編み込みヘアアレンジをしてもらって講義室に行くと、広い講義室の中、ミーアがルービー様と並んで座っていた。途端に出てくるアンリン。銀髪の美男ルービー様の鑑賞に余念が無い。

「ユナ!おはようございます!」

 手を振るミーアは少し疲れてるみたい。ちょっと心配になってユナはミーアの頭を撫でた。

 

「どうしたのですの?」

 ミーアがキョトンと首を傾げる。可愛すぎる!でも、目の下のくまが痛々しい!

「ミーア、具合が悪いのなら休んだ方がいいよ?」

「え?あ……ユナには分かるのですね。すいません、ちょっと寝不足でして」

「どうしたの?」

 

 その時ルービー様があからさまにふいっと顔を背けた。まあまあまあ。お2人そういう事ね!

「ミーア……そっか、ごめん!2人は婚約中だもんね!」

 すると、ミーアは真っ赤になって、早口でまくしたてた。

「ユナ!これは違いますのよ!昨晩はフィン様がお怪我をなさったと聞き、慌てて王宮に上がったので!!ミーアはルービー様とはまだそのような……」

 ここでミーアはルービー様に抱き込まれてしまった。

 

「フィン様が怪我?」

 頭から湯気を出すミーアの代わりにルービー様が腰にくる声で説明してくれる。

「すまないユナ。フィンに口止めされていたものでね」

 2人共、誤魔化すの下手すぎでしょ……。

 

「昨晩、フィンが怪我をしたのは事実だが、腕を少々裂傷を負っただけだ。既にミーアのヒールで完治している。だが、かなり疲れていたようだし、今日は大事をとって休ませているんだ。心配には及ばない」

「もしかして……熊?」

「……いや、賊と聞いたが?」

 ユナの所には来てなかったんだね。でも……。

「大丈夫ならいいけど……教えてくれてありがとう」

 

 お見舞いって、行けるものなのかな?王宮だし、一般ピーポーにはちょっと無理?メイドならワンチャンある?って……って考えてたら、講義室の扉が開き、メイリーンが駆け込んで来た。

「ルービー様!こちらにいらしたのですね……まあ!ここは?」

 

 メイリーンがこっちに来る。それだけで、何故かユナは怖くて体がすくんだ。メイリーンはユナを見つけると、声のトーンをあからさまに下げてきた。

「ふぅん。こんなに広い講義室なんて、この学園にあったのね。特別室って感じ?」

 ……ムカつく。

 メイリーンはすれ違いざまに、ユナの耳元でそう呟いた。

 

 怖っ!!何この聖女!枠、間違えてない?これ絶対、悪役令嬢でしょ!?

 涙目になったユナをメイリーンは鼻で笑い、優等生っぽい顔をして、ルービー様の腕を引く。

「ルービー様、そろそろ講義が始まりますわよ?こんな所で何をされてましたの?」

 

 だが、ルービー様は嫌そうに、メイリーンの手をブン!と振り払い立ち上がった。

「ああ、待たせたのならすまない。先にミーアに会っておきたくてな。学園内で会えるのは稀なんで、目に焼き付けておかなくてはいけないのでな」

 ルービー様正直!!

 

『でも、愛されてるって感じで素敵よねぇ――!フィン様もこの位やらないとダメよねっ!』

 あれ?フィン様の評価が下がってる?アンリンってばイケメンを見すぎて、目が肥えちゃったのね。

「じゃあ、行ってくるよ、ミーア。ユナもまた後で会おう」

 そう言い、ルービー様はメイリーンを引き連れて、出て行った。ありがとう。


「ルービー様……今日はフィン様の代わりに聖女メイリーン様の警護なのですわ。ミーアは今、ユナの気持ちが初めて分かりましたの……今まで気付いてあげられなくてごめんなさい」

 何だかしゅんとするミーアに、ユナは首を傾げた。

 私の気持ち?それってどんな気持ちだろう?


 

「よし!許可がおりた。2人共、行くぞ!」

 メイリーンの登場で沈んだ空気を変えてくれたのは、講義室に入るなりそう言ったフェリベール先生だった。

 

「どこにいくの?」

「王都からほど近い場所に魔物の巣が見つかってな。魔術学科の生徒が討伐練習に行くのだが、ミーアも参加予定でな」

「おお!流石ミーア!凄いじゃない!」

「ユナ、お前の参加も許可されたぞ、魔法を教えてやろう」

 ユナは、おお!って立ち上がった。だけど、フィン様がベッドで寝ている姿が脳裏にチラついてしまって、ノリノリになれない。絶対、天蓋付きベッドよね……いや、今はそんな事どうでもいいけど……似合いそう。

 

「何だ、あまり喜ばないな……」

「フェリベール様ごめんなさい。ミーアがフィン様のお怪我の事を話してしまいましたの」

 ミーアがしょぼんと話すのを聞いて、先生がふっと優しい顔をしてユナを見た。

「そうか。フィンが気になるか?」

 ユナはこくんと頷いた。

「ユナ、武人の怪我は恥だ。あのプライドの高い王太子の為に、今はそっとしておいてやれ」

 

 プライドが高い?あの人、率先して馬車の御者席に座ってたよ?ユナは首を傾げる。

「何より、怪我は完治しておるんだ。ミーアの魔法で眠らせているだけだから遠慮はいらんぞ?」

「そっか……。分かった!それなら、お願いします!」

 

 そうだ、しっかりと魔法と剣を覚えて、王宮で雇って貰えるくらい強くなればいいんじゃない?ユナは心に決めた。

 そうすれば、フィン様に何かあっても、やきもきしなくてすむじゃない!

 


 今日もユナは、馬車に乗るのを断固拒否し、ラディズラーオ隊長運転の御者席に座りました。みんな御者の仕事、取らないであげて!


「隊長!今度、馬の扱い方教えて!」

 ってユナがお願いすると、

「え!?それは……私では役不足です。フィン様にお願いして差し上げてください」

 遠回しに拒否られた。 

 そして、ミーアが討伐に行くという事は、ルービー様もいっしょにって事になって。必然的にメイリーンが着いてきてしまった。

 

 みんなを押し込めた馬車の中はお葬式みたいになってるんじゃ……って思ったら。

『おおっと、ルービー様がミーアの手を握ったぁー!何と、恋人繋ぎよ!!ミーアが真っ赤になっておりますわ!これにはメイリーンが爆発寸前!!フェリベール様は笑いを堪え、楽しんでいるご様子よ!』

 馬車の小窓に張り付いていたアンリンの実況が聞こえてきて吹いた。ルービー様は我慢が出来ないタイプらしい。

 

 馬車に乗って数10分後、王都に1番近い宿場町、デルべルシアに到着した。デルべルシアもユナの家みたいに、打ち捨てられた町だったんだけど、魔物が去っていった今、徐々に町に戻って来る人も増えてきていた。なのに、町のすぐ近くに魔物の巣が見つかってしまって、討伐依頼が寄せられたって訳。


 魔物の巣のある場所は、月海の森の中の洞窟らしく、デルべルシアから更に馬車を走らせて、数分後には鬱蒼とした森の中へ、更に少し歩いて洞窟前に着いた。

 

 そこには、正にダンジョンの入り口です!って感じの、なかなか立派な洞窟が口を開けておりました!

 鬱蒼とした森にあるだけあって、シダや蔦の絡まる入り口は湿っぽく、岩には苔が生い茂っていた。

 洞窟前には既に魔術学科の生徒が20人くらいいて、講師とか、騎士様とか、地元の青年団とかも合わせれば、かなりの数が集まっていた。

 

「洞窟内はかなり入り組んでおります。魔物は兎。大きな個体が数体確認されております」

 そうフェリベール先生に報告する騎士様は、水色の髪の聖女様をチラッチラ見ている。きっと期待してるのだろう。

 そういえば聖女アイリーンって何の魔法を使えるのかしら?浄化とかかな?

 

 この世界の魔物は全て、何らかの外的要素で魔物化した生き物だ。黒い角を持つ魔物も、浄化すれば白い角を持つ、やや安全な生き物になると言う。

 でも、浄化出来るのは今のところ、フィン様とルービー様だけだとの噂だし。……あの王太子様は見かけだけじゃなくて全てにおいて高スペックなんだよね。

 

 だけど、今日は討伐って事だから、やっつけちゃっていいって事だ。ウサギって言ってたし、ユナは少しだけほっとした。だって、角のついてるウサギなんて、初期のダンジョンに出てくる、やさぐれた可愛いやつじゃない?

 

 辺りを楽しそうに走り回るマロン様に癒されながら、ユナはとりあえず殴るのによさそうな木の枝を探して、腰のベルトに刺した。ユナのウエストはゆるゆるだから、ブレネリーさんが用意してくれたんだよね。

「ユナ、それは置いてきなさい」

 速攻、先生に注意された。先生、小娘なんかに気を取られないで、報告に集中して!

 

 ユナが、木刀を没収された生徒らしく、しゅんとしていると、近くにいる青年団っぽい人がニコニコしながら声をかけてきた。

「心配しないで。君は俺が守ってあげるから大丈夫だよ」

 おお、優しい!ってユナが青年を見上げると、ラディズ隊長が反対側からユナに立派な剣を押し付けてきた。隊長は何故か青年を見て顔を顰めながら言った。

 

「ユナ、これを君に預けよう」

「え?貸してくれるの?いいの?」

「ええ。私はもう一本持ってますからね」

 確かにこれはサブの剣って感じで短いし、軽くて扱いやすそう。

「ありがとう!!」

 ホクホクと腰に剣を刺すユナを見て、青年は、慌てて去って行った。余程乱暴者に見えたらしい。


 ここから複数班に分かれ順にダンジョンに突入していくのだけど、先生はまずユナに魔法について教えてくれた。

「魔法は言霊だ。必要な時に必要だと思うものを想像する事。分かったか?じゃ、行くぞ!」

 

 早っ!先生――!それだけじゃ分かりません!!

「先生!呪文とかは?」

 小走りで先生に続き、洞窟に入りながらユナは抗議する。

「そんなものは自分で考えろ」

「う……」

 先生は辺りを確認するのに忙しそう。何故か、ユナたちは先頭なんだよね。


 ルービー様はミーアと聖女様を連れて、様子を見ながら付いてきてるし、騎士様たちは松明を掲げ、後ろの生徒たちを引率してた。隊長までもユナの後ろについて来ている状態だ。多分、この討伐の責任者はフェリベール先生なんだと思う。

 

『ユナは火を灯す魔法を知っておるじゃろ?それを大きくするイメージで大丈夫だ』

 丁寧に教えてくれたのはオレリアンおじ様だ。ユナと並んで歩きながら、手のひらに火の玉っぽいのを出して見せてくれる。洞窟の中は暗いから、プラズマはよく見えて、凄く分かりやすい。


「オレリアンおじ様は攻撃魔法も使えるの?」

 ユナは小声で話す。

『ああ、若き頃、各地を行商で旅した事があってな。魔物に襲われる事も少なくないので必然的に身についたという訳じゃ』

 ほぉ、と感心しながら、ユナはランプに灯す火を指先に出した。チラリと先生がユナを見た。

 

 するとアンリンが出てきてポンッと手を打つ。

『あ!オレリアン家って聞いた事あると思ったら、この国一番の商家じゃない?確か小綺麗なおじ様で、金は足で稼ぐ!とか立派な事を言ってたわね!』

『アンリヘリナ様、さすが顔がお広い。それは祖父でしょう』

「そっか、エレ様は商家の出だったのね。あ、この指輪、フィン様に渡さないとだよね。オレリアンおじ様の孫だから……」

 おじ様が昇華してしまうのは寂しいけど……でも、おじ様は顔を顰めているようよ。

 

『ユナ、その事だかな、指輪はユナが持っていて欲しい』

「え?何で?」

『あんな甲斐性なしの孫になど、オレリアン家の証を渡せるか!!』

 アンリンといいオレリアンおじ様といい、フィン様の評価が渋いのは何故かなぁ?

 

『ワフッ!ワフッ!』

 その時、マロン様が何かに警戒して吠えたので、ユナはピタリと足を止めた。後ろから付いて来てた人達も、自然と足を止める。

「みな止まれ――!……んん!?」

 先生が振り向いて何故か驚いた。


「ではこれより討伐を開始する!生徒たちにとってはこれは演習であると同時に本番でもある。よって騎士団の手出しは無用だ。怪我等は今日は優秀な癒し手も参加しておるから多少は目を潰れ。かと言って気を抜いていいという事ではない。心してかかるように。生徒たちは前に!」

 生徒たちがおずおずと前に出てくる。初めての討伐みたいで、みんな緊張気味。

 

「魔物はすぐそこにいるんだぞ!しっかりせんか!!」

 洞窟の奥は見えない。でも、そこに何かがいるのはマロン様の唸り声で分かる。

 先生の叱咤に幾人かの優等生っぽい生徒が出てきて、両手を前に出した。これ絶対、ナンチャラ波ァ――!!ってのが出るやつじゃない?

 

 ユナもよっしゃー!って剣に手をやり進むと、フェリベール先生に押さえられた。

「ユナ、魔法を使え」

「そうでした」

『ユナ、魔法は樹だ。幹に魂をのせた言葉を刻めば魔術の花が咲く。炎系の魔法は空気を糧に太陽へと登るイメージだ』

 え?植物は水で育つんじゃないの?

 

「「乾きし空気よ、太陽を求め、更なる熱へと近付きたまえ。火よ!降り注げ!!」」

 前に出た生徒たちの厨二っぽい魔術が発動し、ドォーン!と前方に火の玉が放たれた。いやごめん。効果音間違えた。ボンッ!って感じね。呪文に威力が伴ってないって感じだ。

 

 ヒギャッ!

 それでも魔物に命中したみたいで、可愛い断末魔が聞こえた。放たれた火の玉で洞窟の中が明るくなる。

 そこにはちょっとデカめのウサギの魔物が1匹転がっていた。コーギー犬位のサイズだ。だけど、立派な黒い角もあるし、これが突進してきたら怪我人が出るのは間違いないだろう。

 

『想像力が足りてませんな』

「イメージが大切なの?」

『何をどうしたいのか、しっかりとした意志を表す事が重要だ』

「意思ね……」

 

 ユナはどうしたい?

 ユナは指先に火を灯す。

 

 ユナがまだ孤児院に住んでた頃の事だ。シスター・メイに怒られ、真っ暗なお仕置部屋に閉じ込められて震えてたユナに、オレリアンおじ様は明かりの灯し方を教えてくれた。ユナの指先からはすぐに火が現れた。ユナにはその明かりが何よりも欲しかったから。

 

 この先、ボトルロックのいなくなって、もし魔物に襲われたらどうする?

 ギュッと心臓が縮む。

 座り込んでる訳にはいかない。ユナは1人で立ち向かわないといけないのだ。

 ユナの意思はボトルロックを安心させられる位強くなる事。あと半年もないのよ!強くなるには魔法は必要なの!


 ダンッダンッと洞窟の奥から音がする。これはウサギが仲間に危険を知らせる音、床ダンじゃない?友達がウサギ飼ってたんだよね。

「まだまだいるぞ!次、続け!!」

 先生が促し、ユナは前に出て、右手を前に出した。

「ファイアーボール!!」

「「……!!」」

 

 何も起きません。

 その静けさに、魔術学科の皆さんの失笑が聞こえるようです。先生、期待はずれでごめんなさい。

 その間にもウサギの魔物は群れを成してユナたちの方へと飛び出てきた。


「熱き空気よ。太陽より炎を下ろし給え!火球!」

 耳を赤くするユナを横に押しやり、聖女メイリーン様がかなり大きな火球を打ってきた。

 

 ドォーン!!

 魔物が飛び散り、逃げ惑う。

「「おお!!」」

 ユナは思わず手を叩いた。皆もつられて手を叩く。

 

「こらっ!次を撃たんか!!」

 先生の怒鳴り声に緊張が解けたようで、魔術学科の生徒たちが本領を発揮し初める。

 散り散りになった魔物の討伐が一気に加速していった。


「凄いね!さすが聖女様!」

 大混乱となった洞窟だが、ユナは振り向いてメイリーンに初めて話しかけた。

「それほどの事じゃないわよ。私にはあなたのみたいに守ってくれる王子様がいなかったから……自分の身は自分で守らなきゃいけなかったのよ」

「そうなのね……」

 メイリーンって苦労人なのかもしれない。今まで怖がっててごめんなさい。


 しゅんとなるユナを見て、メイリーンは口を押さえて下を向いた。

「あの……ユナ様」

「ユナって呼んで!!」

「ユナ……あの、さっきのでコンタクト、落ちちゃったみたいで一緒に探して下さらない?」

「え?それ大変!!どの辺?」

 下を向いてると思ったらそう言う事だったのね。ユナはキョロキョロと下を見た。

 

「えっと、あっちの方……もうちょっと先かも……」

 その声に、ユナは下を見ながら奥へと進む。そっちには洞窟の奥へ続く穴とは別の小さな穴があって、更に暗い。

「ごめんなさい。私、明かりは灯せなくて」

 メイリーンが小さな声で言う。

「大丈夫よ!本当にこっち?」

「ええ……っふふ」

 え?笑った?って思って、メイリーンの方へと顔を向けた途端、目の前に土砂が降ってきた。

 

「うそっ……」

 慌ててみんなの方に行こうとするも、何故か足元の土が盛り上がって、ユナは尻もちをついた。

「崩落だ!逃げろ――!!」

 誰かが叫んだ。辺りはもうもうと土埃が巻い、息が苦しくなる。ものすごい音がして、どんどん石が降ってきた。

 隊長が飛び込もうとして、先生に止められている。ユナもそっちに行きたいけど、どんどん落ちて来る土砂に、みんなのいる方にはもう行けない。先生はしきりに奥を指さしているし。


 ユナは慌てて立ち上がると、崩れていく土砂から離れた。でも逃げ道は後ろの小さな穴しかない。

『ユナ、中に逃げろ!』

 エリアスの指示に、ユナは屈んで穴の中に飛び込んだ。中は思いの外広い。これなら大丈夫!ユナは目を閉じ口を塞いで崩落が止まるのを待った。


 しばらくして、崩落は止まったらしく、音が静かになった。

 ユナは生き埋めになりました。

「お墓の中ってこんな感じなのね……」

「ユナ!!ユナ――!!返事をしろ!!」

 先生の声が微かに聞こえた。向こうは大丈夫そうだ。

 

「はぁ――い!!」

 返事は大きく響いた。洞窟内は広そうだけど、ユナの声が向こうに届いたかどうか分からない。でも、崩落は止まってるし、ひとまずは安心だという事だけは分かった。

 

「さて、ここから冒険よ」

 ユナは立ち上がってホコリを叩いた。

『奥はかなり深いな。だが、魔物がいる。剣を抜け』

 エリアスはとても頼もしい。

 とりあえずは明かりを、と、ユナは指先に火を灯して。

 ……後悔した。

 

「ウサギって群れるタイプ?」

 だだっ広い巣穴に潜り込んだユナは、完全にビジターだった。

 お父さんにお母さんに子ども達。まあ、子沢山だこと!おじいちゃん、おばあちゃん……いとこ?はとこ?

 でも、これはみんな魔物で……御家族親戚一同、みな、お揃いの黒い角をお持ちでした。

 

 ダンッ!ダンッ!って、ウサギが床を鳴らす音が、洞窟内に響き始めた。ヴ――ってマロン様が低く唸る。それに合わせてユナの心臓も、うるさいドラム音を奏で始めた。

『決まってるだろ!来るぞ!!ボトルロック!!』

 エリアスがボトルロックを呼ぶ。

「嫌ァァァァ――!!」

 ユナは思い切り前方に白銀の光、ナンチャラ波ァ――!をぶっぱなした。


 ボトルロックがユナに飛びつくウサギをなぎ払う中、ユナの頭の中ではデスメタルが鳴り響いていた。

「何かでたァァァ――!ギャァァ――!!」

『落ち着け!魔力球だ!しっかり当てろ!』


 ユナは声が枯れるまで叫び、髪を振り乱してナンチャラ波ァ――!を撃ちまくった。ボム!ボム!って音と共に魔物が数匹弾け飛ぶ。

 途中でナンチャラ波が底をつき、ユナは剣を握る。すかさずエリアスが指示をくれた。

 

『右だ!……もっと低く!左!しっかり踏み込め!』

 どぉりァァ――!うぉりゃァァ――!!ユナ選手、フルスイ――ング!空振りです!

 たまに野球中継。

 ユナは剣が脂で切れなくなるまで切って切って切りまくった。


 そして……どれだけ戦っていたのか。素晴らしきかな、終わりはきた。

「ホームランよ!ボトルロック!」

 ボトリとウサギの頭が場外に落ちた。

 ゲームセット!!

 

 声はガラガラ。足はガクガクだが、ユナは立っていた。

 死屍累々……。きっとこの先ウサギ界では、ユナは恐怖の大魔王として恐れられる事になるだろう。

 

『ユナ、魔力球を打つとはなかなかのもんだ!よくやった!』

 オレリアンおじ様が褒めてくれた。

「あれ、ヒャッ波ー!っていうのよ!凄いでしょ?」

 言った者勝ちだ。

『さ、出口を探すぞ。ユナ』

 エリアスがホッとしたように失笑した。

「はぁーい!」

 みんながいてくれて、本当に良かった!

 

『ユナ――!!こっち――!!』

 その時、絶対逃げていたであろうアンリンの声がして、ユナはマロン様に続いてのろのろと、声のする方に歩いて行った。そこには入って来た穴と同じ様な穴がある。

 デンデンがしゃがみこみ、何かを見ていた。

『……恐らくこれは……左前髪1段目のクルクル』

 見ればそこに、くるりと曲がった髪の毛がひと房、落ちていた。実際にあるのはテーブルゲームの丸い石の様な駒だけど……。

 

「オレビンオヤジ!!こんな姿になって……!!」

 コマを拾い泣きつくユナに、デンデンは穴の先を指さす。

『まだあるはずです。この奥に』

「う……先?」

 覗けば、洞窟内はまだ深そう。


『ユナ、気持ちは分かりますが、体力の事を考えて、ひとまずここは出口を探すべきです』

 うう……エリアス、ごめん。私、そんないい子じゃないの。

『ユナ――!出口はこっちじゃ!こっちに入り口に生えてたのと同じシダが生えておるぞ!』

 モルト爺の声に吸い込まれる様に、ユナは出口の方を目指した。

 

 オレビンオヤジ!きっと戻って来るからね!!

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